107話 信者
非常に、面倒なことになった。
「ちょっと、どこ行くんですかシンイチさん!」
後ろから、女子中学生に追いかけられている。
界隈が界隈なら喜ぶべき状況なのかもしれない。が、今の僕が求めるのは静寂と紙の上の文字である。決して人とのコミュニケーションではない。
「待ってください!お話しましょうよ!」
街行く僕の後を、火川ニオは必死に追いかけてくる。
「いや、僕帰って本読むから」
「暇なんですよね?ちょっとそこのカフェとかでお茶しません?」
「無理無理。僕お金持ってない」
「さっき端末で決済してるの見ましたよ!」
「気のせい」
「本勧めてあげたじゃないですか!ちょっとだけ、ちょっとだけでいいですからあ!」
とうとう服の袖まで掴まれてしまった。
ニオの声のせいで周りが注目し始めている。このままいけば、僕が通報されかねない。ここに警察がいるのかは置いておいて、とりあえず好ましくない状況ではある。
「…わかった。わかったから。ちょっとだけね」
「…!やった…!じゃ、じゃあそこのお店に行きましょう!」
と、指さした先はかなりオシャレな喫茶店。
ここに女子中学生を連れ込むのは、何だか危ない気もするが仕方がない。
首を縦に振るや否や、僕はニオと共に店へと入った。
店内に入るや否や、席を案内される。
ジャジーな音楽が流れる中、ニオはすぐさま注文を始めてしまった。
「シンイチさんは何を頼みます?」
「えっ…じゃ、じゃあ紅茶とか…?」
「何ティーですか?」
「なんでもいいけど…ミルクティーで」
かしこまりました、と店員は足早に去っていった。
向かいに座っているニオはかなりご機嫌な様子だ。
「えへへ、ここずっと入ってみたかったんですよね…」
「どうりで、メニューも見ずに注文したワケだ」
「あっ…シンイチさん何も見てなかったですよね…ごめんなさい。はしゃぎすぎでした…」
「別にいいけど…僕こういうとこで色々頼むような人間じゃないから」
とは言いつつも、メニューに目を通してみる。
ソイミルクティー…そういうのもあったのか。
後悔は顔に出さず、ニオの方へと視線を移す。反省しているのか、少し気を落としたような表情だった。
「で、なんだっけ?“DMK”の話したいの?」
「あっ…!だ、ダメですよ!外で話す時は別の呼び方しないと!」
「ニオちゃん普通にさっき言ってたじゃん」
「あれは咄嗟で…こういう場では“ウチの国”と呼ぶのが定石です!」
「なんじゃそら…てか、ニオちゃん詳しいね。もしかして“ウチの国”のメンバーだったりする?」
と、聞いたと同時に、ニオは半ば机に乗り上げるような形で立ち上がる。
「…!そっ、そうなんですよ!私最近ようやく加入しまして!」
「──────お待たせしました。ミルクティーとストロベリーリコッタパンケーキです」
と、カップと共に豪勢なきつね色の円盤、もといパンケーキが机に置かれる。
ニオは恥ずかしそうに席に座り直した。
「コホン…すいません。少し興奮してしまいました」
「さっきからずっとだよ…てか、ごついの頼んだね」
「せっかく来たので、どうせならと…」
「ちゃんと全部食べなよ…?で、“ウチの国”にはそんなに入りたかったの」
「そりゃもちろん!私ずっとファンなんですから!」
「…?ファン?誰のさ」
「“ウチの国”のボスです!シンイチさんもボス目当てで入ったんじゃないんですか?」
「…僕は知り合いに誘われて入ったクチだから」
「へぇ、珍しい。皆ボス目当てで入るんですよ」
本当に結構詳しいニオ。
これは、潜入前のいい調査になるかもしれない。今僕は図らずとも、真面目に仕事をこなしているみたいだ。
「ボスってのは、どんな人なの?」
「強いて言うなら、カリスマ性の塊です!DMKが今も活動しているのは、この方のおかげと言っても過言ではありませんね」
「“ウチの国”ね」
「あっ、ごめんなさい…ていうか、逆にシンイチさんは何も知らなすぎじゃないですか?」
「…まあ、ね。僕も入ったの最近だから」
「なるほど…今日の集会には参加するんですか?」
「ああ、もちろん」
「この前の“成果物”、どのくらいでした…?私、多分少なくて…」
「……あ、あぁ…成果物…」
“成果物”
何の話だろう。
適当に話を合わせていた報いがもう来てしまった。
“この前”というのは、あのスライムを使った襲撃の話だと思われる。その、成果物。“少ない”という発言。
これらから導き出される答えとは…。
「…ゼ、ゼロ」
さっぱり分からない。
適当にゼロとか言ってみる。
「あっ、ですよね…?私も全然できなくて…」
言いながら、ニオは机の上に包装された飴玉を一つ置いた。
「“服を溶かして出来た飴玉”…よくて一つ分でした…」
分かるか。
なんだそれは。
どういう原理でそんな物が出来上がる。
“服を溶かす”と言えば、ピンク色のスライムがそんなことしてた気がするが。
「それ、食べれるのかな」
「ええ〜人の服溶かして出来た飴なんて食べたくないですよ〜。スライムがどういう原理で溶かしてるのかも分かんないですし」
思っていた通りみたいだ。
このトンデモ科学感、クルネも一枚噛んでると見た。案外、DMKのボスというのも知り合いなのかもしれない。
「さっき、ボスのファンって言ってたよね?ボスとはどこで会ったの?」
「あっ、シンイチさん。さては本当に何も知りませんね?ふふ、聞いて驚かないでくださいね…?ボスというのは…」
ニオは端末に何かのページを表示させると、誇らしげな表情で僕へと見せてきた。
真っ黒なフードで頭を覆っている亜人。他のメンバーとは違い、マスカレードで目元を隠している。映った画像の彼女は足を組んで、自信満々に微笑んでいた。
「…なんと、あの有名なインフルエンサー…バッズチャンネルのバッズちゃんなんですよ!!」
「あー…そうなんだ」
目元が隠れているせいか分からなかった。
「…あれ?さてはバッズちゃんも知りません?」
「え?ど、どうだろうね」
「これは…布教タイムですね」
「い、いや別にいいよ。いいよって!なにその変な冊子!同じのいくつも買う意味ある?!」
「これは布教用です…」
イマドキの子は皆こうなのかもしれない。
その後、延々とバッズちゃんについて語られる。知り合いかもしれないが、DMKのボスの情報については、それ以上何も知ることは出来なかった。




