52 占い師1
いつものお茶の時間。
何か変わった事はないかと侍女達に聞くとネルが口を開いた。
「最近よく当たるという占い師がいるそうですね」
「占い師?」
「はい。私も聞いた話なので、詳しくは知らないのですが。侍女達が何名か行ったそうで」
中の良い侍女同士で休みを合わせてその占い師の元へ行ったそうだ。
すると、悩みや旦那と付き合いはじめた時期など次々と当てられ、すっかり占い師の虜になっているのだという。
「占い師かぁ……私、会った事もないなぁ」
そもそも、実家の領に占い師がいたのかどうかも疑問だ。
「ねぇ。皆は占いって信じる?」
「そうですね……私は信じてしまいそうですね」
あー……分かる。
ネルは割と素直に受け取りそう。
「私は当たれば、ですかね。……当たっても曖昧なものだったら信じるかはちょっと疑問です」
セリーナは慎重だからなぁ。
「私は受けてから信じるかどうか決めます」
やっぱり実際にあってみないと分からないか。
「あー。私はルース派かも。受けてみないと分からないよね」
するとそのルースが口を開いた。
「行ってみたらどうです? 若と」
「え」
「若も興味があると思いますよ」
「……そうかなぁ?」
「シェリル様との相性なら……いかがですか?」
あー……フィランダーが気にしそうな内容。
「……分かった。夕食の席で聞いてみる」
私も興味あるしね。
早速夕食の席でフィランダーにその話を振ると快諾してくれた。
「すぐに日程を調整するよ」
「やっぱりフィランダーも占いに興味あるの?」
「いや、全く」
え?
「じゃあ日程調整しないで空いた日があったら行くでいいじゃない」
「シェリルが誘ってくれたのが嬉しいんだよ。それに話題の場所なら早めに見に行ってもいいかなと思って」
「なるほどね。私、占いって初めてなんだけれど、フィランダーは受けた事ある?」
私の言葉にフィランダーは気まずい顔になってしまった。
あ、これはもしかして?
「愛人さんと?」
「……まぁ……付き合いで」
「どうだった?」
「……相性が最高に良いと言われたけど……多分ウソだな。言う様に指示されてたんじゃない?」
「じゃあ、占いは信じない派?」
「……今のところは」
「そっかぁ」
話題の占い師はどんな人なんだろう?
本当に調整してくれて、夕食の日から二日後、視察のついでに行く事になった。
「何占ってもらおうかなぁ」
「俺とシェリルの相性一択でしょ」
「えー。それ以外も見て欲しい」
「何見てもらうの?」
「身体を丈夫にするには何をしたらいいとか」
「それは医者に聞きなよ」
「聞いても歩いてくださいの一択だもの。他に方法があるかもしれないし。体力がないのは仕方ないけれど、風邪とか引く回数は減らしたいでしょ?」
「まぁ……ただ占い師の言う事鵜呑みにするのは良くないと思う」
「それは会ってから決める」
「……それもそうだな」
馬車に揺られながらそんな話をしていた私達。
それを横で聞きながらトミーとルースが微笑んでいたのは言うまでもない。
馬車を降りて城下町の視察をしながら占い師の元へ向かった。
「あら。占い?」
「シェリル、気になるの?」
「うん。私、占ってもらった事ってないのよね」
「なら、やってもらおうか。今は誰も待っていない様だし」
そんな茶番を演じつつ、占い師の男の元へ向かうと笑顔で迎えてくれた。
「ようこそ。まさか領主夫妻を占わせてもらう機会が与えられるとは……女神様に感謝ですね」
「私、占いって初めてなの。どうやって占うのかしら?」
「自分の場合はカードです。出たカードの結果をお伝えするのですよ。何を占いましょうか?」
「二人の相性を」
「ではこちらに手を置いてください」
まず山札に私とフィランダーの手を重ねて置いた。
そして手を離した後、彼は山札を崩して混ぜ始めた。
また集めて山札にして順番にカードを置いていく。
「結果が出ました。……少々良くないですね」
「え」
「あまり気が合わないのではないでしょうか? どちらかが無理矢理合わせていると出ています」
「……そんなはずはない」
怒気が混じるフィランダーの声に占い師の男は少し肩をびくつかせた。
「あ、気にせず続けて」
私の言葉に占い師はギョッとした目でこちらを見た。
「あ……はい。……そうですね。少し距離を置いた方が良いと出ています。どちらかにストレスが溜まっている様です」
「あー……そうなんだ。つまり相性はイマイチという事ね」
「カードにはそう出ていますね」
するとフィランダーが口を開いた。
「……解決法は?」
「え……」
「距離を置く以外の解決法を聞いている」
まずい。
フィランダーから殺気が放たれ空気が重い。
このままじゃ倒れる人も出るかも。
「フィランダー。もういいでしょう? ありがとね、占ってくれて」
「あの……すみません」
「謝る必要はないわ。カードにはそう出ていたのでしょう? 新鮮だったね、フィランダー」
「……俺は占いを信じない」
「もう……しょうがないんだから」
私はフィランダーに少しかがむ様に言うと、彼の頬にキスをした。
「機嫌治った?」
そう言うと重かった空気が軽くなり、フィランダーはこちらを向いてコクコクとうなずいた。
「空気悪くしてごめんなさいね。さぁ、行きましょう」
私はフィランダーの手を引いて馬車へ戻った。
馬車の中へ入って邸に向かうと、一緒に来ていたトミーとルースは私を褒めてくれた。
「さすがシェリル様。あの空気をすぐに変えてしまうなんて凄すぎです」
「カッコ良いです、シェリル様!」
「ありがと。ああでもしないとフィランダーが手を出すかもしれないって思っちゃって……つい……」
ちらりとフィランダーを見ると、顔が真っ赤になっていた。
「ごめん。……怒ってる?」
「いや……」
すると顔を手で覆ってしまった。
「カッコ良すぎるでしょ。シェリル……もう外でそんな事しないで」
「……若。女性のセリフっぽいです」
「何か、男女逆って感じですね」
あの時トミーとルースはこう思ったらしい。
『あの若が乙女になるなんて……。シェリル様、恐ろしい子!』と。
簡易登場人物紹介
貴族ーーーーーーー
・シェリル・ヘインズ……『前溺』の主人公。元アストリー伯爵令嬢。
・フィランダー・ヘインズ……シェリルの夫。遊び人令息と呼ばれている。
使用人ーーーーーー
・トミー……フィランダーの侍従。童顔。
・ネル……シェリルの侍女。侍女長の娘。
・セリーナ……シェリルの侍女。シェリルに忠誠を誓っている。
・ルース……シェリルの侍女兼護衛騎士。ニールの妻。
・シンシア……フィランダーの侍女。魅了魔法が使える。
・クリフ……シェリルの影。闇魔法使い。
平民ーーーーーーー
・ジェレミー……新聞記者。トミーの兄。
・イーノック……娼館ギルド支部長。
・ユージェニー……娼館の筆頭。シェリルに忠誠を誓っている。




