ゆきおんなの雪子さん
雪子さんは雪女だ。
身体がとても冷たい。赤い瞳と銀色の髪をしている。けれど、それ以外は普通の女の人で、肌が抜けるように白くて、とても美人。
雪子さんは僕の妻だ。三年前に雪山で遭難した時に知り合った。雪子さんに助けてもらって、僕は一目で恋に落ちた。
この人しかいないと思った。すぐに結婚を申し込み、その冬のうちに結婚式を挙げた。
僕たちの住む町は冬がとても厳しく、雪の季節に屋外で行う結婚式に参列してくれたみんなは、すごく寒そうだった。
吹雪の中で僕たちは愛を誓い合った。かじかんだ指で、キンキンに冷えた指輪を交換した。
僕の勤務先のスーパーの店長は、祝辞の時に「温かい家庭を……」と言いかけて、雪子さんを見て、慌てて「冷たい家庭を築いてください」と言い直した。
みんなの顔がいっそう凍えた。
礼服や綺麗なドレスの上にコートを着込んでマフラーをぐるぐる巻きにして参列してくれたみんなは、口々にお祝いの言葉をかけてくれた。寒いと文句を言う人はいなかった。
雪子さんは雪女だから、暖かい室内では身体が融けてしまう。そんな事情にみんなは合わせてくれた。本当にありがたいことだった。
あれから三年。
どんな夫婦にも多少の苦労は付き物だ。僕たちの間にも少しは大変なことがあった。けれど、二人で力を合わせて乗り越え、とても幸せに暮らしている。
僕たちが住む町は幸いなことにとても寒くて雪が多いので、冬は僕がもこもこに着込めばよかった。家の断熱性能はすばらしく、寒さを防ぐために優秀な断熱材が使われている。それらは、夏の間、雪子さんを暑さから守ることに役立った。
冬は窓を全開にして過ごし、夏は窓をきっちり締め切って、冷房をガンガンに効かせて生活した。
どちらの季節も、僕は家の中でコートを着ていた。コートや毛布があればそんなに寒くない。それで雪子さんと一緒にいられるのだから、何も問題はなかった。
雪女を愛してしまった男は過去にもいたようだが、冷房器具のない時代には夏の訪れとともに悲しい別れを迎えたと聞く。
幸いにも雪子さんは、一年目の夏も二年目の夏も、融けることなく無事に生き延びた。莫大な電気代に一瞬目玉が飛び出たが、雪子さんが融けずに済むなら安いものだと思った。
代わりに冬は暖房代がかからない。一年を通せば全く問題なかった。
雪子さんを抱きしめていると、服を着ていても僕の身体はどんどん冷たくなった。僕の体温で雪子さんを融かしてしまってもいけない。
二人がくっついていられるのは三分間だけ。
紫色に変わった僕の唇を見て、雪子さんはいつも名残惜しそうに僕から離れる。そんな雪子さんを見ると少し切なくて、同時にとても愛しかった。
かじかんだ指を開いて、僕は雪子さんの銀色の髪を撫でた。
「雪子さん、愛しているよ」
「私も、隆さんが大好きです」
震えながら冷たい額にキスをする。雪子さんが綺麗に微笑む。
僕の歯がガチガチ鳴ると、雪子さんは心配そうな顔をしたけれど、そのくらいのほうが、雪子さんは安全だ。僕が震えるくらいが、ちょうどいい。
長くくっついていられないのは、少しだけ不便でさみしいけど、おしゃべりはいくらもできる。
僕たちはとても幸せだった。
夏が来ると、雪子さんは家から出るのが難しくなる。
僕たちの住む町はとても涼しい土地だけれど、地球温暖化の影響もあり、年々暑さが厳しくなっていた。
そんな夏のある日のこと、同僚の田中さんが血相を変えて僕のところに走ってきた。
「隆! 大変だ! 電線に猪が引っかかって、おまえの家が停電になった!」
「えっ!」
僕は顔面蒼白になった。
「バカ! 固まってる場合か!」
すぐに帰れ、と田中さんに怒鳴られて、僕ははっとした。鮮魚売り場の長靴を履いたまま、家に向かって自転車を走らせた。
家に着くと締め切った室内が早くも暖まり始めていた。雪子さんがソファでぐったりしている。
僕は急いで雪子さんを浴槽に入れた。ふだん、雪子さんは冷水で身体を洗っている。水で身体は融けないはずだった。
