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31話 骨折り損。されど


 サラがジト目でこちらを見つめてきている。

 フランとフレンはその目に気づくなり、私の後ろへと隠れてしまった。


「…そぅか。2人ともサラとは初対面か」

「サナダさんもその子たちとは会ってそう間もないはずでしょう?そう変わらない気がしますが」

「お前の雰囲気がキツすぎるんじゃないか?もう少し笑顔で接してみればいい」

「…サナダさんもそんなに笑ってないでしょ」

「……」

「ぐうのねも出てないじゃないですか」


 確かに自慢ではないが、私はサラ以上に仏教面だ。顔を合わせたのもつい昨日だ。それも一瞬どけだというのに、フランとフレンはこうして怯えることなくついて来てくれている。


「…フ、フラン、フレン、私は怖くないか?」


 問うと、首を横に振った後2人は文字を綴り始めた。


「なになに…?“ルピン様といた時に面白いことしてくれてたから、怖くない”…なんだ?面白いことって」

「……。」

「…“内緒”?私は一体何をやらされてたんだ」

「ちょっとルピンさん呼んできて再現してもらいましょうか」

「それ私は何も確認できないだろ…」

「私が確認してあげるって言ってるんですよ」

「却下だ」


 サラは珍しく企んだような笑みを浮かべている。

 こいつに弱みは握られたらロクなことにならなそうだ。サラとルピンだけは何があっても引き合わせてはならない。


「…と、そんなことは一先ず置いといてだな。フラン、フレン、そろそろノルマを稼ぐぞ」

「ノルマ…?大丈夫ですかアナタ達、この人にぞんざいに扱われてません?」

「どちらかと言えば私もぞんざいに扱われている側だ」


 2人の手から取り出されたチラシがおずおずと渡される。


「ルピンさんのファンクラブ…これを渡して回ってるってわけですか」

「ノルマはあと2人だ。頼む入会してくれ。私ではなくこの2人に免じて」

「はあ、それは構いませんけど…これ亜人の皆に頼んでるんですか?」

「ああ…次はクリフの所に行くつもりだ」

「それなら、ここでやるよりも“下”に行った方がいいですよ」

「…どういうことだ?」

「職員の方達なら、多分加入してくれるってことです」


 サラは受け取ったチラシを眺めながら、何気なく呟いた。“下”、つまり“亜人”ではなく“職員”に勧誘しろということ。


 ルピンが毎度起こしているという“征服”のこともある。嫌われてこそいないものの、ファンクラブには入ってくれないと予想していたのだが。


「ルピンさん、そこまで嫌われてませんよ。むしろ評判は良い方みたいです。操られている間に悪いことをさせられているわけじゃないみたいですし…むしろあんな危ない能力持ってるのがルピンさんで良かったと皆さん言ってます」

