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ワイルドライフ ユートピア  作者: 木木うえぽん
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はじまりのおわり2

(さて、こんなもんか)

ミミ太郎はプチプチと虫を飽きるまで、習得しておいたスキル『スタンプ』で踏み潰していく。宝箱を見つけるためのついで程度の経験値稼ぎだったのだが、いつの間にかレベルは15になっていたため、スキルポイントを割り振って覚えたのだ。

『スタンプ』は踏みつけを得意とする動物の多くが習得可能となっており、足技の基本スキルともいえるものだ。

スキルレベルというものは、5の倍数ごとに何かしらの付加効果が追加される。

大抵はレベル10が最大だが、稀にレベル15までのものも存在する。大型アップデートの際に、あまり使われない不遇スキルはそうやってレベル上限を増やして救済されることがある。『スタンプ』もその昔救済されたものの一つだ。

レベル5の『スタンプ』であれば範囲攻撃となり、いわゆるザコキャラの虫は、ミミ太郎の今の攻撃力でも範囲内であれば全員一撃でHPを失うのには十分だ。踏み潰しても中身がグチャっとなったりはしないので、そこはゲームらしい。アイテムを落としたり、経験値に変わるだけだ。


上がったレベル分のステータスポイントも割り振りたいが、今回はどんな構成にしようか。とミミ太郎は思案する。

素直に俊敏性をあげれば、純粋に強いネコになっていくことだろう。ただ、それだけでは面白くない。

全く異色の割り振りは憧れても自分でやろうとは思わないが、一工夫ぐらいは欲しいところだ。

クリティカルヒットの攻撃が連発するLUK型は回避性能もあるし魅力的とはいえ、特に序盤において確実性がないのは不安だしなぁ、とミミ太郎は悩み、結局、AGIとDEXに振り分ける。

どちらも素早く手数で相手を倒すキャラには、必須な能力だ。ネコのようなキャラクターは、AGIをあげて回避率に加えて攻撃速度を高めた方が体力を増やすよりも生存率が上がるし、STRよりもDEX依存の攻撃スキルの方が多い。

とりあえず一工夫の部分は後のお楽しみにとっておくことにしようと、ミミ太郎は心に決める。


それにしても宝箱が見つからないなと、ミミ太郎が辺りを見回すと、遠くの空から翼の羽ばたく音が聞こえてきた。

その音の主が鳥とは限らないが、そうであればネコは鳥に対して天敵扱いなので、こちらからはダメージボーナスが入り、倒しやすい。多少のレベル差があっても突破できるくらいだ。

ミミ太郎はスキル『忍び足』を使い、ネコの自慢の足で音を立てずに走りながら、吹き抜けと化している遺跡部分の壁の上まで忍び寄る。これもレベルをあげた際にミミ太郎が習得しておいたものだ。敵に接近するとき気づかれにくくなる効果がある。

バサバサと、さっきよりも大きな音がした。おそらく遺跡の建物の向かい側にいる。

ワイバーンだったりするとミミ太郎の体では面倒なのだが、そこまで風が鳴いている様子もないのでそれはないだろう。


ただ、ミミ太郎にとって一つ不可解なことがある。音が多すぎるのだ。

ネコの耳は人より遥かに優れている。だからもしかしたら普通よりうるさく聞こえるのかもしれないが、どちらかというと同時にいくつも音が出ているような感じがする。まるで一羽ではないような。

そして、ミミ太郎のその予感は的中した。三羽の鳥が、何かを漁って突いたり飛んだりしている。

それは、日本でも良く見る光景だった。おそらく、ミミ太郎の外見を含めてそうだろう。

2055年現在でもゴミの削減状況は芳しくない。ゴミ置場に集うカラスたちの後ろから、のそりのそりとサバ白の猫が近づいているのだ。

違いがあるとすれば、彼らが漁っているのは宝箱である。そしてネコは地面ではなく、遺跡の縁の上だ。

(ようやく見つけたよ、宝箱)