けれど、朦朧とした意識の中で雪子さんが言った。
「お水は、だめです……。元気な時なら大丈夫だけど、今は、だめ……」
融ける、と消えそうな声で告げる雪子さんは、とても苦しそうだ。
僕はパニックになりながら、どうにか風呂の水を抜いた。
(落ち着け、落ち着け)
雪子さんの身体には濡れた服が張り付いている。お気に入りの水玉模様のワンピース。その中で華奢な身体が融けかけている。
「雪子さん!」
生きた心地がしなかった。
「こ、氷だ……」
震える足で風呂場を出た。急いで冷凍庫の氷をかき集め、雪子さんの身体に載せる。
けれど、家にある氷の量など高が知れていて……。
「お店で、買ってくる。待ってて」
半分泣きながら家を出ようとすると、一台の小型トラックが家の敷地に入ってきた。結婚した時に買った赤い軽自動車の隣に、砂利をまき散らしながら止まる。
「隆! 氷を持ってきたぞ!」
田中さんが発砲スチロールの箱を抱えて降りてきた。
僕の職場はスーパーの鮮魚売り場で、職場のみんなが総出で氷を運んできてくれたのだ。小型の冷凍トラックから次々運び出される発砲スチロール。そこに詰まった氷を見て、僕は泣きながらお礼を言った。
「みんな、ありがとう……!」
「さあ、急いで雪子さんにかけてやれ」
「俺たちも手伝うぜ」
雪子さんの身体が氷に埋まる。浴槽いっぱいの氷に沈んで、雪子さんはようやくほっと息を吐いた。
「ありがとう、ございます……。もう、大丈夫です……」
その日、スーパーの魚売り場には商品が並ばなかった。店長がお客さんにわけを話すと、誰も店を責めなかった。
電気が復旧して落ち着くと、雪子さんはみんなに電話をかけてお礼を言った。
そして、最後に謝っていた。
「隆さんも、ごめんなさい」
「謝る必要なんかないよ。雪子さんは何も悪くない」
「でも、私が雪女なばっかりに、みなさんにご迷惑をお掛けしました」
僕は首を振った。
「迷惑をかけないで生きてる人なんかいないよ。助けてくれたみんなには、本当に感謝しかないけど、たぶん、みんなも迷惑だなんて思ってないから」
大丈夫だよと言うと、赤い瞳で雪子さんが僕を見つめる。
「大丈夫だよ」
僕は繰り返した。
「迷惑を掛け合って、お互いに助け合って、みんなで生きていけたらいいなって、僕は思う。だから、雪女なばっかりに、なんて言わないで」
ね、と笑ってみせると、雪子さんは少し泣きそうな顔で「はい」と言って頷いた。
そしてにこりと笑う。
可愛いなと思った。
念のために家庭用の大型冷凍庫を購入し、氷を常備することにした。夏のボーナスの使い道として、とても有意義な買い物だったと思う。
家電売り場の村山君が雪子さんのためならと、社員値引きからさらに少し値引きを頑張ってくれた。だから、思ったよりお手頃価格で、とてもいい冷凍庫が買えた。
浮いたお金で、僕はいつもより少し高級なアイスクリームをたくさん買って、新しい冷凍庫に入れた。真冬並みにキンキンに冷やした部屋で、水玉のワンピースを着た雪子さんは、毎日嬉しそうにアイスクリームを食べていた。
再び冬が来ると雪子さんは少しほっとしたように見えた。
夏の間は僕が一人で買い物をしていたけれど、冬になると赤い軽自動車に乗って雪子さんと一緒にスーパーに行った。
暖房の効いた店内に長居はできないけれど、二人で買い物をするのはとても楽しかった。
雪子さんの姿に気づくと、店長がお店の暖房を緩めてくれた。それで文句を言ったりするお客さんは一人もいなかった。
肉まんやおでんや鍋物の材料を見て、僕の心は少しだけ揺れた。察したように雪子さんが聞く。
「隆さん、温かいものを召し上がりたいですか?」
「え……。そ、そんなこと、ないよ?」
やせ我慢をしたが、雪子さんは見抜いていた。にこりと笑って「無理はしないで下さい」と言う。
「今まで気づかなくて、ごめんなさい」
