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2話 出勤前

 

 それは数日前のこと。

 その日はいつもよりシェルターが騒がしかった。


「お前、今やってる仕事辞めろ」

「…はい?」


 ボトルシップが立ち並ぶ執務室にて。

 叔父は、珍しく人と話しながら趣味であるボトルシップを作っている。そんな叔父から告げられた言葉だった。タバコの臭いが立ちこめる中、机越しにそう告げられた。


「辞めろって…クビですか?」

「クビだな」


 あっけらかんと叔父は言う。

 俺はその言葉がもしかしたら嘘なんじゃないかと思い、もう一度聞いた。


「すいません。俺が、クビなんですか」

「クビだな」


 変わらず、同じ返答。

 実の甥に向かってなんて残酷な言葉を使うのだろうか。もしや、この目の前にいる白髪混じりで、酒やタバコが好きだからという理由で己を“ちょい悪オヤジ”と称する、イタい中年は、俺の叔父ではないのかもしれない。

 そうに違いない。


「苦手な虫を見る時と同じ目をしているな」

「苦手な虫を見ています」

「叔父を昆虫呼ばわりとはな…」

「…何でですか。そんなヤバいことやらかしましたっけ」

「確かにお前の性格は難アリだが、たかが給仕の仕事でやらかすほど、ヤバいやつではない」

「性格に難…?でも、じゃあなんで」


 叔父は机の上で重なりまくっているファイルの間から、タブレットを取り出し、俺に写真を見せてきた。

 ステンレス製らしき…小さな柱のような物が映っていた。


「なんですかそれ。ゴミ箱?」

「ウチ、ほら、なんか最近イイ感じのことあっただろ?それで、いくらか余裕できてきてな」

「余裕ができて、どうなったんですか」

「これは導入された給仕用の全自動ロボだ。我が組織にもう人による給仕は必要ないとのことだ」

「あっ、ロボ…はい」

「だが、私とて実の甥に解雇を言い渡しておいて、ほったらかすなんて非情な真似はしない。酷いことをした後というのは決まって寝覚めが悪い。きっと今のままでは眠れなくなる」


 その理論だと叔父はこの一週間、一睡も出来てないことになるがどういうことなのか。いつも以上にご機嫌なようだが。


亜人管理官(メンター)、という仕事を知っているかね?」

「叔父が毎回死んだ目をして帰ってくる、あの」

「人間と亜人の仲を取り持つ立派な仕事だ」

「それを俺にやれと?」

「ふふ…」

「やれと?!」

「今日のところは私の助手で勘弁しておいてやる。ほら」


 そう言うと叔父はハンガーにかけてあったホコリ被った白衣を俺に放り投げた。


「今日保護した亜人がいる。ちょっと私の仕事を見ていけ」

「え…?ちょ、ちょっと待ってください!いきなり過ぎます!」

「せいぜい目ん玉かっぴらいて見ておけよ。私の真似が出来るようになれば、お前は安定した職に就けるのだ」


 俺の声になんぞ聞いてないかのように、叔父はいそいそと支度を始めた。そこからしばらくは最悪の気分だった。


 〜〜〜〜〜〜


 その日のシェルターは騒がしかった。

 傷だらけの兵士がストレッチャーに乗せられ、運ばれていく。皆必死に、忙しなく動いていく中、俺と叔父はゆったりとした足取りで進んで行く。


 国際自営団兼亜人管理局“明けの明星”

 ここは滅亡寸前な世界の最前線でもある。


「どこ行ってる。こっちだこっち」


 気がつくと、叔父はある扉の前で止まっていた。黒と黄色で彩られた警告色満載な扉には、“関係者以外立ち入り禁止”とハッキリ書かれている。


「叔父さん。そこは…」

「私たちは“関係者”だ。この先に“亜人”がいる」

「“亜人”って、例の…」

「怖がるな。そういうのは相手にも伝わる。勘づかれないような手を考えろよ…下手すりゃ死ぬ」

「死ぬって…そんな」


 珍しくアドバイスかと思えば、物騒なこと言う。

 叔父は特に表情も変えず、慣れた様子で自動ドアの向こうへと入っていった。仕方なく、俺もその後について行った。


 ドアをくぐった先は、ひたすらに白い空間だった。壁も、天井も、床も、照明も白い。いや照明はほとんどついてない。真っ暗な廊下の中、一際光を放っている部屋が一つあるだけだった。

