買い物
暫く落ち着いてから、桃花はアイトとミーティアに連れられて、リーヴァの中心地に来ていた。
必要なものを購入するついでに、ミーティア達が街中を案内してくれるというので、好意に甘えたのである。
このゲームは珍しい事に、はっきりとした国というものが存在しない。
幾つかの街が点在している事が確認されるだけで、その中心はこのリーヴァである。
アイトの父親が経営している大きな会社がこの街の全てを支えていて、他の街より先進的だが、文明的には1950年代のアメリカに近いだろう。
他の地域にも商業の盛んな街もあるが、リーヴァが一番発展していて、それだけに、ゲームの中では重要な意味を持つ街である。
開発側からしてみても、異世界同志の争いだけにプレイヤーを注目させ、企業の大きさや権力の強さをはっきりさせたい、という意図があり、規模の大きくなってしまう国家というものを出すのを止めたのだろう。
そんなリーヴァの中心部は雑居ビルのような建物が多く、あちこちに看板を取り付けてある上に、ごちゃごちゃとした配管が這い回っていて、配管の隙間からは常に煙が吹き出している。
ゲーム上では必ず夜の街並みしか見られなかったが、此処では明るい時間帯でも街を歩けるので、印象は全く違って見える。
夜は薄暗くネオン街に似た雰囲気だが、昼間は外国のミュージカル映画にでも出てきそうなレトロ感で、古ぼけたレンガで出来たビルの一階はテナントになっている所が殆どだ。
その一つである衣料品店に入ったのは、桃花の洋服を買う為である。
肌着類も購入する、という事でシージェスとは途中で別れたが、女三人で姦しいとはよく言ったものだ、衣料品店に入るや否や、アイトとミーティアは思い思いに話しながら桃花に服を選んでいる、始末。
確かに此方での勝手は分からないので色々と勧めてくれるのは助かるが、年齢と顔に見合わない服を持ってこられても困るので、桃花は慌てて、出来るだけ落ち着いていてシンプルなもの、と注文をつけた後は、彼女達の好きにさせている。
衣料品店の中は許容量を超えた服を掛けられているだろうハンガーラックがぎっしりと集められ、ひと一人が何とか通れる通路があるが、奥まで行くと入り口の会計まで戻るのに一苦労で、億劫になる程だ。
壁にもびっしりと服が掛けられていて、サイズも色合いも素材もバラバラに陳列されているようで、それだけで見つけるのを戸惑うけれど、アイト達は少しも苦にはならないらしい。
楽しそうに桃花に服を当てては他の服を引っ張り出している。
「トーカはスタイルが良いから色んな服が似合いそうね」
「ねえトーカ、これは? シンプルだよ?」
シンプルだが膝どころか太腿まで曝け出しかねない丈のタイトスカートを当てがわれ、桃花は頬を引きつらせて首を振った。
普段からしっかりと化粧をする方ではなかったのが幸いだが、手許に化粧品が無いのもあって、昨晩からはずっとすっぴんのままだ。
元々それほどしっかり化粧をする方ではないので困りはしないのだが、化粧で誤魔化せない分、年齢にそぐわない服は不釣り合いでしかないのだけれど、二人は気にも留めていない。
トーカはスタイルが良いから似合うと思うけれど、と言いながらアイトが手にしたのはワインレッドのコットンレースで作られたワンピース。
ウエストに同じ色のリボンが付いているが、幅が細いものなので切り替えになるし、丈も膝丈で、裾は後ろ下がりになった大人っぽいデザインだ。
ジャケットを着ればカジュアル寄りになるので、桃花にも無理無く着れそうなデザインである。
桃花が身体に合わせると、ミーティアは笑顔で頷いていた。
「うん、トーカは赤が似合う」
「そうね。顔周りが明るく見えるし、華やかだわ」
二人は満足げにそう褒めてくれるが、桃花にとって鮮やかなこの色彩は、見慣れてはいるが身近なものではない、不思議な距離感のあるものだ。
「私、赤は選んだ事なかったなあ」
赤はいつもあいつが選ぶ色だったから、と付け足して、ぼんやりと幼い頃を思い出す。
〝グラーティア・ストーリア〟を知るきっかけになった、幼馴染。
少しだけ背が低くて、少しだけ走るのが早くて、口下手で優しくて大人しいのに、大好きなゲームの話をする時だけは誰よりも嬉しそうに笑っていて、桃花は彼のそうした所がとても気に入っていた。
