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短編ホラー

もっと聞いてよ!

作者: YB
掲載日:2023/02/10

 三重県津市から大阪方面へ国道165号線を走ると途中、布引山地の一部である青山高原がある。津市白山町の垣内交差点から徐々に勾配をきつくしていき、青山トンネルを抜けてすぐの伊賀市との境目辺りに、青山高原公園へ続く山道があって、その先には風力発電や自衛隊の航空基地がある。

 国道165号線は余裕のある二車線の舗装された道で、伊賀市から津市へ、津市から伊賀市大阪方面へ繋がる唯一の車道なので有名な心霊スポットというわりには車通りの多い場所だ。

 『公衆電話の近くにいる後ろ向きの女』

 そう聞けば、地元の人なら「あぁ、青山高原の」と返事をするぐらい後ろ向きの女は有名なお化けであった。

 公衆電話とは伊賀市側の青山トンネル入り口付近にある昔ながらの緑色の公衆電話のことである。電気もきているし、電話も問題なく使用できる。標高の高い場所にぽつりと設置され、誰が利用するか分からないこと以外は、いたって普通な公衆電話だ。

 そんな公衆電話の近くでは暗くなると、車道ではなく山の方へ体を向ける背中姿の女が度々目撃されており、整備された国道を少し走るだけで気軽に行ける心霊スポットとして、車の免許をとった若者が友達と暇を弄ぶにはもってこいの場所なのであった。

 松坂市の大学に通うわたしたちも例外ではなく、チャラい見た目のくせに初心なAが車を買い、いつものメンバーでドライブしようということになり、真面目で堅物なEと一学年上の優しいIと、一学年下の可愛い顔して毒舌なK、それにわたしを含めた5人は講義が終わった夕方にAの運転で青山高原へ向かった。

 道中、乗り気じゃないEが「帰宅ラッシュを避けるために、先に夕食をとろう」と提案し、それに賛同したわたしたちはサイゼリアで一時間ほど時間をつぶしてから、再び車に乗り込んだ。

 ちなみに、チャラいAも真面目なEも優しい先輩のIも毒舌な後輩Kも男である。女はわたしだけで、大学ではオタサーの姫とおちょくられたりするが、たまたま仲良くなったのがこのメンバーなのであって、特に理由はない‥‥‥が、AもEもIもKもどうやらわたしのことが好きらしい。

 まだ、正式な告白を受けたわけではないが4人からアプローチを受けていて、わたしは近いうちに答えを出さなければならない。

 そういう事情もあって、今回の肝試しは4人のまだ知らない一面を見れるかも知れないとわたしは微かな期待をしていた。

 国道23号線から165号線に変わり、大型ショッピング施設を通り過ぎ、次第に田園風景が目立ってくる。

「やっぱりやめない? ぼく、お化けとか本当は無理で‥‥」

 普段は可愛い顔とは裏腹な毒舌のKが唐突にそう言った。

「一応、目的はドライブですからね。十分、楽しめたとは思えますが」

 優しい先輩のIがわたしたちに委ねるように言った。

「おいおい、せっかくここまで来たんだ。今さらつれないこと言うなよー」

 チャラいAがハンドルをきりながら言った。カーブが増えてきて、左右は山々に囲まれている。国道165号線を少し外れれば、外灯もない夜の森が広がっていた。

「ガソリン代もったいないしな」

 真面目なEがそう言うと、4人の視線はわたしに集中した。わたしは「うーん」と悩むふりをしてから、こう答える。

「行ってみようよ、どうせお化けなんかいないって」

 毒舌王子のKが臆病だったり、乗り気でないはずの真面目なEが肝試しに前向きだったり、すでに彼らの以外の一面を垣間見ることができている。ここでやめるわけにはいかない。

 徐々に勾配がきつくなる山道を車は走る。Aが運転する乗用車は5人も乗せているせいか、あまり回転数が上がらずエンジンを吹かしていた。

「お、ここじゃん、青山トンネル」

 Aがフロントガラスをのぞき込みながら言った。

「危ないですよ、前見て運転してください」

 先輩のIが助手席から諭した。後部座席の真ん中に座る後輩のKは「うぅ」と震え、わたしはKの頭を優しくなでた。それを見たEが「甘やかすなよ」と拗ねて息を吐き捨てる。

 トンネルの中はオレンジ色のLED照明で明るく、特にホラー要素のないどこにでもあるような道路トンネルであった。

「なんか拍子抜けだね」

 わたしは素直な感想を言った。

「確かに、対向車もそこそこ通るし、恐いって感じはないな」

 Eが窓の外を眺めながら答える。

「トンネルを抜けてからが本番らしいですよ」

 Iがスマホを操作してそう言った。

「抜けるぞ‥‥‥あっ、あれじゃね? 公衆電話」

 オレンジの照明が途切れ、トンネルを抜けると『伊賀市』と記載された標識が目に入り、その次に不自然に広い側道にぽつんと佇む緑色の公衆電話が現れた。

「ひぃっ! もうやだっ、帰る!」

 Kがわたしに抱きつき、自分の顔を隠した。

 Aがハンドルをきって、公衆電話のある側道へ車を寄せて停車させた。そして、シートベルトを外して「近くで見てみようぜ」と運転席側のドアを開けた。それに続いて、Eが「そうだな、何事も記念だ」と口にして、車から降りた。「わたしも行く」わたしがそう口にすると、Kが「ぼくは行かないからっ」とうずくまって耳を手で覆った。助手席のIが「私も残ります。Kを一人にするのは気が引けますから」と微笑んだ。