しかし、あのカラスの群れは普通の動物ではない。その名にはしっかりと、Lv21という表示とボスのアイコンが三匹ともについている。

ミミ太郎は訝しむ。レベルが多少高いのはどうとでもなる。複数匹いるのは辛いが、問題はそこなのだ。

今までにボスが複数いたことはないんだけどなぁ、と心の中でぼやく。しかし、探していた宝箱を見つけられたということもあるし、何より急がないとその中身を持ち去られてしまうかもしれない。

(だったらすぐさまコイツらを倒す他ないよなぁ、 経験値もたんまりもらえるし)


ミミ太郎は動物に攻撃することを好まない。だが、結局ボスを倒さない限りゲームは終わらないし、一度ボスに見つかったら追いかけ回されて攻撃され続けるだけだ。

複数を相手にするならば、もう少しだけレベルを上げたかったが、カラスは光りものに目がない。

そのため遺跡のレアアイテムを持ち逃げされる可能性がある以上、選択肢は一つだ。


ミミ太郎は前足を素早く伸ばし、周辺の石ころをカラスの近くに向かって投げ落とす。まるでネコが気になる物体をいじって転がすように。そしてすぐさま遺跡の壁の上を駆ける。

するとカラスは1羽だけその石の音に気づいたようで、他のカラスにも鳴き声で注意を促す。

微妙な不審感が走っている3羽だが、やがて何事もなかったかのようにゴミあさりを再開すると、真上から巨大なネコの手が姿を現した。

ミミ太郎のスキル『スタンプ』である。

高所からの攻撃であればあるほど威力を増すこの技は、上空からの繰り出しによってとてつもない攻撃力と攻撃範囲になっていたのだ。

それは見事3羽ともに命中した。

通常であれば高い場所から落ちると落下した高さに応じてプレイヤー自身にダメージが入るのだが、ネコの特性としてスキル『高所マスタリー』をゲーム開始時から会得しており、落下許容範囲、つまり落下してもダメージを受けない高さは通常の五倍以上になっている。それによって、かなりの高さから落ちたのにも関わらず、ミミ太郎に落下ダメージは一切ない。

さらに、不意打ちに成功すると必ずクリティカルヒット扱いとなり、ダメージ倍率が1.4倍ほど上がる。

加えて天敵倍率も乗っかるため、レベルがミミ太郎よりも上とはいえ3羽のうちの2羽は一撃で消滅した。

残りの1羽もなんとか多少動ける程度で、羽ばたく余裕すらなさそうだ。

(あれ、まだ生き残ってるのか。1羽だけ少し遠くにいたからな。範囲内とはいえ攻撃力が減衰してたっぽいな)

ボス二つぶんの、かなり多くの経験値がミミ太郎の体に入ってくるが、そこでミミ太郎はふと気づく。

(あれ、そういえば全員倒しちゃったらゲーム終わっちゃうじゃないか。そしたら宝箱取れないじゃん! バカだなー俺)


このゲームはボスを倒すと、ゲームクリア扱いとなり強制的にゲーム画面が切り替わってキャラ選択画面に戻るため、ボスを倒す前までにやり残したことがあると、後悔することになる。宝箱の回収などはその最たる例だ。

アイテムを回収さえできていれば、それは倉庫に預けたり次のプレイに引き継ぐこともできるのだが、一度消えてしまった世界は二度と行くことはできない。もしも愛用の装備などを地面に置いたままゲームクリアをしてしまった日には、ミミ太郎は一日中ふて寝していることだろう。実際、一度あったことだ。


たまたま生き残ってくれたカラスに感謝しながら、ミミ太郎は宝箱を開く。

そして小さな錆びた剣が中に入っているのを確認して、すぐにインベントリにしまう。アイテム名は“薄く平たい牙”。動物からするとそう見える、ということだろう。

他にもたくさん入っていることもあるのだが、今回は一つのみだった。

(食べ物はなし。剣だけかー、あまり開ける意味はなかったな)

