19話 鬼のお供
通達
職員各位
四大天使“視る者”について
天使対策に関連して、以下のように決定したので、各位ご協力のうえ、職務の遂行をお願いいたします。
1.“視る者”を我が組織における亜人と同じ、保護対象として扱うこと。
2.シェルター内、又は本部ビル内で“視る者”に遭遇した際は、挨拶するなどして友好的に交流すること。
3.“視る者”の通称は天野ミルモとし、彼女を呼称する際は“ミルモ”とすること。
以上
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「なんだこの通達は…」
亜人管理局にて、机の上に置いてあったA4のコピー用紙を見て呟いた。ふざけた通達だ。下の人間がテンプレートにミルモの言ったことをそのまま入力しただけに違いない。
彼女は一時的であるが、“明けの明星”に滞在することとなった。本人は長くいないと言っているが、どうも彼女にとっての“短い滞在”というのは私たちにとって少なくとも1年はするもののようで。
3日経った今でも、彼女は当然のように辺りを歩いていた。
そして、そんな彼女を主となって監視する役回りは、当然亜人管理官の私に回された。
「サナダ。めもりぃがいっぱいになったのです」
「つい昨日も取り替えた気がするが」
「今日もいっぱいになったのです。新しいめもりぃをください」
「エイル。昨日のはどこにある」
「これです。ミルモちゃん、程々にしてくださいね。容量にも限りがありますから」
「ありがとうなのです。程々にするのです」
ミルモは私からメモリーカードを受け取ると、即座に端末に入れ、どこかへと走り去ってしまう。
ミルモは“明けの明星”にあっという間に馴染んだ。
最初は皆“天使”という肩書きに畏怖していた。しかし、“視る者”なだけあって、光景の保存に執着している姿は、どうやら職員には“人類の脅威”には見えなかったようで。
“世羽根”をばら撒くこともなく。
特に暴れることもなく。
天使が現れ、世界をめちゃくちゃにして10年。もはや今の生活が定着しきってしまった今では、そんな彼女を恨める人間はあまりいなかった。というか、恨んでいたとしても、彼女に対して何かできる者はいなかった。
「…うお、今通ったの天使ちゃん?やば…」
走り去るミルモを避けながら、見慣れない格好の亜人が部屋へと入る。デニムのジーンズにノースリーブのニット、手にはキャップを持っている。
かなりラフな格好だった。
「うわぁ、本当にビル内にあるんだ。随分広い部屋もらったもんだね」
「お前は…クリフだったか?」
「音瀬クリフね。別に覚えてくれなくてもいいけど」
彼女はロコがミルモを襲撃した際に、空を飛びながら弓矢を射っていた亜人だ。戦闘時は“明けの明星”から支給されたであろう軍服のような格好をしていたため、今の姿の彼女には気づけなかった。
「借りたもん返しに来たんだ」
そう言ってクリフは色褪せたプラスチックの携帯ゲーム機を机に置いた。
「これは、随分使い古されてるな」
「趣きあるよね。マサムネのオッサンから借りてたんだ。調査出てる間は暇になるだろうからってことで」
「…ああ、確かにこれは叔父の持ち物だ」
「長くはないと思ってたけど、まさか返す前に逝っちゃうとはね…ってことで、返すならここしかないでしょって思って」
パチンとスイッチを入れると、ロゴと共に液晶がパッと明るく光る。ゲーム機はまだ健在であった。大事に使われた証拠だ。
「あのオッサン、これのことレトロゲームって言ったら怒るんだよ。そんなわけあるかーって。面白いオッサンだったよ」
「ああ、私も同じことを言って、同じことを言われたよ…」
「それでは、これはマサムネさんのコレクションに」
「いや、これはクリフが持っておくといい。ここにあっても誰も使わないからな」
「マジ?助かるよ。まだやってないの結構あるんだよねー。んじゃ、用事はこれだけ。ボクはさっさと戻らないと──────」
「──────クリフ!こんなとこいらしてましたの…!」
げぇっ、とクリフが呻く。
そこに現れたのはゴスロリ系の衣服に身を包んだ銀髪の少女であった。
「ユ、ユニちゃん。いやマジで用事あったんだよ。ほら、マサムネのオッサンから借りたゲーム機返しにさ…」
「そんなものいつでもお返せるでしょう。あなたが報告資材の整理を面倒くさがって、それをサボる口実として利用したのはお見通しです」
「いやぁー…もうすぐお昼だし、一旦休憩とかって」
「おダメ」
「のおぉぉ…」
「…待て。雑務中に悪いが、少し私の仕事に付き合ってくれないか」
涙目のクリフに私は助け舟を出す。
