38 取材に同行します!2
新人君→シンシア→フィランダー
次に向かった先は酒屋だった。
「……大きな酒屋には行かないんですね」
「こういう小さい店にも掘り出し物があるんだよ」
二人が出てくると先ほどとは打って変わってシェリルが微笑んでいた。
「……シェリル様ってお酒好きですか?」
「程々といったところだね。大方、好みの酒が手に入ったんじゃないかな」
「……そのお酒、明日には売り切れそうですね」
「そうだろうね。……もしかしたらシランキオのお酒かもね。隣のファロン領の酒が入ってきてるみたいだし。ちなみにファロン領の酒は王家にも献上されているよ」
「え!? ……何でそんなお酒がここに?」
「それが知る人ぞ知るってやつだよ」
次に向かった先はバーだった。
ここも先ほどと同じでそこまで大きくはない。
しかも開店してないんだけど……いいの?
「シェリル様、嬉しそうに入っていきましたね」
「反対に若は苦い顔してるね」
「ここのバーってシェリル様のお気に入りとかですか?」
「うん。まぁその一つってところだろうね」
しばらくするとまずフィランダーが出てきた。
シェリルは名残惜しそうに出てくるのでフィランダーが早く出るよう促している。
「……若様にとって余程居心地悪いところなんでしょうね」
「なかなかこんな姿は見れないから目に焼き付けておいて」
次に二人が向かった先は……なんと娼館だった。
「ちょ、ちょっと待ってください! これ、デートですよね?」
「この娼館にはお知り合いがいるからね。きっと顔が見たくなったんだよ」
「そ、そういう事ですか。でも……娼館?」
納得出来ないうちにもう二人が外へ出てきた。
……って、後ろの人。
超絶美人!
「おっ。珍しいね。あの人、この領都の中でも一番の娼婦だよ」
「えぇぇぇえぇ!? どうしてここにいるんですか?」
普通一番の娼婦なら下に来てまで見送りなんてしてくれないはず!
「お気に入りの人でもいたんでしょ。たまたま見送りしてる最中に出くわしたじゃない?」
「……そうですかね?」
どう見てもシェリル様に向かって手を振っている。
「あ、もう次行くよ。若がシェリル様を押し込んでる」
「はい……」
馬車についていくと止まったのは鍛冶屋の前だった。
「やっぱり。これ、デートじゃないですよね? 完全に視察ですよね!?」
「あー、バレちゃった?」
「おかしいと思ったんですよ。デートなのにデート感が薄いというか……」
「でもね。面白いものみれると思うよ」
しばらくして二人が中から出てくると、最高に良い顔をしているシェリル様がいた。
「シェリル様って……武器マニアなんですか?」
「体力ないのに剣をたしなむんだよ。彼女の剣舞は神聖な儀式と勘違いするほど美しいんだ」
「なんで知ってるんです?」
「ヘインズ家の担当の記者だからだよ」
視察はこれで終了の様で馬車は邸に向かって走って行った。
「どう? 少しだけど、領都の事は知れたかな?」
「もしかして……俺のために誘ってくれたんですか?」
「君の様なよく気がきく人が、まともな記事一つもないのはどうかと思ってね」
「……不甲斐なくてすみません」
「理由が分かったから良しとするよ」
そう言ってジェレミーは新人に向かってウインクした。
次の日。
早速ジェレミーが報告してくれたらしく、上司は謝ってくれた。
指導員は他にもやらかし近々いなくなるという。
「じゃあ俺の指導は……」
「俺が少しやってやるよ。ほとんどジェレミーがやったらしいからな」
「ありがとうございます!」
「俺も悪かったよ。……もうやらないだろうなんて思ってたからな」
あの指導員は本当に色々やらかし、その度にきつい指導をされていたという。
「それにしてもラッキーだったな」
「え?」
「ジェレミーのやつが指導なんて、初めてじゃないか? それに領都で一番の娼婦もみたんだろう?」
「あ……見ましたけど……何か?」
「その娼婦は情報屋だ。もしかしたら、何か教えてもらう機会があるかもしれないぞ?」
新人は独り立ちした後もジェレミーの教えを忘れないでいた。
しかし、最後のウインクは余計だったといつも思ってしまうのだった。
※
新人を連れ回した後、ジェレミーはヘインズ邸にいた。
「今日はごめんね。せっかくの休みだったのに……」
