17話 光臨
昼前、“亜人管理局”にて。
小さな影が室内をグルグルと歩き回っていた。
エイルはその様子を困惑した表情で見ていた。
「天野ミルモです〜。しばらく世話になるのです〜」
「は、はあ、エイルと申します。世話になるのはいいのですけど…なんでそんな格好をしてるんです?」
「サナダに着せられたのです〜」
「…へぇ!」
「ミルモ。誤解を招くような言い方をするな」
エイルが目を見開き私の方を見る。
あれから変わることなく、ミルモは裸の上から私が着ているのはカッターシャツのみである。
ミルモ曰く、ブカブカの服の方が快適との事だが…。
「着ていた服はサナダに奪われ、このシャツだけを着せられたのです」
「へぇー…!!」
「っ、やめろ!わざとだろお前!」
「…?本当のことを言ってるだけなのです」
ミルモはキョトンとした顔で首を傾げていた。
嘘はついていない。どうやら当の本人には悪気が無いらしく、見た目が幼い分かなりタチが悪い。
「サナダ、私は何か間違ったことを言いました?」
「間違ってはいない。言い方だな。言い方をもう少し変えれば誤解は解けるかもしれん。頼むぞ」
「…?サナダに全裸になるよう誘導され、挙句の果てに私物のシャツを着せてきたのです」
「さて…では写真に撮って皆さんに拡散しますか」
「やめろシャレにならん」
パシャーっと、エイルは何食わぬ顔でミルモを撮影。慣れた手つきで携帯端末を操作し始めた。
「“サナダさんがやりました”っと」
「おいやめろ」
「送信」
「躊躇いがなさすぎるだろ…」
「安心してください。あなたのことを知ってる亜人の皆さんにしか送ってません」
「それをやめろと言っている」
「さっき何をしたのです?その板が光るの、サナダは嫌なのですか?」
「あの端末で、写真を撮ったんだ」
「しゃ…?」
「外じゃカメラ持ってる人は少ないのかもしれませんね」
エイルは持っていた端末の画面をミルモの方へと見せる。画面に映るのは当然、私のカッターシャツをオーバーサイズで着ているミルモの姿。
ミルモは驚きの表情でエイルの持つ端末を掴んだ。
「…私がいるのです…!」
「食いつきいいですね」
「初めて見たのか?そうやってレンズに写った光景を保存できるんだ」
「私もこれ欲しいのです!」
「それでしたら、ちょうどここに端末が余ってますので、滞在中は自由にお使いください」
「ありがとうございます!!」
「…?それは私のではないか?」
「いいでしょう?使ってないんですから」
ミルモは無表情ながら、嬉しそうな挙動で端末を手に取ると、部屋中の光景を回転しながら撮影し始めた。
「鮮明に映らないのです〜」
「止まって撮った方が綺麗に撮れるぞ」
「…早く言うのです。数枚無駄になったのです」
「無駄って…削除すればまたいくらでも撮れるからな」
私の言っていることを理解していないのか、ミルモは小首を傾げていた。世間知らずなやつだ。
大人しくなったミルモを見ていると、外の方からドタドタと騒がしい足音が聞こえてくる。
「──────たのもーっ!ここに変質者がいると聞いてやって来ました!」
「変質者発見〜」
「…ふ、ホントに幼女いる…」
スライディングしながら、トリオが部屋に現れた。
「援軍の到着ですね」
「何に対する助けだ」
「…天野ミルモです。今日からここでお世話になるのです。よろしくなのです」
「ややっ!なんて礼儀正しい子なんでしょう!こんな純新無垢な女の子を、変態趣味に付き合わせる外道はどこのどいつだーっ!?」
「「亜人管理官サナダー」」
示し合わせていたように3人は一斉に楽器を取り出す。
タンバリン、小太鼓、リコーダー。何故かいつもより小さな楽器を取り出して3人は演奏を始めた。
「サナダー♪サナダー♪その名はサナダー♪」
「いつもの楽器はどうした」
「メンテナンスに出してます〜♪」
「コイツら…暇だったからこれしに来ただけだろ…」
「珍妙な音を出してるこの人たちは誰なのです?」
「聞かれてるぞ、珍妙な演奏をしている女共」
「3人合わせて海色ディーヴァと申します〜♪」
「…ミルモ、それ動画も撮れるぞ」
「動画…?」
やはり知らなかったようだ。
必死にシャッターを切りまくっているミルモに動画機能を教えてやると、目を輝かせて“珍奏団”の演奏を撮影し始めた。
なんだ、見た目は不自然に見えても、中身は知らないものが多いだけの女の子じゃないか。
「サナダ」
「ん?どうした」
「ここはいいところなのです。多分、友達もここを喜ぶと思うのです」
「まだ滞在1日目だぞ。早計じゃないか」
「いえ、そんなことはありません。きっとここが私たちの──────」
ガシャァァン!!
突如として破壊音が鳴り響く。
音の出処は、今日聞いた騒音と同じ場所。
私は即座にシャッターの様子を見に行った。
破壊されたシャッターにいたのは、3人の武装した亜人。
「──────ちっ、相変わらず平和ボケした雰囲気だな」
シャッターを破ったであろう亜人は負傷しており、隻腕、隻眼。彼女は殺気立った目つきで私を見る。
「あ?パンピーがなんで防護服も着ずに上にいやがる」
「ロコ。空気清浄機が置かれたと知らせがあったでしょう?覚えてらっしゃらない?」
「んなの覚えてねぇよ。じゃあなんだ、上にはパンピーがうようよし始めるってわけか?」
「シャッター直さなきゃだねぇ」
ロコと呼ばれた隻眼隻腕の亜人は、殺気立った目つきのまま私に近づき、胸ぐらを掴んだ。
「おい、亜人管理官のマサムネはどこにいやがる。アイツのことだ、上にいんだろ」
「ちょっとロコ。クルネ先生のとこで腕直してからですわ」
「るせぇ。お前がクルネ連れてこい」
「シャッターとか、調査の諸々報告とかあるよね」
「お前らでやって来い。オレはこっちをやっとく」
「…マサムネは、私の伯父だ。叔父は死んだ。私が今の亜人管理官だ」
「は…?マジか」
ロコは手を離すと、深くため息をつきながら自分の髪を掻き乱した。後ろにいた2人の亜人はさっさと下のシェルターへと向かっていた。
「死ぬぞ死ぬぞとは思ってたが、アイツこのタイミングで…」
「叔父への用事なら私が引き受けよう」
「…ああ。そうだよな。じゃあ“見廻組”の中から戦えそうなやつをリストアップしてくれ。今すぐに」
「戦えそうなやつだと…?」
「今すぐやれ。亜人管理官としての責任なんざどうでもいい。お前がやらねぇなら下のヒキコモリ連中に言うだけだ」
「なんのためにそんなことをする」
「とうとう見つけたんだよ。“明けの明星”の最終目標をな」
「なにをしてるのです?」
ミルモが不思議そうな顔でこちらを見ていた。
どうやらこれはこちらの問題らしい。外から来たミルモを巻き込むわけにはいかない。
「ミルモ、今はあっちに──────」
刹那、金属の閃きが私の横を通り過ぎた。
キ ィ ン !!
甲高い金属音。
次の瞬間、私の目に映っていたのはミルモに鋭い刀剣を向けるロコの姿であった。
「…!おい、なにを」
「なんでテメェがここにいやがる!!──────“天使”!!」
切っ先を向けられたミルモは怯えるでも、笑うでもなく、ただ無表情に小首を傾げた。まるで目の前にいる彼女が、脅威に感じていないかのように。




