101話 意外とくっつかない
「案外すぐ来てくれたねぇ…」
クルネはウンザリした様子で呟く。
亜人学校保健室にて、僕はクルネによる治療を受けていた。キバによって落とされたのは右手の小指。
切り離された指は翌朝に郵送で送られてきたので、くっつけるだけで済んだのだった。
指が届いた時、ユユはありえないくらいの声量で悲鳴を上げていた。怒るなら、送り主を怒って欲しかった。
「…さっきまでただ肉片だったのに、くっついて動くってなんか不思議だな〜」
「お礼は」
「ありがとう、毎度助かってる」
「どういたしまして。はぁ…何年経とうが、君は君のままなんだねぇ…」
「今回は僕悪くないって。どう考えてもぶった切ったヤツが悪い」
「なんでもいいけど、怪我はなるべくしないように頼むよ」
クルネは険しい表情でココアを飲んだ。
僕とて、怪我したくてしているわけではない。止むを得ない状況で、結果としてそうなっているだけである。
「…聞いてるかい?」
「聞いてるよ。次からはなるべくここには来ないようにする」
「それはそれで…いや、怪我しないに越したことはないしなぁ…」
「とりあえず助かった。また怪我したら来るよ」
「さては君、反省してないな……あっ、ちょっと待ちたまえ。忘れ物じゃないかい?」
部屋を出ようとしたところ、クルネは外した包帯に埋もれていた紙を拾い上げた。“SS”が僕へと渡した、クルネの連絡先を記したメモだ。
「それは、クルネの連絡先だよ。捨てといていい」
「私の連絡先…?なんでわざわざメモしてあるんだい」
「僕を助けてくれた人が紹介してくれたんだ。もう既に知ってたから意味なかったけど」
「誰だい?連絡先を知ってるってことは、私の知り合いだと思うんだが」
「あー…顔も声も分からないからなぁ…能力は光とか、電気って感じだった」
「この街じゃありふれた力だねぇ…もう少しヒントおくれ」
「シークレットってわざわざ名乗ってるんだからそっとしといてやりなよ…もう僕行くからね?いい?」
「おぅーん」
クルネは考えるのに夢中になっているのか、返ってくるのは空返事のみ。僕は解かれた包帯とメモをゴミ箱に放り投げ、部屋を後にした。
〜〜〜〜〜〜
湿気と蝉時雨に耐えながら家に戻っていると、寮の3階で突っ立っているユユがいた。タマの部屋の前、困った顔で立ち尽くしている。
「ただいま。どうしたの」
「あっ、シンイチさんおかえり。なんかタマちゃんが部屋から出てこなくて…なんでか知らない?」
「知らない。昨日までは元気してたはずだけど」
マイカからの連絡によれば、あの後衣服を調達し、普通に家まで送ったと聞いている。無事に、何事もなく帰っているはずだ。
「えぇー心配だなぁ…」
「もう元には戻ったの?」
「…ゆ?何の話?」
「昨日はイチカだったよね?もうタマちゃんの方に戻ってるの?」
「…?…?なに、どういうこと?」
「は…?イチカだよ。イチカ」
「誰の話?」
ユユはとぼけている様子ではない。
本当にイチカのことを知らないようだ。だが、イチカはユユのことを知っている様子だった。どういうことだろう。
「雨の日のタマちゃんのこと、知ってるんじゃないの」
「知ってるよ…雨の日はタマちゃん毎回体の調子が悪くなるみたいだから、いつもお世話してあげてるんだけど…まだ調子悪いのかな…?それとも…」
「…ちょっと待ってて」
インターホンを鳴らし、声をかけてみる。
「タマちゃん、僕なんだけど。入っていい?」
「いやいやシンイチさん。それじゃあダメだよ。私が入れてもらえないんだから…」
ガチャ
扉から鍵を開ける音が聞こえた。
「…なんでぇ?」
「なるほど…ユユは一旦部屋に戻ってなよ。話が終わったらまた呼ぶからさ」
「なんか、凄い不服…なんで会って数日のシンイチさんなんかに心開いてるのかな…」
「いや…これは多分、僕みたいなぽっと出のヤツだから話せることなんだと思うよ」
「…よく分かりませんけど、分かりました。一旦、任せます」
ユユは首を傾げながらも、部屋へと戻っていった。
僕は一呼吸入れてから、タマの部屋へと続くドアノブを掴んだ。
「タマちゃん、入るよ」
返答はないが、ドアを開けた。
むあっとした部屋に湿気に呻く。入ってすぐ、部屋の異変に気づいた。イチカがいた時と同じ、とっ散らかった部屋のままなのだ。いつものタマなら、こんな部屋の状態をそのままにしておくはずがない。そして、部屋の隅には三角座りをして、俯いて動かない少女の姿。
「タマちゃん、入ってよかった?」
「……ひとつだけ、聞いていいですか」
「どうぞ?ひとつと言わずいくらでも」
「イチカのこと、ユユ先輩に言いましたか?」
「…安心して。言ってないよ」
はあー、深いため息が聞こえてくる。
上がっていた肩を下ろしながら、タマの三角座りは解けていく。俯いていた顔を上がったと思うと、そこには目の下を赤く腫らしたタマの顔が見えていた。