「分かった、すぐ戻ってくるね」

 わたしは先輩のIに手を振って、後部座席のドアを開けて外に出た。ドアを閉めて公衆電話の方へ改めて目をやると、AとEの背中が邪魔で見えなかった。

「ねえ、近くで見てみようよ」

 わたしがそう言いながら、二人の背中に触れて横に並ぶと、公衆電話のすぐ隣に後ろ向きの女が立っていた。

「‥‥うそ、さっきまでいなかったのに」

 わたしがそう二人に問いかけると、先に反応したのは真面目なEだった。

「お前にも見えてるんだな、後ろ向きの女が」

「うん、けっこうはっきり見えちゃってるかも‥‥」

 わたしは恐くなってEの手を握った。Eも汗ばんだ手を握り返してくれる。

 久しく見なくなった白熱電灯に照らされたガラスのテレフォンボックスの近くには羽虫が多く飛んでおり、その後ろに広がる深い森ではガサゴソと何かが葉を踏む音が響いている。そんな場所に髪の長い白のワンピース姿の女の背中が立っているのだ。不気味以外の何物もない。

「やばいって、もう帰ろう」

 わたしがEの手を引っぱって言った。

「あぁ、そうだな」

 Eが同意してからゆっくりと後ずさる。その時、チャラいAが呆然と口にした。

「お前らには後ろ向きに見えるのか? 俺には悲しんでいる女の子がこっちを見つめているように見えるんだが‥‥」

 わたしとEは同時に「え?」と声に出した。それを合図に後ろ向きの女はゆっくりと森の方へ歩き始めた。

「行かなきゃ‥‥」

 Aがうつろな顔でそう言うと、女を追いかけ森へ足を向けた。

「こんな時にふざけんなよ、帰るぞ」

 EとAは普段から相性が悪く、小競り合いをすることも多い。Aの意味不明な言動に、Eはいつもの調子でAの肩を叩いた。しかし、Aは「行かなきゃ! 早く、行かなきゃ!」と繰り返して、Eを思い切り押し返した。

 不意を突かれたEはアスファルトに背中から倒れて、うめき声をあげる。

「ちょっとっ! やりすぎだよ」

 わたしがEに駆け寄りAを非難するが、Aは「行かなきゃ」と繰り返して、森の中へ入っていってしまった。

「いててっ‥‥あいつ、正気じゃなかった。マズイかも知れない」

 そう言ったEの膝から血が流れおり、彼は歯を食いしばって状況の整理をしているようだった。わたしはEの傷の具合からすぐに動ける状態にないと判断して、森に入っていってしまっったAを追いかける決断をする。今、誰かが追いかけなかったら取返しのつかないことになるかも知れない。

「車の中で待ってて。何かあったら、すぐ連絡するから」

 わたしはそう言って、立ち上がり森の中へ走った。

「おい、待てって‥‥おい」

 Eの声は聞こえていたが、Aが遠くに行ってしまう前に追いつかないと見失う可能性が高い。わたしは「すぐ戻ってくるから!」と叫んで、木々をかき分けて先へと進んだ。

 スマホのライトを点灯させて、わたしは必死にAの足音を追いかけた。

 森の中では傾斜の高低差で縦長に並ぶ鹿の双眸がこちらを見つめていた。一頭や二頭ではない。何十もの鹿がこちらを窺っている。

 わたしが進んでいるのは獣道だった。なんとか人ひとりが歩けるような、草が倒れただけの道だ。しかし、それはわたしとA以外の誰かがこの道を作っている証拠でもあった。

 もしかして、後ろ向きの女はAのように標的を決めたらこの道を使って、どこかへ誘っているのかも知れない。

「危ないよ! 帰ってきてよ!」

 わたしはかろうじて視界に捉えるAの背中に叫んだ。Aからの返答はない。呼び止めるのは諦めて、必死に追いつこうと足を速める。

 そして、森を抜けると舗装された傾斜のきつい坂道に出た。コンクリートにありがたみを感じるのは初めてだった。

 坂道は曲がりくねったS字カーブが続いており、視界の悪い夜ではすぐ先すら危うかった。

 わたしは坂道を走っておりて、ようやくチャラいAの背中に追いついた。

「もうっ、帰るよ。マジで危ないって」

 わたしはAの腕を掴んでそう声を荒げた。

「行かなきゃ‥‥行かなきゃ‥‥行かなきゃ‥‥」

 Aはわたしなど気にも留めずに、ぼそぼそと呪詛のように繰り返していた。Aの見つめる先には白いワンピース姿の女がいた。

 女は悲し気にこちらを見つめていた。恐怖というより、儚いといった印象を受ける。

「お願い、Aを返して。わたしたち何も悪いことしてないでしょ」

 わたしはAの腕を引っぱりながらそう叫んだ。

 女の口元は微かに動いていた。わたしはそのことに気付き、耳に集中して女の声を拾う。

 ───‥‥聞かせて‥‥‥もっと‥‥聞かせて‥‥

 女の口は確かに「もっと、聞かせて」と言っていた。

「何を聞かせて欲しいの?」

 わたしは女に向かってそう言った。意思疎通ができるならAを助けることができるかも知れない。しかし、女は「もっと、聞かせて」と蚊よりも小さな細い声でそう繰り返すだけだった。

