3話 青の演奏
“明けの明星”本部となっている地下シェルターの真上には、15階建ての高層ビルが建っている。
元がなんの施設だったのかは知らないが、今となっては形だけが残っている。人の出入りが少なく、手入れも行き届いていないので、傍から見ればほとんど廃墟だ。
何故住むスペースがありながらシェルター暮らしを強いられているかというと、シェルターを除いたビルの全階層が“世羽根の毒”によって汚染されているからである。
現在、私はその汚染された1階に向かうべく、シェルターの出入り口であるゲートをくぐろうとしていた。
警備が2人、怪訝な顔で私を見ている。
「……失礼ですが、あなたは」
「亜人管理官です。上に用があるので通してください」
「ああ…!後任の方ですか。どうぞ、マスクと防護服を着用して、お通りください」
彼らは職を聞くなり、ペコペコとした態度に変わった。人によって態度を変えるというのは当たり前かもしれないが、こうも露骨だと、流石に思うところがある。
私が給仕だった時は会釈だけだったというのに。
渡された真っ黒なガスマスクと真っ白な防護服を慎重に着た後、ゲートのセンサーを通った。
「…問題ありません。どうぞ」
当然だが、何も異常は起きない。けたたましく鳴り響いてくれるだけで、私は上に行かずに住むというのに。
ため息を漏らしながら、上へと続く階段を上がった。
“世羽根の毒”を通さないよう厳重に管理された扉を開けると、すぐそこがビルの1階だ。
高層ビルというだけあって中はかなり広々としている。1階から3階にかけては吹き抜け構造となっており、中心には謎のポーズを取った人の像が立っている。
出入り口はほとんどシャッターで封鎖されているが、階層全体に電気はちゃんと通っており、1階では全ての照明が灯っている。
人が住めないのに、どうして電気を通す必要があるのか。
「──────あっ!そこの給仕さーん!私たちの演奏聞いて言ってくださいよー!」
そこには“亜人”が住んでいるからだ。
一応呼ばれるがまま、声のする方へと歩いてみる。
そこにはギター、ドラム、ベースを構えた3人の亜人が即席のステージの上に立っていた。
「ありがとー!最近立ち止まってくれる給仕さんがあまりいなくて退屈してたの!よーし、皆行くよー!」
「うぇ〜い」
「……」
“亜人”はその特異な身体故に“世羽根の毒”を取り込んでも、身体に悪影響がない。この汚染された高層ビルは現在“亜人”達の住居として機能しているのだった。
昨日に保護した“明石サラ”もここの1階層に住む予定となっている。
「1曲目は皆さんご存知──────」
「悪いがお前たちの演奏を聞いている暇はない」
「嘘!しゃ、しゃべった?!」
リーダーらしきギターの少女が驚愕した。
他のメンバーも目を見開いて私の方を見ている。
古い体制の話だが、極力亜人のことは刺激しないよう“亜人管理官”以外は、基本的に会話を禁じられている。今も、余計な会話はしないようにと言われている。
「きゅっ、給仕さんって喋れたの?!」
「ああ。喋ることを禁じられているだけで、皆喋ろうと思えば皆喋れる」
「へっ、へー…じゃあ貴方は、なに?喋れる給仕さん?」
「しゃべきゅーだ〜、しゃべきゅー」
「給仕ではない、亜人管理官だ。今まで話しかけてくるヤツが1人くらいいただろう?」
「い…たけど、なんか変なオジサンっぽい人が1人くらいで」
「そいつはビートルズがどうとか言ってなかったか」
「うん。練習中に急に現れて“ビートルズみたいの頼むぞ”って。ビートルズってなに?」
「…多分、特撮か何か…」
叔父…。
ビートルズなんて今どきの子に通じないだろう。
3人は憶測で“ビートルズとは何か”を話し出した。
「ビートルズというのはイギリスの古いロックバンドだ。悪いな、身内が迷惑をかけた。後できつく言っておく」
「あー!ちょちょちょっと待ってって!1曲でいいから!聞いていってよ!」
「私は忙しい」
「最近給仕さんがみんなロボットになっちゃったから全然聞いてもらえないの!お願い!」
「心配せずともな、ここにはしばらくすれば嫌という程人が通るようになる」
「はぇ…?」
私はバインダーに挟んだ資料と照らし合わせながら、床に印となるテープを貼っていく。
「最近“世羽根の毒”を空気中から取り除ける空気清浄機が発明されたらしい。今私は設置場所の下見をするという任を受けている」
「空気清浄機。それってつまり…?」
「上手くいけば、シェルターにこもっていた人間が防護服なしでこの階まで上がれるようになる」
「ほ、本当?!すごいすごい!!」
かかる費用のことを考えたら1〜3階までの設置しかできないらしいが、それでも十分すぎるくらいだ。皆10年以上の地下暮らしにうんざりしているだろうから。
最近の“我々”の技術の進歩には目を見張るものがある。
「そういうわけだ。わかったら大勢の前で演奏するイメージトレーニングでもしていろ」
「分っかりました!では1曲!」
「…話を聞いていたか?」
「私たちは今ここで、喋れる給仕さんに聞いて欲しいんですよ!ねぇみんな?」
「私は別に〜」
「…今日は演奏したくない」
「……ね?!給仕さん!?」
「亜人管理官だ。お前は1度耳を診てもらえ」
「むー…」
これ以上相手をしていると長くなりそうだ。
ふくれっ面の彼女を無視して、次のポイントの向かおうとした時だった。ふと思い出し、踵を返す。
「お前ら、名前は」
「え、え?なんです?急に?」
「亜人管理官だからな。亜人のことはできる限り知らなくてはいけない」
「うら若き乙女の個人情報をどうするつもりですか〜」
「…喋れる変態給仕…ふふ…」
「人聞きの悪いことを言うな。そういう仕事だ」
「なるほどですね!そうときたら、よーしいくよみんな!」
「…?おい演奏は聞かないぞ」
3人は置いていた楽器を急に手に取り、慣れた感じで演奏し始めたと思いきや…。
「私はギターボーカル清都レン!水色担当!」
「ドラム〜倉木ケリン〜。多分青色担当〜」
「ベース…阿多レヴィオ…紺色担当…」
「3人揃って〜?」
「「「“海色ディーヴァ”です!」〜」…」
決めポーズと共に演奏は終わる。
3人とも示し合わせず、思い思いのポーズを取っているのか、ほとんどレンが被ってしまっていた。
私はあえて反応は返さず、手元にあったメモに彼女らの情報を書き綴った。
「…協力感謝する」
「ちょっと!拍手は?!何もなしですか?!」
「急いでいるのでな…だが、悪くないパフォーマンスだった。最後のポーズは決めておけよ」
「…!お喋り給仕さん!」
「亜人管理官だ。」
「じゃあ役職じゃなくてお名前教えてくださいよ!そして今度会った時にお顔も見せてください!」
「はぁ…サナダだ。忘れてくれていい」
「忘れませんよ!ねぇみんな?」
「多分明日忘れてる」
「…私は1時間後にはもう…うん…」
あえて何も言うまい。
メモ帳をしまい、踵を返す。
本当にあまり時間がない。今日中に終わらせるつもりで動いていたのに、長居してしまった。
「また来てくださいねー!喋れる給仕さーん!」
「“しゃべきゅー”またな〜」
「…喋れる人…さよなら…」
あえて何も言うまい。
私は早々にその場を後にした。