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聖域の森

 最後の手がかりを手に入れてから、桃花達は休む間も無く聖域の森へと向かった。

 聖域の森はゲームの世界の中でも果ての果てにあり、小さな島の中央に存在している。

 普通の森とは全く違い、雪のように真っ白な大地に、虹色に光る透明な葉がついた白い木々が犇いている不思議な森で、風が枝葉を揺らすとしゃらしゃらと音がする。

 木々の合間に生えている草も全て白く、青や黄色に発光する硝子細工のような花がちらほら群生しているのが見えた。

 森に入ってからは少し肌寒いけれど清浄な空気で満ちていて、戦闘が激化する場所とは到底思えない。

 森の入り口で様子を見ながら皆の準備が整うのを待っていると、おっかなびっくりしているピティがそっと手を掴んでくるので、桃花は安心させるようににっこりと笑った。


「ピティ、ほらこのお花、お日様に当たるときらきらしててきれいだよ」

「ほんとだ……、宝石みたい、だね」

 

 しゃがみ込んで硝子細工のような花に触れると、冷たい感触と共に光が辺りに分散して、やがて空気へと消えていく。

 何もなければ楽しめた光景なのかもしれない、と今の状況では感じなくもないと桃花は思うけれど、ピティに笑顔が戻ってくると、少しだけ気持ちも落ち着いてくる。

 見回したメンバーの格好は、ゲームで見るいつもと同じ格好だ。

 それが、否応なく最終決戦に行くのだと知らしめているようで、少し息苦しくも感じてしまっていたのかもしれない。

 後ろでは、ずっと休ませていたミーティアが、欠伸を零しながらもようやく疲労が抜けてきたようで、軽くストレッチをしながら身体をほぐしていて、手がかりを探しに行っていたリジェットは逆に疲れで眠たそうにしていた。

 ゲームと同じ格好ではあるけれど、リジェットだけは顔を隠している筈の前髪をいつもようにバンダナで押し上げているので、桃花は少しだけ気が抜けてしまい、小さく笑った。

 手がかりを探しに行ったメンバーは流石に疲労が溜まっているようなので、後ろに控えるようにして少し休んで貰った方が良いだろう、と皆に伝えると、ヴァレンが後ろから声をかけていた。


「トーカ。人が通れる道はあるが、このままこの道を行って良いのか?」

「うん。道がちゃんとあるなら此処は一本道の筈だから」


 但し、強いモンスターが出てくる場所でもあるので、十分気をつけていなければならない事を桃花が告げると、彼はしっかりと頷いている。

 皆の準備が整った事を確認すると、桃花は皆の表情を確認して口を開いた。


「さっき手がかりを手に入れる時に戦ったメンバーは疲れてるだろうから、後ろに控えて。状況を見てから、途中で交代しながら戦おう」


 ずっと決まったメンバーが戦闘を行うのは負担が大きかろう、と思い桃花はそう言ったのだが、主人公だからなのか元々の性格からか、ヴァレンは小さく頷くと先頭に立って歩き出そうとするので、桃花は慌てて彼を引き止めた。


「ヴァレン、流石に少し休んだ方が良いよ」


 幾ら飛空艇で移動中に休んでいるとはいえ、手がかりを手に入れる時からこの先までずっと休みなく動く、というのは身体の負担が大き過ぎるだろう、と思って桃花は言うが、彼はほんの僅かな躊躇さえ見せようとしない。