「行かなきゃ」と繰り返すAと、「聞かせて」と繰り返す女に挟まれたわたしはどうすることもできずに気付けばこう叫んでいた。

「わたしが聞かせてあげるから、Aをもとに戻してよ!」

 その瞬間、Aの体が弛緩しその場に膝から崩れ落ちた。わたしは咄嗟にAの体を支えて、坂道沿いの山の斜面にもたれかかせた。

 女はそんなわたしの行動をじっと見つめている。わたしは一息ついて、立ち上がり女と対峙した。

「分かってる、わたしがついて行くから」

 女は背中を向けて、急勾配に曲がりくねった坂道を歩きはじめた。わたしは大人しく女の背中を追いかける。スマホを確認してみるが、電波は立っておらず足元を照らすライトとしての役割しか果たさない。

 Aをあんな辺鄙な場所に放置したことは心配であるが、あのまま女に連れて行かれるよりはましだろう。今は自分の心配をしなくてはならない。

 女は早くも遅くもないペースで歩き続けている。不意にガードレールが現れて、そのそばに太文字で描かれた看板が目にはいる。

『曲り曲って七地獄 七曲り 急ぐお方は天国へ』

 後ろ向きの女に見慣れてきたわたしには、看板に描かれた標語のほうが不気味に思えた。途方に思える坂道のS字カーブは標語通りなら、七か所もあるらしい。

 また、しばらく歩くと新たな看板が目にはいる。

『誰にも母が Sカーブ 急ぐな命は一つ』

 言葉として意味が正しいのか怪しい標語だ。太字で描かれた看板に目を奪われ事故をするドライバーのほうが多いのではないだろうか。

『曲がらない止ま(意味不明な絵文字)らない雪の道』

 ついに絵文字のような図まで入ってきて、注意喚起の標語ではなく、難解な暗号のような看板になった。そして、最後の看板は───

『見忘れたミラー 一本(木の絵) の中に対向車』

 わたしは看板の意味を考えることを放棄していた。一時間近く急勾配の下り坂を歩くのはかなり体力を消費し、視界の悪さと緊張感で疲労が蓄積していた。

 傾斜がゆるやかになり、道が水平になると女はまた森の中へと入っていった。わたしは歩くことに必死で、何も考えずに使命感のような心持ちで女の背中を追いかけ続けた。

 それから、しばらく森の中を歩き、ようやく女が立ち止まったのは古いトンネルの前だった。

「はぁ、はぁ、はぁ‥‥‥ここでいいの?」

 わたしは夜の山道を女と一緒に降りたことにより、彼女に少しだけ気を許していた。それは、女がただ呪って殺すだけの悪霊というよりも、何か重大な目的があって彷徨っている亡霊のような気がしたからだった。

 ところどころひび割れ、黒カビに覆われたコンクリートトンネルの前でも女は「‥‥もっと‥‥聞かせて‥‥」というか細い言葉を発音するだけだった。

 わたしはとりあえずと古いトンネルの入り口にもたれ座り込んだ。ふと気づけば、夜の森にも随分、慣れたものであるし、トンネルの中には資材のような物が積まれており、そんな人間の気配が安心させてくれていた。

「なにが聞きたいの?」

 わたしは女に向かってそう言った。しかし、というか、やはり、というか。女は「もっと、聞かせて」としか言わない。

 呼吸が整ってきたわたしはとりあえず、自分が言いたいことを後ろ向きの女に聞かせてやろうと考えた。それしか思いつかなかったのだ。

「あのね───」

 ───わたし、大学生になって初めて友達ができたの。いつメン‥‥いつもの、メンバーの真面目なEとチャラいAと優しいIとカワイイK。四人はぼっちだったわたしを仲間に入れてくれて、友達と呼んでくれた。わたしは、四人といつまでも友達でいれたらいいなって思うの。

 でもね、そう思っているのはわたしだけらしくて、四人はわたしのことが好きみたい。友達としての好きじゃなくて、男女の仲の好きね。

 真面目なEはわたしと真剣に向き合ってくれる。チャラいAは意外に一途でわたしを大切にしてくれる。優しいIは二つ上だからわたしを引っぱってくれる。カワイイKは弟みたいでわたしの後ろをついて来てくれる。

 みんなそれぞれいいところがあって、それぞれの方法でわたしを好いてくれている。ねえ、わたしは誰を選べばいいと思う?

