第1話:永遠への扉にノックを。(Knockin' on Eternal's Door) 前編
ある種の人は時に恥ずかしい空想に耽ったりすることがあるんじゃかろうか。例えば……軟禁、入院などの状況にある人はそういった空想をするものだと、俺は勝手にそう思い込んでいる。実際にそういう人を目撃しているから、イメージが固着してしまっているのかも知れない。
その人物こそは、まさにいま俺の側で無気力に歩いている助手『ヤチコ・レイゲン』ちゃん事、本名『|リディア・シルエット《Lydia Silhouette》』なのだ。いずれビッグになるはずの俺の賞金稼ぎ&怪盗ビジネスを手伝ってくれてるが……どこからか妙なものを教わってくるクセがある。彼女の仮名は『霊験あらたか』の同義である『霊験いやちこ』にちなんだ名前らしい。まったく奇妙な名前だ。それについて聞いたら彼女曰く、『零元・八千狐とは極東式名前の中じゃ珍しくもない方だぞ?しかも、強そうな名前でもあり……更には可愛くてモテる名前なのだ!だから放っておけ!!』とかんかんに怒る。俺のパートナーながら、何というユーモラスな女性なんだ。
何も、ヤチコちゃんは感受性豊かで、困難な状況に陥ったらすぐ現実逃避したがる。うーん……いつの事だったか、入院中の彼女がふと『鳥になれたらな……』と言ってしまったのには笑いをこらえることが出来ず、ひどく怒られた事もあったわけだ。そんな彼女はさっきから同じ独り言を絶え間なく繰り返している。十八番の現実逃避が始まったのだ。すなわち、俺たちは今非常に危険な状況にあるという事だ。
「回転草になりたいわ……回転草になりたいわ……回転草になりたい……回転草に……回転……回転……」
ヤチコちゃんに慣れてない人が見れば、きっと気でも触れたのかと思うに違いない。だが、そんな事はない。彼女はただただ『本当に疲れたからもう歩きたくない』と駄々をこねているだけなのだ。
俺たちが歩いているここは|属州間高速10号線《Interprovincia Highway10》で、砂漠を貫くこの高速道路は経済発展と共に誰も使わなくなったが、元々敷かれているものを撤去するような予算など充てられるはずもなく、未だに放置されっぱなしになっている。その終点には人を喰らうという噂で有名な『工房街ドレッドノート』がある。兎にも角にも、カンカン照りの空の下俺たちは水も持たずに砂漠で遭難しかけているわけだ。そりゃ歩きたく無くもなる。そんな俺たちの目の前を回転草がコロコロと転げ横切る。それを皮切りにヤチコちゃんは完全に無言になってしまった。
「おーい、ヤチコちゃん」
「…………」
こいつ、歩きながら気を失ってるぞ?
「八千狐・零元くん?」
「…………」
このままだと俺たち、ハゲワシのデザート行きまっしぐらだぞ……
「リディア・シルエットさん?聞こえてますかー?」
「あんたさ……その名は呼ぶなと何度言えばわかるのだ!このサル顔!」
サル顔だと!?人がすごく気にしてるところを!
「かっこいい本名してるヤチコちゃんが悪いんだよ!!さっきから呼んでるのに聞こえなかったのか?」
「うるさいぞ……サル顔のあんたも、そしてあたしも、ここで終わりなのだぞ?最後ぐらい静かに……」
いくら彼女でも現実逃避が過ぎたら観念するしかなくなるのか。――潔いというべきか、負け犬というべきか……
「こんな所で終わってたまるか!しかも、サル顔じゃねえし!もう歩けないなら、ヤチコちゃんの『ニルヴァーナ』を使えばいいじゃないか!」
「サル顔なんかのために使ってやらないもん!!あたしのニルヴァーナを舐めないでよ!バカ!」
実は、彼女の『ニルヴァーナ』など今は使えるわけがないと、俺はよく知っている。簡単な話だ。ニルヴァーナとは、まず2つに枝分かれする。生まれつき備わっていて、ニルヴァーナの使用にコストもかからない『アーキタイプ』と、その人の人生において特定のきっかけが原因で発現する『キノタイプ』がある。彼女の場合はキノタイプのニルヴァーナなので、コストが発生する。なぜなら、キノタイプは必死の修行、または強力すぎるショックなどで得られる『奇跡』の証であるためなのだ。奇跡を為すには痛みが要るって理屈だろう。とにかく、彼女のニルヴァーナにかかるコストは『物を犠牲にする』というものらしい。
彼女のキノタイプに使われた物は消滅する。その代わり、犠牲にする物の価値が高けりゃ高いほど能力も充実してくる。単に大きい物や、重い物も悪くない結果が得られるが……小さくて軽くても、宝石などの高く売れる代物は遥かにいい出力が得られる。要するに、贅沢すればパワーアップするという事だ。人それを『等価交換』と言う。
とにかく、すかんぴんの今のヤチコちゃんにキノタイプが使えるはずもないのだ。それでもキノタイプを使えって事は、すなわち『俺っていう生命体を等価交換にキノタイプを使え』という論法になって来るので、彼女は彼女なりの親切であんな事を言ってくれてるのだ。素直じゃない女の子である。金の亡者と揶揄される賞金稼ぎにしては、あまりにも優しい心の持ち主だ。
「――でもよ、実際問題、こんな終わりの見えない砂漠で俺たちどうすりゃいいんだ……?誰も使わない高速道路だけあって、車もへったくれもねえじゃねえか」
もう、本当にどうすればいいのやら……至極当然な疑問を彼女にぶつけてみる。こういう時に『近くの街に連絡し助けを乞えばいいのでは?』と思いがちだが、俺たちはすかんぴんなのだ。持てるすべてをヤチコちゃんのキノタイプに貢いでしまった。いくら最長の砂漠といえど、あれだけの物を貢いだら脱出できると思ったんだが……読みが浅かったようだ。
いまや俺たちには車も無いし、金も無いし、連絡手段も無い。完膚なきまでに何も無い。強烈な日差しを避けるために最後まで譲らなかった俺のトランクス以外はな。どんなトランクスかと言うと、三叉路で困りきった表情の犬っころがハテナマークをいくつか浮かべているプリント絵が刻まれた、す~ごいお気に入りのトランクスなのだ。
犬っころ絵のトランクスだけは譲りたくない――男の子には負けると分っていても守らねばならぬモノもある……らしい。
そんなことを思っていたら、ようやくヤチコちゃんからの返事が返ってきた。何をもたもたと時間かかってるんだか。
「はあ……どうするもこうするもないぞ。あたしたちはここで終わり。それを受け入れるの。次第に体が言うことを聞かなくなり――意識も薄れてその場にうずくまったら最後、時間の経過と共に全身が干からびては、やがて思考も止まる。生きる化石となって砂漠の一部に引き込まれるのだ……『永遠』に……」
ー後編につづくー
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