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12話 幽霊?!

 

 そして、時は満ちた。

 深夜。ビル3階にて、私は待っていた。

 この時間になるとビル内の照明はほとんど切られており、窓から差す月明かりのみが頼りとなっていた。いつもは鮮やかに見えるビルの内装が、全体的に青白く染まっていて幻想的だ。


「おっ、お待たせしました…」

「うお…」


 向こうから月明かりに照らされた生足が歩いてくる…と思ったらシズクであった。太ももより下が丸出しになってるハーフパンツでそう錯覚したようである。


「シズクか…お前いつもそんな格好してるのか…?」

「は、はい。いつも着てるルームウェアです」

「ルームウェア…なら、そういうものか」


 いつも着てる割には新品のように綺麗に見える。

 その格好にも慣れていないようだが。


「ううむ…」

「え、えへへ…」

「──────おっまたせー。待った?」


 と、シズクをまじまじと見ていたところ、ミアに肩を叩かれる。ミアもミアで、シズクとは色違いのルームウェアを着ていた。

 …目のやり場に困る。


「ま、待ってない。私もシズクも今来たところだ」

「んん?なぁにぃサナメーン。たじたじじゃーん?もしかして夜に女の子と出歩くの慣れてないーん?」

「っ…悪いな慣れてなくて。私はそういう色恋とは無縁な男だ」

「だってさシズクち。やったね」

「…は、はい」

「何故私の青くない春を喜ぶ」

「それよりさぁ、言うことないん?ほら、シズクち見てさ」

「あぁ?言うこと…?」

「べ、別に言うことなんか、な、なんにもないですよね…」

「…強いて言うなら目のやり場に困る」

「っ…!」

「セクハラじゃん」


 シズクの顔が真っ赤に染まった。

 しまった。殺される。オッサンがしていい発言ではなかった。嫌な汗が全身から溢れ出す。


「…すまん。そういうつもりではなかった」

「平謝りで草。冗談に決まってんじゃん。ほらシズクち嫌がってないっしょ?」

「……。」

「烈火のごとく赤いが」

「これは照れてるだけなんよ〜。てか、サナメンも女の子見てそういうこと考えるんだ〜意外〜」

「そ、そうですね。意外かも…」

「はぁ…今日は私をからかうのが目的じゃないだろ。もう夜も深い。さっさと声の正体を探すぞ」


 はーい、と言う返事と共に私たちは当てもなく歩き始めた。とりあえずはミアの友人が目撃した場所に行った後、3階全体を回ってみる作戦だ。

 2人を引き連れて、懐中電灯片手に歩みを進めていく。


「あれ?てかエイルたそは?」

「夜更かしするのが嫌だから来ないらしい」

「なる。夜更かしはお肌に悪いからね〜」

「あいつのことだから単に面倒くさがってるだけだと思うが…」

「こんなに暗いんじゃ、しょうがないですよね。危ないですし…」

「シズクも無理に来る必要は無かったんだぞ。今回は人数が多ければよいというわけでもない」

「あ…私がいないと、ミ、ミアちゃんとサナダさんが2人だけになっちゃうので…」

「そもそも原因が存在するのかさえ怪しいんだ。2人でも…って、なんだお前ら」


 シズクは気まずそうに目を背け、ミアはいつも通りのニヤニヤ顔でこちらを見ていた。


「サナメン、わかんないの〜?」

「…わからん!どういうことだシズク」

「あっ、あ、あ、ミアちゃん、出発の前に準備してくるって言ってたけど、何か持ってきたの?」

「いや全然〜?カメラの充電と…準備運動くらいかな」

「なんの準備運動だ」

「ほら、マジで“出た”時にさ、いつでも全速力で逃げれるように。シズクちもアキレス腱伸ばしときな」

「そ、そうだね」

「用意周到なことだな。“出る”といいが」


 シズクに合わせて私もアキレス腱を伸ばす運動をしておく。実際に“出た”とすれば、逃げ遅れるのは間違いなく私だろうけども。


「草。真夜中に何してんのウチら」

「備えるに越したことはない」


 パシャ、と面白がってミアはシャッターを切った。

 暗がりがフラッシュライトによって照らされる。

 しばらくもすると、ミアの顔がみるみる青ざめていった。


「……やば」

「どうした?」

「こ、これ…」


 ミアが撮れた写真を見せた。

 写っていたのは真剣な表情でアキレス腱を伸ばしている私とシズク…そして、ハッキリと白い魂のようなものが私の後ろを過ぎる瞬間であった。


「ひっ…」

「早速じゃないか。写っていた位置的にはあの辺りか?」


 私がさっきまでいた位置を指さす。

 当然ながら、そこには何もいない。


「何もないところから水溜まりが現れるんだったか…っておい、何してるお前ら」


 振り返ると、ミアとシズクはその場に突っ立ったまま震えていた。


「ま、マジで出るんじゃん…ヤバよ」

「サ、サナ、サナダさん、い、行かないでください」

「“出る”とは思ってたんじゃないのか」

「ほんとに出るって思わんじゃん…誰かのイタズラかと思うじゃん…」

「わ、私、こういうの苦手なんです…お願いです。置いていかないでください…」