「‥‥‥もっと‥‥聞かせて‥‥」

「えっ、もっと聞きたいの! しょうがないなあ‥‥‥最初に出会ったのはEでね───」

 それから、わたしは古いトンネルの前でいつメンとの出会いのエピソードを語った。

 わたしはもっと聞きたい彼女のためを思い、なるべく詳細を掘り下げて丁寧に説明していった。そうしたら、IとKの出会いまでいかず、Aと出会う前のエピソードで夜が更けてしまい明るくなってしまった。

 人の気配がした。すぐ近くというわけではないが、わたしの耳に届く範囲から話し声や、電車のブレーキ音が聞こえた。

 わたしはふと我に返り、ずっとそばで佇み「もっと、聞かせて」と繰り返していた後ろ向きの女にこう言った。

「ごめん、今日は帰らないと」

 わたしはお尻をはたいて立ち上がり、木の葉から零れる朝の陽光を受けて背伸びをした。

 後ろ向きの女は幽霊のくせに、朝になっても存在していた。

「あのー、もう行ってもいいかな?」

 わたしは女の顔をのぞきこみ言った。女はうつろな表情であること以外は、どこにでもいる普通な女の子の顔をしている。

「‥‥もっと‥‥聞かせて‥‥」

 女はわたしの言葉など聞いていないかのようにうわごとを繰り返す。

「もっと聞きたいのか、しょうがないなあ。また来るよ、わたしもあなたに話を聞いてもらって、すっごく楽しかったもん」

 わたしはそう言い残して、人の気配がする方へと駆け出した。夜の森はあれほど不気味だったのに、朝の森は空気が美味しく感じる。

 わたしは気力が充実していて、これなら山のひとつやふたつ簡単に越えられそうだと安心した。さすがに、女の背中を追いかけて来た森の中を戻る術はないが、とりえず人の声がする方へ歩こうと決めた。

 古いトンネルから東青山駅はすぐそばにあった。わたしは拍子抜けもいいところ、五分も歩かないうちに近鉄大阪線の東青山駅に到着した。東青山駅は小学生の頃に遠足でやってきたことのある場所で、駅のそばに『四季のさと』という自然公園があって、津市市民なら誰しも一度は訪れたことのある馴染深い場所だった。

 わたしはスマホの電波が復帰していることを確認し、Eに電話をして居場所を伝えた。Eは警察に通報するか悩んでいたこと、正気を取り戻したAが自力で車の場所まで戻ってきたこと、自分の怪我はかすり傷だったことを早口で教えてくれた。

 そして、十五分後にみんなと合流し、わたしは車に乗り込んで、間もなく後部座席で眠ってしまった。



 それから、わたしは暇ができれば後ろ向きの女に会いに行くようになった。

 松坂駅から中川駅で一度乗り換えをし、中川駅から大阪方面の急行に乗れば、一時間ほどで東青山駅に到着する。東青山駅の改札を抜けて、四季のさとを迂回するように歩くと人気のない砂利道があって、そこを三分歩けば木材で作られた案内標識に行きつく。

『旧総谷トンネル』

 そう記載された案内標識に従って左手側に続く林道を選び、ぬかるんだ地面に足をとられながら進んでいくとロープと反射板が目に入る。そこが目的地である古いトンネルの入り口、後ろ向きの女が佇む旧総谷トンネルだった。

 東青山駅から慣れれば五分でたどり着くそこは、昼間は人の気配があり、反射板があることから分かるように立ち入り禁止区画であった。

 そのため、わたしが女に会いに行くのは最終電車の少し前の時間、森が深みを増す暗闇の頃合いとなる。

 通い始めた頃にあった恐怖は、数回後ろ向きの女と会う内に薄くなっていき、夜の森の空気がわたしの生存本能を呼び覚まし精神力を向上させていた。

「‥‥もっと‥‥聞かせて‥‥」

 幾度と会いにいっても女はそうとしか言わなかった。わたしは女のために自分の身の上話と、大学で起きたいつメンとのちょっとしたやりとりなんかを繰り返す。

 女から答えが返ってくることはない。しかし、女はわたしをじっと見つめて、話をなんとか理解しようとする素振りをしていた。

 わたしはなるべくゆっくりと口を動かして、身振り手振りを交えて女に話すようにした。そうすると、五分で終わる話が三十分に間延びしてしまう。だが、わたしは面倒だとは思わなかった。

 わたしの話を真剣に聞いてくれる女の子と出会ったのは初めてだったから。

 暇ができれば、と冒頭お伝えしたが、わたしはアルバイトもスポーツもしていない、それどころか夢や目標も特にない暇な大学生なので、毎晩のように後ろ向きの女に会いに行っていた。

 いつメンから遊び誘われても断るようになり、大学の講義で眠る時間が増えていった。

「大丈夫か? もしかして、憑りつかれたりしてね?」

 チャラいくせに心配性のAにこう言われても、わたしは夜の森に通い始めてから肌つやが良くなり、気持ちが前向きになり、苛立つこともなくなっていたので、何を心配されているのか理解できなかった。

