46 新たな扉が開く時 2
※R15? なところが一部出るかもです。
若干混乱しながらとりあえず近くにあったベンチに腰を下ろした。
「お昼は?」
「まだ」
「これ、多めに買っといたからどうぞ」
「……ありがと」
フィランダーが差し出してきたのは食堂の惣菜パンだった。
少し大きめに作られていて一個でも満足できる。
シェルはサンドイッチを、フィランダーはホットドッグを選んで口に運ぶ。
「おいしい」
「惣菜パン初めて?」
「ううん、たまに食べてたよ」
「学食派じゃなかったんだ」
「体力ないから。……保健室で寝ている間に昼終わってる事が多くて。先生が事前に買っておいてくれたのをもらってたんだよね」
「え、この世界の話?」
「ここでも、現実でもそう」
そう言ってからまたサンドイッチを食べる。
相変わらず美味しい味だ。
すると横でフィランダーが豪快にホットドッグをかぶりついていた。
「……ずいぶんワイルドなんだね」
「食事はさっさと終わらせたいからかな?」
「もっと味わってもいいんじゃない?」
「家では味わってるよ。クセだよクセ。一人だとさ、味気ないからさっさと終わらせて図書館行ったりしてんだよ」
「そっか……。そうしたいけれど、この世界でも病弱なんだよね」
図書館は別棟なので少し距離がある。
走る事ができないなら次の授業に間に合わない。
「それにしても……どうして男だけなんだろう。フィランダー主導の夢ならてっきりシェリルとして登場すると思ってた」
「俺もシェリルに会えると思ってたんだけど……貴族令嬢学園には行かなかったんだね」
「今は男だし……」
どうしてだろうとと思っていると、フィランダーに思い当たる事があった様だ。
「あ……シェル様でもいいって思ってから寝たな」
「それだね、きっと」
フィランダーは反省しつつ、さっきの出来事について尋ねた。
「それより。さっきはどうして囲まれてたの?」
「……嫉妬。剣舞の授業で褒められてさ。目立つなって注意された」
「うわっ。実力のないやつがやりがちなアレ?」
「そう。三人ともうちより家格が上でさ。だから無視するわけには行かなくてね」
下の家格だったら無視していたけれど、三人とも伯爵家より上の公爵家と侯爵家の人だったからなぁ。
少しため息をつくと変な視線を感じたので隣を見ると、若干口元がにやけていた。
「……フィランダー? 何か変な事、考えてない?」
「いやいや、何も?」
「……まぁ、助かったよ。あのままだったら濡れるところだったし。お昼もありがと。お金は後で渡すから」
「それは遠慮するよ。あくまでも、多く買いすぎたパンの処理をしてくれたんだからさ」
「……分かった。なら明日、パンを多く買う事にするよ。処理頼める?」
「明日? 明日があるの!?」
「……あるんじゃない? まぁなくてもそうするよ」
明日……あるよね?
なかったらニールに頼んで何か作ってもらおう。
次の日。
少し早めに食堂へ行き、そこで売られている惣菜パンの前に立った。
フィランダーって何が好きなんだろう?
特に苦手なものもなかった気がするし……芸がないけれど昨日のパンを買おう。
二つ選んでお金を払ったらすぐに校舎裏へ急いだ。
到着するとすでにベンチにはフィランダーが座っていた。
「待った?」
「いや、今来たとこ」
「好みが分からなくて、とりあえず昨日食べてたものを買ってきた」
「適当でよかったのに」
「フィランダーって好き嫌いないよね? だから余計分からなくなって……」
するとフィランダーが納得した様にうなずいた。
「うん、これが最適解だった訳が分かった。今の俺はとにかく肉が欲しいからちょうど良い」
パンを見ると、確かに肉肉しい。
サンドイッチには肉と野菜が挟んであるし、ホットドッグには野菜と大きなウインナーが挟んである。
「あ、でも食べるのは昨日と反対で。ホットドッグってあまり食べた事がないんだ」
実は昨日フィランダーが食べているのを見て少し気になっていたのだ。
「そうだったの?」
「よく保健室の先生に買ってきてもらったのはサンドイッチばかりで……」
そう言ってフィランダーの横に腰を下ろして、彼にサンドイッチを渡す。
シェルはホットドッグを取り出し、思いっきり大口を開けてかぶりついた。
「……昨日は俺の見て引いてたクセに」
「こういう事する機会が少なかったんだよ。何せ病弱だからさ。大抵大人の前で食べるから、マナーには気をつけてたんだ」
平民だったらそんな事はなかったんだろう。
いや、商人だったら別か。
それより、ホットドッグ美味しい!
