106話 期待の斜め上
「何でもしてくれるんだよね…?天使だって、シンイチさんが倒してくれるんだよね」
なんてこった。
僕は“天使”を倒さなきゃいけないらしい。
クリフとユニは感心した顔で僕のことを見ていた。
「サナ…じゃなかった。シンイチさん、覚悟決めてきたんだね」
「人類を救うためになんでもするなんて…見直しましたわ。立派ですわよ」
僕がモチベの高いやつみたいに扱われているが、この組織の目的も、僕が蘇った理由も、聞いたのは今日で初めてなんだが。
「シンイチさんの体は、ミルモちゃんが持ってる“サナダ”の因子でほとんどが作られてる。ある意味今のシンイチさんは“天使”でもあるの」
「い、いや僕は…」
「ミルモちゃんが言うには、他の“天使”が近くにいたら、シンイチさんはそれを直感的に感じ取れるんだって」
「…それ、僕に“天使”を探せって?」
「うん」
「でも、そんなわざわざ探さなくたって“天使”って、むちゃくちゃデカいでしょ?僕がいなくたって目視で見つけられるんじゃない?」
「無理だよ。今“四大天使”は皆、このシティの中にいる」
「…!」
ユユは持っていたバインダーから、数枚の写真を僕に見せた。
写っていたのはこのシティ内で撮影されたであろう“世羽根”と、宙を浮かぶ人影。
「私たちにも分からないくらいに、このシティに上手く溶け込んでる。シンイチさんにはそれを探して欲しいの」
「探して、どうすんの」
「殺すの。一匹も残さずに」
「それって、ミルモは…?」
「……ミルモちゃんも、最後に」
ユユの表情が曇った。
“四大天使の討伐”
きっとそれはミルモ自身が言い出したこと。そうでなければ、ユユはそんな顔をしない。彼女が認めるはずがない。彼女の耳には今も、ミルモから貰ったダイヤモンドのイヤリングが付いているのだから。
〜〜〜〜〜〜
翌日の昼。
なんやかんやあって僕は街に繰り出していた。
端末を見ると、早速僕の向かうべき場所の位置情報が送られていた。場所は海沿いにある倉庫群の内一つ。
本日そこでは“DMK”による集会が行われるらしい。
“DMK”
ダークネス・マッドネス・キングダムの略称。
不定期に構成員を集めては、イタズラレベルの騒ぎを起こすしょうもない組織だ。
活動自体は不定期すぎて、その動向は掴めないらしいが、騒ぎの前後に集会を開くのがお決まりとのこと。
構成員はICチップを埋め込んだ仮面を持っており、集会には仮面がないと参加できないらしいが、今回はクリフが偶然その仮面を拾ったらしい。
“DMK”には人が集まる。
“西天”としては、そこに人間天使探知機である僕が行かないという手はなく…。
「…嫌だなぁ」
集会が行われるのは夕方の18時。
時間的にはまだまだだが、どうもやるべき事がある日というのは、何も手につかない。こうして僕は当てもなく街をブラついているのだった。
久しぶりに本でも読んでみようかと、見えた本屋に立ち入ろうとしたところ、知り合いらしき人影に目が留まった。
恐らく彼女は、僕のことを“シンイチ”としてしか認識していない。
気づかれないよう背後から忍び寄り、肩を叩く。
「やっ、何してんの」
「ひぃえっ?!あっ、シンイチさん、こんにちわ…」
彼女は驚いた拍子にズレた眼鏡を、ゆっくりと直した。
彼女の名は火川ニオ。タマの同級生であり、僕と海色ディーヴァのライブを共にした1人だ。僕の彼女と話すことが比較的、気に入っていた。何故なら…。
「悪いね。いきなり話しかけて」
「いっ、いや全然です…大丈夫です…」
「……。」
「……あっ、あの、何か御用ですか」
ニオは他の連中と比べて、僕に対してはよそよそしく接する。
そう、これが当たり前なのだ。女子中学生の隣の部屋に住んでいる謎の男など、普通はこう接して然るべきだ。
「ごめんね。大した用でもないんだけど」
「は、はぁ、なんでしょう」
気まずそうに視線を泳がせている。
彼女の腕には封を切られていない数冊の本が収まっている。ヨレヨレのセーターに、野暮ったいロングスカート。人との交流がさほど得意ではなく、本が好きで、おそらく出不精。僕と同じではないか。
ますます親近感を感じてしまう。
こういう人間とは、本の好みが合うのだ。
「ちょっと本を読んで時間を潰そうと思ってね。出来ればニオちゃんに何かオススメの本を勧めてもらえないかなって」
「お、オススメですか…ええと…これでいいんじゃないですか」
ニオは店頭に並べてあった、余命わずかな少女と幼なじみの少年の青春小説を指さす。いかにも無難な、大衆向けなチョイスだ。
間違いなく、引かれるのを警戒して置きにいっているのだ。
僕としてはもう少し踏み込んだ趣味趣向を教えて欲しいのだが。
「あー…結構有名なのは読んじゃってさ。出来ればマイナーなやつとかがいいかな」
「マッ、マイナーですか…ええと…」
かなり困る注文しているのは重々承知である。
だが、これでいい。このくらいの気まずい距離感が僕としては心地よいのだ。
「こっ、これなんかどうでしょう。有名な、賞を取った作家の方の、過去作なんですけど」
「ふーん、これ面白かった?」
「え…ええ、わ、私としては結構良かったんじゃないかなって…」
そう言ってニオは本を手に取る。
“雨の心臓”
凄い。タイトルからも、表紙を見ても、何の話なのか全く分からない。いかにも大衆受けしなそうな小説だ。
だが、本を手に取ったニオはどこか誇らしげである。
「じゃあ買ってみようかな。ありがとね」
「あっ、はい。どういたしまして…」
ニオはおずおずと他の本棚へと移動しようとする。
なんて丁度いい距離感だろうか。
こういう子が僕の周りにもう少しいてくれれば、きっと僕の生活は平穏なものになるだろうに。
コトッ
「あっ、やべっ」
本を買おうと端末を取り出した拍子に、手提げカバンから仮面が落ちる。クリフが“DMK”に潜入するために用意してくれた仮面だ。
「……!!」
そして、それを見た途端にニオの瞳があからさまに輝き出す。まるで期待していなかった宝くじが当選していたかのような、そんな驚きと喜びに満ちたような表情。
そして、彼女は躊躇うことなく僕の腕を掴む。
「シンイチさん!もしかして“DMK”なんですか?!」
離れていた彼女との距離が、急速に縮まっていくのを感じた。最悪である。