「…言われてみれば、特段悪いことをしているというわけでもないな」

「解放された後は、不思議と皆さん晴れやかな気分なんだとか。何人か当たってみれば、ノルマなんてすぐ達成出来ると思いますよ」

「…!」「…!」


 ルピンが褒められているからなのか、心なしかフレンフランの機嫌が良さそうだ。先程まで怖がっていたサラとも、いつの間にか普通に対面できている。


 思えば、1番ルピンにこき使われているであろう2人がここまで懐いているのだ。ルピンが嫌われるような人間であるはずがなかった。


「…なるほど。よし、そうと決まれば早速“下”向かうとするか…む?2人はどこいった?」

「もう向かってますよ。ほら」


 サラの指さす方を見ると、揃って走り向かっていく2人の背が見えた。小さな子供+亜人な分、しっかり手を繋いでいないとすぐに見失ってしまう。


「…行先は分かってるんだ。直ぐに追いつけるか」

「あんな楽しそうに…元気な子達ですね」


 サラはいつか“サナダジュニア”に見せた柔らかな表情を浮かべた。それは、親が子に見せる慈愛に満ちた表情に似ていた。

 レンのように、弟や妹がいたのかもしれない。


「…そんな顔もできるのだな」

「なんです?私がいつも怒った顔をしている、と言いたいんですか?」

「しているだろう。私にそんな顔を向けた覚えがあるか?」

「ありませんね。でも、アナタの前だけですよ。普段はもっとフレンドリーに接してます」

「その顔でフレンドリーと口走るか…あ、いやそうではなくてだな。私が聞きたいのは、サラに弟妹でもいたのかなと」

「いませんよ。年の離れた優秀な兄が1人いたくらいです。でも、小さな子が元気に走り回っているのを見ると思い出すことがあるんです。昔──────」


 刹那、サラの表情に陰がかかる。

 不意に思い出してしまったようだった。喋る口にブレーキをかけてまで、サラはそれを話すのを拒んだ。

 追求はしない。きっとそれは彼女にとっての苦い思い出だ。


「む、話し込んでいる場合じゃないか。今日中にノルマを達成せねば、ルピンに何をされるか分かったものではない」

「……ええ。早く行かないと、今度は皆の前で“面白いこと”させられるかもしれませんよ」

「それは勘弁してほしい…ではな。アドバイス助かった」


 踵を返して、その場を後にする。

 去り際、慈愛とは違うサラの和らいだ表情を目の端に捉えながら。


 〜〜〜〜〜〜〜


 サラの言う通り“下”にはルピンを嫌っている人間は一人もいなかった。皆、勧誘すると快く入会してくれた。


「入会したらルピン様の写真?!入ります入ります!」

「むしろ今まで無かったのって感じですね。古参としては」

「ええと…入会したら次の“征服”で見逃してくれるとか、あります?」


 皆、それぞれ違った理由で入会していた。

 ノルマは3人だったが、今回だけで30は入会した。既に職員間では噂になっており、今後も会員は増えることが予想される。

 この結果は胸を張って報告できるだろう。


「1日で30?!流石は私様のフランとフレンですわ!」

「〜!」「〜!」


 ルピンは嬉しそうに2人を抱きしめた。

 仲睦まじい様子だ。そこに邪気など微塵も感じられない。いつかルピンと遭遇した時に感じた、日常が崩れ去るような感覚は気のせいだったのだろう。

 その証拠に、今の彼女からは少し見栄っ張りなじゃじゃ馬娘といった印象しか感じられない。


「サナダも、よくやりましたわ。フレンとフランもアナタのおかげと言ってます」

亜人管理官(メンター)として、亜人からの依頼を遂行したまでだ」

「あらそう。なら気にしないわ」

「感謝はしろよ。感謝は」

「ふふ、してますわよ」


 ルピンは口に手を当て、可憐にはにかんでみせる。

 調子に乗ってなければ、普通に美少女といった感じだ。確かにこれなら職員から支持を集めているのも頷ける。こういったギャップがウケるのだろう。


「さて、そうと来ましたら明日から会員の皆さんに恵みを与えないといけませんわね。フレン、フラン、今から私様の撮影会ですわよ〜!」

「……!」「……!」


 えいえいおー、と3人揃って腕を天へと突き上げると、どこかへと走り去ってしまった。

 嵐が通り過ぎたみたいに、その場はしんと静まり返る。


「…さて、仕事の続きかな」


 私は一息ついてから、管理局の方へと戻っていった。


 〜〜〜〜〜〜


 “明けの明星”本部。

 そこから数km離れた地点にて。

 ガスマスクも防護服も身につけていない亜人が一人、遠くで息を潜めていた。


「やっと止まったっスね、あのコウモリ女…!」


 双眼鏡から覗くのは本部のビル。

 確認するように何度も眺めては、よく目を凝らしていた。


「やっと見つけたっスよ…間違いない、ここが“楽園”…!」


 “楽園”。そう口にした言葉とは裏腹に、亜人はギリリ…と歯に力を込め、ビルを見つめ続けていた。恨みやつらみを建物にぶつけるみたいに。



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