36 エイベルの報告書2
一部ある意味心を痛める描写が入っています。
ご注意ください。
エイベル→シェリル視点
※
それからというもの、フィランダーにはやり気が満ち溢れていた。
「エイベル。今日も分をチェック頼む」
「……こちらから伺いますのに」
何とフィランダーがエイベルの席へと足を運ぶことになってしまった。
「……大丈夫ですね」
仕事のチェックが終わり、今日の分の判を押すとある事実に気付いてしまった。
「今日で十個目……ですか」
「あぁ。これでシェリルにおでこをキスしてもらえる」
フィランダーの恍惚とした顔を見てエイベルは寒気を感じた。
これ、もしかしてあっという間に達成してしまうのでは?
するとその後も二十個目をあっさりと達成してしまった。
マズい。
これは何か考えなくては。
ただでさえ三十個目のご褒美はシェリル様に嫌な顔をされたのだ。
『何でも願いを聞く』よりはマシだと思うが。
無理やり許可を取ったとはいえ、ここまで達成しないだろうと思った自分がバカだった。
絶対阻止しなければ!
「エイベル。チェックを頼む!」
今日はいつになく気合が入った声だった。
それもそのはず。
今回で三十個目が達成されるからだ。
「はい。大丈夫です」
「しゃっ!」
「ですが……今日から新しい月の始まりです。どうしてマス目が三十個あるかお分かりでしたか?」
「え?」
「それはひと月ごとの数を表していたのです」
もちろんそれはエイベルのこじ付けだ。
ただ単にシェリルが作った時に三十個がちょうど良かっただけの話。
しかもこれでは休みがない計算になる。
苦しい言い訳に等しかったが幸い目の前の人物はそれに気づいていない。
「なのでこちらのポイントカードは破棄しますね」
ビリッ!
これが悲劇の始まりだった。
エイベルはフィランダーの目の前で今まで貯めたポイントカードを破って見せたのだ。
するとフィランダーから絶叫が聞こえた。
「あぁあぁあぁー! 俺の、俺のポイントがぁー。シェリルの侍女服姿がぁー」
着せたい服は侍女服だったのか……。
主人の聞きたくもない性癖を聞いてしまい気まずかったが、問題はこの後だった。
フィランダーが部屋に閉じこもってしまったのである。
※
「申し訳ございません、シェリル様」
「私も謝らないといけないわ。ごめんなさいね、エイベル。私を守ろうとしてくれてありがとね」
実はポイントカードを破った日から二日もフィランダーは部屋から出てきていないのだ。
「ポイントカードはもうやめにしましょう。……達成感が出ると思ってやったけれど……。エイベルに破られたのを見て、今までの努力が全て無駄になった気分になったのだと思うの」
「……そうですね。私も焦っていたのだと思います」
「これからフィランダーの元に行って私から説得するから、あとは任せて」
「はい。……よろしくお願い致します」
エイベルが出て行った後準備をし、クリフを呼んでお願いした。
「クリフ。フィランダーの部屋の中に連れて行って」
フィランダーの影から出ると、綺麗な金髪は萎れた様にボサボサだった。
「ごめんね、フィランダー。私のせいで」
「……」
「フィランダーにやる気を出して欲しかったのは本当なの。貴方は出来る人だから仕事をおざなりにして欲しくはなかったし。私が言うよりポイントカードをやった方が達成感が出ると思ったの。……ポイントカードをやっていて、楽しかった?」
するとフィランダーの頭が縦に動いた。
「またしたい?」
フィランダーの頭は横へと動く。
「……ポイントを失うってきついんだな。今までの苦労が台無しになった気分で目の前が真っ暗になったよ」
「それは……」
「……元は俺が悪いんだ。俺の仕事がおざなりになっていたからだし」
それを分かってくれたのは良かったけれど……。
「フィランダー。こっちを向いて」
こちらに目をやると、すぐに身体全体がこちらを向いた。
「侍女服。着てみたの。どう?」
「シェ……シェリルの侍女服姿だぁー!」
フィランダーがすごい勢いで抱きついてきた。
「ちょ……ちょっと! 痛い!」
「あ、ごめん」
「……これよりもっと際どい服を着るのは嫌だったから……。もうこれより際どいのはやめてね」
「え……着てくれるの?」
「要相談ね」
「分かった。……シェリルが嫌な服は着せない」
「また、仕事頑張ってくれる?」
「もちろん」
「一緒に夕食取れなくていいから、仕事はきっちりしてね。すれ違いそうになったら手紙書きましょ。短くていいから」
「……うん」
こうしてフィランダーの引きこもりは終了した。
そして後日、改めてエイベルにお礼を言われた。
「シェリル様。問題は解決しました。ありがとうございます」
「最初からこうすれば良かったわ。ポイントカードなんて作らなければ……」
「いえ、達成感というのは良いものですね」
「え?」
「これを」
エイベルが出してきたのは私が作ったのとは別のポイントカードだった。
「私は人の気持ちを理解するのが少々苦手でして。……なので分かった時に妻が押してくれる様になったのです。これがなかなか面白くて」
ポイントカードにはさらに書き込みがあった。
「十個達成したら本一冊?」
「えぇ。私は本を読むのが好きでして。すぐ本棚をいっぱいにしてしまうのです。妻はそれに呆れ、本一冊買ったら一冊売ることになりました」
なるほど。
要は使い方か。
「それと、僭越ながらポイントカードの使い方についての注意をまとめたものです」
「これは……どうすれば」
「若に渡してください。私から渡せばまた嘆いてしまうかもしれません」
「……そうね。渡しとく」
エイベルから提出された報告書のタイトルは『ポイントカードの使い方』
しかしフィランダーはそれを副題とし、新たに別の題名をつけた。
正式な題名は『ポイントカードの悲劇』
ポイントを失う悲しみがつらつらと書かれ、のちの子孫はこれを見つけてはお茶を吹き出してしまう曰く付きのものとなったのだ。
2023.9.1 一部追加しました。
ちょっとフィランダーが子どもっぽかったかもしれません。
フィランダーはこの時点で二十六になる立派な大人。
ですが、前世も今世も早く大人にならなければならない環境にいました。
そのため、たまにちょっと子どもに戻った様なところが出ます。
今回の仮タイトルは『ポイントカード』でしたが、ネタバレ対策で『エイベルの報告書』に変えました。
『ポイントカードの悲劇』の方がよかったですかね?
簡易登場人物紹介
貴族ーーーーーーー
・シェリル・ヘインズ……『前溺』の主人公。元アストリー伯爵令嬢。
・フィランダー・ヘインズ……シェリルの夫。遊び人令息と呼ばれている。
平民ーーーーーーー
・クリフ……シェリルの影。闇魔法使い。
・エイベル……ヘインズ領主館館長でネルの兄。ストレートの紺色の髪に水色の瞳。ネルと似ているが常に無表情。