「はぁ…お前らな…そら。これで怖くないだろ」


 仕方なしに2人の手を掴んだ。

 このまま、辺りの調査を始める。

 今の所は超常現象は起こっていない。


「…見た感じでは特に変わったことはないな。マイカが聞いたという声もしない」

「……」

「ミア。またお前、なにをニヤニヤしてる…」

「いや、サナメン大胆だなーって」

「お前らが怖がって動かないからだ。セクハラとか言うなよ」

「離れないようにー、恋人繋ぎとかでいいんじゃなーい?ねぇシズクちー?」

「え。ぅ、ぅん…」

「茶化すな」


 両手に花とはこのことだがそんなことを言ってる場合ではない。“出た”ヤツがこの場を去る前に、見つけなければ。


 ジャァァ…


 直後、唐突に水の流れる音。


「ひぁっ…!」

「いやぁっ!」

「っ、いるじゃないかちゃんと…!」


 水溜まりは目の前に出現…というか現在進行形で作られている。何もない場所から水が流れ出ているのだ。

 そして水の流れが止まったと思うと…。


 パチャ パチャ パチャ パチャ


 ひとりでに跳ね始めた。

 2人が小さく悲鳴をあげる。

 聞いた通りの現象…だがこうして目の当たりにしたからこそ分かることがあった。


「水自体が跳ねてるんじゃなくて、そこにいる何かが水の上で飛び跳ねてるだけだな」

「ぃいや、そんな問題?!」


 水溜まりには不規則な波紋が波を打っていた。

 間違いなく、何かそこにいる。私は2人から手を離し、水溜まりに向かってにじり寄った。


「あのっ、やめた方がいいんじゃ…」

「多分、大したサイズじゃない…!大人しく、しろっ!」


 そのまま水溜まりの上にいる何かに向かって飛び込んだ。

 しかし、私の腕は空を切るのみ。その間、一陣の風が私の横を過ぎたのを感じとった。


「──────っ、そっちに行ったぞ!」

「…?!ひぇ…!!」

「えっ!うっそやだ来ないで!」


 歩く音はしない。

 だが、濡れた靴を履いているのか、進む先には靴の跡が残っていく。靴跡の向かう先は怯えて1ミリも動くことができないシズクだった。


 バフッ


「ひ゜」


 シズクの服に人が飛び込んだような形が残った。

 すると次の瞬間──────


『──────ごめん、なさい』


 掠れた声がシズクの耳元辺りで鳴った。

 シズクは腰が抜けてしまったのか、その場にへたりと座り込んでしまった。


「お、おいシズク、大丈夫──────」

「おらァ!!」


 シズクの元へと駆け寄ろうとしたその瞬間、ミアの勇ましい声と共に何か巨大な物が私の顔を覆った。ゴツゴツした金属のような質感が私の顔面を捕らえている。


「っ!なんだ、何が起きてる!?」

「落ーち着きなよサナメン。これウチの能力」

「ミアの…?どうして私を」

「いいから。今から離すから目ぇ絶対開けないでよ」

「わ、分かった…ん?」


 目隠し状態な分、他の五感が研ぎ澄まされる。

 シズクのすすり泣く声に…アンモニア──────


「おらァ!嗅ぐなぁ!!」

「あがぁぁ…!わがっだ、何もせん!頼むから離してくれ…!」


 目をつぶることと嗅覚を絶つことを条件にようやく拘束は解かれる。


「シズクち。ほら、一旦拭きな。サナメン見てないから」

「う、ぅぅぅ…ごべんだざい…」


 何が起きてるのか分からないが、そこまで大事ではなさそうである。だが、当初の目的である“例の声”はどうなったのか。


 〜〜〜〜〜〜


「サナメン。もう目開けていいよ」


 しばらくもすると、ミアから許しが出る。

 私はゆっくり目を開け、辺りの様子を窺った。

 ハーフパンツの色が変わっていて、目の下が赤く腫れているシズクと…何故か下半身が巨大な蛇になっているミアがこちらを見ていた。


「…何があった。特にミア」

「これ?これウチの能力。ちょっとだけ蛇になれるんだ〜」


 ミアは裏ピースをしながらウィンクした。

 私を目を覆い、拘束したのはあの蛇の尾の部分なのだろう。どうりでゴツゴツしていたわけだ。


「シズクは…もう大丈夫なのか?」

「は、はい。大丈夫です」

「そうか、ならいい。流石に“例の声”の正体はどこかに行ったか…」

「いや、多分いる系?さっきまでウチのこと手伝ってくれてたし」

「手伝ってくれてた…?」

「──────ご、ごめんなさい…驚かそうとしたんじゃないの」


 ミアの隣くらいの位置から、掠れた声がはっきりと聞こえる。声だけを聞く限り、シズクやミアよりも幼げな印象だった。


「…君は誰なんだ?」

「五十棲ユユ…ユユは亜人」

「亜人か。体を透明にするのが能力といった感じだが」

「あと声も、消える。まだうまくできない…ごめんなさい」

「謝るな。普通なら人に備わっていない能力だ。制御できなくて当然だろ」


 メモを書き留める。

 人を脅かすつもりでやっていたのではないのは間違いない。水たまりを作り、パシャパシャ跳ねさせていたのも、おそらく自分の存在を知らせるためだったのだろう。だとしても、疑問は別のものが残った。


