109話 不穏
「君、ウチの者じゃないね」
突然現れた仮面の者は、僕の腕を掴み、どこかへ連れて行こうとした。亜人故、僕の力では振りほどくことは到底できない。
僕はキバの方を見た。
「……。」
キバは何も言わず、こちらを見ていた。
「ちょ、ちょっと?!フォロー頼みますよ!」
「…“ファング”さんのお知り合いで?」
「今日初めて会った。そいつに何か問題が?」
「この仮面って、スキャンした時にこちらの方で会員番号が表示されるんですよね。さっきこの人の番号を確認したところ、かなり若い番号が出てきたんです。番号が本当なら、この人は“ファング”さんより古参だ」
「なるほどな」
「なるほどな、って…」
「だが、集会に欠かさず参加している自分は、この人を一度も見たことがない。これっておかしいと思いますよね?」
「確かに、おかしい」
「あの、フォローする気ないですよね?」
「明らかにアナタは正しくない方法でここに入場している。それを見逃すわけにはいきません」
亜人は真剣な眼差しで僕を睨んだ。
バレるほどに不自然な数字だったのか。恨むぞ、クリフ。
「自分より若い番号のメンバーの顔とハンドルネームは全て暗記してます。間違いありません」
「流石“自称バッズちゃん親衛隊長@御御足チュッチュしたい”さんだ」
「よく真顔で言えますね…」
「不届き者はここで成敗します」
違った、この人がおかしいだけだった。
“親衛隊長”は真剣な眼差しのまま己の拳を突き合わせた。
キバはというと、特に何か言うこともなく後ろに下がって僕を見ている。
挑めと言っているのだろうか。亜人相手に、僕が。
「無理だろ…普通に考えて…」
「抵抗する気なら、覚悟してください」
悪態をつきながらも、とりあえずファイティングポーズをとってみる。当然勝つ気はない。一発もらって、のびたフリをすればとりあえずは一件落着だろう。
と、考えた矢先──────
シャキン
と音を立てて、何かが取り出される。
“親衛隊長”の手に握られていたのは、雷を帯びた金属の棒であった。
俗に言う、スタンロッド。
「…!じゃあさっきの殴る気満々のジェスチャーはなんだったんだよ!」
「気合いを入れたん、ですよォ!!」
剛力と共にスタンロッドは振り下ろされた。
咄嗟にその場から飛び退くと、地面に達した金属の棒は轟音と共に地を砕いた。
「いぃっ!?」
殺す気だった。
今の一撃、何もせずに受ければ爆散したのは僕だっただろう。
「こっ、降参!降参でお願いします!!」
「せぇい!!」
ゴガッ! バゴッ! ドガッ!
彼女がスタンロッド振り下ろす度に、物が破壊されていく。椅子。机。人々は慌てながら僕から離れていく。
そんな周りの様子など見えてないかのように“親衛隊長”はひたすらに僕を目掛けて攻撃してくる。
「き、聞いてます?!降参ですって!」
「お断りします!もう、一発当てないと、私の、気が済みません!!」
「ちょお?!コイツヤバいですって!この組織の連中は、イタズラしかできないんじゃないんですか!キバさん!」
「……ふぁあ…」
欠伸してやがる。
この悲鳴すら上がっている状況で。
別にこの組織に思い入れがあるわけじゃないが、このままいけばこの場は調査どころじゃない。
「一か八か…!」
「しねぇい!!」
殺意のこもった言葉と共にロッドは振り下ろされた。
僕はそんな鉄の棒を腕で受け止めた。
バキッ
鈍い音。激痛に顔を歪める。
「っ……!!」
「あっ…!ご、ごめんなさい…!」
「謝るくらいなら──────」
“親衛隊長”の手首を捻り上げ、そのまま勢いに任せて投げ飛ばした。
「──────そんなもん振り回さないでよね!!」
「あたぁっ!!」
油断した“親衛隊長”の体はくるりと逆さに返り、背から地面へと叩きつけられた。
“明けの明星”にいた頃に習わされた、対亜人用の護身術。試したことは無かったが、思っていたよりも上手く決まった。
「はぁ…はぁ…これ、正当防衛だよね…」
「あ、あの、ごめんなさい。本当に当てる気は無かったんです。手、大丈夫ですか?」
「痛いけど…今はとりあえず大丈夫。君の方は平気みたいだね」
「流石に。人間さんに投げられただけですので」
「はぁ…安心していいのやら、悪いのやら…」
周辺しか気づいていなかった騒ぎは次第に拡大していき、もはや会場内にいた全員が僕の方を見ていた。地面に倒れた者の上で、かがんでいる僕。“親衛隊長”はそれなりにこの界隈では有名だと思うし、傍から見れば僕が悪いヤツみたいだろう。
「本当は僕、大人しく出ていくつもりだったから。その、釈明は一緒に頼むよ?」
「あ、はい…ある程度は協力するつもりです」
「くっそぉ…元はと言えばキバさんがちゃんとフォローしてくれてれば──────」
活気を帯びていく人混みを見回した。
慌てて離れていく人。立ち止まって周りをキョロキョロ見回す人。誰かを呼びに行っている人。この状況ならそういう行動を取るだろうな、という印象。
だが1人だけ、僕は違和感を覚えた行動があった。
真っ直ぐ、ただ真っ直ぐこちらに近づいてくる。ボクはその姿に、何故だか目が離せなかった。
そして、その近づいてきた人影は…。
プ ス ッ
「──────えっ?」
突然取り出した注射器を“親衛隊長”に刺した。
流し込まれる謎の液体。
「…これでよし」
「っ、何を!」
僕が振り払おうとしたところで、ソイツは何も言わず注射器を引き抜き、何事も無かったかのように立ち去って行った。
「な、なんだったんだ……あっ、き、君?!大丈夫?!」
「あ、え……あ、あああ……!!」
“親衛隊長”の身体が痙攣を始めた。
加えてボコボコと湯が沸き立つような音。
そしてそれと共に、彼女の身体は膨れ上がっていった。
「…!なにがどうなって…!」
「あ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
みるみるうちに膨れ上がった肉体はやがて天井に達するまでに。見たまんま、人の形をしていた彼女は巨大な化け物へと変貌を遂げた。




