11話 忘れそうな約束
とある日。
“亜人管理局”にて、エイルは突然言い出した。
「目安箱を設置しましょう。亜人の皆さんのお悩みを聞けるように」
「おお…いいアイディアだが、どうして急に?」
シェルターの職員から送られてきた亜人のデータの整理を片手間に、エイルの意見に疑問を返してみた。
それに対して、エイルは得意げに返す。
「この頃ここを訪れている亜人。覚えていますか」
「ああ…一昨日はサラとシズク。昨日は“海色ディーヴァ”の3人と…午後にクルネも来ていたか」
「気づくことはありませんか」
「…見事に私が最近知り合った亜人ばかりだ」
言われてみれば、新生“亜人管理局”には私の知る者しか入って来ていない。どうりでメモ帳のページが進まないわけだ。
事務的な連絡で、この場所のことは周知されているが、なるほど私のことを知らなければ尋ねずらいこともある。これは“亜人管理官”として由々しき事態だろう。
「あなたの知名度向上ですよ。マサムネさんも最初に取った手段です」
「まあここは先達に習うべきところか…他にやれることも無いだろうし、早速とりかかろう」
「目安箱。なんとも合理的かつ先鋭的なアイデアでしょうか。マサムネさんはやはり素晴らしい方です」
「…まるで叔父が発明したかのように言うが、そんなことないからな」
「マサムネさんが発明しました」
「嘘をつくな」
──────というやり取りが、遡ること3日前。そして現在、私は1階〜3階に設置した目安箱の中身を確認していた。
「目安箱、どうでした?」
「1階と2階で2通だ。3階の目安箱は今シズクが見に行ってくれている」
「2通ですか。思ったより少ないですね。肝心の中身は…?」
「“防音室作ってください 海色ディーヴァ”、“イチゴ買ってきてください サラ”…」
「見事にいつものメンバーですね」
「変わらないな。知らない人間に悩みを相談するのはハードルが高いか」
メモ帳にイチゴと防音室をメモし、目安箱の蓋を閉じる。
こうなれば、地道に一人一人挨拶していく方が有効なのかもしれない。
「──────サナダさーん。3階見てきました」
「ありがとうシズク。中身はどうだった」
「それが…一通だけ…」
そう言ってシズクは困惑した顔で2つ折りの紙を広げて見せた。
“はやくきてください。まってます”
名前も場所の指定もなしに、そうとだけ記してあった。
「なんでしょうね、これ」
「亜人管理官への果たし状じゃないですか?」
「果たし合うような仲の亜人はいない」
「イタズラですかね…?」
メモに果たし合い、と追記しておく。
結果として目安箱は私の知名度アップに役立つことはなかった。地道に亜人一人一人へ挨拶していって顔を覚えてもらうしかないのだろうか。
「──────話は聞かせてもらったし!」
カシャッとカメラのシャッターを切る音。
顔を上げると、入り口前にカメラを持った女が立っていた。異様に着崩されたシェルター支給の制服と紺色のサイドテールが特徴だ。
10代半ばの女性…亜人とみた。
「困ってんなら、ウチが助けてあげよっか」
「…初めましてだな?私は亜人管理官のサナダだ。お前は」
「ウチは蘭ミア。ミアてゃでいいよ」
デジタルカメラのボタンを押しながら自己紹介した。
「ああ、よろしくミア」
「サナメンノリ悪ーい」
「なんだサナメンって…?」
「阿字野エイルです。よろしくお願いします。ミアてゃさん」
「草。さん付けて逆に呼びにくない?エイルたそよろー。あ、シズクちとは初めてじゃないよね」
「はい。訓練の時何回かお会いしますよね」
「ね〜。いっつもクオリティ高い氷像作ってるけど、あれ誰なん?好きぴ?」
「あ、あれは…」
「…?どうしたシズク」
「あ〜把握したわ。りょ」
「ありがとうございます…」
「…?」
頬を微かに染めるシズクを見て、ミアは頭に手を当て、敬礼のポーズを取っていた。何やら見えないやり取りが行われている様子。
若い子同士の流行りみたいなものだろう。私の預かり知ることではない。
「それで…何やら私たちを助けてくれるみたいだが」
「あっ、そーそー!サナメン知名度無さすぎオワタって感じなんしょ?ウチが亜人界隈でマジ有名にしてあげっから」
「なにか策があるのか」
「策とか、草。軍師かよ。てか、ウチこれ書いてるし」
ミアは取り出した紙を私の机の上に置いた。
ギラギラとした色付けがされた紙には、書き連ねられた文字と写真に埋めつくされていた。
「…“最かわ☆新聞”」
「ウチの趣味。勝手に書いて亜人のみんなに配ってるんだよね。結構みんな読んでくれてるみたい」
「あっ…これミアちゃんが書いてたんだ。私いつも読んでるよ」
「マジ?あんがと〜」
「ここに私に関する記事を載せると言うわけか」
「そ。ちょうど最近ネタ切れだったからさ〜これならお互いwinwinじゃね?って」
「悪くないな。こちらとしてもお願いしたい」
「やったー!じゃ、その代わりにさ。ちょっと協力して欲しいんだけど」
そう言うと、ミアはおもむろにボイスレコーダーを取り出し、再生を始めた。
『…ぅ…うぅぅ……』
途切れ途切れだが、レコーダーからは少女のすすり泣く声が聞こえていた。時折“ヤバ”と呟く声が聞こえるが、これはすすり泣く声とは別の者の声だった。
「普通の女の子の声みたいですけど…」
「マイカが言うにはね、この泣いてる声。聞こえてた時、周りに誰もいなかったんだって。この後もずっと聞こえてたんだって。マジやばくね」
「マジやばいですね」
「しかも何も無かったところにいつの間にか水溜まりができて、ひとりでに跳ねてたんだって、マイカ言ってた」
「マイカは誰だ」
「My friend…」
「はぁ…要するに、この声の正体を突き止めて、新聞のネタにしたいんだな」
「そう!サナメンわかってんじゃーん」
ミアは軽い調子で私の肩を小突いた。
声の正体に心当たりはないが、姿を消したり、人の声を真似たりする“変異生物”もいるという。この建物内にいるのなら危険だ。“亜人管理官”としても、早急に対処せねばなるまい。
「協力しない理由はないな。早速今日取りかかろうじゃないか」
「やった!さっすが亜人管理官!むっちゃ頼りになるじゃーん!」
「その声がしたという場所、あと時間帯は?」
「えっとぉ…真夜中に、3階のどっかって聞いたかな」
「十分な情報だ。早速、今日取り掛かるとしよう」
「オッケー!じゃあウチ戻って準備さてくるわ!また今夜ー!」
ミアは上機嫌にスキップしながらその場を去っていった。彼女がいなくなった後はしん、と静まり返ったような気がした。嵐のような女だった。