「年頃の娘がこんな時間まで出歩くものではないが…ここにいなくては行けない理由があるのか?」

「毎回、力をうまく使えなくなったら、約束してここで人とお話するの。話してると、うまく自然にできるようになるから。でも、いつも来てくれる人が、何故か最近は来なくて…」

「人を待っていたのか。こんな時間にまで来ないのなら、今日は来ないんじゃないのか」

「多分そうだと思う…お手紙も出したけど、いつもの人は見てくれてないのかも…」

「…もしかして手紙ってあそこに入れました?」


 シズクが指さす先には私たちが設置した目安箱があった。


「そう…亜人管理官(メンター)さん宛てに」


 いつもの人とは、叔父のことである。

 透明になれる亜人の存在は私も知っていた。しかし、相変わらず重要なことはヤツの報告書に書かれていない。


「そうだな…君といつも話をしていたオッサンは、ちょっと遠くに行った」

「遠く?いつ帰ってくるの」

「…わからない。だから、今は困ったら私に相談してくれ。いつでも助けになろう」

「うん…わかった……ふあぁ…」


 小さなあくびが夜を響く。

 姿形はまるで見えないが、おそらくは10歳前後の子だろう。この夜中、亜人管理官(メンター)ならば彼女を部屋へと送り届けるべきなのだろうが、姿形が見えないとなると、相当危なっかしい。送り届ける道中でいつの間にか近くにいない、なんてことがあっても、気づけないのだから。


「…あ。サナメン、この子眠そうだし、ウチが部屋まで送ってってもいい?」

「助かるが…大丈夫か?見ての通り…というか、見えない子だが」

「それがさ、ウチには見えるみたい」


 ミアは近づき、迷うことなく、そこにいるであろうユユの手を握った。


「ね?これユユちの右手。親指、人差し指、小指〜」

「いや、見えない私達には分からないが。どうやって判断してるんだ」

「なんか、蛇になってる間は分かるんだよね。見えるっていうか…感じ取れるってか…」

「蛇…ピット器官のようなものか」

「ピッ…?多分そう!ピッピで見えてんよ」

「ふあぁ…お姉ちゃんが、一緒に来てくれるの?」

「もち!じゃ、ウチ部屋まで連れてくわ。幽霊問題解決ってことで!新聞にドカーンと載せとくからー」


 バイバーイ、と言いながらミアはユユを連れて向こうへと歩いて行った。

 解決、でいいのだろうか。またユユが能力を制御できなくなっても、ミアがいればなんとかなるが、逆にミアがいないと解決しないことになってしまった。


亜人管理官(メンター)失格だな…また、亜人(きみら)に助けられてしまった。私は何もしていない」

「お、落ち込まないでください…多分、サナダさんがいないとこうして解決しませんでしたよ」

「そうか?シズクは優しいな」

「っ…いえ、そんなことは」

「謙遜するな。少なくとも私は、シズクの気遣いにいつも助けられている」

「ぅ、サ、サナダさんは、優しい人がタイプですか」

「タイプか…なんだろうな」


 タイプ。

 好みの女性の特徴を聞いているのだろう。

 いざ聞かれてみれば、自分のタイプは何だとすぐに答えを出せないな。何なのだろう、私のタイプは。


「答えとしては無難すぎるが…料理が上手い女性、とかか」

「はい、頑張ります」

「頑張…なにを頑張るんだ」

「あっ、いえ何も」

「っと、もうこんな時間か。問題は解決したし、部屋に戻るとしよう」

「…!あ、あの、サナダさん。まだ、その、暗いのが怖いみたいなので、手を繋いで、部屋まで送ってくれませんか」

「ふっ…もうユユはここにいないぞ」


 シズクの余裕のなさそうな表情に苦笑しつつ、手を握った。


 ユユもシズクもミアも、亜人がいくら特別な存在であっても中身はやはり少女なのだ。青春半ばのまま、この世界に来てしまった普通の女の子だ。理不尽な苦労など、させるべきではない。

 私は彼女らを、守らなければならない。


「今日は、窓から見える…月が綺麗ですね」

「ん?ああ、そうだな。こんな時間だからか、特別綺麗な気がしないでもない」

「…ですね」


 そんなことを考えながら、月夜を見ていた。


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