23話 どうでもいい土日
「いずれ終わりは来る…か」
ミルモの言葉を呟きながら、平和な光景を眺めていた。
今は“能力測定”
亜人が個々に持つ特殊能力の確認とその制御を兼ねた測定であった。あちこちで白衣の者と亜人がペアになって、それぞれの能力を確認している。
かく言う私も──────
「…まぁこういう分野は専門外なので任されてないわけだが」
ベンチに座り、全体を監視する役目を任されていた。
他の者と同じような服装こそしているが、元を辿れば、職がなく仕方なしに給仕をしていた男だ。火を吹いたり、氷を作り出したりする者達の力を専門的に解き明かせるような頭脳は持ち合わせていない。
こうして、何かやってる風にバインダーを持っていることしかできない。
「…サナダ氏、ぼっちか…」
と、一人でくさくさしている所で声をかけられた。
「…体育の時間で、二人組作れなかったタイプ…」
「タイプ、なんて言い方するほど多くないだろ。必然的に1クラスに1人しか存在しないのだから」
「…そんなことない。今この場に2人いる…」
「今の私はぼっちと言うより、ニートに近い」
「ふふふ…ニートサナダ…ぼっちとニート、どうしようもねぇな…」
ジャージ姿のレヴィオは、目線を泳がせながらニヤニヤとした笑みを浮かべた。ジャージにはやはり、お手製であろう“海色ディーヴァ”のワッペンが縫い付けられていた。
「それ、毎度のことだが誰がやってるんだ?」
「それ…?どれ」
「そのワッペンだ。前もロゴをプリントしたTシャツなどを着ていただろう?随分手がかかってるなと思ってな」
「…?ああ、これ全部私がやってるの…でも私含めた3人のだけ…余りはないぞ…」
「それは残念。ファンに売ったら結構な儲けが出ると思ったんだがな」
「…!天才か?サナダ氏…!」
「亜人管理官なんでな」
「…なるほど物販ってやつ…サナダ氏、ウチらのマネージャーでもやらんか…?」
「私は亜人管理官だ。これ以上肩書きが増えるのはよろしくない」
「ちぇ…確かにこれ以上名前が増えたら、どう呼ぶか困るわな…“しゃべきゅー”、“喋れる給仕”、“喋れる人”……」
「それ全部お前らが付けたやつだろ」
「てへ」
と、可愛子ぶって舌を出したレヴィオ、何かに気づいたのか小走りで私の背に隠れる。見ると、向こうから白衣の人間がこちらに走ってきていた。
「──────亜人管理官!五十棲ユユが見当たりません!どこへ行ったかご存知ないですか?!」
「ああ、慣れない環境下で能力の制御が効かなくなったのでしょう。蘭ミアか天野ミルモ辺りに探してもらうのが1番手っ取り早いですよ」
「ありがとうございます!」
会釈すると、研究員は向こうへと走り去っていった。
研究員がいなくなったのを確認してから、レヴィオは私の前へおずおずと出てきた。
「どうした。人見知りのような振る舞いだったぞ」
「…人見知りだよ…そういうサナダ氏は、ニートっぽくなかった…仲間だと思ってたのに…」
「私とてレヴィオとそう変わらない。人付き合いは苦手だ。ただ取り繕っているだけさ」
「え…なんで亜人管理官やってんの?」
「やらなきゃニートだったものでな」
「ふふ…今と変わんないじゃん…」
「──────あっ、レヴィちゃんめっけ〜」
談笑していたところにケリンが現れる。
ケリンだけ、何故か下がロングスカートになっていた。
「サナダおっは〜」
「おはよう、“能力測定”は終わったのか」
「オワタ〜。こっからは暇なんだな〜」
「…ケリンちゃ、おつかれ…私はまだだよ…」
「レヴィちゃんのはちょっと大掛かりだからね〜仕方ないね〜」
「そういえば、私は2人の能力を直接見たことがないな」
「そだっけ〜?じゃあ見る〜?」
ケリンかロングスカートを少しだけつまみ上げると、彼女の足元から無数の吸盤のついた触手が10本ほど這い出てきた。
「ゲソ足〜」
「へぇ、便利そうだな。自由に動かせるのか?」
「そりゃそのために訓練してますんで〜」
ケリンは触手をグネグネと動かし、私の手足を掴み、持ち上げた。
