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16話 小さな来訪者

 

 早朝。

 私はビルの1階を歩いていた。

 朝特有のひんやりとした空気。自分の足音と空気清浄機の小さく唸る音だけが響いている。


 私はこの空間が好きだった。

 たまに早起きした時にこうして出歩いている。

 シェルターには朝早くから作業をしている人がいるが、“上”の朝ならめったに人は現れない。環境音だけの広々とした空間をこうして歩いていると、世界に自分しかいないような不思議な気分になれた。


 ガン! ガン! ガン!


 そんな静寂をぶち破るような物音がひびきわたった。

 音の出処はビル入り口。シャッターで封鎖された場所だった。構造的にはたしかに入り口だが、本来出入り口としては利用されていない。組織の人間ならば、そこから入るはずはない。

 つまり、外部の人間である。


「──────ごめんください」


 ガン! ガン! ガン!


 シャッターを叩きながら喋っている。

 亜人達の安眠妨害になりかねない。私は不安を感じながらも、シャッターの向こうにいる者に声をかけた。


「誰だ」

「…!遠方から来たのです。この組織に用事があって来たのです」

「待て。今組織の者に連絡する」

「…開けてくださーい。怪しい者じゃないのです」


 ガン! ガン! ガン!


「待てと言ってるだろ。まずそこは出入り口じゃない」

「…?建物は一階から入るのが常識じゃないのですか?」

「ここは違う。入れてやるから大人しくしててくれ」

「…はーい」


 そこでようやく大人しくなったり

 シェルターの監視に連絡し、外に設置されたカメラで確認してもらった。シャッターのすぐ側に小さな子が一人でいるらしい。

 シャッターを開けてもいいと許可をもらったので、シャッターを開き、外にいた者を迎え入れた。

 本当に一人だけ、防護服とガスマスクでフル装備した小さな子が歩いて入ってきた。


「お邪魔します…1階からでも入れたのです」

「今回のは臨時だ。見たところ一人で来たようだが」

「1人なのです。あなたは…ガスマスクはしてないのですね」

「うちは“世羽根”の毒を除去できる空気清浄機を設置してある。ガスマスクや防護服は脱いでもかまわない」

「そういうものなのですね」


 早く脱ぎたかったのか、私が言うと即座に、ぎこちない動作で着ていた防護服やガスマスクを脱いでいく。

 防護服の中から現れたのは短い金髪の少女である。顔立ちは幼げ故に中性的でそこだけでは男か女なのか判断できない。何故私が少女だと判断できたのかというと…。


「ふぅ…窮屈でした」

「何故防護服の下に何も着ていない」

「これさえ着ていれば大丈夫らしいので」

「はぁ…間違ってはないが」

「何故目を背けるのですか?私は何かおかしなことをしましたか?」

「お前が全裸だからだ」

「あなたが脱げと言ったのですよ」

「……それは悪かった」


 このままでは私が変質者になってしまう。

 仕方なしに着ていたシャツを少女へと着せる。

 その間、ボタンを一つ一つ止めている私の様子を、少女は不思議そうな顔で眺めていた。


「そうやって着るんですね。この服は」

「…?遠方から来たと言ったな。どのくらい遠くだ」

「随分遠くです。歩いてでは2日もかかるのです」

「2日間、一人で?」

「ここに素晴らしい場所があると聞いて来たのです」

「…君は“亜人”だな?」

「亜人…?ああ!はい!そういうのに近い存在だと思うのです」


 2日外を歩いていると言っているのに、少女に疲れは見えない。それに、嘘をついているようにも見えなかった。

 体力が並大抵の人間ではないのだ。

 亜人であることは間違いない。問題はどこから来たのか。


「どこの組織から来た」

「組織…ですか」


 このご時世、外部の人間である以上、何かしらの組織に属していないとおかしい。

 自警組織“F.a.L.L”

 宗教団体“救いの羽根”…etc.

 亜人と言えど、外は子供が一人で生き抜けるような世界では無いのだ。


「特に…何にも所属してないのです」

「嘘をつくな。今まで一人で生きてきたというのか」

「友達が3人いるのです。基本は皆一人だけれど、たまに集まるのです」

「たまに集まるって…本当に友達みたいなノリなのか。でも、やっぱり普段は一人でいるんじゃないか」

「色んなとこに紛れ込んで食料をもらったりします。この見た目なら大体みんな優しいのです」

「たくましいやつだな…ここに来たのもそれが目的か?」

「それもそうですけど…今日は下見に来たのです」

「下見だと?」

「友達と一緒に住むのに快適な場所を探してるのです。ここがそうなんじゃないかと思って見に来たのです」


 少女はキョロキョロと辺りを見回している。

 彼女の言うことが本当ならば、大した脅威ではない。“友達”というのも、普段は単独行動しているのなら“亜人”のはずだ。いつも通り保護するだけである。

 しかし、彼女の纏う空気が他の亜人とは異質なものに感じていた。

 “亜人”ではあるはず。だが、何か違和感があった。


「いいだろう。一時的に滞在するということだな?」

「いいのですか?ありがとうございます。そんなに長くはいないと思うのです」

「名前は?私はサナダだ。ここで亜人管理官(メンター)をしている」

「天野ミルモ。お世話になるのです。亜人管理官(メンター)、サナダ」


 握手を返すと、ミルモは目を細め、口角を上げ、笑顔を作った。その一挙手一投足が、意図的に作られた動きのように見えた。何故そう見えたのか、私には分からない。



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