 いつメンからの変な気遣いにうんざりしていたら、大学が夏休み期間にはいり、誰にも邪魔されずわたしは旧総谷トンネルに通えるようになった。

 キャンプ用品を両親にねだって買ってもらい、ソロキャンプ女子になって、旧総谷トンネルの入り口付近で一晩を過ごすようになった。

 もちろん、後ろ向きの女が「もっと、聞かせて」と願うから、わたしはそれを叶えてやっているだけだ、「聞かせてあげる」と約束したから。

 後ろ向きの女と二人で過ごす夜は楽しかった。わたしがいくら自分勝手に話しても「もっと、聞かせて」と言ってくれる。わたしはいくらでも自分の話を聞いて欲しい。まる子とたまちゃんみたいな関係だとわたしは考えていた。

 涼しい風と一緒に秋の蝶がひらりひらりとわたしたちの前を飛んでいた。そろそろ、夏休みが終わる。わたしは女と過ごすこの時間が永遠に続いて欲しいと思っていた。

 しかし、わたしの気持ちとは対照に後ろ向きの女は「もっと、聞かせて」以外の言葉を初めて発音した、満月に霧がかかり秋虫の鳴き声がトンネルの中を反響している、そんな瞬間だった。

 わたしがひとつの話に区切りをつけて、次の話をしようと息を吸った、その時。

「‥‥やっと‥‥聞こえたよ‥‥」

 後ろ向きの女は確かにそう言って、月に帰るかぐや姫のように夜空に上っていった。つまり、わたしの前から消え去っていった。

 わたしは目の前で起きた状況が飲み込めず、女が立っていた場所を行ったり来たりしてこう叫ぶ。

「もっと聞いてよ!」



 それから旧総谷トンネルに通うことをやめたわたしは、後ろ向きの女を探すために調査を開始した。

 あの子はわたしをおいて成仏なんか絶対にしない。確信はないが、そう断言できる。あれだけわたしの話を聞きたがっていたのだ。今もどこかで、寂しくわたしを求めているに違いない。

 手始めに女がいた旧総谷トンネルについてネットで調べてみたら、すぐに『近鉄大阪線列車衝突事故』という物々しいトピックが表示された。

 1971年10月25日月曜日、四車両編成の列車が暴走し、脱線したのちあの旧総谷トンネルの入り口で激突し横転した。その直後、対向列車が旧総谷トンネルの反対側から侵入してきて正面衝突した。

 死者25人 負傷者288人

 わたしが毎晩のように通っていたあのトンネルでむかし凄絶な事故が起きていたのだ。わたしは身震いよりも、さっそく手に入れた後ろ向きの女につながりそうな情報に嬉しくなった。

 わたしは県立図書館で事故に関連する新聞や書籍を手当たり次第読み漁り、ある程度調べあげたのち、東青山駅近隣で聞き取り調査を開始した。

「大学の卒論で『近鉄大阪列車衝突事故』について調べているんです」

 そう断ると、皆聞いていないことまで細かく教えてくれた。当時、事故現場が山間のトンネル内ということもあり、連絡手段がなく救急隊の到着が遅れた。そのため、近隣の住人は総出で事故現場に向かい、救出作業を手伝ったらしい。

 今のように旧総谷トンネルまで続く道はなく、森の草木を押し分けて、怪我人を乗せた担架を運んだ。その担架の上で死んでいった者もいたという。

 わたしは丁寧に取材を重ね、住人たちと仲良くなり、そして一人の少女の情報にたどり着いた。

 名前は、湯未子。小学六年生のどこにでもいる普通の女の子。湯未子はわたしが通う大学の近くに住んでいたという。

 あの日、湯未子は奈良県にいる祖母が転んで入院してしまったため、学校を休み母親とお見舞いに行っていた。祖母の容態は大したことなく、湯未子と母親は昼過ぎには帰りの列車に乗った。

 列車は山の中で突然、停車した。青山高原の傾斜のきつい線路の上だった。

『誤停止のため一時停車します。しばらくそのままでお待ちください』

 車内アナウンスに誰も疑問を抱かなかった。70年代、列車が停車することは珍しくなかった。

 しばらくして、列車は動き始める。アナウンスはなかったが、列車が動き始めたことに乗客たちが安堵する。しかし、湯未子のいた先頭車両の運転席では運転士と助役の男が慌ただしくしていた。

 一部の乗客と湯未子は何かトラブルが起きていると気付く。

 運転手の男が血相を変えて飛び出してきて、湯未子たちにこう叫ぶ。

「今すぐ後部車両へ移動してください」

 運転手の必死な様子に湯未子と乗客たちは席を立ち、後部車両へ急いで移動した。

「絶対にここから動かないでください。身を屈めて、座席に掴まっていてください」

 運転手は後部車両に避難を終えた湯未子と乗客にそう伝えると、自分は先頭車両へと戻っていった。

 そうしている間にも、車窓の景色が加速していく。停まるはずの東青山駅を通り過ぎて、滝口トンネル、溝口トンネル、二川トンネルを越える。列車は120キロまで時速をあげていく。

