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細かい事はお気になさらずに

作者: aqri

 古民家でのんびり過ごしながら仕事をしませんか、という住宅販売が少しにぎわってきた。世界的な感染病の影響からオンラインで仕事ができる人は職場という物にこだわらなくなってきたのが後押ししたようだ。

 少子高齢化、地方の過疎化の事情から空き家が数多く放置されていて、有効活用する動きが世間でもてはやされ始めたのだ。人が住めば空き家も解決して住み続けてくれれば過疎も減る。地域の活性化も期待されている。そんなにうまくはいかないと思うが。都会に慣れた人間はやはり都会に戻るだろう。物がなさすぎるし、隣人は鬱陶しいくらいになれなれしい。一人気ままに生きることに慣れた人間にとって永遠にそこに住むなどありえない。

 それは不動産もわかっていて、期間限定の契約やいくつかの古民家を転々とするプランなども用意している。来てみたら想像と違う、というトラブルを避けるために病院やスーパーなど周辺の施設も細かく教えてくれる。


 そんな中から選んだ、一つの家。実際見学に来たし周囲の様子も確認した。隣人と結構な距離があるポツンと建ったこの家が気に入り3か月のお試しコースで契約した。ゴミの出し方など地域のルールは担当者から教えてもらっている。

 持ってきた少ない荷物を居間に置いた。管理は不動産がしてくれているので修繕が必要なところはあまりないようだ。掃除はされていないようだが。

 ノートパソコン、スマホ、タブレット。とりあえずこれがあれば仕事はできる。東京に行くにはかなり時間がかかるが、時間がかかるからこそ行かないという選択もできる。行くと確実に一泊だ、ホテル代をけちるであろう会社がわざわざ会議の為に本社に来いなどというはずもない。

 裏は林、目の前は崖かと思うような斜面。車が通れる幅ではないので必ず徒歩で移動しなければいけないという不便さからこの物件は人気がないそうだ。3か月で契約する人はそのまま更新せず別の家を探すと言う。担当者は隠す事なく教えてくれた。


 そんな不便な場所にある家を気に入った理由は単純、静かだからだ。お隣さんはだいたい1km離れている、周囲は林に囲まれ生活道路もないので車の音がしない。響くのは風の音、鳥の声、それくらいだ。自転車かバイクを持ってこようかと思ったが、それを整備できる店がないのでやめた。パンクしたら隣町までもっていかなければいけないので大型の車がないと無理だが、家まで車が通れないのだから実質不可能である。

 気軽に歩いて行ける距離にスーパーもコンビニもないので完全自炊、庭のスペースは畑として使って良いので何か育ててみては、と担当者から勧められたが何か育てないと飢え死ぬという意味だろう。ちなみにスーパーというか個人経営の商店まで行くには歩いて50分かかる。……片道だ。

 とりあえずついたのが夕方で、延々歩いた後に何かを作る気力はないので夕飯は買ってきてある。電子レンジがあるのはありがたい。

 とりあえずメシ食おう、と居間から台所に行こうと立ち上がろうとしたときふと目に入ったのは、柱についた傷だ。よく子供の身長を測って傷をつけ、どのくらい背が伸びたねというアレ、に見えなくもないがたぶん違う。


「ひっくいな」


 思わずつぶやく。何故なら傷はくるぶしの高さまでしかない。しかも1ミリ単位かと言いたくなるくらい何十個もついているが、たいして高さに差はない。猫が爪を研いでましたと言われた方がまだ納得できる。鋭利な傷跡でなければ本当に猫か野生動物のマーキングかと思うところだ。


「小人でも測ってたのかな」


 小さくつぶやくと台所へと向かった。前の住人の荷物だろうか、結構いろいろなものが残っている。ゴミも残っているが。生ごみが残っていないだけイイと思おう。温める機能しかないシンプルなレンジに買ってきたクリームスパを入れて2分温める。

 待っている間ぐるりと台所を見渡すと、まな板の上にポツンと小さな箱が乗っていた。近寄ってみてみればそれはどうやら寄せ木細工の箱のようだ。正しい手順で仕掛けを動かさないと蓋が開かないやつだこれ、と思い手に取ってみる。箱を振ってみればカタカタと小さく硬い何かが入っているような音がした。