「何に対してのごめんねなの? せっかくの休みで羽を伸ばしていたのに……。私にウインクしたせいで周りの女性から睨まれたんだけど」
実は新人に向かってしたと思われたウインクは恋人であるシンシアに向けてだった。
あれは『このあと部屋に行くからね』のサイン。
「本当はシンシアとデートしたかったんだよ? でも若が視察に行くっていうから記事にしなくちゃいけなくてさ。……怒ってる?」
「あそこでウインクした事を怒ってるの!」
「でもあんなに離れてたら……そうするしかなくない?」
「ウインクとかしなくても来る時は来るでしょ、あんたは」
「つれないなぁ。がんばったって褒めてよ。本当は休みだった僕をさ」
「はいはい。えらいね〜。何か後輩みたいな人も指導してたみたいで」
「よく知ってるね。……もしかして尾けてた?」
「たまたま目に入っただけ。目立ってたよ、あんた達」
「そりゃ指導しながらだからね。いつもの様にやってたら新人君がついてこれないし」
シンシアはジェレミーを見つけたあと、思わず目を追ってしまい、ついて行ってしまったのだ。
そんな自分が何かに負けた様で悔しかった。
それにしても。
「どうしていつも天井裏から入ってくるのよ。もうドアから入りなさいよ!」
「え〜。今更普通って……なんか恥ずかしくない?」
「天井裏からの方が余程恥ずかしいっての!」
そんな事を言いつつ、シンシアはジェレミーのリクエストの膝枕をしてあげるのだった。
※
ここはヘインズ次期侯爵夫妻の部屋のベッドの上。
「今日の視察は面白かったね。ジェレミーが後輩と連れ歩いてて、その後ろをシンシアがついてくるって……笑い堪えるの必死だったなぁ」
「確かに。珍しい光景だった」
「今頃シンシアの部屋にいるんじゃない?」
「いい加減ドアから入ってきて欲しいんだけどな」
「まぁ、天井裏から入るのがジェレミーでしょ」
「そんな新聞記者いてたまるかよ」
フィランダーは視察に行った時に会ったバーの店主、ウォーレンの幸せっぷりにイラついていた。
ウォーレンは今日行った酒屋の店主、リンジーと結婚が決まったのだ。
「もう。いいじゃないの。ウォーレンが幸せでも」
「よくない!」
シェリルは知らなかった。
フィランダーにささやいたあの言葉を。
『毎日愛し合えて幸せですよ』
ウォーレンが何気なく言った言葉だが、フィランダーはカチンときてしまった。
俺はいつも愛せないのに!!
シェリルが体調を崩す事が多くて一緒に寝られない事も多い。
もちろん不満はないのだが、ウォーレンというのが気に食わない。
自分が先にやるはずだった、忠誠の儀式をシェリルに先にやられてしまったのだ。
シェリルの初めてを奪った罪は消えない。
「フィランダー」
「ん」
シェリルに呼ばれ声がする方へ向くと、目の前にいたシェリルがフィランダーの唇を奪っていた。
ゆっくり離すとフィランダーがぽかんとシェリルを見ていた。
「奪っちゃった」
「……キス、上手くなったね」
「前世の勘を取り戻したのかな? それかフィランダーのせいでしょ」
「俺の?」
「キス魔だから」
「……確かめてみる?」
互いに身を寄せ合いキスをすると、二人はベッドの中に吸い込まれて行った。
※この後書きは更新後一日経ってから書いています。
最近番外編の良い案が浮かばなくて困ってます。
でも、最近出てこないキャラを忘れない様に書くのはいいのかもしれないと、これを書きながら思いました。
ウォーレンとリンジーの名前、出てこなかったんですよね。
第三章に戻って『そうだった、この名前だ』って確認してました。
自分でつけた名前なんですけど、しょっちゅう忘れます。
だから名前もダブったりしてるんですよね。
実はまた見つけちゃったんですよ。
まぁ……現代と過去で違うからもういいかなと思ってそのままにしてるんですが……あとで直すかどうするか考えますね。
簡易登場人物紹介
貴族ーーーーーーー
・シェリル・ヘインズ……『前溺』の主人公。元アストリー伯爵令嬢。
・フィランダー・ヘインズ……シェリルの夫。遊び人令息と呼ばれている。
平民ーーーーーーー
・ジェレミー……トミー、サミーの兄。領都新聞の記者。
・シンシア……フィランダーの侍女。ジェレミーの恋人。
・ウォーレン……ヘインズ領のバーの店主。シェリル対し一番最初に忠誠を誓った。
・リンジー……酒店の店主。ウォーレンの恋人。
・新人君……ジェレミーの後輩。




