18話 ミルモの人間観察
ロコと呼ばれた隻腕の亜人は、刀を片手にミルモと対峙していた。殺気立った表情には緊張の汗が伝っていた。
「ここに何しに来やがった、バケモノ…!」
「私はここを見に来ただけなのです。争うつもりはないのです」
「どうだかなぁ!!」
ロコの腕が微かに膨張したと思うと、一息に刀剣が振り下ろされた。が、風を切る音と共に走った凶器は、ミルモの目の前で急停止した。
2本の腕で握られた刀剣は、ミルモの2本の指によって受け止められていた。
「ちっ…!!」
「やめた方がいいのです。誰も、何も得をしないのです」
「てめぇが死んだら、オレらが得すんだよ。おい!クリフ!ユニ!」
ロコの声とともに他2人の亜人が武装して戻って来た。刀、弓矢、拳銃。それぞれが戦うための武器を手に疾走する。
「おい!やめろお前ら!ミルモに交戦の意思はない!」
私はその戦場に割って入った。
戦うべきでは無い。天使であっても、今のミルモに私たちを殺そうという意思は無い。
「天使と言ったな…ミルモが、その証拠はあるのか」
「新しい亜人管理官は腑抜けかよ!どう見ても今のでコイツが普通じゃねぇって分かっただろうが!」
「分からない。まだ、彼女はお前の刀を受け止めただけだ」
「じゃあ今に分かるぜ…!」
ユニ、そう呼ばれた亜人がミルモに向かって引き金を引くのを合図に、他2人は一斉に動き出した。
ロコの頭が赤く染まり、鋭い2本角が現れる。クリフの背から翼が生え、高く飛び上がる。
2人の一糸乱れぬ見事な連携から繰り出せる刀と弓矢の同時攻撃は──────
「やめた方がいいと言ったのに」
ミルモの素手によって受け止められていた。
「っ、コイツ…!」
「えい」
ミルモが軽く小突くような素振りを見せると、ロコの身体は大きく後方へと吹き飛び、壁へと激突した。そのまま崩れ落ちる瓦礫と共に床へと倒れ込んでしまった。
「争っても得しない。そうでしょ?」
「あっらら、これは…ロコちゃんいないと無理っぽいんだけど…」
「はぁ…降参しましょう。煮るなり焼くなり好きにしてください」
戦意喪失したのか、他2人は武器を離し、手を上げて降伏のポーズを取った。その様子にミルモは満足気に頷き、持っていた端末の電源を付けた。
「よかった。写真は無事なのです」
「そもそもの端末が無事だからな…」
「これであちこちを壊して回っていたら、まだ撮ってない所が崩れてしまうのです…あっ、そこのあなた達」
「は、はい…」
「…なんですの」
「あそこの怖い人は死んでません。けど起きたら、また暴れかねないのです。早くどこかに連れて行って欲しいのです」
はい、と素直な返事をすると、2人はロコを抱えてシェルターの方へと消えていった。壊されたフェンスに、一部崩れた壁。珍しく物騒な光景と、その原因となったミルモの正体に私は面食らっていた。
「…ミルモ。お前が“天使”というのは、本当なのか?」
まだ、彼女が“天使”とは分からない。
「“天使”というのはいわゆる、羽根の生えた神の使いのことではないのですか?あれは架空の存在だと思うのです」
「…約10年前、宇宙から飛来してこの星に羽根のようなものをバラまいた未確認生物のことも、私たちは“天使”と呼称している」
「ああ、それなら私たちのことなのです」
やはり悪びれもせず、ミルモは答えた。
“天使”という存在はこの世の誰もが知っていながら、その存在を肉眼ではっきりと視認したものは誰一人としていなかった。
“明けの明星”の最終目標は“天使”の討伐。
今、私たちの目標達成は目前にまで迫っている、かに思われた。
「私たちはあなた達と争う気はないのです」
「…ではここに何しに来た」
「この組織の下見に」
「違う。この星に、何のために来たのかと聞いている」
「そっちですか。でも会った時に言った通りなのです。私たちは快適に過ごせる場所を探しているだけ」
「それで“ 毒”を振りまいていると?」
「あれは“毒”じゃありません。“進化の素”なのです」
まるで良い事を言っているかのように、ミルモは私に向かって笑いかけた。
“亜人”の存在を考えれば、彼女の言うことは理解できる。適応した亜人は普通の人間よりも優れた存在と言えるだろう。
だがそれ以上に、適応できなかった人間の犠牲が大きすぎる。“世羽根”によって人類の半数以上が犠牲になっているのだから。
「…何故わざわざ進化させる必要がある」
「私たちの住みやすい環境作りのためです。住まう生物が皆同じになれば、何のわだかまりも生まれない。亜人は、人間が私たちに近づいた存在なのです。いつかこの星の生物が皆私たちのようになればと…そう思っていました」
「…?」
「違ったのです。少しだけ違ってました。皆が亜人になるより、亜人と人間が共存した方が効率がいいかもしれないのです」
ミルモは端末を私へと向け、シャッターを切った。
「人間の存在が、亜人の安定した進化に影響している可能性があるのです…特にここはそれが顕著なのです」
ミルモは先程撮っていたエイルやレン達の写真をスワイプして見せていく。
「多くの亜人が共同で生活していながら、その誰もが能力をほとんど暴走させることなく暮らしている。その影響は多分、アナタのような人間がいるから」
最後に出てきた写真は、私の写真であった。
「他の組織ではこうはいきませんでした。亜人だけの組織。亜人が人間を虐げる組織。人間が亜人を虐げる組織…色々見てきたけれど、安定しているのはここのような、亜人と人間が共に生きる組織」
「違いはわだかまりを生むんじゃないのか」
「そこは一長一短ですね。人間は亜人ほど強くないけれど、便利な物を生み出すのです。ですから、見極める必要があります。この環境が、私たちにとって快適なのかどうか」
「快適じゃなかったら…どうなる」
「他の組織へと渡り歩くだけなのです。そしてまた探して…見つけたら、その時どうするか考えようと思います。もちろん、争う以外の方法で」
多分嘘はついていない。
発言の内容も至って友好的。だが、ひたひたと忍び寄るような恐怖がずっとその場に漂っていた。他でもなく、ミルモを中心にして。
「私は“視る者”。この世界の全てを見て、友達にその結果を伝えるだけなのです」
誤って押したボタンにより、端末のシャッターが切られる。
画面に映ったのは、至近距離にまで接近したミルモの瞳。
水色に澄んだ、どこまでも見渡せてしまえそうな色をしていた。




