表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
102/201

102話 口足らず、されど


 セミの鳴く声が外で響く。

 僕は湿気のこもったタマの部屋で、汗を拭った。


「…とりあえず、扇風機つけていい?」

「ぐすっ……はい、どうぞ」


 タマの傍に置いてあった扇風機の“強”ボタンを構わず押し、その風を一身に受けた。にじんでいた汗が熱と共に蒸発していく。


「タマちゃんも当たる?」

「…はい」


 首振り機能をオンにして、シナシナになっているタマと向かい合った。汗で額に張り付いた前髪が、風で少しだけそよいでいる。


「イチカのことは、ユユには知られたくない感じ?」

「…ユユ先輩にというよりも、知り合いには誰にも知られたくないです」

「一応聞くけど、なんで?」

「恥ずかしいんです…あんなだらしない姿。きっと見たら幻滅されてしまいます」

「ははぁ…なるほど」


 普段しっかりしすぎてる分、皆見たら安心しそうな気もするが、タマの心情的にはそうでもないのだろう。タマ自身が安心するにはどうすればいいのか…。


「あー、っと…ユユにはどういう風に話してるの」

「体の調子が悪くなって、立ち上がれなくなるとだけ…イチカが部屋が散らかしてしまうので、ユユ先輩はそれを片付けに来てくれるんです…イチカには、誰とも喋らないようにお願いしてます」

「あら…そういえば、イチカとは意思疎通できるんだね」

「はい、一応…」


 タマは深呼吸をしてから、目をつぶった。

 イチカと話しているのだろうか。

 数秒もすると、目は開かれる。


「ダメでした…さっき喧嘩したので口を聞いてくれません」

「そっか…イチカのことを知ってるのは、僕以外にいる?」

「いえ…シンイチさんが初めてです…」


 と、話している内にタマの目に涙か溜まっていく。

 また、三角座りになって顔を伏せてしまった。


「ごめんなさい…あんなみっともない姿を見せてしまって…」

「みっともないって…そんなに?僕には年相応の女の子って感じしたけど」

「そんなこと…ありません。私は、私は…あんなんじゃないんです…だから外には出るなと言ったのに…!」


 タマの膝に置かれた手に力が入っていた。

 イチカの存在を、どうやらタマは邪魔に感じているようだ。どういう経緯でイチカという人格が生まれたのかは知らない。が、別の人格とはいえ自分自身を否定しながら生きるというのは、割と辛い。

 僕は経験上、それを知っていた。


「…タマちゃんはさ。イチカのことが嫌いなの?」

「……嫌いです。あんなに我儘で、自分のことしか考えていない人」

「僕はいいと思うけどなぁ。あれくらいの我儘なら、皆付き合ってくれるよ」

「私が嫌なんです…私なんかのために、他人の時間を取るなんて、あっちゃダメなんです」

「タマちゃんの周りには、そんなに偉い人ばっかり?」

「…はい。ユユ先輩も、ニオちゃんもアカリちゃんも、本当は私なんかが関わっていい人じゃない…」


 普段明るい印象だが、根っこではかなりネガティブらしい。こういう子が、自分のありのままを受け入れるには…。


「……あー」

「…?どうかしました?」


 頭を抱え、嘆息した。

 今の僕は亜人管理官ではないのだった。

 何をメンタルケアじみたことをしようとしているんだか。今の僕はサナダじゃない。彼女の気を遣うなんて、する必要はないはずだ。今の僕は、自分のしたいようにするべきだ。


「タマちゃん、気にしないでいいよ。イチカの事が知られても、皆そんなに気にならないよ」

「…!?な、そんなことないです!ていうか、私が嫌なんです!」

「いやいやいや、二重人格ってことはさ、タマちゃんの一部だよ。イチカのやろうとしてる事は、タマちゃんのやりたかったこと。わらび餅、買ってきたの食べた?」

「えっ…?い、いや、まだです」

「イチカはタマちゃんにも食べてもらいたいって、僕に多めにねだったんだよ?」


 冷蔵庫を開け、奥にしまってあった開封済みの紙箱を取り出した。

 パッケージには丁寧に“タマの分”と汚い文字で綴られたメモがセロハンテープで貼り付けてあった。

 僕はパッケージごと、爪楊枝と共にタマの前へと出した。


「これが…?」

「昨日MI-Aがテレビで紹介してた」

「えっ!!MI-Aが?!」


 途端にタマの目がキラキラと光り出す。

 この女、飯を情報で食うタイプの女だ。

 僕は苦笑しながらも、タマに食べるのを勧めた。

 タマは少し躊躇いながらも、わらび餅を口に運んだ。


「…おいしいです」

「多分、イチカはタマが喜ぶと思って買ったんだと思う。だらしないヤツかもしれないけどさ、僕はそんな悪い性格じゃないと思うんだよね」

「はい」

「喧嘩したんならさ、仲直りはしといた方がいいよ。これからも長い付き合いになるんだからさ」

「…はい」


 また、タマはポロポロと泣き始める。

 人が涙を見るのは嫌いだが、今のこの涙はマシな方だ。比較的マシな涙。後悔、されど取り戻せる涙。


 ボクはわらび餅を1つつまみ、口へと放り投げてから立ち上がった。


「んじゃ、僕はもう行くから。ユユが心配してるからさ、話すなら自分で話しといてよ?」

「はい…ありがとうございます。シンイチさん」

「わらび餅奢ったお礼は、毎日の朝ごはん貰ってるから十分だよ」


 タマは深々と頭を下げると、また目をつぶり始めた。

 仲直りの邪魔をしてはいけない。僕はさっさとタマの部屋から出ていった。


 今日の朝ごはん

 クルネのココア

 イチカのわらび餅


 以上


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