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望むなら

 立ち向かう事は、恐怖だった。

 これ以上、何も傷つきたくはなかったから。

 だけど、もうそれも終わりだ、と思い、桃花は前を向いた。

 一緒に居れば圧迫感を感じないのに、こうして皆と対峙していると、どうにも気圧されてしまいそうだ、と、ともすれば今にも逃げ出してしまいそうな自分を、桃花はゆっくりと呼吸をしながらどうにか宥めている。

 リビングに入って直ぐの入り口で、桃花は皆の顔を見回した。

 部屋の中央にあるテーブルに着いているのはロジクとピティ、そしてリジェット、その奥にあるソファーに腰掛けているのはミーティアとアイト。

 皆、気まずそうな強張った顔をしているが、窓際で外を眺めているヴァレンだけは、腕を組み、無表情を貫いている。

 桃花は一度唇を開きかけて小さく息を吐き出すと、一歩踏み出して、ぎゅうと眼を瞑る。

 そして、皆の前で、しっかりと頭を下げた。


「さっきは酷い事を言って、ごめんなさい。皆の事を、守れなくて、傷つけて、ごめんなさい」


 皆は何も言う事は無く、重い沈黙だけが部屋の中に満ちている。

 指先が震えて、握り締めようとしても、上手く出来ない。

 それでも、桃花はしっかりと息を吸い込んで、口を開いた。


「許して欲しい、とは、言わない、し……、そんな資格もないって、わかってる」


 声の震えを隠すように胸元を押さえて顔を上げると、皆視線を向けてくる事はなく、言葉に耳を傾けているようにも、その中にある真意を確かめようとしているようにも、桃花には見えた。


「ディアヴルアルサーと戦った時、途中から私が知っている挙動ではなかったから、どうしたら良いかわからなくなって、もうどうしようもない、って思い詰めてた。皆に負担も迷惑もかかているし、それが私のせいだって自覚するのが怖かった」


