100話 光帯
雨降りしきる空。人気の少ない路地裏。
僕はかつて“明けの明星”を襲った亜人狩り、キバと遭遇していた。
緊張に顔を強ばらせる僕とは対照的に、キバは笑顔で僕と相対する。
「なんでお前がここに…」
「それはこっちのセリフでもあるが、ついさっき五十棲ユユから話は聞いた。お前は“天使”なんだとな」
「…!」
「天野ミルモが何を企んでいるのかは知らないが、私に内密にしてまで作り出したんだ。お前は、何かしらの切り札であるには違いない」
キバは袖をまくり、機械の右腕をキチキチと器用に動かした。端末を操作して何かの設定をしたと思うと、真っ白な腕は唸りをあげ始めた。
「──────試させてもらうぞ」
「なっ…!」
そして、振り下ろされる殴打。
僕は咄嗟に身をかわし、その場から立ち退いた。
バ ゴ ッ !!
破砕音と共に、容易に砕かれるタイル。
地を走る亀裂は路地裏を挟む建物にまで伝って行った。
「ちょ、待って待って!僕マジで一般人レベル!戦うとか無理だから!」
「これを避けた時点でそれは有り得ない。それに今の身ごなし…分からないか?お前は既にただの人間じゃない」
「いや、ユユからはほぼ普通の人だって…」
「続けるぞ」
キバは義手に付いていた出っ張りを引き抜いた。現れたのは煌々と光を放つナイフのような武器であった。
「レーザーナイフ。天野ミルモの肌に傷をつけた代物だ」
「じゃあ僕が受けたら真っ二つですよね?!」
「耐えたらお前は天野ミルモ以上だ」
容赦なく振り下ろされる光の刃。
僕は身を逸らしながら、斬撃をすんでの所で回避し続けた。
「っ、ぶないって!」
ブォンと振動音にも似た、慣れない音が耳元を過ぎる。
自分でもおかしいと分かるくらいに刃の動きがよく見える。光っていて見やすいからか…?否、キバの動き、速度は明らかに人間のそれを凌駕しており、常人ならば一太刀は喰らっていないとおかしい。
だが、何故僕にはそれが当たっていない…?
「五十棲ユユから聞いた」
キバは光刃を振るいながら続ける。
「お前は“サナダだった人間”の因子を元に作り出した存在だと。本来なら純度100%の“サナダだった人間”を作るつもりだった」
「本来ならって…うおっ!」
「今のお前は天野ミルモの持つAC因子をも内包した亜人だ。今まで存在しえなかった、“男の亜人”なのだ」
「えぇっ?!いや、待って!なんか重要そうな話ならっ、普通に話させてくださいよ!!ちょ──────」
ピ ュ ン
コンマ1秒にも満たない音が通り過ぎる。
すると、僕の腕の肘から先は高く、高く舞い上がっていた。
それは、僕の指だった物。
喪失感と共に吐き気を催すような痛みが脳を侵食した。
「っ…!!!あ、ぁ……!!」
「流石に天野ミルモ程とはいかないか…本当にお前が切り札なのか…?」
切り口は焼け焦げ、肉の焼ける匂いがしていた。それでも、微かに滴る血液。人間だ。紛れもなく僕は人間。だというのに、キバは躊躇うことなく武器を振り上げた。
「男の亜人、紛れもない不穏分子だ。お前が他の亜人と子を成してみろ。どんなバケモノが産まれるか分かったものじゃない」
「っ、安心、しろよ…僕は、誰とも一緒には、ならない…!」
「ふん…お前が望まずとも、だ。お前のような存在が公になってみろ。いくらでも利用しようとするヤツが現れるぞ──────」
雨の拍手。
光の短剣が声量を上げる。
今際の際、僕の目に映ったのは凶器を振り上げる死神。
「──────だから、殺す」
死を覚悟した──────その刹那。
ビズズッ…
僕とキバの間を青白い光の帯が走った。
「ちっ…!!」
瞬間、どこからともなく放たれた雷撃がキバを襲った。が、雷撃はキバを捉えることはない。キバは機械の駆動音と共に、僕から大きく距離を取った。
「…お前がシークレットサービスか」
キバが忌々しそうに呟く。
いつの間にか僕の前には、黒と金の軍服のような服の者が立っていた。その顔は、金属製の仮面によって覆われており、着用したスカートには“SS”と記されたバッジが付いていた。
「お前も五十棲ユユから聞いているぞ。相当強いのだとな」
「…!」
軍服の彼女は何も言わない。
ただその身に、電撃を纏い始めた。
いかにも戦闘態勢といった様子だ。
「ふっ、そう焦るな。お前らが来たのなら私とて戦う気はない。考えてもみろ、私たちは同じ組織に身を置く者だろう?」
「……」
「キバの仲間…?」
「言っておくが、お前もだぞ小僧」
「…?何の話だ」
「私と小僧は同じ組織の仲間だ」
「はっ…?じゃあ今殺されかけたのは…?」
「言っただろう?“試させてもらう”と。元より殺す気はなかった」
「ホントかよ…」
「私が本当に殺す気なら、1秒もかからなかった」
考えてみて、確かにそうだと思った。
キバなら実戦経験のない僕のことなど、一瞬で殺せるはずだ。例のよく分からない薬品を駆使して、煮るなり焼くなりできていたはず…多分。
“殺す”とか言ってた気もするんだが。
「……?いや、てか、僕、指…!!ぁ、がぁ…!」
意識した途端に、急に痛み始めた。
「どうせまたすぐに会う。挨拶はその時に改めてしよう」
「っ、ふざけんな…!なにが、く、っあぁ…!」
痛みに悶える僕のことなど気にも留めず。
キバは何事も無かったかのように凶器をしまうと、踵を返してどこかへと跳んでいってしまった。
突然訪れた静寂の中、雨の音だけが響く。
苦しむ僕は、謎の“SS”と2人きりになった。
「あ、と、とりあえず、ありがとうございます…助けて、いただいて」
「……」
「……そ、それじゃあ僕はこれで」
痛みと気まずさに耐えきれず立ち上がろうとしたその時、“SS”は僕の肩を掴んだ。
そのまま地に座らせられると、どこからともなく取り出した包帯で、僕の手はぐるぐる巻きにされた。
「……。」
「あ、ありがとうございます───!!」
そして、“SS”は何も言わず僕を抱きしめた。
労わってくれているのかもしれない。
僕は少し照れくささを感じながらも、痛む手で抱きしめ返した。
「……!!」
息を飲む音が聞こえる。
「は、はは…どうも…」
「……」
“SS”は連絡先の記された紙を包帯の間に挟むと、キバと同様、素早い身のこなしでどこかへと跳んでいってしまった…。
連絡先は後で見てみたところ、クルネの連絡先であった。“SS”は恐らく、指を治してくれる者を紹介してくれたのだろう。流石“SS”と呼ばれるだけある。




