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10話 グリーンペッパー

 

 引越しを終えた“亜人管理局”

 場所は1階。ビル内の隅に存在しているこの部屋はあまり目立たないようになっている。


「〜♪」


 エイルの鼻歌が聞こえていた。部屋のあちこちへ行き来しながら、ダンボールの中身を運んでいる。

 私の荷解きは1時間前に終えていた。

 だがしかし、まだエイルの荷解きは終えていない。


「な〜♪」

「エイル」

「に〜♪ぬ〜♪」

「エイル…聞いているか」

「ね…?なんですか」

「その手に持っているのはなんだ」

「ボトルシップです。マサムネさん作」

「知ってるよ。それでいくつ目だ」

「数えてませんけど、多分20くらいじゃないですか?」

「多すぎるだろいくらなんでも…!どこにあったんだこんなに!」

「シェルターのあちこちに」


 あのクソ叔父は厄介なものばかり残していく。

 部屋の机、誰も座っていない椅子の上、果てには床にさえもボトルシップは置かれる勢いだ。

 …いや、今実際に置かれた。


 ダンボールの中を覗いてはいないが、まだ開封されていない物がいくつか見える。多分あれもボトルシップだろう。


「もう残りは全部捨てよう。無駄に場所を取りすぎる」

「ダメです。これ一つ一つがマサムネさんの形見なんですよ」

「これだけあれば忘れはせん。むしろありすぎて有難みが薄れるだろ」

「こう見えて一つ一つに意味があるんです。これを見てください」


 エイルはボトルシップのうちの1つを丁寧に持ち上げ、真剣な面持ちで私に見せてくる。


「よく見ると…船の先端、舳先が欠けてます」

「…それが?」

「報告書を見て推理したところ、これはこの日マサムネさんがタバコを切らしてイライラしてる時にやってしまった部分です」

「思った以上にしょうもないな…」

「しょうもなくありません。マサムネさんの生きていた証です」

「…壁に棚を作ろう。頼むから床に置くのは止めてくれ。残りは一旦ダンボールにステイだ」

「荷解きは今日中に終わらせる予定だったのですが」

「勘弁しろ。うちはボトルシップ保管局じゃない」


 そこまで言ってようやくエイルは諦めた。

 早くDIYなりなんなりで置き場所を作らなければ。

 目を離している隙にまた新たに取り出しかねない。


「あ、あの…遊びに来ました」


 入口の方からひょこっと顔が覗いた。

 シズクだ。どうやら新生“亜人管理局”の記念すべき初来場者である。


「シズク、上がっていけ。来客用のソファーは…待っていろ。今座るスペースを空ける」

「お、お構いなく…すごい数のボトルシップですね。今どき見れないです、こういうの」

「私も叔父以外にやってる者は見たことがないな…なまじ出来がよい分、壊すのに忍びないのが厄介だな」


 ソファーに置かれていたのを拾い上げ、改めて眺めてみた。

 よく見るとマストの頂きから“正”とハッキリ書かれた旗が伸びている。事務仕事は雑な癖に、こういうことを奴はできるのだ。


「壊す…捨てるんですか?」

「捨てたい」

「殺しますよ」

「捨てられないんだ」

「はは…置き場所考えないとですね」


 シズクは遠慮がちに笑いながら、ボトルシップをダンボールにしまうのを手伝ってくれている。なんて優しくておしとやかな子だろうか。その穏やかな性格、エイラやサラに分けてやって欲しい。