 たまたま寄せ木細工の開け方を知っていたので次々と仕掛けを動かして開けようとしてみる。最後の仕掛けを動かし、蓋をずらせば開くはずなのだが少しだけ開いて動かない。何かが内側で引っかかっているような、挟まっているような、とにかく無理やりこじ開けるのは難しそうだ。

 後ろでレンジがピーと鳴り箱をまな板の上に置いてレンジから取り出す。後ろからカタン、と音がして振り返れば先ほどの箱が完全に開いていた。箱を見てみても中には何も入っていない。ただ、箱の中が真っ黒ではあるが。


「焦げてる。器用だな」


 黒いのは色を塗ってあるのではない。すすなのだ。まるで内側だけ、というか中身だけ燃えた後のように。「中身」はもうないようなので、箱をポイっとゴミ箱に捨てた。

 台所から居間へと戻ろうとすると居間の鴨居に何かある。よく見ればそれは紙切れだ。大きさは手のひらサイズもないような小さなものだ。赤いインクで何か書いてあるが、字が汚すぎて読めない。震える手で書いたようなミミズがのたくったような文字だった。漢字一文字のようだが、まあいいやとくしゃっと丸めて捨てた。

 夕飯を食べているとポト、と目の前に何か落ちてきた。それは毛の塊に見えた。ピンポン玉くらいの大きさだろう、毛におおわれている。もぐもぐと最後の一口を食べ終わると、持っていたフォークでそれを突き刺してぽいっとゴミ箱に捨てた。この家、ゴミが多い。


 その後パソコンで仕事を片付け、そういえば風呂、と思い支度をする。前に住んでいた誰かが金をかけてリフォームしたらしくちゃんとした風呂だ。見学に来た時結構汚かったので掃除をして帰ったためきれいなままになっている。排水溝以外は。

 排水溝の周りだけ黒いススのようなものがついている。排水溝から黒いススが水と共に溢れ、水だけなくなったかのような跡だ。周囲から流れて来たのではなく、排水溝中心に黒い。あとついでに何か落ちている。よく見ればそれは爪だ、爪を切った後の残骸。その数は一回分とか一人分ではない。結構な数が落ちている。無言のまま、シャワーですべて流した。あとでパイプ掃除の洗剤入れないとな。

 風呂を済ませ、開けた覚えのない窓を閉めてかけたはずのドアの玄関の鍵をもう一度かける。何かの液体で汚れている廊下を落ちていたハンカチのようなもので拭うとそれも捨てる。


 いつの間にかテーブルの上に勝手に乗っている日本人形を掴む。手のひらと同じくらいの大きさで髪はぼさぼさだ、顔はススで汚れている。ぎょろりとこちらを睨んできたが、無視してどこに置こうかなと立ち上がろうとしたとき手に力が入ったのか、首がポロっと取れ、手足もバラバラと落ちてしまう。脆いな。

 首は無理やり押し込み、ガックガクだけど気にしない。手は適当に押し込むと左右逆だ、まあいいか。逆でも困らんだろう。足も一応押し込んで、立ち上がるとバアンと凄い音を立てて玄関が開いた。さっき鍵かけたのにな、また開いたか。ああ、不動産に一個言っておこう。鍵変えてくれって。

 玄関に行くと女が息切れをしながら立っていた。よほど急いできたのか、化粧っ気もなく髪はぼさぼさ。あの急こう配を駆け上がってきたのならそりゃ息切れもするし髪もぼさぼさになるか。っていうか、凄いなあの道を急いで来れるのって。街灯なんてないから真っ暗だったはずだ。よほど来慣れているようだ、ここに。

今にも泣きそうな怒ったような微妙な顔をしている。


「田舎はインターホン押さないのか」


俺がそう呟くと女ははっとした様子で俺を、正確には俺の手を見た。人形を見て愕然とする。


「あ、何で……?」

「引っ越してきた藤木です、どうも」


俺の言葉など聞いていないようで、人形と俺を交互に見た後震えた声で訪ねてくる。


「だ、台所に箱があったでしょ……」

「ああ、開けた」

「開けた!? どうやって!」

「いや、開け方知ってたから」


その答えに女はみるみる血の気が引いていく。まあ、普通は知らないか。あと、たぶん開かないような仕掛けがしてあったんだとは思う。一回目の仕掛け開ける時妙に硬かったから無理やり開けたんだけど。