彼は〝グラーティア・ストーリア〟をプレイしてから、とても赤色が好きになった。
赤い服を見に纏うヴァレンは彼にとって一番のヒーローだから、と言って、その内に幼馴染自身が身に付けるようになったのである。
記憶の奥の奥の方にあるセピア色の思い出は、だけれど、悲しくて悔しくて虚しくて、ぐちゃぐちゃした訳の分からない塊になってしまって、桃花は思わず服を握り締めた。
ずっとあの頃のままでいられたなら、彼の事を嫌いにはならなかったのだろうか、と思いながら。
「着てみたら?」
アイトにそう促され、桃花は力なく頷いて、服の山を掻き分けて試着室に入った。
カーテンに仕切られ、くすんだ鏡しか置いてない試着室で、桃花は赤いワンピースに着替える。
色合いは派手だがシンプルな作りなので、ジャケットを着たり、タイツやスパッツを履く事で印象も変わるので着回ししやすいように感じられる。
試着室の外でまだかまだかと待ち構えている二人にも見せると、似合う似合うと褒めてくれたので、桃花は購入を決めたのだが、すっかり楽しくなってしまったらしい二人は桃花に次々と新しい服を着せさせていた。
気が付けば一週間着回せる分の洋服と下着を手にしていて慌てたが、店はそれ程高い店ではないらしく、クトリアから渡された金額を僅かに減らしただけで済んだのが幸いである。
冒険初期で訪れる街であるからなのか、リーヴァの物価は比較的に安いのだ、と二人も教えてくれたので、桃花はほっと胸を撫で下ろしたものだ。
服を買い終え、少し休憩しようと言う二人に連れられて来たのは、少し歩いた所にある水色の庇がついた店である。
テイクアウトのお店らしく、店には大きなガラスのケースが置いてあり、その中には色とりどりのジェラートが並んでいる。
甘いものが好きなミーティアがよく通っている店なのだそうで、楽しそうにおすすめの味を教えてくれた。
彼女の説明からして、恐らくヨーグルトに似た味なのだろうものを頼むと、ワッフルをカップの形にした小さな容器の中に、たっぷりとよそられた青いジェラートが差し出され、桃花は驚いたが、恐る恐る食べてみれば、味はこっくりとしたミルクの味がして、後味はすっきりしていて美味しい。
ミーティアは黄色のジェラートを頼んでいたようで、一口貰うとハニードロップミルクの味がした。
アイトは甘いものが苦手だからか、冷たいクラフトマーガレットティーに青いジェラートを少しだけのせたものを飲んでいる。
店先にある小さなベンチに座ってそれぞれ食べながら、桃花は二人を眺める。
見目麗しい美少女達に三十路間近の一般人が挟まれているのはどうかと思うが、二人が仲良く甘いものを食べているのを見るのはとても微笑ましい。
「ミーティア達は此処で暮らしてるんだよね?」
「うん。アイトとシーくんの三人暮らし」
「え、何それ。見たい」
桃花が心の呟きを抑えきれずに漏らすと、今度招待するわ、とアイトが苦笑いを浮かべていた。
てっきり彼等の故郷・イズナグルで暮らしているものと思っていたので意外であったが、最近は〝舞台〟が増えているので此処で暮らしてるいた方が楽なのだという。
「イズナグルでは資源も少なくて、暮らすのがやっとの人も多いから。だから、普段は此方で暮らして、〝舞台〟がある時だけ戻るの」
ミーティア曰く、アイトはイズナグルで暮らすのが困難になっている人達の為に居住地を提供したり、相談を請負ったりしているらしい。
リーヴァの街は実質的にアイトの父親が経営している大企業が市政を取り仕切っていて、世界中にその名を轟かせている程である。
そもそもこのゲームでは国の概念が無いに等しく、幾つかのエリアに大小様々な街や村が点在しているだけなので、その企業がどれだけの権力を持っているのが分かる。
だからこそ、アイトのその活動も父親の仕事の一環なのだと桃花は考えていたが、アイトはそれを個人の慈善活動として行なっているらしい。
「とはいっても世界中から寄付を募っているし、ミーティア達との共同活動だから、私の方が色々勉強させて貰う事が多いの」