「娘だけでも、もっと後ろに移させてください!」

 湯未子の母親の悲痛な叫びは混乱した乗客たちには届かなかった。先頭車両にいた乗客が前にいることは自然な成り行きだった。

 湯未子は目を閉じて、運転手に言われた通り身を屈めて座席を掴んだ。

 列車は設置してあった車止めを破壊して、左カーブを曲がり切れずに脱線転落。先頭車両と二両目は総谷トンネル内で横転し、三両目と湯未子たちのいる四両目はトンネルの入り口に激突した。

 湯未子は衝撃に耐えられず、体が投げ出され列車の窓に打ちつけられた。意識をなんとか保っていた湯未子は母親を探すも視界が赤く染まって見つけられない。方向感覚を失いながら、湯未子は立ち上がろうとした。

 しかし、対向列車が総谷トンネルに侵入してきて、湯未子たちが乗っていた列車と正面衝突した。

 対向列車の反圧ブレーキに空気を高圧で注入する蒸気音と、レールと輪軸に生じた摩擦を飽和しきれなかった甲高い不協音と、超重量の金属がぶつかって引き裂かれる音が、湯未子に襲いかかった。

 湯未子が最後に聞いたのは自分の頭蓋が割れる音だった。その瞬間から湯未子は耳が聞こえなくなり、自らの世界から音が消えた。

 対向列車が正面衝突した衝撃により気を失くしていた湯未子が微かに目を覚ますと、知らない女性に抱きかかえられ、山の中を進んでいた。時刻は夕暮れ、深い森の中だった。

 湯未子の周りを取り囲むようにもんぺ姿の老年な男女がいて、その口がずっと「電話がない」と言っていた。この時、湯未子はもう聴力を失っていたため、口の動きだけで「電話」という単語を何度も聞いた。

 事故現場となった山間の付近に公衆電話は設置されておらず、事故の音を聞いてやってきた近隣住人は凄惨な現場の状況を伝える手段がなかった。そのため、一番近くの電話を探して何度も「電話がない」「電話はどこだ」と繰り返し確認していたのだった。

 湯未子と母親は一命を取り留めた。対向列車には京都の医師会に参加するために、複数の医者が乗車しており、湯未子と母親は適切な応急処置を受けることができ、東青山駅の近隣住人が背負って山を下りてくれたことで病院への搬送がスムーズに行われた。

 それはまさに奇跡のような偶然だった。

 湯未子は事故から半年後に退院し、耳は聞こえなくなってしまったが、自分を助けてくれた人たちの優しさを覚えており、前向きに生きようと考えていた。

 しかし、湯未子の本当の地獄はここから始まる。

 中学校へ遅れて入学した湯未子を待っていたのはイジメだった。遅れて入学してきた物静かな女の子は、あの列車事故の被害者で、耳が聞こえない。元々、口数の少なかった湯未子は言葉の発音も忘れてしまい、はっきりと話すことができなくなっていた。

 湯未子は口の動きから言葉を読み取ろうと必死になって───

「もっと、聞かせて」

 と、拙い発音で同級生にお願いをした。そんな湯未子の願いを同級生たちはからかい笑い暴力を振るった。

 湯未子は自分が何かいけないことをしているんだと思い込んでいた。言葉さえ理解できれば、イジメられなくなる、そう考えていた。だから、湯未子は何度も「もっと、聞かせて」と言った。言った数だけ、イジメが悪化していくという事実に気付いたのは卒業を近くに控えた冬だった。

 湯未子はイジメのことを両親には一度も話さなかった。事故で後遺症を負ったのは母親も同じで、片足を不自由にしていた。その分、父親が家事などをしており、家族関係は良くなかったからだった。

 湯未子は高校受験の日、試験会場に行かず事故現場を訪れていた。総谷トンネルは衝突事故を原因に、封鎖され線路は撤去されていた。

 東青山駅と西青山駅は移転し、新しいトンネルを開通させて、事故はすでに過去のものになっていた。

 湯未子はたぶん、ここに音を探しに来たのだと思う。彼女はずっと耳鳴りのように事故の音がこびりついており、あの日から音が進まなくなっていたのだろう。

 しかし、当然のことながら湯未子に音は戻らない。

 日が暮れ、暗くなった森の深くで湯未子は持ってきたロープを樹に吊るして首を吊った。

 その一週間後、湯未子の遺体は発見され、それから青山高原では『後ろ向きの女』が度々、目撃されるようになった。

 後ろ向きの女は「もっと、聞かせて」と繰り返し言って、旧総谷トンネルに導くのだった。



 わたしが湯未子のことを調査し終えて真っ先に考えたことは、探偵になろうというものだった。探偵といっても、ホームズや古畑任三郎のような名探偵ではない。不倫調査や素行調査をする一般的な探偵だ。

 探偵になって調査対象の情報を調べあげることこそ、今のわたしに必要な技術だった。

 夢も目標もなかったわたしが探偵になるという目的を見つけ、人生が大きく展開する。EだのAだのIだのKだの、言っている場合ではない。

 わたしは探偵になって───


 ───湯未子をイジメた奴らを調べ上げて殺してやるのだ。


 わたしは大学を辞めた。それから、探偵学校に通い始めた。探偵学校とは、探偵学園Qのような場所ではなく、狭い個室で講師からワンツーマンで探偵の仕事、例えば尾行のやり方や、小型カメラを使い方を学ぶような、なんとも胡散臭い学校だ。