「そんなはずは……私しか開けられないはずなのに……」

「でも、開けた」


淡々と言うと女は震え始める。そしてはっとした様子で家の中を覗き込み、みるみる怯えた表情になった。


「部屋の上に紙が」

「捨てた」

「嘘! 何で!? あの紙にさわれたの!?」

「かみだしね?」

「あ……」


俺の言葉に女は青ざめる。かみだしね、のイントネーションのおかしさに気づいたようだ。

何が言いたいのか、何がしたいのかをまったく語ろうとしないのでとりあえずこっちから情報提供はしておこう。


「あと毛玉の塊はフォークでさして捨てて、排水溝の黒い汚れは落ちてた爪と一緒に流して、廊下の変な液は落ちてたハンカチっぽいやつで拭いた後捨てて、あとこれ」


 人形を目の前に掲げた。改めて見ると酷いな、首が今にも落ちそうで手は左右逆、足もまあ押し込む力がバラバラだったから左右で長さが違う。それを見て女はひい、と悲鳴をあげた。人形を見て、というより人形がちょっと残念な造形になっているという事実に悲鳴を上げたようにも見える。


「これアンタの? ちょっと壊しちゃったからてきとうに直したんだけど」


 言い終わると同時に女が悲鳴を上げて飛び出す。玄関を数歩進んだところでブチブチ、と音がして悲鳴がしてゴキンと音がして悲鳴がしてなんかすごい声が最後に聞こえて静かになった。

 見れば女の恰好が人形そっくりだ、手と頭はともかく足はあれどうやって長さ変えたんだろう? あと脳天にフォークが刺さっている、なかなか前衛的だ。手に持っていた人形がケタケタと笑った。


「うるさい」


 ぴしゃりと言えば人形は静かになった。ポイっと女に向かって放り投げれば、女に触れると同時に一気に燃え上がる。それを見届ける……のは面倒なので玄関をしめた。風吹いてないし燃え広がったりはしないだろう。

スマホが鳴る。表示は編集長、やっぱ催促してきた。


「はい。はいはい、今住んでます。怪奇現象……ないですねえ。普通ですよ。静かでいいところですよ、俺本格的にここに住みたいです。え? ああちゃんと仕事しますって。でもここに住む人住む人みんな逃げ出したっていう悪霊の住む家でしたっけ、ここなーんにもないですね。はいはい、いつも通りでっちあげますから」


 電話を切る。うーん、と考えてとりあえずパソコンを開き、編集していた記事の追加編集を始める。どうしようかな、女の呻き声が聞こえてきたということでいいか。いや、静かでいいところっていうコンセプトで売られてる物件だからそれじゃだめか。

 オカルト雑誌の編集者になって2年、真実の怪奇現象よりも作った話の方がウケがいいので最近は小説家にもなれるんじゃないかと思っている。

 ぎょろりと天井から覗いている無数の目玉の一つに消しゴムを投げつけると見事に命中し、一斉に目が消える。ぎょろぎょろ鬱陶しい。


「次覗いたら一個ずつ潰す」


そう呟くとウジャウジャと天井にいたたくさんの気配が一斉に消えた。


「とりあえず、そうだな。どんぐりが降ってきたことにしよう。どんぐりの木がないのに、しかも部屋の中にどんぐり落ちてきたらおかしいもんな」


 サツキとメイならテンション爆上がりだろうけど、とつぶやいて記事を適当に書き始める。たぶん、間違いなく明日編集長から却下されるなあこれ、と思いつつふんふんと鼻歌を歌いながら作業を進めた。

 我が物顔で動き回るネズミが、押し入れの隙間から伸びてきた細長い腕に一瞬で捕まり引っ張り込まれる。中からネズミの断末魔が聞こえ、ぴしゃりと押入れが閉まった。この家ネズミがいるのか、ネズミ捕りが丁度いるようなので助かった。


「怪奇現象って難しいな、何が起きたら怪奇になるんだろう」


なんか良いネタないかな。


END

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