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26 アンバーの憂鬱1

フィランダーの両親の馴れ初め話です。

アンバー(フィランダーの母)視点。






『いいか、アンバー。学園に通う間に婚約者が決まらなければ、こちらで決めるぞ。それでもなるべくサイアーズ伯爵家に有益なところじゃないと許さないがな』


「はぁ……」


 学園に行く時に放った父の言葉が頭にアンバーの響き渡る。

 実家を離れ、学園の寮に入って清々しい気持ちになったのも束の間。

 思う様にいかない現実に泣きそうになっていた。


「早く婚約者を見つけないといけないのに……」


 同じクラスになった男性はほとんどがテナージャ主義者。

 実家もテナージャ主義だけど私は違う。


 密かに中立だった祖母の影響もあって、私はどちらも平等であるべきという考えなのに……。


 寄ってくる人は皆テナージャ主義者。

 実家がテナージャ主義ならそれも当然かもしれない。


 私はそれが嫌で抜け出そうとしてるのに!


 クラスでテナージャ主義者でない人もいるけど、皆お相手がいる人だった。


 他のクラスに殿方の知り合いは……いないか。

 私はどうしてこのクラスに入れられたの?


 とぼとぼと誰もいない学園の廊下を歩いていると何かにぶつかってしまった。


「あっ……すみません」


 顔を上げるとそこには美麗な男性が立っていた。


「……すまない。ケガしたのか?」

「え……いえ」


 確かにぶつかったけど、何も痛みを感じていないし突き飛ばされてもいない。


「ならどうして泣いている」

「え」


 知らないうちに私は涙を流していたらしい。

 慌てて顔に手を当てると頬が濡れている事にやっと気づいた。


「こ、これは違うんです。……ちょっと悩みがあって、考え事をしてたから……」

「そうか。なら拭いた方がいい。ハンカチは……忘れたな。これで我慢してくれ」


 そう言って彼のシャツの袖口を私の目に当てた。


「え……え!?」

「うん。もう濡れてないな」

「は……い」

「じゃ、もう急ぐから」


 そう言って彼は走り去ってしまった。






 何だったんだろう?

 彼は一体……誰?


 部屋に帰ってからも私は悶々としていた。


 先輩?

 それとも違うクラスの人?

 多分騎士の科目は取っている人よね。

 急いでるって向かって行ったのって演習場の方向だったし。

 とりあえず次に会ったらお礼を言おう。


「それにしても……雑な人だったなぁ」


 格好良かったけど。

 ハンカチを渡して去ったら物語のヒーローの様だったのに。






 数日後。

 友人と食堂で食べているとあの時の人を見かけた。


「あ」

「どうしたの?」

「あの……背が高い人」

「ん……あー。ヘインズ侯爵令息よね」

「……知ってるんだ」

「有名じゃない。ある意味だけど」


 彼は入学当初、女性人気の高い嫁ぎ先の優良物件だった。

 背が高く顔も美形となればそうなるだろう。

 それだけでなく母親は元王女。

 家柄を見ても隙がなかった。

 しかし、試験の成績が悪く、剣以外興味がない事を知ると女性達はクモの子を散らす様に離れて行ったという。


「だからあだ名が『残念王子』っていうのよ」

「え……それは」


 気の毒では?


「でも本人はそれで良かったみたい。女性達につきまとわれるの、嫌そうにしてたし」

「そういう問題?」

「本人がいいならそれでいいの。どちらにせよ、あの顔なら引く手数多よ」


 それは……確かに。


「アンバーは彼に惚れちゃったの?」

「ふぇ! そんなんじゃ……」

「じゃあ、何?」

「実は……」


 先日あった事を伝えると友人の口元が緩んだ。


「そんな事があったんだ。……どうしてもっと早く教えてくれなかったの」

「だって……相手の事を知らなかったから……」

「特徴さえ教えてくれれば分かるかもしれないでしょう?」

「……泣いたって事を知られたくなかったから」

「そういうところいじっぱりよね」


 友人はため息をついた。


「婚約者探し。難航してるの?」

「うん。……私のクラス。皆テナージャ主義で」

「え。他もいるでしょ?」

「……全員婚約者持ち」


 私がいうと友人は口を開けたまま固まってしまった。


「そんな事あるんだ。……そっかー。じゃあ他のクラスとか先輩とか範囲を広げないと」

「……気が重い」

「……なら。尚更ヘインズ侯爵令息っていいんじゃないの?」

「え?」

「だって。あそこはテナージャ派閥ではあるけど、実際は中立寄りだもの」

「初耳」

「知ってる人は知ってるの。他の家の情報をアンバーにはわざと言っていないのかもね」


 そうかも。


 昼休みが終わり友人と別れ教室へと戻った。






 次に彼と会ったのは、隣のクラスと合同で行われる実践魔法の授業の時だった。

 ちらりと彼を見ると、魔力は高そうなのに危なげなく水魔法を使っていた。

 一方私は土魔法が安定せず、防御壁を作るとムラができてしまった。

 ムラができると柔い部分に物理や魔法を通りやすくなってしまう。


 魔力を一定に放出って……難しいんだよね。


 何とか教師に及第点をもらい、この日の授業は終わった。

 その後も何かと彼の事が気になり、遠くからでも見つけられる様になっていた。


「え。まだ話もしてないの?」

「機会がなくて……」

「そんなの作りなさいよ」

「何もないのに話せないよ」


 私はただでさえ人と話すのが苦手だ。

 友人は小さな頃からの付き合いなので唯一本音が話せる相手だった。

 何の解決策も出ないまま、貴重な昼休みが終わってしまった。


簡易登場人物紹介




・アンバー・サイアーズ……サイアーズ伯爵令嬢。水色の髪に茶色の瞳。フィランダーの母。

・パトリック・ヘインズ……フィランダーの父。ここでは侯爵令息。


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