15話 無の記憶
小さくなった体で爆走している中、私がぶつかってしまったのはサラであった。
「ごめんなさい。怪我は無い?」
「あ…うん」
差し伸べられた手を取り、身を起こす。
いつもと表情が違いすぎて別人かと思った。
だが、赤い頭髪にオレンジ色の瞳は間違いなく明石サラだ。
「ん?サラっちどしたん?」
「子供にぶつかってしまいました」
サラの後ろから顔を出したのはメアだった。サラとメア、2人が一緒にいる所を見るのは初めてだが、たしか2人は同室。それなりに仲は良いのであった。
「子供…?あっ、この子あれじゃん!サナメンの親戚の子だよ!」
「…?!」
「は?サナダさんの?」
「そうそう。ほら見て」
メアが携帯端末を向けると、そこに映っていたのは小さくなった私とレンのツーショットであった。
端末にインストールされたメッセージアプリを見るに、どうやらもう私の存在は拡散されているようである。やっているのは多分クルネ。余計なマネを…。
「言われてみれば…どことなくサナダさんに似てますね」
「クルネ先生が見つかったら報告してくれってさ。写真とっとこーか」
パシャリ、と私の了解も得ずに激写された。
「“ホシを共同浴場前にて確保☆”…と」
「……浴場前?」
「どうしよう。クルネ先生のとこまで届けた方がいいですかね」
「んーとね…あっ、クルネ先生から連絡。“ついでだからお風呂に入れてあげてくれないか”だってさー」
「…?!」
アイツ、完全に面白がって言ってやがる…!
ふざけるな!これ以上罪を重ねてたまるか!
踵を返して、その場から走り去ろうとした。
「ちょっと、どこ行くんですか。今から君はお風呂に入るんですよ」
「お風呂嫌いなのかな?清潔感ないとモテないよ〜?」
「っ、離せぇ!」
「露骨に反応が変わりましたね…相当嫌いみたいですけど」
捕まった。サラとメアは私を浴場に連れていく気らしい。人間の力で亜人に抵抗できないということは今日で嫌という程味わった。かくなる上は…。
「私はサナダだ」
「…え?」
「クルネの実験で体を5歳にまで戻されたサナダだと言っているんだ!私は26歳!サナダだ!」
「この子が…サナダさん?」
2人は少したじろいだ。
そうだ。納得しろ。だとしたら辻褄が合うはずだろ。さっさと私を解放しろ。
「草。いや、んなわけなくない?」
「ですね。こんな小さな子がサナダさんのワケありません。ほら、ボクのお名前なんですか?」
「…?!」
だが、2人はあろうことか鼻で笑って見せた。
「そ、そんなわけはあるだろう!なんでだ!」
「なんでって…普通に、常識的に考えてください。何をどうしたらそんなことになるんです」
「っ、光る不思議な飴を食べたら…そうなったんだ」
「可愛い理由〜」
「不思議な飴は何味なんですか?」
「…イチゴ味」
「可愛い〜」
コイツらも面白がってやがる。
自分で言っておきながら、嘘くさいとは思ったけど…!お前らのような存在がいるご時世なら有り得るだろうが…!
「私はサナダだ!!」
「もう…まず、クルネ先生はそんなマッドサイエンティストじみたことはしません。人を人体実験する人間みたいに、悪く言うのはよくないですよ」
「なっ…!」
なんだその信用は。アイツ、外では猫かぶってやがるのか…?!
「ほら、行きますよサナダくん。一緒に入れば怖くないですから」
「はー、ウチここ使うの初めてかもー」
「っ、やめろ!俺を殺す気か!!」
抵抗空しく、私の小さな体は持ち上げられる。
女子のキャピキャピした声が出入り口から聞こえてくる。地獄の門だ。私は地獄へと連れて行かれるのだ。罪を重ねた結果、社会的に苦しみながら死へと至るのだ。
〜〜〜〜〜〜
己の精神の安定に限界を感じ悩みぬいた結果、私がたどり着いたのは“無”になることであった。
亜人管理官としての自分を保つため、可能な限りに平静を保とうと思いたったのが、まず視覚を絶つこと。
「草。目ぇ瞑って動かなくなっちゃった」
そして、このまま動くと危ないので、一切動かないこと。これがこの地獄を生き抜く上での私の術であった。
「洗う分には楽で良かったですけど。サナダくん、ずっとそこにいる気ですか」
「無…」
「もう…!」
フワ、と浮遊感。持ち上げられたようだ。
そして背中には…柔らかな…?!