雪子さんは言い、それからはIHヒーターと電子レンジとタイマーを駆使して、温かい料理を作ってくれるようになった。それらを十分に冷ましてから、食卓に並べた。僕は、僕の分だけを自分で温め直して食べた。
温かい食事はやはり美味しかった。
「これからも、何かあったら言ってくださいね。隆さんばかり我慢しないで」
「僕の我慢なんて、我慢のうちには入らないよ」
だって、僕はそれで死ぬわけではない。雪子さんの苦しさと比べたら、全然レベルが違う。
「でも、私は隆さんとずっと一緒にいたいので、隆さんには、少しでも気持ちよくすごしてほしいんです。おうちの中を暖めることはできなくても、温かいお料理を食べてもらうことはできます。隆さんが温かいものを食べても、私は融けませんし」
ずっと、一緒に……。
その言葉だけで十分。なのに雪子さんは優しく言った。
「本当はおうちも暖かくできたらいいんですけど」
「それは、ダメだよ!」
僕は慌てる。
「だって、雪子さんが融けたら、ぼくは生きていけない。僕も、雪子さんと、ずっと一緒にいたいんだ」
「まあ、隆さんたら……」
僕は雪子さんを抱き寄せてキスをした。冷たい唇にそっと触れる。
ぎゅっと抱きしめると身体が芯まで冷えてゆく。
幸せだった。
でも、僕が冷えるということは雪子さんが温まるということで、融けたら大変。
名残り惜しく思いながらも、僕たちは離れた。
それからも僕たちは幸せに暮らした。
雪の降る日に散歩に出て、コンビニで肉まんを買うこともあった。雪子さんはアイスクリームを買い、外のベンチに座って一緒に食べた。
窓を全開にして走る雪道。
身を切るような風を受けて冬の道路を走る時、助手席からの冷気を感じて、僕の心はいつもポカポカと温かくなった。
家から歩いて五分ほどのところに、僕の実家はあった。
僕たちが遊びに行くと、父と母はストーブを消して窓を開け放って迎えてくれた。
「気を遣っていただいて、すみません」
雪子さんがすまなそうに言うと、「なんも、なんも」と父も母も手を振って笑う。
家の中で二人はダウンジャケットに身を包み、毛糸の帽子をかぶってマフラーをぐるぐる巻きにしていた。白い息を吐きながら、にこにこと笑う。
僕は一人っ子で、父と母がそんなふうに接してくれると、雪子さんと遊びに行くのも気が楽だった。
ある日、父方の伯母が実家を訪ねてきた。伯母は温暖な土地の大きな町に住んでいて、雪の中の結婚式には来なかった。
ずかずかと上がり込んできた伯母は、開け放った窓を見て、こんな真冬に何をしているのだと言って閉めようとした。
ストーブを点けるのを父に止められ、雪子さんを見て顔をしかめた。
「雪女なんか嫁にするから」
「姉さん、なんてことを言うんだ」
父は雪子さんを守るように伯母の前に立った。
「雪子さんは、隆の大事な連れ合いだ。俺たちの娘と同じだ。文句があるなら帰ってくれ」
「まあ! なんてこと」
伯母は捨て台詞に、「一人息子に、雪女なんかもらって」と言い捨てた。
「子どももできないみたいだし、どうする気かね」
伯母が帰ると父が雪子さんに頭を下げた。
「姉さんは、何も知らねえからあんなこと言うんだ。すまねえな、雪子さん」
雪子さんも父と母に頭を下げた。
「私こそ、赤ちゃんができなくて、すみません」
「そんなん、雪子さんのせいじゃなかよ」
母が言い、父も「んだ」と頷いた。
「ああいうものは授かり物だ。できるときにはできる」
「あの猛吹雪の中、山を下りられなくなった隆を助けてもらっただけでも、わたしらにはありがたいんよ。雪子さんがいなかったら、隆は死んでたもん」
「隆を助けてくれた上に、嫁にまで来てくれて、今は雪子さんもいる。わしらは幸せ者だ」
毛糸の手袋をしたまま、父と母は雪子さんの手を握った。
僕が働くスーパーでは、山の上にある数軒の家に食材の配達をしていた。
その日、配達当番の田中さんが、時間になっても戻らなかった。
山の上には電波が届かず、お客さんの家の固定電話にかけて様子を聞いた。
