01 チェスター領へ帰る1
今回の主人公はソディー伯爵家のご令息、魔獣大好きチェスター君(8歳)です。
本編の先の話で社交シーズンが終わったところから始まります。
チェスター視点
窓を見ると緑の山々が見えてきた。
それが見えたということは領の邸が近くなった証拠だ。
「お祖母様。もうソディー領に入りましたか?」
「そうね。もうそろそろ領都が見えてくると思うわ」
社交シーズンが終わり、王都からソディー領へお祖母様と一緒に戻ってきた。
当主代理のお母様はもうしばらく王都に残ってからこちらへ来るらしい。
「お祖母様。馬車に乗っている間、魔獣が見れると思ったのですが見られませんでしたね」
「チェスター。馬車道は普通、魔獣とは遭遇しませんよ」
「え!?」
「森が近くにあれば別だけど。この辺りは畑だらけだし、人の匂いが強いところは魔獣も避けるわ」
「そんなぁ……」
うなだれるチェスターを見てお祖母様は苦笑した。
「魔獣は憧れだったものね」
「はい。ヒューと会えたのも運が良かったからなのですね」
ヒューとはヘインズ侯爵家で飼ってるシェリル様の従魔だ。
ホワイトフォレストレオパルトの変異種で、白地に黒斑の子どものヒョウだった。
王都に滞在中は時間が許す限りヒューとたわむれたのが、チェスターには至福の思い出。
「僕もヒューみたいな魔獣を従魔にしたいのですが……」
「無理矢理はダメよ。それに、うちは大型になる魔獣を飼う余裕はありませんからね」
そうなのだ。
ソディー領はギリギリ貧乏ではないが、冬は雪深く、保存食でなんとか凌いでいる土地だった。
大型の魔獣ともなると常に必要になるのが肉だ。
だがその余裕がソディー家にはない。
「分かっています。小型で良いのです」
それでもチェスターは魔獣とたわむれたかった。
帰ってくると侍従が出迎えてくれた。
「おかえりなさいませ。チェスター様」
「ただいま。スペンサー」
彼はチェスターが元気になってからお母様につけてもらった侍従だ。
十四歳で、ゆるウェーブの鮮やかな緑色の髪に、紫の瞳を持つ少年だった。
王都へ一緒に行くものだと思っていたけど、定員オーバーで行けなかったのだ。
「はい。お土産」
「え……ありがとうございます」
「開けてみて」
「はい」
スペンサーは紙袋を開けると、嬉しそうな顔をした。
「ブックカバーですか。……しかも革?」
「うん。スペンサーはよくそのくらいの大きさの本を読んでいたでしょう?」
「はい……ありがとうございます。大事にします」
彼は平民だけど本が好きな様で、集めている事は知っていた。
「喜んでくれて良かった」
実はシェリル様のアドバイスだった事はこの場では言わなかった。
チェスターは帰ってきてから早速、庭を散策して魔獣探しにいそしんでいた。
「チェスター様。この庭に魔獣はいませんよ」
「いるかもしれないでしょ」
「猫なら見かけた事がありますが……さすがに魔獣ではありませんでしたよ」
「なら、猫を見かけたところを教えて」
侍従は苦笑しながらもその場所に連れて行ってくれた。
「この辺りです。縞模様の猫でしたね」
そう言った時、ガサガサと茂みから音が聞こえた。
「何だろ?」
「あ、チェスター様」
侍従を置いてチェスターは茂みに走ると、そこには縞模様の猫とヒナと思われる白い鳥がいた。
猫が鳥のヒナを食べようとしていたのだ。
「こら!」
驚いた猫が一目散に走り去ってしまった。
「どうしたのですか、チェスター様」
「これ」
追いついた侍従にチェスターは鳥のヒナを見せた。
「あ……」
「手当てしたいんだけど」
「……分かりました。邸に連れて帰りましょう」
部屋に連れて帰ると、とりあえずヒナをタオルで包んだ。
しかしヒナが嫌がりタオルが広がると、怪我している足があらわになる。
「水をもらってきました。飲むかもしれません」
「鳥さん」
『ピッ……』
水をヒナの前に出すと、拒否する様にそっぽ向いてしまった。
「飲みませんね」
「見て。怪我してるみたい。僕、お祖母様に頼んで……」
触っていたチェスターの手にヒナがすがる様にひっついた。
「え?」
「チェスター様から離れたくないのですかね?」
その様子を観察していた侍従がある事に気づいた。
「この鳥……チェスター様の魔力、食べてません?」
「魔力を? そんな鳥いるの?」
そこでチェスターは思い出した。
「あっ。え? まさか……。スペンサー、魔獣図鑑出して!」
「……あ、そういう事ですか」
侍従も気づいた様だ。
魔獣図鑑をめくって目当てのページを開いてチェスターに見せてくれた。
そこに書いてあったのはファントムバード。
ヒナの絵はさすがになかったが、魔力を食べる鳥として紹介されていた。
羽の色は純白。
額の魔石も白。
瞳は深い青の美しい鳥だった。
「羽の色も同じ。ファントムバードのヒナかも」
「そうだとしたら大発見ですよ。ヒナは見つかってもいないですから。と、とにかくドローレス様を呼んできます」
慌てて侍従が部屋を出て行ったが、彼は風魔法使い。
「風で呼べばいいのに」とチェスターは一人思った。
しばらくして、彼がお祖母様を連れて帰ってきた。
「魔獣のヒナですって?」
「はい。しかもヒナは未発見です」
「本来なら勝手にその様なものを連れ込んでと怒るところだけど。その魔獣はどんな魔獣なの?」
「はい。魔力を食べる鳥です。しかも人前には滅多に姿を現しません」
小さすぎて最初は分からなかったが、白い宝石が額のところにあった。
「怪我は私が治しますが、飼うかどうかは相談しましょう。親鳥が近くにいるかも分かりません」
「……はい」
そう言いつつ、お祖母様は水魔法でヒナの怪我を治してくれた。
ヒナは元気になったが、ずっとチェスターの側を離れようとはしなかった。
「試しに外に出てみましょう。親鳥が来るかもしれないわ」
「そうですね、お祖母様」
一応記録用に絵が上手い使用人にヒナのスケッチを描いてもらった。
その後、外へ出て親鳥を探す。
邸周りを探したがそれらしい鳥は現れなかった。
「ねぇ。お母様、いる?」
『ピッ?』
「首を傾げてますね」
「最初からいないのでしょうか?」
「もしかして巣から落ちたのかしら。スペンサー。ちょっと木の上を見てきて」
「かしこまりました」
スペンサーは風魔法の力を使って危なげなく木を登る。
しかし巣はないようで横に首を振った。
「……いない様ね。この鳥の事を詳しく知ってそうな人に連絡を取りましょう。その上で従魔にするか決めましょうね」
「はい」