「ふんっ!!」
己の頬を平手で打つ。
「うわっ!?何してるんですか?!」
「危なかった危なかった危なかった…」
「変な子〜。でもやっぱり仕草とかはサナメンそっくりかも」
「こんな可愛らしい子が将来あんなのになるなんて…時の流れは残酷です」
なんて言いながら、浮遊感のあった私の身体はどうやら湯の中へと入れられる。
失礼なことを言われている気がするが、気にしない。私は“無”だ。サナダジュニアという存在しない者なのだ。
「はぁ…湯船に浸かるなんてどれくらいぶりでしょう…心地いいですね」
「いっつもシャワーだかんね〜…あー、生き返る」
「ふぅ…」
「ふふ…サナダくん気持ちよさそうですね」
「…!無っ…」
「あっ、動かなくなった」
体を洗うとなればシャワーばかりで、湯に浸かるのなんて年単位に一回あるかないかだった。久々すぎて油断していたようだ。
「でも、まだちっちゃいから長湯はよくないよね〜。なるべく早めに上がらないと」
「なるほど…よく細かい所まで気が回りますよね。兄弟とかいたんですか?」
「弟と妹が1人ずつ…あんまり歳離れてなかったけど、よく世話焼いてたかな〜。サラっちは?」
「年の離れた兄がいましたね…下の子はいなかったので羨ましいです」
貴重な情報だ。メモがないのが悔やまれる…と、今の私はサナダジュニアなのだった。
何も、考えては行けない…。
「ちょっとウチにも触らせて」
「気をつけてくださいね」
背に…柔らか…巨…?!
「ふんっ…!」
「うお危なっ!この子またやろうとした〜」
繰り出した自身への平手打ちは、メアの手によって止められる。マズイ、何か衝撃を。平静を保たなければ…!
「マジ無理超尊〜い。何このグミみたいな感触〜」
「うおおぉぉぉ…!」
身体中が柔らかい何かで包み込まれている。
マズイ。これが何なのかを考えてはいけない。考えると私が私でなくなってしまう気がする。
目を閉じ、外界とのあらゆる繋がりを遮断しろ!感じるのはお湯の温かさだけでいい!
無…無…無──────
〜〜〜〜〜〜
夢を見た。
もう10年も前の思い出だった。
まだ“天使”が落ちてくる前のこと。
俺が高校生だった頃。
病室だった。
学校から帰るついでに寄った病院内。
俺はベッドに座る誰かと一緒にいた。
「…なにボーッとしてんの」
彼女が話しかけてくる。
夢だったからか、思うように言葉は出ない。
口癖が口から出ていくみたいに、何の考えもなく言葉が飛び出していく。
「なんでもない」
いつも通りだった。
何も変わらなかった。
それが俺は嫌だった。
〜〜〜〜〜〜
ツッ ツッ ツッ
時計の針が動く音で目を覚ます。
気がつくと、視界には真っ白な天井が映っていた。
きっとよく眠れたんだ。澄み渡るような気分だった。
「…少し、寒いか」
胸に手を置いて気づく。
体が元に戻っていた。そして、服を何も着ていない。近くにはぽっかりと穴の空いた幼児用の服があった。風呂から先の記憶が無い…のぼせでもして、気を失ったのだろうか。
「ふぅ…どちらにせよ、もう二度と付き合わん」
クルネの悪そうな顔を思い浮かべながら、寝返りをうった。
その瞬間、私の思考は止まる。
「なっ…」
「…んー?起きた?サナダジュ…」
目が合い、互いに固まる。
すぐ横で、私に抱きつくように寝ていたのはミアであった。当然、ミアが考えていたのは横に“ジュニア”が寝ている光景で。そしてそこにオッサンが寝ていたわけで。
「ミア、待て。違う。サラが、起きる」
「──────っ、変態っ!!」
シーツの下から繰り出されるヘビの尻尾が、防御力ゼロの私を容赦なく吹き飛ばした。