とっくに降りたと聞いて、僕たちの中に緊張が走った。店の人たちが何人かで探しにいくことになり、僕も捜索班に加わった。
三台の車に分乗して山道を登る。集落の入口にスーパーの車が止まっていた。
この先には車が通れる道がなく、それぞれの家まで歩いて品物を運ぶのだ。ある家に続く道の途中にひどく幅の狭い場所があり、片側が崖と言っていいほどの急な坂になっていた。
雪が降ると境目がわかりにくく、とても危険だ。
以前、僕が滑落した場所だった。
僕のことがあって以来張られていたはずの黄色いロープが、その日に限って見当たらなかった。
「ここから落ちたのか」
何人かで崖の下を覗いたが、田中さんの姿は見えなかった。
この崖を登ってくることはできないから、下の道に降りたのだろうか。探すなら一度山を下りるしかないが、すでに日が暮れかかっていた。
雪も降り始めている。
「急ごう」
「吹雪いてきたら、大変だぞ」
下の道まで降りて、店長と僕、村山君を残して、ほかの二台の車は帰ってもらうことにした。雪が激しくなっていた。
「救助隊に連絡してくれ」
降りる人たちに店長が言った。
「このまま吹雪くようなら、救助隊でも山には入るのは危険だろうが……」
村山君が呟く。
「隆さんの時と同じだ」
雪がさらに激しくなる。夜になって、しかもこの雪の中を自力で下山するのは無理だ。
道のないところを下りるのは晴れた日でも難しい。じっと待っているのが一番いいのだが、配達に出たままの格好で朝まで過ごせるだろうか。
救助隊が到着したが「この吹雪じゃ、無理だ」と首を振った。
探しに行った者が迷う恐れがある。その判断は仕方ない。
その時、僕の家の赤い軽自動車が山道を登ってきた。運転しているのは父で、窓は全開。隣に雪子さんを乗せていた。
オレンジ色のスキーウエアに身を包んだ雪子さんが下りてきた。頭には蛍光ピンクの帽子をかぶり、フレームが明るい黄色のサングラスをかけている。
「私が行きます」
「バカなこと言わないでください」
救助隊の人が叫ぶ。
雪子さんは帽子を取り、サングラスを外した。長い銀髪と赤い目が現れる。赤い目はらんらんと輝いていた。
「大丈夫です。私は、雪女ですから」
「僕も行く」
僕が飛び出すと、雪子さんは首を振った。
「隆さんに何かあれば、私も動けなくなります。一人で行きます」
きっぱりとした言い方だった。その真剣なまなざしを見たら、僕は何も言えなくなった。
それに、雪子さんが言ったことは正しい。遭難者が二人になれば、雪子さんでも助けることは難しい。
みんなが見守る中、雪子さんは山に入っていった。
白い吹雪の中をオレンジ色の小さな背中が遠ざかる。目立つ服装や頭に着けたヘッドライトは遭難した人が雪子さんを見つけやすくするためのものだ。
木と雪に阻まれて、その目立つ色彩もすぐに見えなくなった。
それから数時間。
どんどん激しくなる吹雪の中、僕たちは車の中で待ち続けた。
いつまでかかるかわからないのでエンジンは切っていた。救助隊が持ち込んだ大きな照明器具の明かりだけが、道路と雪とを煌々と照らしていた。
闇の中、そこだけ白く浮かび上がる光の中を雪が勢いよく飛びすさる。
吹雪はいっそう激しくなって、車の中にいても、僕たちは凍えた。明かりの中を勢いよく流れる雪だけを見ていた。
その雪の中に、オレンジ色の足がザクっと音を立てて現れたのは、日付も変わろうかという頃だ。
「雪子さん!」
凍り付いてギクシャクする足で、僕は車を飛び出した。
肩で息をしていた雪子さんが、田中さんを背負ったまま道路に倒れる。
「田中さんを、お願いします」
救助隊の人に田中さんを託して、僕は雪子さんを抱き起こした。顔や全身に木の枝で擦ったような傷がついていた。スキーウエアはところどころ破れ、何度も転んだのか、膝は雪の中に埋まる枯草や土で汚れていた。
ぐったりと目を閉じた雪子さんを、抱きしめる。冷たい身体を暖め過ぎないように、それでもしっかり抱きしめる。
「雪子さん……」
氷のような頬に自分の頬を押し当てた。
