32話 へるおあへぶん
×月×日
とうとう噂の“楽園”を見つけた。
それもこれもキバさんのため。“楽園”なんて大層な呼ばれ方をされている理由は、この殺伐な世界の中、食料などあらゆる資源の心配しない生活ができるからだそうだ。噂半分で来たが、なるほど生い茂った森や荒れ果てた市街地を抜けた更の奥に高々とそびえ立っているビルがある。
遠目で見ると上半分は緑に覆われており、機能していないように見えるが私には分かる。そこには多くの人の息が潜んでいる。
「──────ん?亜人の人?」
と、双眼鏡でビルを観察していると、早速人に会う。
歩いてきた方向からして、“楽園”の者だ。
「あ…う、うっす…」
「んーウチのとこじゃ見たことない顔だから…他所から来た系の人?」
女は軽い調子で話しかけてくる。
マスクもなしに出歩いているということは、間違いなく亜人だ。私は様子を窺いながら、慎重に口を開く。
「…はい。この辺さまよってたら偶然あの建物を見つけたんスよ。あそこに住んでる人っスか?」
「うんそーだよー。ウチは蘭ミア」
「菅木スクネっス…能力は人の考えてることを少しだけ読み取れるっス」
「え…能力…?」
「…?」
ミアと名乗った女は、鳩が豆鉄砲を喰らったみたいな顔をする。何を呆けることがあるのだろうか。この世界では、亜人と知られたらまず己の能力について明かすことが常識のはずだ。
そうでなくては、人間と同じように接することができるものか。
「てか、スーちゃん考えてること分かるってヤバくない?!ウチ今何考えてるか分かる?」
「…早く帰って休みたい」
「すご!マジじゃん!やば!」
ミアは大袈裟にリアクションを取ってみせる。
当然、私の能力が読心というのは嘘だ。
少し汚れた服と滲んだ汗等、諸々の情報からそう読み取ったに過ぎない。仮にこの発言が外れていたとしても、“能力の制御”が上手くいかなかったということで乗り切れるはすだ。
このミアという亜人の反応はどこか少しわざとらしい。怪しまれていないといいのだが。
と、思っている最中、ミアはスカートのポケットから携帯端末を取り出した。
「あーサナメン?見回りしてたら他所から来た子見つけたんだけど。どうすればいい?」
“見回り”
拠点の守りを固めるための重要な役割だ。それを任されるということは、この女、組織でも相当上位の強さを持った亜人なのだろう。
一見、隙だらけに見えるその姿も、わざとらしい反応も、私を警戒して敢えて見せているのだろう。
まだ、信用されていないのか。かくなる上は…。
「あ。おっけー。すぐ行くー」
「…?」
「よっし、そんじゃ行こっかスーちゃん」
「行く?どこにっスか?」
「もちろんあの大きなビル!ウチらの本拠地なんだ〜♪」
「きょ、拠点…!?」
いきなり連れていかれそうになった。
他所から来た身元も分からない亜人を連れていくということは…拷問にかけて身元を割る気だ…!あてもなくさまよっていたという私の嘘がいつバレたというのか…?!
その場から離れようと、後ずさりしたその時──────
「──────ミア、どうかしたんですか」
「なっ…?!」
背後からもう1人、赤髪の亜人が現れた。
この狭い地点に2人も亜人が。なんて運の悪いことか。
「あ、サラち!ちょうど今ね、他所から来たって亜人の子を“保護”するところ☆」
「そうですか。ちょうど見回りも交代の時間ですし、私も一緒します」
ナチュラルに前後を抑えられる。
それも、組織でも上位の亜人2人に。
“保護”というのは恐らく…そういう意味の言葉なのだろう。
もう、終わりだ。私はきっと逃げることはできない。ごめんなさいキバさん。私はここまでのようです。
「それじゃあ、行きましょうか」
「……ウス」
「大丈夫?元気なくない?遠くから来たから疲れてんのかな」
「ウチで“休んで”いってもらいましょう。空きの部屋もあったはずです」
私は死を覚悟したまま、彼女らへとついて行った。
〜〜〜〜〜〜
「な──────」
拠点へと到着したと同時、私は言葉を失った。
多くの人間が住んでいるとは思っていた。かなり大きな組織なのだろうとも思っていた。しかし、この組織は私の予想を遥かに超える実態となっていた。
桁違いの数の亜人がそこには住んでいる。
組織一つにつき一人でもいればいいような存在“亜人”。それが一目で10数人は見えている。
過剰だ。拠点内、こんな朝方に、こんな山奥なのに、10数人の亜人という過剰な厳戒態勢で何を警戒しているのか。
「あっ、おはよぉーマイカー」
「ミア、サラち、おはよ。見回りお疲れ」
「マイカ、おはようございます」
かと思えば、誰も彼もが腑抜けた顔をして歩いていた。呑気に歯を磨いている者もいれば、その辺に座って朝食を取っている者もいた。
ド ゴ ォ ン !!
と、突然の爆音に私は身体を跳ね上げさせる。
音のする方を見ると、宙で取っ組み合っている亜人が2人。
「てんめぇええ!!オレのヨーグルト食いやがったなぁぁあ!!」
「オホホホ!!もう食べました!私様の血肉となれたことを光栄に思うんですねぇ!さよなら〜!」
「あは…今日もやってんね」
「ルピンさんは何となく分かりますけど、ロコさんはどういう原理で飛んでるんでしょうか」
「飛んでるってか、跳んでる…?」
遠目でも分かる異様な光景。
亜人同士が戦りあうなど、辺りが木っ端微塵になってもおかしくない事だ。だというのに、周りの亜人達はさほど興味を示していない様子だった。
私としては今すぐこの場を立ち去りたい。
ここは“楽園”ではない。強いて呼び称するとするなら“魔境”。命がいくつあっても足りない、化け物たちがひしめき合う戦場である。
「──────おい。なんだ、こんな朝から何が起こっている」
そんな中、白衣の男が一人。
「ルピンさんとロコさんが喧嘩してます」
「またか…!全く、こんな朝から」
「サナメン止めてきてよ〜」
「死ににいけと?まあ待ってろ。とりあえず“下”の人たちに連絡してみる」
「ふっ、情けないですね、サナメン」
「しょうがないだろ。私は一般人だぞ──────それと、私のことは亜人管理官と呼ぶように」
「亜人管理官…」
亜人管理官。
亜人という名の猛獣を飼い慣らすための調教師。間違いない。そう呼ばれているということは、この男こそがこの魔境、この組織を牛耳っている実質的なトップ。
「ん?そこの奴は誰だ…?」
「っ…!」
「…見ない顔、だな」
その鋭い目つきは、私のことを刺していた。