 ガラス張りになっているその部屋の中には…。


「あー、女子高生を監禁ですか」

「人聞きの悪い…仮にこれがただの女子高生だとすれば、国をあげての監禁だ。私のみの責任ではない」

「世も末ですね」

「今は世の末なのだ。誇張なし…亜人は、見たことくらいはあるだろう?」


 見目好い女子高生が、何も無い床に腰を下ろしている。人の髪とは思えないほどに真っ白な頭髪が、ギラギラと光を反射している。


 ガラスの前に人が2人立っているというのに、こちらには見向きもしない。見えていないのだろうか。

 叔父は特に何も言うことなく、バインダーと鉛筆を持ってドアへと向かう。


「少し話してくる。お前はそこで見ていろ」

「下手すりゃ死ぬんじゃないんですか」

「私は大丈夫だ。それともお前がいくか?」

「性格に難のある俺に行けと?」

「ふっ…だが、これが私たちの仕事だ。一人でできるようになれば、お前は晴れてマトモなワーカーだぞ」

「出来ないとなると?」

「お前なら兵士になって死ぬか、ニートしかないな」


 対比がエグい。

 将来的なデッドオアアライブの宣告を、叔父はやはりあっけらかんと言い放ってくる。死んだらまずこいつの枕元に出てやろう、と思いながらも、離れていく叔父を見守った。



 そこからは…よく分からなかった。

 なんせ叔父と亜人の彼女が何を話しているのかよく聞こえなかったからだ。ただ、最初は警戒の色を見せていた亜人の彼女が、叔父と話していくうちに顔を綻ばせていくのには、普通に感心した。


 “下手すれば死ぬ”なんて聞いたのに、俺が見たのは叔父と少女が和気あいあいと話す様子だけ。拍子抜けだった。


 30分もすると、叔父は部屋から出てきた。


「どうだ?なにか掴めたか」

「叔父は女の扱いが上手いな、と」

「はは…それでいい。物騒な雰囲気なんぞ微塵も感じなかったろう?」


 叔父は歯を見せて笑い、持っていたバインダーを俺に渡した。使い古されたバインダーには、焼かれた跡だの、何かにひっかかれた跡、色んなのがいくつも残っていた。


「次に亜人が来たら、お前が相手をしろ。それが初仕事だ」

「いきなりすぎませんか」

「世の中ってのはそういうものだ。その時に備えて、何か聞きたいことは?」

「あー…なにか、いい感じのアドバイスをください」


 “特に聞きたいことなどない”という意だったのだが、叔父はうんと考え込み、なにか思いついたことを口にする。


「まず、相手を笑わせてみろ。それでお前の初仕事はクリアでいい」

「適当なアドバイスですね」

「お前が適当な聞き方をするからだろうが。でも、とりあえず当面の目標はそれにしておけ。お前がやるのならそれで十分だ」


 そう言うと、作りかけのボトルシップのために叔父はその部屋を出ていった。普段はだらしない叔父だが、その日の背中は一回り大きく見えた気がした。



 その翌日に、叔父は亡くなった。

 “世羽根の毒”による身体へのダメージで、元より長くはなかったらしい。そんな素振りは最後の最後まで見せなかったからか、叔父の死に際に俺は立ち会えなかった。


 というか、叔父の最期には、誰もそばにはいなかったらしい。人気のない死に場所からして、俺は叔父が意図的にそうしたように思えた。

 きっと叔父のことだ、誰も自分の傍で悲しんでほしくないと考えたのだろう。


「──────後任はアナタになりました」


 あの日に着た白衣を渡されながら告げられる。

 告げたのは、あの日に叔父が相手をした“亜人”だった。目が痛いくらい真っ白な銀髪と、あの時には掛けてなかった黒縁のメガネが、印象深く残っている。

 俺は白衣を拒むことなく、受け取った。


「早速ですが“亜人”がついさっき保護されました。数分後には保護室に運ばれてきます。対応を──────亜人管理官(メンター)

「…分かった。準備しておこう」


 こうして私は“亜人管理官(メンター)”となった。

 叔父の意志を継いで、なんて立派なことではない。ただただニートになりたくないから。それだけだ。それに、兵士になって外に出るよりかは幾分もマシだ。これは間違いない。


「手、震えてますけど」

「…なんのことだか。武者震いだよ」


 叔父が作りかけたボトルシップは、まだ叔父の部屋にあっただろうか。一仕事終えたら完成させておいてやろう。

 その頃にはきっと、手の震えも止まっているはずだ。


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