これも亜人管理官としての仕事だ。亜人の精神の安定を図りつつ、加えて私は彼女らに聞くべきことを聞かねばならない。
「なんですの」
「まあ立っての話もなんだ。座って話を聞かせてほしい」
「亜人管理官さん。あまりクリフを甘やかさないでくださる?この方、都合の悪い状況からお逃げになる癖がありますの。これまでも何度逃げられたことか…」
「そう機嫌を悪くするな。ちょうどケーキが3人分余ってるんだ。食べきれなくて困っている」
「…いただきますの」
紙箱を開け、甘い匂いを漂わせると、ユニは大人しくソファーに腰を下ろした。
サラから“ジュニア”宛にもらったケーキを残しておいて正解だった。
「ふぅ…図々しいですけど、お紅茶はございます?」
「…うちにそんなのあったか?」
「安物でよければ」
「いいのユニちゃ〜ん?お・紅茶なんて作ってると休憩時間伸びちゃうよ〜?」
「お休みを取る時はしっかり休むようにしてますの。その代わりお昼明けにはしっかり働きますからね」
「うぇ〜、了解…あ、ボクはケーキだけでいいのでお構いなく」
もてなされるのに慣れているのか、準備をする私やエイルを見て、2人は思ったよりくつろいでいた。2人とも話し込むわけでもなく、思い思いに時間潰していた。
ケーキと紅茶の用意を終えてから、私もメモを持って共に席に着いた。
「早速で悪いが、名前と好きなもの、嫌いなものを教えてくれないか」
「それがお仕事ですの?アンケート方式で取った方が手っ取り早いのでなくて?」
「私は亜人管理官だ。亜人とは顔を合わせて話しておきたい」
「音瀬クリフ。ゲームが好きで、嫌いなものは…命令かな」
「紺野ユニです。嫌いなものは男性です。好きな物は…綺麗なお洋服と甘い物です」
「男性が嫌いというのは、どのくらい嫌いなんだ」
「視界にも入れたくありません」
「深刻だな…」
「言い過ぎ。実際は触れられるのが嫌ってくらいだよ」
「クリフ。余計なことを言わないでくださる?」
メモに書き綴る。
叔父の報告書を読んでいると、確かにユニに触れないことを意識している文があった。彼女と接する上では大切なことだろう。
「“調査組”、“西隊”だったか…しばらくは外に出ることはないのか?」
「お目当ての天使ちゃん見つけてきたからねー。しばらくはお休みかな」
「ロコが何か余計なことを言い出さなければですけど」
「…そういえば、ロコは今どうしてるんだ」
「戻った腕と目の感覚を取り戻しに、変異生物を狩りに行ってますわ」
「天使ちゃんに負けてへこむと思ったら、平常運転だったね」
「重傷だったろう?もう治ったのか」
「クルネ先生がいるし、ていうか、ロコちゃんだからさ」
乙川ロコ。
これといった能力はないが、人の数倍の身体能力を持つ亜人の、更に倍をいく身体能力なんだとか。気持ちが昂ると髪が赤く染まり、角が生えることから“鬼”の能力だと、報告書には記されていた。
“明けの明星”の持つ最強の亜人である。
「そのロコも、ミルモには手も足も出なかったわけか…」
「うへぇ、それロコちゃんの前で言わないでくださいね」
「暴れ散らしますわよ」
「ああ、気をつけるよ…」
「ははー…流石に人間相手に本気は出さないだろうけど…」
「……。」
「……。」
と、突然2人は押し黙った。
「……ああ、なんか、癪ですわね」
「お、やっぱユニちゃんも同じこと考えてた?」
「はぁ、もっと癪ですわ」
「またまた〜」
「なんだ?どうした」
「今さ。せっかくお勤め終わってしばらく休めるってのにさ。結局ロコちゃんのこと考えてるなーって」
「ずっと、あの方に頭を悩ましてるんですの。私たち」
ため息をつきながら、2人は不満げに話し始めた。
「どういうことだ?」
「外じゃ他の組織と遭遇することあるんだけどさぁ。どんなに友好的に接しててもロコちゃんが来た途端全部ひっくり返んのよ」
「歯に衣着せぬ物言いをするものですから、ただ口論が簡単に喧嘩まで発展しますの」
「ファーストコンタクトは絶対上手くいかないよね」
「案外、最終的には丸く収まりますけど。でもその場合、私たちの苦労が無かったことみたいになりますもの。気に入りませんわ」
「ユニちゃん覚えてる?あん時もさー」
皿からケーキはもう無くなっている。だが、そんなことは忘れているかのように2人は話を続けた。
内容では苦情やグチを言っているようだが、話している2人はどこか楽しそうであった。
と、談笑していたその時──────
ド ゴ ォ ン
──────響く轟音。
「──────オラァっ!!待ちやがれクソ天使ィ!!」
「……。」
「……はぁ」
聞き間違えはしない。鬼の声が部屋を響いた。
2人は気だるげに立ち上がりながらも、丁寧に皿を片付けてから、同時に部屋を出ていった。