 それでも、ただなんとなく大学を卒業した者よりも、最低限、探偵という仕事の知識が備わっている者の方が探偵事務所に採用される確率は高くなる。それに、胡散臭くともわたしには必要な技術だったため、大学の講義よりも楽しむことができた。

 三カ月で探偵学校の修了証明書を受け取った。交通費など諸経費合わせて四十万ほどだった。その間にAT車の免許も取得した。そちらはもろもろ合わせて三十万ほどだ。

 就職先はすぐに決まった。名古屋市中区の堀川沿いの雑居ビルの三階にあるO探偵事務所で、ストーカー被害を専門に扱っている小さな探偵事務所だった。

 探偵学校の講師から勧められた事務所で、仕事内容はきつくて有名だが、所長のOはやり手で探偵という仕事を本気で学びたいならO探偵事務所以外は考えられないと評判だった。

 O所長は五十代の女で、無駄なぜい肉のないすらっとした体形をしていて、人当たりの良さそうな人だった。

 わたしはこの人の下なら安心して腕を磨けるだろうと最初こそ期待したが、人当たりの良さは部下を辞めさせないための手段に過ぎず、休日でも笑顔で電話をかけてきて現場に呼び出されるのは当たり前で、ターゲットのマンション先で一晩電柱に隠れて待機するなんてこともしょっちゅうあった。

 わたしと同期で入った女の子たちは半年も経たず、みんな辞めてしまった。その分、わたしの仕事が増えていき、事務所に寝泊まりすることも珍しくなかった。

 そんな過酷な労働でも辞めなかったのは、復讐のためである。そして、旧総谷トンネルでソロキャンして過ごした時間がわたしを強くしていた。休みがないぐらいで心は動じない。

 先にも伝えたが、O探偵事務所はストーカー被害を専門に受けている。名古屋にあるモデル事務所や風俗店と顧問契約を結んでおり、殆んどの仕事がストーカー行為の相談にのることと、その証拠集めであった。

 ストーカーの加害者は女も多い。ホストクラブに人生を狂わされた女が金を失くし、貢いだホストのストーカーになったりする。

 風俗店は警察沙汰になるのを嫌うため、わたしがストーカー加害者の女に接触して、あえてストーカー行為の証拠を見せ、これ以上やると警察に通報すると警告することもあった。

 このような場合、加害者の女は初めは知らぬふりをし、次に逆上し、最後に泣いて謝ってくる。わたしは淡々と第三者の立ち位置を変えず、話を神妙に聞いてやり、でもストーカーは駄目だよと諭してやる。

 自分のことは明かしたくないくせに、相手のことはどんな些細なことでも知りたい。その内、知るという行為にゲーム性を見出し、ストーカー行為をする女のことを世間では鬼女と呼ぶ。

 探偵の仕事をして、たくさんの鬼女たちと出会い、彼女たちの話を聞いていると、名古屋を中心に活動する鬼女ネットワークの存在を知る。

 犯罪や身バレをしないように、特定の人物の個人情報を調べ、その情報をネットで売買するのが鬼女ネットワークの主な活動だった。

 接触したストーカー加害者の中に、鬼女ネットワークに繋がっていた女が何人もいた。わたしは時間をかけて鬼女たちの信頼を得て、鬼女ネットワーク立ち上げ人の連絡先を手に入れた。

 ───調べて欲しい奴らがいるの

 わたしが電話口でそう言うと、ボイスチェンジャー仕様の女の声がこう答える。

『いくらくれんの?』

「一人につき百万。七人だから合計七百万」

『ふーん、あんた聞いてた通りいかれてんな。うちら、遊びで特定してるだけだから、ヤバめなのは受けないんだけど。あんたに話聞いてもらって救われた子がけっこういるんだ。だから、手伝うよ』



 わたしがO探偵事務所に就職してから三年が経過した。

 春先のある日、O所長から大須のBARで飲もうと誘われた。所長とはこまめに業務連絡は取り合っているが、プライベートな関係は一切なかった。歓迎会も忘年会もやった記憶がない。

 中島らもの小説に出てくるようなカウンター席しかないBARでO所長と肩を並べて座っている。

 店内にはローテンポなジャズピアノが流れており、マスターは氷を削っていた。

「薄めの甘いやつ、この子にも同じので」

 O所長がそう注文すると、マスターは無言でうなずきカクテルを転がした。

「私の下で三年続いたの、あなたが初めてなのよ。だから、三周年祝いってことで」

 O所長は人懐こい笑みで言って、わたしの背中を叩いた。

「何人入ってきて、何人出ていったか覚えていません」

 わたしが答えると同時に、ブルーハワイなカクテルが二人の前に置かれた。

「探偵なんて仕事、深入りしないほうがいいのよ‥‥乾杯」

「なんとなく分かります」

 グラスに口をつけると舌の上で炭酸が弾けた。

「ねえ、なんか目的があるんでしょ? 他に移る気も、独立する気もなさそうだもん」

 O所長が挑発的な声色で言った。

「うーん、どうでしょうか」

 わたしはカクテルに沈めて言葉を濁した。今ではわたしの目的のために協力してくれている子たちがいる。迂闊なことは上司にも教えられない。

「あなたが裏で女の子集めていろいろやってるのはバレてるわよ。同業者から目をつけられ始めてる。まあ、ほとんど妬みのようなものだけどね。あなたに相談したいって女の子、最近は名古屋の外からやってくるのよ‥‥それってすごいことよ」

