28話 真打ち
エイルの黒縁のメガネが外されると、瞳は暗がりの中で光を放ち始めた。世にも珍しい虹色の瞳。彼女の銀髪の中で輝くそれは、より一層目立って見えた。
「皆さん、動かないでください」
「…?」
「もちろん、ルピンさんも」
そう言って、エイルは懐から鉛筆を一本取り出して放り投げた。
フワ、と放物線を描いた鉛筆。当然、このままいけば音を立てて床へと落下するだろう。が、しかし、鉛筆は放物線の途中でふっ、とまるで元からそこに無かったかのように姿を消した。
「私の能力です。視界内に全容を収めたものを私の意思で消せます」
「…!」
「お…!?おいおい、お前そんな大層な能力持ってたのかよ。ルピンがいくら不死身たって、これは…」
「ガラスやレンズで遮ると機能しません。ですから、普段はこうしてメガネかけてるんです。伊達なのは、一応内緒ですよ」
メガネをかけ直すと、瞳の色は元の黒へと戻る。
そうして改めて、エイルはルピンの方へと向き直った。
「…ルピンさん」
「な、なんでしょう。そのおっかない能力で脅そうたってそうはいきませんわよ…!」
「いや脅すために披露したワケではなくてですね」
「ルピン、お前いつもならここで降参してるだろ?一体全体何を企んでんだよ」
「……べ、別に何も」
「何か隠してる時の顔だね」
ルピンは気まずそうに目を逸らす。
その様子を見てロコとクルネは怪訝に顔しかめる。今の彼女は調子づいてるようには見えない。むしろエイルの能力を前にして怖気付いているはずだ。いつもの彼女なら大袈裟なくらいに命乞いをして、操っている人々を解放するまでがセット。
だが、今の彼女には断固として拒否する意思があるようだ。
「てか、いつものお付2人はどうした。こういう時は毎回傍にいんだろ」
「休暇を与えましたわ」
「うーん、嘘はついてないみたいだね」
「操ったヤツらにオレらを襲わせなかったのは」
「忘れてましたわ」
「そんなことある?」
「はぁ…じゃあ今回の目的はなんだ。何がしてぇんだ」
「…ふーんだ」
「っ、めんどくせぇ…お前の能力でコウモリの1つや2つ消してみようぜ」
「しませんよ。私とて亜人管理官です。亜人を怖がらせるようなことはしないつもりです。それと先程も言いました通り、脅すために能力を使ったわけじゃありませんので」
エイルはコウモリ飛び交う空間の中を臆することなく歩み、ルピンの目の前で立ち止まった。
「ルピンさん。貴女が起こした今回の騒動はマサムネさんを悼んでのこと、なんですよね」
「…!ち、違いますわ!」
「焦って誤魔化そうとしてる時の顔だねぇ」
「だな」
「違うったら違います!」
「…でも、そうでもなくちゃ、こんなとこで待ったりしませんよね」
エイルは穏やかな表情で周りを見渡した。
部屋にはホコリ被った棚が部屋の端に置いてあるだけ。
そこは、亜人管理局だった場所である。
「マサムネさんの報告書で呼んだことがあります。“征服”してる時、アナタは決まってまずここに隠れるんだそうですね。まずマサムネさんに見つけてもらってから…それからあちこち逃げ回るんだって」
「…そうだったのか」
「へぇ、初耳だね」
「〜〜!!だ、だったら何なんです?!それを知ったからと言って、私様を止められるとでも?!」
ルピンは羞恥に顔を赤く染めた。
それを見たロコとクルネはからかうように笑みを浮かべるが、エイルだけは穏やかな表情のまま続けた。
「知ってもらいたかったんですよね。マサムネさんがこの組織に必要不可欠な人材だったと。いつもこの騒動をおさめていたのはマサムネさんなのだと」
「…!」
「人間にとって危険すぎる能力を持ったアナタはきっと、疎まれることも多かったでしょう。多分、その苦しみを少しでも和らげようとしてくれたのが、マサムネさんだったんじゃないですか?」
「…そう…かも…」
「アナタのやろうとしていること、私としては肯定してあげたいです。私もマサムネさんに救われた亜人の1人ですから」
「な、なら私と…!」
「でも、ごめんなさい。今の私は亜人管理官です。他の亜人の為にも、アナタを止めなくちゃいけません」
エイルは悲しそうな顔で手を差し伸べる。
「ですからお願いします。シェルターの皆さんを解放してあげてください」
「…でもそれでは、皆さんまたいつもの生活を送るだけですわ。マサムネのことを忘れて」
「そんなことありません。私がマサムネさんをいつも思っているように、他の方と心のどこか片隅でマサムネさんのことを思ってるはずです」
「そんなこと…」
「だって、あの人はそう簡単に忘れられる人じゃないでしょう?」
「…!」
エイルの言葉にハッとすると、ルピンは少し迷いながらも、差し伸べられた手を取った。
「なら、いいですわ。アナタに免じて、今だけは…」
互いに手を握ると、ふわっ、と場の空気が変わる。
部屋の外から呻き声ではなく、ザワついた人々の声が聞こえ始めた。それは操られていた人々が意志を取り戻したことを示していた。
「マサムネさんが空けた穴を埋められるとは思っていません。でも、私は少しでも皆さんに寄り添えるような亜人管理官になるつもりです」
「ぅ、ん……うん……応援、しますわ……」
「駆けつけたのが私で、ごめんなさいね」
「ぞんなこと、ないですわ…」
ぐす…と、ルピンの涙声が部屋を響く。
エイルが手を広げると、ルピンは彼女の胸に向かって寄りかかり、子供のように声を上げて泣いた。
「かつてないほど、類を見ないハッピーエンドじゃないか」
「すげぇな。流石は亜人管理官だ」
「──────っ?!な、なんだ、どういう状況だ?!」
ロコとクルネによるまばらな拍手が響いている中、サナダは覚醒した。目覚めると、己の腕に抱かれて固まっているシズクやら、聞こえるルピンの泣き声やらでサナダはワケが分からない状態だった。
こうしてサナダが状況を把握出来ていない中、騒動は終息していった。
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後日。
「あら、エイルお姉様。ごきげんよう。今日も美しいですわ」
「はいごきげんようルピンさん。前を向いて歩いてくださいね」
「はーい♡」
「…?!」
「お。よお姐さん。手伝えることねぇか?」
「ありがとうございますロコさん。今は、ありませんかね。何かあったらお願いします」
「おう、いつでも呼んでくれ」
「…?!」
自分には決してしないような接し方をエイルにしていく隊長格2人に、サナダは困惑する。
「お前…私の意識がない間に何をした?たった一日であんな…」
「別に、私はいつも通りでしたけど」
「う、嘘をつくな。お前のいつも通りであんなことになるか」
「はあ、強いて言うのなら……それもこれも、マサムネさんのおかげですかね」
「…釈然としないんだが」
その日、最強格2人の亜人に畏敬の念を抱かれる亜人が爆誕したという。