剣は一応レアアイテムではあるものの、ミミ太郎には使う予定はない。

食べ物の中には、自身のステータスを永続的にあげるものもある。もっぱらプレイヤーたちの御目当ての品はそれだ。

そうでなくとも、食べ物系のアイテムは動物やモンスターのテイムに使えるので、重宝される。

テイムに成功すると、テイムされた相手はプレイヤーに友好的になるので、襲われることがなくなる。

更には連れて歩いたり、ともに戦わせることもできる。

ミミ太郎もそれを期待したのだが、ないのであれば仕方がない、と渋々宝箱を閉じる。


するとすぐ横から、ミミ太郎に鋭い痛みが発生する。カラスの生き残りだ。

(結構痛いな)

ミミ太郎がためらいなく倒せる相手は魚類までである。

植物には声がなく、また動かないため情は湧かない。虫は見た目からして進んで殺したくはないが、ほかの動物と比べたら遥かにマシである。魚も毛のない体をくねらせるだけで、苦悩の声はあげないだろう。

亀やトカゲあたりからは手を出しづらい。同じ動物としての何かを感じてしまうのだ。

それでも死にかけているとはいえ、ミミ太郎とカラスのそのレベル差は少ないとはいえない。その分もらうダメージも低くはないため、ミミ太郎は急いで倒す決断をした。

(さっきみたいに一発で消えてくれれば、あまり考えずに済んだんだけどなぁ。ゲームとはいえ、ちょっとこういうとこは辛いんだよなあ)

ミミ太郎が前足での爪攻撃を一発お見舞いすると、カラスは弱々しい声をあげて消滅する。

それに伴ってゲームがクリア判定になり、目の前にはAREA BOSS WAS DEFEATEDの文字が表示され、画面がキャラ選択画面へーー戻らなかった。


(あれ? おかしいな)

ミミ太郎は原因を探る。このゲームにおいて、これまでにはない挙動だ。

(もしかして、他にもまだカラスの仲間がどこかにいるってことかな? いや、倒した判定出てたしそれはないか)

ボスが複数体いることも今までなかったため、ミミ太郎はそもそも不思議に感じていた。

もしもそれがゲームのバグなのであれば、クリアできなくなってもおかしくはないのかもしれない。

ただ、ミミ太郎はそのようなバグがあるとは全く聞いたことがない。

(しょうがないな、一度ログアウトしてみるか)

ミミ太郎は手で四角を描き、メニューを表示ーーすることができない。

確かに、普段から稀に判定されないこともあるが、何度やっても同じことだった。

(参ったな。結構マズいバグなんじゃないか? 後で運営に症状を送ったほうがいいかもしれないな)

しかし、ミミ太郎はそこまで慌ててはいない。脳波ゲームが主流になった現在、どのソフトでも使える緊急時のログアウト方法というものが存在するからだ。


ミミ太郎は遠くの昔に覚えた知識の断片をかき集める。試すのは相当久しぶりだ。

(確か最初に、右目だけを閉じて……3秒後に左目、右目、左目の順に目を閉じる、最後に左目を素早く二回閉じる)

本来であれば、その一連の行為を行うことでパソコンが再起動するかのように、VRホームに戻される。

しかし何も起こらない。かろうじて余裕を残していたミミ太郎の血の気が引いてくる。

念のために複数回行ったが、反応はない。

(ログアウト方法は間違ってないはず。一体、どうなってるんだ?)