あの時も、雪子さんはこうして僕を助けてくれた。
いくら寒さに強くても、雪子さんは普通の体格の、むしろ華奢なくらいの細くて小柄な女の人だ。その雪子さんが、一人で大人の男を背負って山を歩いて降りてくる。それがどれほど大変なことか、誰にだってわかる。
でも、誰も雪子さんを助けに行くことはできない。
雪子さんは、たった一人で歩くしかないのだ。自分しかいない、誰の助けも借りられない、それがわかっていても助けに行く。歯を食いしばって、何度も転びながら一人で歩いて山を下りてくる。
『大丈夫ですよ』
荒い呼吸の合間に、背負った人間を励ましながら。
僕は、そんな雪子さんにいっぺんで恋に落ちた。
この人に助けられた命で、この人と一緒に生きていきたいと思った。
「雪子さん、大丈夫?」
薄く瞼が開かれる。赤い瞳が穏やかに微笑んだ。
「すごいよ、雪子さん。よく頑張ったね」
「私は……、みなさんの、お役に、立てていますか……?」
「もちろんだよ」
こんなこと、ほかの誰にもできない。
みんなが雪子さんに力を貸してくれるのは、僕を助けてくれた時のことを知っているからだと思う。
何かあったら助けてもらえるという期待もゼロではないかもしれないけれど、それよりも、自分にしかできないことを、どんなに苦しくても逃げずにやろうとする人だと知っているからだと思う。
僕は雪子さんを誇りに思う。
縁もゆかりもなかった見ず知らずの僕を、雪子さんが無償で助けてくれたあの日から、僕の心には雪子さんしかいない。
一年後、雪子さんは雪子さんににそっくりな可愛い女の子を産んでくれた。
雪の庭に赤い椿の花が咲いていた。
その美しさに感動した僕たちは、彼女を「椿」と名付けた。
夏場の子育てで雪子さんが融けそうになると、田中さんの奥さんや実家の母が手を貸してくれた。幼稚園の送り迎えや遠足の付き添いを、二人のほかにも何人もの保護者たちが助けてくれた。
二度も人命を救助した雪子さんは、その実績を買われて救助隊の特別隊員にスカウトされた。冬場だけの特別勤務。椿が小さいうちは、吹雪の夜だけの出動だった。
無線機が支給され、遭難者を発見して安全なところまで運べば、仲間と交代できる。大変な点は同じだったが、雪子さんの負担は軽くなった。
六年の間に、雪子さんのおかげで三人の遭難者の命が救われた。
四月。
うららかな日差しの中、僕と椿は極寒の家の中から暖かい屋外に出た。締め切った窓の向こうから雪子さんが手を振る。
今日は小学校の入学式だ。
雪子さんも行きたいだろなと思っていると、スーパーの冷凍トラックが道路を走ってきた。
「隆。この車に雪子さんを乗せろ」
「え……」
「今日はこの後、寒の戻りで寒くなる。万が一に備えてこの車を外に待機させるから」
雪子さんに話すと、とても嬉しそうだった。
学校に着く頃には本当に寒くなった。桜は咲いているけれど、凍えるように寒い。
みんなが雪子さんのところに集まってきた。雪子さんの冷たい手を手袋をした手でかわるがわる握り、参加できてよかったと喜んでいる。
「寒くなって、ほんとによかった」
「凍えるー。最高のお天気ね」
みんなはコートを着てぐるぐる巻きのマフラー姿。
雪子さんだけが桜色のワンピースで涼しそうに笑っている。
雪子さんは雪女だから、身体がとても冷たい。
赤い瞳と銀色の髪。けれど、それ以外は普通の女の人で、肌が抜けるように白くて、とても美人。
雪子さんは僕の妻。かけがえのない大切な妻だ。
一緒に生きていくには、少しだけ大変なこともあるけれど、力を合わせて乗り越えながら、これからもきっと、僕たちは幸せに生きてゆく。
ずっと、ずっと。
「隆さん、はやく来てください」
桜の下で雪子さんが大きく手を振っている。とても綺麗だ。
ああ、幸せだなと、僕は今日もまたしみじみと思うのだった。
了
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