 素直に気持ちを吐露すると、その分だけ、自分の中から体温が奪われるかのように冷たくなっていくようだ、と桃花には思えた。

 今更、こんな自分を受け入れて欲しい、とは言えない。

 彼らのようには戦えなくて、今だってずっと震えが止まらない。

 それでも、いい加減な事はもうしたくない、と桃花は思う。

 あの幼い頃に手放してしまったものに、もう一度きちんと笑って会えるようになりたいから。

 窓際に立っていたヴァレンは小さく息を吐き出して、窓から視線を移して見つめてくる。

 赤い瞳が真っ直ぐに向けられていて、奥底まで見通されてしまいそうだ、桃花には思えた。


「そもそもトーカは〝観客(オーディエンス)〟だ。俺達はお前達の指示を聞いて動くのが当たり前だから、気にする方が可笑しいと思うが」

「それでも、私が一番に怖いのは、皆が傷つく事なの。だから事前に攻略法を頭に叩き込んでたし、いつも最悪の事を考えて行動してた」


 彼らがそうした生き方を不自然と思わなくても、それが当たり前にはしたくない。

 桃花がそう考えて答えると、リビングテーブルに腰掛けていたリジェットが、困ったように眉を下げて肩を竦めている。


「なら、やられる前にやっちまえば良いじゃん。それでやられたらそん時はそん時だろ」

「そうなんだろうけど、私は、やられた時になったらどうしよう、って考えちゃうし、いざそうなった時に頭が真っ白になっちゃうんだよ」

「面倒な奴」


 頬杖をついて溜息を吐き出しているリジェットに、桃花は苦笑いを浮かべた。

 拘り、というだけでは、決してないのだ、と彼には理解されているだろうか。

 それを蔑ろにしまったら、今度こそ、駄目になってしまう。

 リジェットの隣に座っていたピティは不安そうに眉を下げて俯いていたけれど、リジェットとのやり取りに、ぽつりと呟いた。


「ぼくは、それ、わかるかも……」

「ミーティアも、わかる。自分が守らないといけない人や抱えているものが多くなると、どんどん怖いのが大きくなるから」


 ピティの言葉に、ソファーに座っていたミーティアも頷いていた。

 ピティは工房の人達、ミーティアはイズナグルの人達を守らなければならない立場だからこそ、そう感じたのだろう。

 桃花は小さく頷いて、冷たくなった指先を握り締めた。


「私は皆が傷つくのを見るのが一番堪えるし、嫌だ。それなら最初から自分だけが傷ついた方がよっぽどいい」

「でも、それは出来ない」


 ヴァレンの言葉に、桃花は握り締めていた手に、力を込めた。

 自分には皆のように戦える力はない。

 同じ世界に居られても、同じようには生きていけない。

 わかっているから、桃花は小さく頷いた。


「そうだね。だから、出来るだけそうしないよう、出来るだけの事をするし、限界まで考えるしかない。出来るだけ皆が傷つかないように、私が出来る最善を選びたい」


 そう言って改めて皆の顔を見ると、ゲームオーバーの後、セーブデータを呼び出して映った画面のように、皆はしっかりと自分を見つめている。

 まるで、もう一度戦う時を、待っているかのように。


「私は私の出来る全てで皆を支える。だから、せめてもう一度だけ、力を貸して。一緒に戦って欲しいの」


 お願いします、と、桃花はもう一度頭を下げた。

 部屋の中はしんと静まり返っていて、耳鳴りさえ聴こえてきそうだった。

 彼らが自分の望んだ通りに動く、そういう性質なのは、理解していた。

 けれど、今までと同じような気持ちでは、きっと、互いに一緒には戦えない。

 怖い、と感じていたのは、皆が、この世界が、それだけ大好きだから。

 幼い頃、共に過ごしていた彼のように、傷付けたくはないし、傷付きたくない。

 全部受け止めて、まるごと大切にしていたいから。

 だから、もう一度、戦うのだ、と。

 それを、理解して欲しい、と思うのは、我儘なのだろうか。

 ぎゅうと眼を瞑り、返事を待っていると、誰かが息を吸い込む音がする。

 顔を上げれば、ロジクが軽く手を上げていた。


「でしたら、少し進言したいのですが」


 桃花が「どうぞ」と言葉を促すと、彼は小さく頭を下げ、柔らかく笑みを浮かべると、口を開く。


「トーカ様は不足の事態に弱いようですから、咄嗟に何かが起きても耐え切れる、体力の多いメンバーを最初に出しておくのは如何でしょうか?」


 後半の攻撃に耐えられない時を考えて、体力の多いメンバーは後に控えさせておいたのだけれど、ロジクはそれを、桃花の性格に合わせて変えていった方が良い、という事だろう。

 桃花が頷くと、ロジクはそのまま話を続けてくれる。


「あの時、ヴァレンはぎりぎりの状態ではありますが、どうにか耐えていました。なので、ヴァレンと体力のあるリジェットは先に出して、イレギュラーな状況に耐えて貰えれば、落ち着いて状況を把握出来ると思います」


 その言葉に、ソファーに座っていたアイトも頷いていた。


「そうね。あらかじめ防御に徹していた方が、トーカには合ってると思うわ」


 そう言ったアイトは、困ったように眉を下げて笑っている。

 皆と少しずつ言葉を交わす事で、ゆっくりと部屋の中の空気が変わっていくのを、桃花は確かに感じた。

 ロジクが提案した事を皆で相談している、という状況に、桃花は戸惑いながらもリビングテーブルの側まで歩み寄り、話に耳を傾ける。

 今まで彼等は積極的に作戦に口を出してくる事はなかったし、どちらかといえば受動的、指示を待つだけのキャラクター達だったのが、少しずつ変化をしているように、桃花には思えた。


「ごめん、私が指示出す立場なのに、こんな事まで考えて貰って」


 本来ならば、プレイヤーである自分がしっかりしてないければいけない筈なのに、と申し訳なく感じていると、小さな手のひらがそっと指先を掴んでくれる。


「トーカお姉ちゃん、ぼくに言ってくれたよね? 難しい時は皆に手伝って貰えば良い、って。ぼくも、お姉ちゃんの事を手伝いたいよ」


 小さな身体で懸命に戦っていたピティは、笑顔でそう言うと、緑色の大きな瞳で見つめてくる。

 怖がりな彼女だって、あの時はとても怖かっただろうに、と考えて、桃花は両手で彼女のあたたかい手のひらを包んだ。


「ありがとう、ピティ」


 皆が話し出し、少しずつ騒がしくなっている部屋の窓際で、だけど、ヴァレンだけはその様子を黙って聞いている。

 胸の底が掴まれているように、冷たくて苦しく感じながらも、桃花は彼の側に歩み寄り、一度だけ深く長く呼吸をすると、頭を下げた。


「さっきは、ごめんなさい。ヴァレンは最後まで戦おうとしてくれていたのに。私が失敗しても、怖がって動けなくなっても、戦おうとしてくれていたのに。本当に、ごめんなさい」


 あれだけ怒っていたのは、きっと、誰よりも彼が自分を信じていたからだろう、と桃花は思う。

 それを、自分から振り払ってしまったのだろう、という事も。

 唇を噛み締めると、視界に彼の手のひらが差し出される。

 不思議に思って顔を上げれば、赤い瞳がきちんと見つめてくれて、いて。


「いや、俺も言い過ぎた。悪かった」


 差し出された手のひらは案外大きく見えたし、しっかりとした男性の手のひらだったけれど、よく見ればたくさんの傷がついていて、彼もまた、同じように血の通うひとなのだ、と思い知らされる。

 桃花は両手でしっかりと彼の握り締めて、きつく目蓋を閉じた。

 その皮膚はかさついていて、節がしっかりとしている。

 戦うひとの手だ、と桃花は思い、目蓋を開くと、小さく笑みを浮かべた。


「力になる、って言ってくれたでしょう? だから、ちゃんと信じてみるよ」


 そう言うと、ヴァレンも晴れやかな笑みを返して、頷いてくれている。


「ああ、望むなら何度でも力になる。約束しよう」


 此処へ来たばかりの時も、同じ言葉を口にして、手を差し伸べてくれていた。

 桃花はしっかりとその言葉を受け止めて、彼の手を握り締めていた。

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