「みんな、話を聞いてもらいたいんです‥‥それだけなんです」

「悪いようにはしないから。あなたを突き動かしているものはなに?」

 わたしはカクテルを飲み干し、グラスをマスターに差し出した。

「甘くない濃いやつ」

 わたしは大学の友達と青山高原に肝試しに行って、そこで湯未子と出会った話をした。出会ってからしばらく共に時間を過ごしたこと。湯未子が突然消えてしまったこと。消えた湯未子を探して『近鉄大阪線列車衝突事故』に辿りついたこと。そして、湯未子が中学の時にイジメにあったこと‥‥‥わたしも中学の時にイジメにあっていたこと。

「イジメしてた奴がのうのうと生きてるのっておかしくないですか?」

 わたしが話し終えると、O所長は眉を困らせて口にする。

「お化けの復讐か‥‥あなた、想像以上にやばいわね、あはは。嫌いじゃないけど。湯未子さんをイジメていた連中のリストか何か持ってるんんでしょ。私に預けてみて。こっちでもいろいろ調べてあげるから」

 わたしは素直に従って、O所長にUSBメモリを預けた。鬼女ネットワークの子たちと一緒に調べて、イジメっ子の名前や職業までは特定できたが、復讐に使えるようなネタまでは掴めていなかった。

 それから三カ月後。わたしが湯未子と出会った季節。O所長から戻ってきたわたしのUSBメモリにはイジメっ子の弱みが追記されていた。

 T内(52)三重県議会議員三期目、不倫多数、不倫相手に暴行[証拠写真、証言あり]

 S水(53)愛知県警察警視正、暴力団関係企業から賄賂[データ証拠あり]

 K野(52)新聞社記者部長、土木系企業への恐喝、ゆすり[証言あり]

 N村(52)大企業役員、取引先委託費の横領[データ証拠あり]

 M上(53)女、大学病院勤務医師、医療ミスの隠蔽[証拠あり、証言あり]

 H口(52)女、小学校教頭、小学生男子へのわいせつ行為[証拠写真、証言あり]

 F原(52)女、飲食系サプライチェーンオーナー、食品産地偽装[データ証拠あり]

 湯未子をイジメた主犯格七人の弱みを手に入れた。

 イジメをする奴らは大人になってもクソだ。しかし、今回はクソのままいてくれて嬉しい、助かる。O所長が言うにはこれでも氷山の一角らしい。

 わたしはこの情報を利用し、七人の悪事をさらに暴き、真綿首のようにじっくりと時間をかけて社会的に殺し、湯未子と同じ気持ちを味合わせるために最後は自分で自分を殺したくなるまで追い込んでやるのだ。

 わたしは早速、七人のイジメっ子たちに悪事の証拠を同封した不幸の手紙を送りつけた。

 差出人はもちろん『湯未子より』



 わたしは墓地にやってきていた。夏の終わりを感じさせる涼やかな風が吹く、そんな正午だった。隣にあるお寺の境内からは幼い子供たちが遊ぶ声がよく響いていた。

 石畳を歩き、湯未子が眠る墓石の前で立ち止まる。落ちていた蝉の抜け殻を拾い、持ってきたビニール袋の中に捨てた。

 湯未子が死んで、追いかけるように湯未子の母親も亡くなった。父親は生きているが、数年前から痴呆がひどくなり今では自分が誰なのかも理解していない。

 わたしは墓に水をかけてタオルで土埃を払った。

 幼い子供たちの遊ぶ声が近付いてきていた。

 わたしは湯未子に語りかけようと口を開けたが、ためらいすぐ首を横に振った。

「‥‥湯未子はここにいない」

 それでも、湯未子に聞いて欲しい。空気の読めないわたしの一方的な話を聞いて欲しい。

「湯未子、復讐が済んだら来るからね。その時は、また朝までわたしの話を聞いて」

 わたしは墓石に手を置きそう誓った。

 その時、一人の女の子がわたしの足元まで走ってきた。そして、わたしの服の袖を握るとこう口にする。

「‥‥もう聞きたくない‥‥でも、ありがとね‥‥」

 女の子はそれだけ言って走り去ってしまった。

 わたしは確かに湯未子の声を聞いた。衝撃のあまり、ポカンとなってしまったが。

 ふと、我に返るとわたしはこう叫ばずにはいられない。

「いや、もっと聞いてよ!」



登場人物以外、ノンフィクションなホラーを目指してみた。あまり、面白くならなかった。難しい、こういうの。

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