「亜人管理官触手プレイ〜」
「ふっ…どこ需要…?」
「ちょっとヌルヌルしてるな」
「そうよ〜?だからあんまり便利じゃな〜い」
「なるほどな…ありがとう。もう下ろしてくれ。こんなの見てても面白くないだろ」
「へっへっへ…そうは問屋がおろさな〜い」
触手で私を拘束したまま、好き勝手ポーズを取らされる。
「グリコ」
「おい」
「コマネチ」
「私で遊ぶな」
「チンチン」
「鎮座と言え」
「いひひひ…サナダ氏、今最高に輝いてるぜ…いひひ…!」
「嫌な輝き方だな…そら、満足したならもう下ろせ」
「じゃあ最後に──────」
「何してるんです?」
穏やかでありながら、どこか冷ややかな声。
ケリンらが振り向くと、そこに立っていたのは目を細めて笑んでいるシズクだった。
「シズクちゃんじゃ〜ん。いいとこに来たね。見てて〜今からサナダに屈辱的なポーズ取らさっからね〜」
「やめろ」
「……ケリンちゃん、レンちゃんが呼んでましたよ。何か急ぎ用なんだとか。レヴィちゃんも、そろそろ出番みたいですよ」
「ん?マジ〜?ちょっと行ってくるわ〜レヴィちゃん一緒に行こ〜」
「ウス…行ってくる」
私を下ろすと、2人は手を繋ぎながら向こうへと走って行った。
ホッと息をつく。屈辱的なポーズを取らずに済んだのだ。
「助かったよシズク。難を切り抜けられた」
「そんな、礼には及びませんよ…ところでさっき“ちんちん”って…」
「お前もか…鎮座と言え。誤解を招く。こんな場所で下半身を露出していると思われたら、社会的に死ぬだろう」
「…ですね。ふふふ、気をつけてくださいね」
シズクは口に手を当て上品に笑った。
一瞬、何かの危機を感じた気がするが、きっと気のせいだろう。いつも通りシズクは穏やかに笑っている。目線がなんだかチラチラと下に向いている気はするが、それ以外は特に変わりない。
「シズクは測定は終えたのか」
「はい。いつも通り氷の像を作るだけですので、そんなにスペースを取らないもので」
「見事な氷像を作ると噂で聞いたことがある。見ておけばよかったな」
「そんな。言って下さればすぐに作りますよ」
シズクは手で受け皿を作ったと思うと、手の上であっという間に氷像を作って見せた。小さな鳥の氷像だ。翼の部分には細かな線が刻まれおり、かなり精密であった。
「す、ごいな…職人顔負けだ」
「ふふふ♡褒めても何も出ませんよ」
「溶けないのなら管理局に飾りたいところだ。手に取って眺めてみてもいいか?」
「はい、どうぞ」
目といいくちばしといい、見れば見るほど精巧に作られていることが分かる。
これが一瞬で作り上げたものなのだから、不思議だ。
「あっ、サナダさん。レヴィちゃんの訓練が始まりますよ」
と、氷像に夢中になっていたところシズクに止められる。
「レヴィのか。大規模だとは聞いていたが…ここからでも見えるものなのか?」
「見えますよ。あっ、ほら!」
少し遠くで水が美しく宙を舞っていた。
レヴィの能力は“流動体の操作”
水などの液体を意のままに操れるのだという。
打ち上がった水は噴水のように勢いよく噴き上がったと思えば、蔓のように細く、長く弧を描いて落下していく。
「水芸みたいだな…ん?」
舞っていた水の色が赤く染まる。
色のついた水…染料でも用いているのか。
訓練にしては、やけに手が込んでいる。
そう思っていたのも束の間。水は弧を描きながら形を変え、ある文様をかたどり始めていた。
その文様…否、文字とは──────
『Happy Birthday !!』
「……あ」
その文字に思わず口を開け、ようやく気づく。
今日という日がなんの日なのか。自分のことなどあまりにもどうでもよすぎて、忘れていたのだ。
シズクが笑顔で私の手を引く。
向こうで紙箱を持ったサラがぶっきらぼうに立っている。
終わりが来るのなんて分かっている。
でも願わくば、この幸せが続きますように。
そう、きっと誰かがそう願っていた。少なくとも1人は、切実に願っていた。




