33話 這い寄る
見慣れない亜人に目が止まり、私は話をかけた。
少し汚れた衣服に、使い古されたリュック。
地味だが、一度見れば印象付くような見た目だった。
「サナメン、連絡したじゃん。保護した子だって」
「ああ、すまん。さっきのロコとルピンの衝撃で今記憶からすっぽ抜けてた」
「その怖い目つきもやめてください。スクネさんが怖がってます」
「目つきは元からだ…スクネといったか。私はサナダ、ここで亜人管理官をしている。よろしく」
「…ウス」
スクネは私と目を合わせることなく返事をした。かなり怯えた様子だ。目つきが悪いことは自覚しているが、流石にここまで露骨に恐れられると気にしてしまう。
少しでも気を和らげさせようと、笑顔を作ってみる。
「ひっ…!」
「サナメンなにその胡散臭い顔。草」
「笑うな。私のよそ行きフェイスだ」
「キモ」
「…私も人間だからな?」
散々な言われように、すぐさま元の表情に戻した。
よそ行きフェイスは不評なようだ。
「ま、まあいい…スクネはどうするつもりなんだ?」
「どうする…!?それは、その、方法的なは、話ですか?」
「方法?いや、ここに滞在するのかどうかを聞いてるんだが」
「た、滞在…?」
スクネは困惑の表情を浮かべている。
そこまで難しい話はしていない気がするが、とりあえず状況が呑み込めていない様子だ。
「ミア、お前何か余計なことを言ってないか」
「なーんも言ってないよ。ここに来るまで楽しくお喋りしてただけだし」
「他所から来たんだったか…日本国内だな?」
「は、はい…一応」
「君がいいなら、ここに泊まっていってもいい。長旅でつかれただろう?一旦、空いている部屋を案内しよう」
「トマッ…テイク…?」
「…何故そこでカタコトになる」
「トマ…?“トマッテイク”というのは、その何かの隠語とかではなく?どういう意味っスか?」
「泊まる。宿泊するという意味だ…大丈夫か?」
「…!私は死ななくていいってことっスか?!」
「どういう解釈をしたらそうなる?!」
「い、いや、てっきり“息の根止めていく”?みたいな話かと」
「そんな軽いノリで死刑宣告をするか!」
拡大解釈がすぎる。どうりで話が噛み合わないわけだ。遠くから来たとの話だが、彼女はどんな世界からやってきたのだ…。
「…。」
「サナメンどした?難しい顔してっけど」
「…いや、そういえば私は、天使が来た後の外の世界をほとんど見たことがないな、と」
「あーね。ずっとここに引きこもってんだっけ?」
「まあ、外は危険だと話だけでは聞いているからな。資料で風景を見たくらい…どうもそれで私とスクネの間には大きな価値観の違いがあるらしい」
「……」
するとほんの一瞬、スクネの表情が獲物を狙う獣のように鋭く尖ったように見えた。その刹那の変化に、ミアとサラは気づいていないようだった。数瞬もするとスクネの表情はパッと明るくなり、私の手を握った。
「私ここに滞在するっス!」
「…それは良かった。そちらの事情は知らないが、少なくとも外で野宿するよりかは安全だ」
「はいっ!それじゃ亜人管理官さん、私を部屋まで連れて行って欲しいっス♡」
「…あ、ああ、少し待っていろ。先にロコとルピンを止めてから、“下”に報告してくる」
「サナダさん、鼻の下伸びてますよ」
「サナメーン、シズクちという人がありながら…」
「適当言うな。私は少し行ってくるから、スクネの相手をしておいてくれ」
スクネの変わり様に内心困惑しながらも、私は未だ取っ組み合いを続けているルピンとロコの元へと向かった。
〜〜〜〜〜〜
「へぇ、他所から来た亜人ねぇ…」
「今日保護されたんだ。なんでも、遠くから来たんだと」
突然始まったルピンとロコの喧嘩は、エイルによる喧嘩両成敗によって終息した。私は今はこうして、ロコに軽い治療を施しながら、スクネについて話をしていた。
「まあそういう考え方の奴は外にわんさかいるぜ。やれ出会うなり拉致だの、強盗だの、そりゃまあここと比べりゃ外はかなり殺伐とはしてる」
「なるほど、どうりで…」
「知ってっか?普通亜人ってのは一組織に1人でもいりゃ珍しい方なんだぜ」
「そう、なのか?」
「ここが異常なんだよな…他の組織じゃ多くても3人くらいだ。それくらい貴重だから、皆あの手この手で仲間に引き込もうとすんだ」
「場所によっては、無理やり捕まえたり、脅して言うこと聞かせるなんて外道もいますわ」
「…亜人一人、いたところでどうするんだ。たかが年端もいかない女の子一人で」
「それは、二代目がちょいと軽視しすぎだ。戦力としても、ヘンテコ能力活かした“資源”としても、いくらでも利用できる」
「現に“明けの明星”も、水から電力に至るまで、皆亜人の能力によって生み出されたものですわ」
「……確かに、そうだな」
言われてから、ようやく気づいた。
何気なしに飲んでいる飲み水、これでさえシズクなど亜人達によって生み出されているものだ。
亜人達は無から有を生み出せる。
それがこの世紀末な世でどれだけ貴重なことか。
「まあそれでも、ウチに攻め込もうなんて荒くれ者はいないだろうぜ。なんせこっちには30人強の亜人集団だ。正面から戦り合えば何があっても負けやしねぇよ」
「…頼もしい限りだな」
「でしょう?でしょう?私様がいれば、ここは安泰ですから!」
「けっ…でもまあ、そういうこった。今は北部隊も西部隊も帰ってきてんだ。ソイツが何者であれなんともないとは思うが──────」
一際、ロコの表情が強ばる。
「──────“亜人狩り”だったら、最悪の場合を考えた方がいいかもしれねぇな」
「ええ、もしかしたらですけど」
「…“亜人狩り”?」
「亜人を攫う。それか、殺すことだけに特化した人間だ」
物騒な呼び名に、私は身を強ばらせた。
ルピンやロコが警戒するほどの存在。もし日常が崩れ去るのだとしたら、そういう存在が現れた時なのかもしれない。