「…亜人管理官(メンター)。今失礼なことを考えてました?」

「叔父の偉大さを痛感していた」

「ならいいです…シズクさん“見廻”はないんですか」

「はい。昨日当番でしたので。制御訓練も終えてしばらくは暇です」


 “見廻”というのは、亜人に課せられた仕事です。その名の通りビル周りを3、4人くらいで手分けして周るらしい。変異生物の撃退が主な目的だ。

 “制御訓練”もその名の通り、能力を制御するために、定期的に行う訓練のことだ。


「暇なら、こんなとこに来るべきではない。辛気臭い奴しかいないぞ」

「辛気臭いやつは1人しかいませんよ」

「はは…私はここにいるだけで楽しいですけど」


 シズクは私の片付けを手伝いながらチラチラとこちらを窺っては、時折はにかんでいる。

 なんのご機嫌取りだろうか。もしかしたら、まだ私が死にかけた件を気にしているのかもしれない。

 満を持して“亜人管理官(メンター)”らしい言葉をかける。


「シズク」

「はい?」

「私はお前のことを嫌ったりしない」

「え…?!え、え…あの、それってどういう」

「──────ごめんくださーい。移転したと聞いて様子を見に来ました」

「あら、サラさんいらっしゃい」


 シズクが何が言おうとしたところを遮るように、エプロンを着たサラが現れた。片手には真っ白な紙の箱を持っていた。


「引越し祝いにエイラさんが好きだという抹茶のケーキ作ってきました。食べてください」

「まあ、ありがとうございます」

「シズクもどうですか?3つありますので」

「あ、うん。ありがとうサラちゃん私もいただくね…」


 サラが現れると、途端にシズクは気まずそうに私から目をそらした。間違いない、やはりまだ気にしているのだ。私から逃げるように、エイラの出した皿を受け取りに行っている。


「はぁ…ん?ケーキは3つか」

「……」


 …それはそうと、サラが企んでいるような顔で私を見ていた。私には何となく彼女の言いたいことが分かる。


「サラ…このケーキは」

「もちろん私のですよ」


 即答だった。

 ふふん、とサラはやってやった感を出しながら、サラに自分の分を皿に乗せた。


「言うと思っていた…意地が悪いな」

「分かっていたならいいじゃないですか。エイラさんを優先して労うのは当然だと思いません?」

「む…返す言葉もない」

「…ふふっ、なーんて。そんなことするほど性格悪くないですよ」


 と、イタズラに笑みを浮かべながら、持っていた皿を私の前に置いた。

 意外だった。彼女のことだから私の事など無視して、そのまま頂くのだと思っていた。


「あなたにも、感謝してますからね」

「…そうか」


 彼女にしては珍しく素直だ。

 ご丁寧にフォークを持って私の前に置いている。

 以前までの彼女からは想像もできない行動だ。パーティーの時のやり取りで距離が縮まったのかもしれない。

 “亜人管理官(メンター)”冥利に尽きるというものだ。

 私は感じた感動が表に出ないよう堪えながら、フォークを手に取った。


「では、いただこう──────ふむっ、…?!んぶふっ?!んっ、ごはっ!!」


 突然の衝撃に吹き出してまう。

 口にしたと同時、とんでもない激痛が鼻を抜けたのだ。ケーキの甘さは口にある。だがその他何もかもを覆すかのような独特の風味が嵐のように、私の嗅覚と味覚を荒らしていく。


「サナダさん?!」

「ごはっ!ごほっ!ごほぉ!」

「ふ、ふふ…んふふふふ…かかりましたね。それは抹茶ケーキではなく粉わさびをふんだんに使ったわさびケーキです…ふふ」

「だっ、大丈夫ですか?」


 シズクからティッシュを受け取り、口を拭きとった。サラは心底楽しそうに笑んでいるようだが、涙で見えない。


「ごほっ…サラ、お前、このご時世に、食べ物を粗末にするな…!」

「あら言うと思いました。でもその辺はご心配なく。私こう見えて辛いものも好きなので」


 私の使ったフォークをひょいと拾い上げ、わさびケーキを躊躇無く口に含んだ。


「…?!んごはぁっ!!あっ、火ぃ出た…」

「っ、サラ…お前なぁ…!」

「…関節キス…」

「賑やかな引越し祝いですね」


 サラの吐き出したケーキと共に火炎が私を襲った。衣服に点火した火を前に、何故かシズクはサラの落としたフォークを見つめていた。

 今日の業務は引越しだけで済ませるはずが、何故こうも余計な方向に発展していくのか。


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