22話 駆け抜けて平穏
白い雲のようなクリームの上に、灯りが灯る。
「──────ハッピバースデートゥーユー♪ハッピバースデートゥーユー♪」
男の声と女の声が重なっている。
今日は、俺の誕生日。両親が祝ってくれているのだ。
…否、これは夢だ。ずっと遠い過去の話。
もうずっと…自分の誕生日なんて何年も祝われていない。あの日“天使”が現れてからずっとだ。
誰にも祝われない日に気づいては、己の歳を重ねる日々。いつだったろうか。最後に祝われた日は──────
〜〜〜〜〜〜
「はい、整列。番号順にいくからなー」
私はいつものバインダーを持って、人混みに呼びかけた。
目の前には綺麗に整列した亜人達。
いつも以上に騒がしい亜人管理局の前には、現在組織にいる亜人全員が揃っていた。
それは“下”からのお達し。
帰還した調査組西部隊の再編成の検討のため。また、亜人同士互いの能力を把握するため。“上”のスペースを用いて、亜人達の合同能力測定を行うとのこと。
普段ならば一人一人行うところ、一気に全員分行うのだから、いつもの人手では当然足りない。私は引率する係の1人として、今日は働いていた。
亜人の列を引き連れ、目標の場所へと歩く。
「おっはーサナメン」
後ろからの声に振り返ると、支給されたジャージを着込んだミアがついて来ていた。
「すっごいしかめっ面してんね♪」
「朝早くに駆り出されたからな…まだ眠い」
「えー、いつも早起きしてるじゃん」
「土日はいつも休みだろ。私はこの時間大体寝ているんだ…ふあぁ……ミアはいつも通りか」
「多分早起きする習慣が付いてんの。ほら、早起きはサンコンの得て言うじゃん?サンコンって何なのか知らないけど」
「三文の徳だ。別にサンコンは得しない」
「ふーん。でも、得するんならいいと思うー」
「急に適当になるな」
とか、何とか話している間に目的の地点につく。
場所は1階の隅。私は率いていた亜人をその場に集め、説明をした後に、そこから離れた地点でストップウォッチと白旗を構える。
50m走。
何とも懐かしい響きだ。
随分前、学生時代にやったのを覚えている。
亜人の身体能力の変化を測るのに適しているんだとか。
「よーい──────スタート!」
最初の亜人。
旗を下ろすと同時、ストップウォッチをスタートさせ、すぐに押した。
ストップウォッチが示す数字は4.56。これで遅い方である。そう、亜人の身体能力は人間の倍以上。走れば5秒を切ることなんて当たり前なのである。
「よーい、ドン」
3.08
「よーいドン」
3.58
「はい、ドン」
3.16
誰も彼も、しっかりしたフォームで走っているわけでもなしに、かつての人間達の世界記録を易々と超えていく。羨ましい限りだ。ここまで速く走れるのなら気持ちがいいだろうに。
「よーい、ドン」
通り過ぎていく影に合わせて、機械的に数値を記録していった。
2.06
「ん…?見間違えたか?」
「おう2代目。何秒だった」
と、通り過ぎた影がこちらへと歩み寄る。
タンクトップ姿のロコであった。脇に脱いだであろうジャージを抱えている。
「2.06だ。今のところ最速だぞ」
「あー?マジか。それでも、ちと遅くなってんだよ。前は2秒切ってたんだけどな」
「いやいや、これでも十二分に早いと思うぞ」
「ふっ、そう思うなら見てろよ。次が最速だぜ」
「最速…?お前以上が──────」
フ ァ ン
と、スポーツカーが通り過ぎたような音と共に影が通った。
「よっし!いい感じ!サナダさんボク何秒だった?!」
「クリフ、まだ押してない。勝手に走るな」
「えーっ!?マジぃ?!さっきのいい感じだと思ったのに〜」
トボトボと帰っていくクリフの背を見送る。
つくづく、亜人というのは突飛な存在だと思える。超常的な力と異様なまでの身体能力を有していながら、中身と外見はいたいけな少女そのままだ。
生物としては、明らかに突き抜けている。
今こうして、人間の私が対等に接しているのが不思議なくらいに。
「──────ここは稀有な例なのです」
「うおっ!ミルモか。急に後ろから話しかけるんじゃない」
「私が後ろから話しかけたんじゃないのです。アナタが私に背を向けていたのです」
「我儘がすぎるぞ…何が稀有な例なんだ?」
「この組織のことなのです」
「そうか?どこもこんな感じなんじゃないのか?…クリフ、準備出来たな!よーい、ドン!」
ヒ ュ ン
と、先程よりさらにキレのある風切音と共にクリフは通り過ぎた。
「はぁ…はぁ…どう?!ボク何秒?!」
「0.96だ」
「あちゃー!スタート遅れちゃったかー!もう1回!もう1回いい?!」
「ダメだ。お前相手は測るのも一苦労なんだぞ」
ちぇー、と腕を首の後ろに回してクリフは遠ざかっていった。
他の亜人達の計測を続けながら、私はミルモとの話を続ける。
「…お前は他の組織も訪れてきたんだろう?“明けの明星”と他の組織はどう違うんだ?」
「人間と亜人が対等なところです。違いが生まれれば、普通は扱いに差ができるものです」
「差か。具体的には」
「例えば、亜人を危険とみなし、監視、管理を徹底する」
「ここと対して変わらないだろ」
「“徹底”の度合いが違うのです。私が見てきたそこでは、亜人は奴隷同然だった」
「“天使”としては、そういうのは望まないだろ」
「それが“私たち”にとって都合のいい環境となるなら、望む場合もあるのです」
ユユと交流を深めた今の彼女からなら人間らしい回答が聞けるかもと期待したが、どうもそうでもないらしい。
まだ依然として、彼女は“天使”である。
「どう転んでもそんな組織、都合はよくないと思うが」
「その辺は要調査なのです」
「私的には、今のこの光景が人間にも、亜人にも、天使にも最適だと思うんだが、どうだ?」
「確かに、この光景は魅力的なのです」
ミルモは目を細め、外から差す陽光にて照らされた亜人たちを眺めた。
「魅力的ですが…これが、常とは限らないのです」
「永遠には続かないと?」
「この日常が、いずれ崩れ去る時が来る。アナタとて、そう考えたことは無いですか?」
「……。」
「どんなものにも終わりは来ます。あなたの叔父が息絶えたように」
考えないようにしていた。
この平穏が、当たり前が崩れ去る瞬間を。
叔父が亡くなった瞬間を思い出さないように。
10年前、世界が崩れ去ったあの時を思い出さないように。
「いずれ来ます。終わりは。私たちが求めているのは恒久的な環境なのです」
「…そんな環境があればいいがな」
「そう簡単に見つけられはしないのです。ですが、探す価値はあるのです。サナダ、貴方もそんな環境があればと思うでしょう?」
「……」
答えなかった。認めることが何故だか恥ずべきことに思えたから。