この方法は、ソフトではなくVR機材そのものに備わっている機能なので、これが使えないとなればハード側に問題が生じている可能性がある。

しかし、それならば大抵は先にソフトが動かなくなって強制終了するのではないかとミミ太郎は推測し、そのままたまらず空を仰ぐ。



(一体、どうやったらこの世界から抜け出せるんだ……)


脳波ゲームが台頭してきた当時、ありとあらゆる根も葉もない噂が後を絶たなかった。ミミ太郎が生まれるより前のその昔、ゲーム脳という言葉が流行った時のように。

安直なことに、その噂の中身の大半は脳に関するものだ。

中でもよくいわれていたのは、洗脳される、頭がおかしくなる、脳の病気になるーー帰れなくなる。



本当にこのまま、言葉も話せずに猫の姿で暮らさなければいけないのだろうか、という考えがミミ太郎の脳裏をよぎった。

ミミ太郎にとって、動物だけの世界は確かに夢の環境だ。だが、突然何も告げられず、今からあなたはゲームの世界で一生暮らして下さいでは、あまりにも心の準備が足りないというものだ。


異変に気付いた現実世界の誰かが、ミミ太郎が身につけているVRグラスを強制的に終了してくれたりすれば、一応ゲームからの脱出はできるのだが。

(そんなの、いつになるやらだよなぁ。まあ、せっかくだしクリアした後の世界を楽しめるこのバグを満喫するしかないか)

数分経ったこともあって、ミミ太郎の頭は少しだけ落ち着きを取り戻していた。

そして新たなことに気づく。



周りの無数にいる小さな生き物たちが、今までに見たことのない動きをしているのだ。

今までではありえない目の動かし方、瞳孔の変化。舌をチロリと出すタイミング。触覚をくるくると素早く操る様。大きく跳んだ後横に倒れる仕草。


いや、動物だけではない。植物すらも、そよ風に吹かれて右へ左へなびいているかと思えば、落ち葉が地面で舞ったり、葉に乗っていた虫が落ちたりして、その拍子に葉がバネのように動く。明らかにおかしいとミミ太郎は異変に目を見張った。植物が動くのは、一部の背の高い草木が周期的に風に吹かれたように同じ動きをするだけのはずなのだ。

いくらワイルドライフがリアリティにこだわっているとしても、さすがにそこまで細かくはない。

アップデートが入った可能性もあるのかもしれない、とミミ太郎は考えた。なぜか自分だけがメンテナンス時に弾かれずに居残り続けた結果、こんな状況になっているのかもしれないと。

ただ、ゲーム会社の開発の専門的な知識を持っているわけでもない。ミミ太郎はただのフリーター。素人考えなので、明確な答えは出ないままだ。

だいたい、一体どんな物理エンジンを使えば、こんな繊細な表現ができるというのか。いや、まずそもそも容量が足りない。

プログラムが一切合切変わってしまったかのような印象をミミ太郎は受けた。というよりも。


(まるで現実と同じじゃないか)


空の色が刻々と変わり、辺りは夕方から夜にさしかかろうとしていた。確かに以前からこのシステムはある。だが、雲の形が長い時間をかけて少しずつ変化していくのを眺めて、ミミ太郎は現実世界に帰ったかのような気分に浸る。


もう、ここでいいのではないだろうか。

食べなくても死なない、話すこともしないでいいこの世界で、時間が来るまでは、気の済むまで生きてやればいいのではないか。

案外、すぐにこの状態が終わってしまうかもしれない。いつも通りの人生に戻るかもしれない。

でも、だとしてもどうせこの世界に戻って入り浸るだけなのだ。だったら更に美しくなったこのゲームを、味わい尽くす他はないだろう。

(とりあえず、レベル99を目標にするか)

とにかくレベルを上げて強くなれば、その辺のモンスターや動物たちにやられる可能性も減るだろうとミミ太郎が考えた矢先、ある一つの疑問が生まれた。

(待てよ。これ、もし死んだらどうなるんだ?)


普通ならキャラ選択画面に戻されるだけだ。死んでしまったという表示を残して。しかし今回、その保証はない。

ミミ太郎の背筋が思わずこわばる。


辺りは闇が支配を始めている。文化のない世界に、灯りはどこを探しても存在しなかった。

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