25 最近の推し2
ポーラ→騎士達→トレヴァー視点
「お嬢様方。少々お聞きしたい事があるのですが」
「……はい。どうぞ」
「お嬢様方はシェリル様をご存知なのでしょうか?」
私達は一旦顔を見合わせると、ステイシーが口を開いた。
「はい。貴族学園で親しくしておりました。文通もしております」
「そうでしたか。私はシェリル様に吟遊詩人にしてもらった様なものでして。シェリル様のご友人に楽しんで頂き光栄でございます」
「シェリルは……シェリル様はお元気でしょうか?」
「はい。今は王都の邸におりますよ。たまに体調を崩す事もございますが、元気な時はたまに剣も振っておりますね」
「私もです」
「私も」
今でも剣、振ってるんだ。
それを聞いただけでも胸が熱くなった。
「私は今、王都の邸にお世話になっております。何か言付けがございましたらお伺いしますよ」
「ならこれを」
エイダが手紙をメガネの男性に渡した。
「今貴族学園で話題になっている事が記してあります。お茶会に出た事がないと聞きましたから、少しでも足しになればと」
「何と。ありがたいです。確かに。シェリル様にお渡ししますね」
「あと……貴方の名前は?」
「あぁ。とんだ失礼を。私はトレヴァーと申します。音楽の御用命がございましたら、シェリル様へ一筆したためてくださればすぐに参りますよ。シェリル様の大切なご友人ですから」
「あと、少し気になった事が」
「何でしょう?」
「先程の御夫人達はどうして引いて行ったのでしょう? すぐにヘインズ侯爵家へ頼みに行ったのでしょうか?」
するとトレヴァーは悪い笑みを浮かべた。
「あれはですね。ここ最近テナージャ系派閥の不正や悪事が次々と明らかになっておりまして。監査に同行したり家宅捜索をしたのがヘインズ侯爵なのですよ。王国騎士団長ですからね。にらまれたら怖いと思っている者が多いのでしょう」
そうだったんだ。
義理のお父様が王国騎士団長。
何かあっても守ってくれる人がいるって心強い。
「最近はテナージャ系派閥もテナーキオ派に流れてきております。シェリル様がきてくださったのをきっかけにヘインズ家もテナーキオ派になりました。今後ともシェリル様をよろしくお願い致します」
「はい。また……建国祭でお会いできます事を心待ちにしていますとお伝え願いますか?」
「承りました」
トレヴァーと分かれて少し歩いたところで私達は深い息を吐いた。
「すごかったね……」
「うん。色々すごかった」
「あの人……強い人だったね」
「え!?」
私の言葉にエイダだけが首を傾げた。
「うん。強いよ、あの人。身体つきもそうだけど一瞬殺気が出たよね」
「あれね。一瞬だったけどプレッシャーがすごかった」
「もしかして……悪い笑みを浮かべていた時?」
「エイダも分かった?」
「一瞬怖さを感じたの。……本当にあの手紙渡して良かったのかな?」
「それは大丈夫だと思う。あれはテナージャ系派閥に対して……だったと思うし」
「そういえば。吟遊詩人て一人で行動する人と、冒険者雇って行動する人がいたよね」
「あの人は一人で行動できる人だろうね。冒険者の資格もあるのかも」
「しかもシェリルが見いだしたって……すごすぎるよ」
「ね。シェリルってそういう一面あるんだ」
「……貴族夫人ってそうこう事もやらなきゃいけないのかな」
私の言葉に二人とも黙ってしまった。
いざ貴族夫人になって人を見いだせって言われても……自信ないよ。
「しっかり貴族夫人やってるんだなぁ。次会った時に色々聞かなくちゃ」
「……私も一緒に聞きたい。あと、手紙も出して良いと思う?」
「シェリルに? 出しなよ。まさかポーラ、まだ前の引きずってる?」
「……うん」
「でも最後の別れの時に一緒にいたでしょ。大丈夫。変な勘ぐりしないから。何なら私の手紙に一緒に入れてもいいし」
「お願いします」
「引き受けた!」
「ねぇ。もうそろそろ貴族夫人らしい言葉使いでいかないとまずいと思うのだけど?」
「学生のうちくらい羽伸ばさせてよ。どうせ卒業したら使う機会なんてわずかなんだからさっ」
二人の何気ないやりとりに思わず笑ってしまった。
「おっ。ポーラが笑った。貴重だね」
「うん。もっと普段から出した方が良いよ」
「……我慢しているつもりはないのだけど」
「そうだ。一緒にお茶会しない?」
「いいね。気楽なお茶会してみたい」
「うん。私も」
三人で笑い合ったあとカフェに入って甘味を堪能した。
こんなに気楽な付き合いならずっと続けていたい。
そしてここにシェリルもいたら、もっとステキだろう。
私達は王都を堪能し寮に帰宅したあとすぐに手紙を書いた。
色々書きたい事はあるけど一番はシェリルに会いたいという事だ。
何を書いたか聞き合うとほぼ皆一緒の内容らしい。
それもいいよねと三人で笑い合った。
ちなみに今の私の推しはトレヴァー。
歌もできてリュートも弾けて、その上強いなんて憧れる。
それを見いだしたシェリルが一番すごい。
もしかしたら私の一番の推しはシェリルなのかもしれない。
※
今まで黙ってついてきていた騎士達は実は小声でやりとりしていた。
「エイダ様……ご立派になられて」
「すごいですね。あの手紙、いつも持ち歩いているので?」
「いえ……今日はもしかしたら会えるかもしれないからと」
「用意周到とはこの事ですかね。見習いたいです」
「それにしてもバグウェル伯爵令嬢の見立ても見事ですね」
「ロドニー伯爵令嬢もでしょう。それにしてもあの吟遊詩人、只者ではないです。……少々ヘインズ侯爵家が怖くなってきました」
「ですね。敵対はしない方が良いでしょう」
「良い友人関係を築いて欲しいですね」
互いにうなずき目の前の御令嬢達を見守った。
※
トレヴァーが建物の間の細い路地に入るとそこにはメイジーが立っていた。
「どうだった?」
「うん。本当にシェリル様のご友人みたい。あとトレヴァーが強者だって気付いてた」
「さすがだな。シェリル様のご友人って初めて会ったけど、類は友を呼ぶのかね」
「皆気持ちの良い人達だったね」
「あんな人達が貴族に増えればいいのに」
「貴族夫人になれば増えるよ、きっと」
「それにしても。貴族学園の噂は予想外だったな」
トレヴァーは腕を組んで真剣な顔になった。
「社交界とそんなに変わらないと思う」
「うん。だけどあそこは小さな社交界だ。俺も行ってたから分かるけど、あそこで起こった事がそのまま社交界に反映される事もある。俺も注意しなくちゃな」
「そこにシェリル様の良い噂を流すっていうのは?」
「なるほど。それもいいな。できれば王都全体に流したいんだけど」
「……使用人。契約してる商会。孤児院」
「なるほど。それは他にも協力してもらわなきゃな」
「若の許可が必要」
「ダメ元で言ってみるか!」
そのあとすぐに邸に戻りフィランダーに報告するとシェリルの良い噂を流す案がすぐに承諾された。
エイダからの手紙をシェリルに渡すと見た事もない笑顔を浮かべすぐさま自分の部屋へと行ってしまった。
そんな様子を寂しそうにフィランダーが見ていてトレヴァーは苦笑してしまったのだった。
簡易登場人物紹介
・トレヴァー……ヘインズ侯爵家お抱え吟遊詩人。元貴族。
・メイジー……ヘインズ侯爵家の影。小柄だけど成人済み。