夢中で食べていると、急にフィランダーがシェルの口元を指で撫でる。
「ん?」
「ソースついてた」
「あ、ありがと」
するとソースがついた指をこれ見よがしに舌で舐めた。
しかも色っぽく。
「……は?」
「シェル様のソース、美味しい」
「……今は、男なんだけど」
「それが?」
んん!?
「シェル様。まさか男だったら俺に襲われないと思ってない?」
「……フィランダーって……まさか男も?」
慌ててベンチの端に避難すると、その様子を見て彼は笑った。
「違う違う。俺はね、シェリルが好きなんだ。例え、どんな姿になっても……ね」
そう言うと詰め寄られ唇を塞がれそうになったので、シェルは目を思いっきりつぶった。
※
恐る恐る目を開けると、そこはいつものベッドの上。
夢から解放された瞬間だった。
「よかっ……た〜……」
「あれ? おはようございます。……いかがなさいました?」
「あ、ネル。おはよう」
「熱は……あ、下がってますね」
「え、本当?」
「もっと長引くと思いましたけど、よかったですね」
「ちなみに今は私が寝てからどのくらい経ってるの?」
「次の日の朝ですね」
「お〜、記録更新かも!」
「そういえばシェリル様、先ほど何でよかったと言ったのです?」
その理由を話すと、なぜかネルは真剣な顔になった。
「若はいけませんね。夢の中までゆっくりさせてくれないなんて……今日は会うのをやめますか?」
「……そうね。そのくらいしなきゃね」
今日は面会謝絶とフィランダーに言うと絶望した顔で私の部屋の前で騒いだ。
『シェリル〜聞こえるー? ごめーん!』
私は聞こえないふりをして過ごしたのだった。
※
今日、ネルは衝撃的な事を聞いてしまった。
何と夢の中で、若とシェリル様(男)が男同士でキスしようとしたなんて……破廉恥な!
よだれが垂れそうになったところをとっさに真剣な顔をして難を逃れた。
それにしても、今まで読んだ官能小説の中にもそんなのはなかったのに。
まだ私が読んでいないジャンルがあるとでも言うの?
そこで休みに城下町にあるいつもの本屋へ行くと……まだ未開拓な棚がある事に気づいた。
これかしら。
手を伸ばそうとすると、女性店員が近づいてきた。
「お客様。こちらの棚は少々特殊な人向け……というのはご存知ですか?」
「……もしかして」
耳打ちして確かめると女性店員は口角を上げてうなずいた。
「では、まずはこちらをお読みくださいませ。それが耐えられたら……もっと深いものを」
ゴクリと喉を鳴らしながらその本を受け取った。
部屋にこもってその本を読むと……ネルの知らないもので溢れていた。
「世界はまだ、こんなに広かったなんて!」
新たな扉が開いてしまったネルはすっかりハマり、邸内にも同志を増やしていった。
ネルの新たな扉が開いてしまいました。
ただ、作者はそっちの扉は半開きくらいなのでリアルじゃないという意見もあるかと思います。
簡易登場人物紹介
貴族ーーーーーーー
・シェリル・ヘインズ……『前溺』の主人公。元アストリー伯爵令嬢。童顔よりの可愛い系。
・フィランダー・ヘインズ……シェリルの夫。遊び人令息と呼ばれている。
平民ーーーーーーー
・ネル……シェリルの侍女。侍女長の娘。少女小説や官能小説を愛読。
・ニール……ヘインズ家の料理長。
今回の夢の中ーーーーーーー
・シェル・アストリー……シェリルが男になった姿。
前回の夢の中ーーーーーーー
・フィー・ヘインズ……フィランダーが女になった姿。