ゲームの始まりで黒服の男達に追われていた彼女は、父親がとある敵に操られ、世界の危機を引き起こそうとしているのを偶然知ってしまい、それを阻止しようと家を飛び出したけれど、目の前に困っている人がいれば助けてしまうお人好しな子だった、と桃花は思う。
「それでも、アイトの行動で救われてる人がいるんでしょ? それって、凄い事だよ」
「ありがとう。そう言われると、私も救われる思いだわ」
少し困ったように笑う彼女の、ゆったりとした瞬き。
震える睫毛の先に垣間見える、苦労や苦難はどれ程のものなのだろう。
ゲーム上では十六歳の筈だが、やけに大人びた立ち振る舞いは、それだけの経験があるからに違いない。
例えゲームの登場人物とはいえ、人間一人の重みは、桃花の目の前に存在している、のだ。
その事に、目の前が一瞬真っ白になる程、血の気の引く音がした気がした。
夢の中である筈の景色は、確かな重みを持っている、という事。
優しい景色と優しい人々、優しい空気。
海から届いてくる潮風は少し冷たく、鼻先をつんとさせている。
自分の世界と変わらない空気に、目の前にあるものは全て夢なのだ、とは、思い難くなってしまう。
「ミーティアとシーくんもアイトに助けて貰った」
「ミーティア達は放っておけないのよ。トーカもそうだけれど、何だか、放っておいたら、ぎゅうって小さくなって、消えていきそうで」
溶けたジェラートに苦戦しながら食べているミーティアの口元を、ハンカチで拭いながらアイトは言う。
「何だか不思議な話なのだけれど、前からトーカを知っている気がしたの」
声を聞いた気がするのだ、と言われて、桃花は彼女の青い瞳を見つめてみる。澄み切った雨上がりのような、透明で綺麗な瞳。
桃花は取り立てて、何が出来るという訳では無い。
見目が良いわけでも、頭が良いわけでもなく、行動力があるわけでも無い。
非力で凡庸、学生よりは社会を知っていて、実家を出ていたから家事が出来るだけで、何の取り柄もない。
優れているものは平均より少し高い身長程度。本当にそれだけの人間だ、と桃花は自身を鑑みる。
「だからなのかしら。貴方が〝観客〟だってわかって、少しほっとしたわ」
他でも無い桃花自身だったから良かった、というわけでは、恐らく無いのだろう。
この世界を好きな自分が、この都合の良い優しさで溢れた夢を創り続けているだけなのだとしても、それでも、此処は自分には必要なのだ、と桃花は思う。
小さく口端を引き上げて、頷くと、アイトに向き直った。
「あの、アイト、お願いがあるんだけど」
「構わないわ。どうしたの?」
躊躇いも無く彼女がそう言うので、桃花は眉を下げて肩を竦めると、小さく息を吐き出して、言う。
正直、怖いけれど、いつまでももわだかまりがあるままではいかない、と思うのは、彼女達が此処にいる事を許してくれて、優しくしてくれているからだ。
「ヴァレンがいる所を知らないかな? 初めて会った時、失礼な事をしたから、謝りたくて」
アイトはぱちぱちと瞬きを繰り返していたが、唇をきゅっと締めて、顔を背けている。
何か気を悪くしてしまっただろうか、と桃花は慌てたが、ミーティアがにこにこと笑いながら、アイトの頭を撫でていて。
「アイトはヴァレンが取られそうで困ってるんだよ」
「ち、違っ、」
耳たぶまで真っ赤にして慌てる姿は、ゲームでのアイトそのものだ。
取られるだなんて別に付き合ってるわけでもないんだから、でもっ、ヴァレンは〝観客〟達の事がすっごく好きで、〝舞台〟も好きで、だからっ!
そう話し続ける彼女は、どうやらゲームと同じように、主人公の事が好きな、愛らしいヒロインなのだろう。
違和感を感じる事は多いが、此処は自身の愛した世界と、殆ど変わらない。
「で、でも、ヴァレンはあまり気にしていないと思うわ。トーカが何も知らなかった、ってわかった後は、怒っていなかったでしょう?」
「どうかな……。そうだと良いんだけど」
咳払いをして大きく深呼吸をしてからのアイトはそう言われ、桃花は困ったように、笑う。
「でもね、私、この世界がずっと好きなの。だから、大好きな世界の人達に、ちゃんとしていたくて」
ヴァレンもアイトも、他のキャラクター達だって、此処に生きていて、自分の中に大切に残っているのだから。
だから、ちゃんと向き合えるように。
そう答えた桃花を、二人は嬉しそうに笑って、頷いてくれていた。




