25話 黒翼の侵略者
雲林院ルピンは邪悪な笑みを浮かべながら私を見る。その眼差しはさながら、獲物を狙う獣のようであった。
ロコは私の前へと一歩踏み出し、ルピンの前へと立ち塞がった。
「よお…何しにきやがった」
「ただ調査から帰還しただけですわよ。“おかえり”の一言くらい言ってみなさい」
「帰って来なかったら良かったのにな」
「あらまあ…!ふふ、それよりもロコ、アナタ“最強の座”を降りて丸くなったらしいじゃない。ショックでろくに食事も喉を通らないとか」
「ちっ…!お前なぁ…」
「丸く…?そうなのかロコ」
「違ぇよっ!これが、コイツの一番厄介なところだ」
「ふふふ、確かに心なしか目元から覇気が失せたような…そうでないような…」
「…コイツは思い込みが激しい。多分帰ってくる道中で本部からの連絡を色々拡大解釈してった末なんだろうな」
くひひ…とルピンは口元を押さえながら、何か企んでいるみたいに笑う。その度にロコの表情がイラつきによって歪んでいく。
「腑抜けたアナタに私様が止められましょうか、いや止められない!!この機を私様が見逃すわけありませんわよねぇ?」
「あと調子に乗りやすいのと、人の話をあまり聞かないのと、野心が無駄に強い」
「…大分ヤンチャな娘ってことか」
「オブラートに包みすぎだ。コイツの迷惑は“ヤンチャ”じゃ片付けらんねぇぞ」
「そ、私様の“征服”を子供のイタズラのように捉えてもらっては困りますわ」
小悪魔的な笑みを浮かべると、未だ舞い散る紙吹雪の中、ルピンは私に向かって歩き始めた。
「記念すべき1人目はアナタに決めましたわ」
「…!2代目!こいつから離れろ!!」
「…?なんか分からんが、承知した!」
ロコが歩もうとするルピンを押さえているのを後目に、私は踵を返してその場を去ろうとした。
が、目の前をコウモリの群れが阻む。
「っ、うっとおしい…!」
「おバカな人。人間が亜人から逃げられると思ってるの?」
遮る黒翼を払い進もうと前進したその時、目の前に突然現れる柔らかな感触が、私を包み込んだ。
コウモリの群れだったものはいつの間にか集まり、ルピンへと姿を変えていたのだ。
「──────はい、もう私様のもの」
カプっと、ルピンの小さな口が私の首元を甘噛みした。痛みはない。が、何かが私の中に流れ込んでくる感覚。その直後に、私の意識はまどろみの中へと消えていった。
〜〜〜〜〜〜
いつもの亜人管理局。
そこにいる面々はいつもと変わりない。
亜人管理官であるサナダとエイルの2人。加えて亜人の来訪者が数人いるのが、いつもの管理局。そう、揃っているメンバーは変わりなく、いつも通りのはずであった。
「…。」
「うん…うん…良い加減だわ…今後ともマッサージ係として下僕にするのもいいわね」
「アリガタキシアワセ」
部屋のど真ん中にマッサージベッドを置き、その上でくつろいでいるルピン。そして、そのルピンを虚ろな瞳でマッサージしているサナダ。
出勤時には既にできあがっていたこの状況に、エイルは困惑していた。
「ふふ…中々いい具合にスペースが空いてるじゃない。今後とも私様のリフレッシュルームとして使ってあげるから感謝なさい」
「アリガタキシアワセ」
「…あ、あの、ルピンさんでしたっけ?仕事の邪魔になるので一旦自室へ帰って下さると助かるのですけど」
「あらあら…この男はアナタの上司なのよね?どうかしらサナダ、私は仕事の邪魔になってるかしら?」
「アリガタキシアワセ」
「ほら、上司がこう言ってるんだし、我慢なさい。大して邪魔にもなってないでしょう」
「…ちょっと亜人管理官。いつから美少女の下僕になるなんて高度な性癖に目覚めたんです。あ、元からそうなんでしたっけ」
「アリガタキシアワセ」
「ダメだこりゃ…」
エイルは頭を抱えた。
皮肉のつもりで言った言葉さえも、どうも今のサナダには届かないようである。
「くひひ…1人目が亜人管理官なんて、流石の私様♡」
「すまねぇ。オレがついてたってのに…」
「いえ、ロコさんが謝ることではありません…ちなみにあれは一体どういう状態なんです」
「ルピンに噛み付かれた“人間”は、ルピンの言いなりになるんだ。アイツの意思でいつでも自由になれるが…逆に言えばアイツが解放する気がなけりゃずっとあのまんまってワケだ」
「凄い厄介な能力ですね…あっ、また…!」
ルピンは2人からの視線など微塵も気にすることなく、思い思いに行動していた。冷蔵庫にあったケーキを無断で食したり、土足でソファーの上に立ったり…と、現時点ではそのレベルのこと。
ただ、その度に几帳面のエイルは後片付けを強いられていた。
「もう…!誰もこの子のしつけをする方はいなかったんですか?!」
「〜♪」
「あぁ…悪ぃ。対処法考えるからもう少し辛抱してくれ」
「そろそろここも飽きてきたから、次の場所行こうかしらね〜」
「──────あっ、ごめんください。サナダさんいらっしゃいますか」
2人が頭を抱えている中、サナダをたずねて来たシズクが部屋に現れた。
彼女の目に映ったのは、女王のように振る舞う亜人の女と、その彼女に甲斐甲斐しく世話を焼く最愛の人の姿。
「え…?」
その瞳に、冷たい炎が宿った。