「問題ない」


 簡潔に答えて前を行くヴァレンに、でも、と声を掛けようとすると、アイトが駆け寄っていて。


「大丈夫よ、あたしがいるもの」


 そう言ってヴァレンの側に立つアイトも先程まで一緒に戦っていた筈なのだが、その整った顔で鮮やかに笑って言われてしまうと、二の句も告げなくなってしまう。

 桃花が肩を竦めて溜息を吐き出すと、側にいたロジクが口元に指を添えてくすくすと笑っている。


「はは、お嬢様にしてやられましたね」


 ロジクの言葉をしっかり聞き咎めていたアイトは、子供のように頰を膨らませて不満を露わにしていた。


「ロジク、呼び方!」

「はいはい」

「もう、ちゃんと聞いて頂戴!」


 微笑ましいやり取りに皆も笑っているけれど、桃花は手のひらを強く握り締めていた。

 手がかりを探している間も、桃花自身休まないといけない日以外にヴァレンがメンバーに入っていなかった日はなかったのだ。

 それは勿論、本人の意思があってこその行動ではあったけれど、桃花自身、彼は主人公だからいつもいて当たり前だ、と考えてしまっていた部分もあったのだろう。

 ゲームの中では彼が戦闘に参加しないという事は出来なかったが、此処でもそんな弊害があるのだろうか。

 どうしてもっと早く気づけなかったのだろう、幾ら何でも考えが浅はか過ぎた、と桃花が俯いて悔やんでいると、ミーティアとリジェットが顔を覗き込んでいる。


「ヴァレンはああ言ったら絶対聞かねえし、マジでやばい時はちゃんと言うから、変な心配すんなって」

「ミーティアも回復してきたから、途中でアイトと交代するよ」


 二人が背中を叩いてそう言ってくれるので、桃花は苦笑いを浮かべて頷いた。

 確かに、ヴァレンは自分の信じた事に真っ直ぐだ。

 主人公である特性みたいな、直球で突き進める、自分には絶対にない強さが彼にはある。

 それでも、彼がそうしていられるのは、きっと、こうして支えている人達がいるからだろう。

 桃花は前を向くと、前にいるヴァレンの背中に呼びかけた。


「ヴァレン、本当に辛い時は言ってね。なるべく気がつくようにするから」


 本当に辛い時に辛いと言えないのは、悲しい事だから。

 そう思いながらヴァレンに言えば、赤い眼をゆっくりと瞬かせてから、困ったような笑みを返してくれる。


「わかった。ありがとう」


 その言葉を聞いて、漸く桃花は肺に押し込んでいた息を吐き出すと、小さく頷いて笑った。



 ***



 白い森の中は、ゲーム内であっても曲がりくねっている場所はあるけれど、基本的には一本道で進んでいく。

 常ならばパーティーメンバーの三人と一緒に行動しているので、六人で行動しているのは少し落ち着かないが、やはり全員揃っていると、いつもより安心感がある、と桃花は思う。

 前に歩いているのはヴァレンとアイト、ロジクの三人で、桃花と一緒にその後ろを歩いているのは他の三人だ。

 本来ならばミーティアはパーティメンバーの中でも年上の方だけれど、どうも子供のような言動が多いので、年上と年下で分かれているように感じられてしまう。

 実際、前にいるメンバーはいつでも戦闘に入れるように気を張っているが、後ろにいるミーティアは楽しそうに辺りを見回していて、リジェットに怒られているし、それをピティが困った顔で宥めている。

 けれど、そういった何気ない所が、緊張して強張っていた気持ちをほぐしてくれているようで、そっと息を吐けているのも正直な所だ。

 森の中を数分進んでいると、不意に先頭を歩いていたヴァレンが立ち止まるので、皆はそれぞれ周囲を警戒した。

 何かが木々を掻き分けるような重々しい音が次第に近づいてきて、やがて蔓が巻きついている角や羽根を持った大きな竜が現れると、前にいる三人は一斉に武器を持って構えていて、他の三人は桃花へ後ろに下がるよう誘導してくれている。

 頑強な黄色い皮膚に覆われたそれは、ベルティスドラゴンというモンスターだ。

 ぐんと身を低くしたヴァレンが刀を抜き斬りつけると、モンスターは耳を塞ぎたくなる程の咆哮を上げて睨みつけている。

 咄嗟にリジェットが手を軽く振り、武器を取り出して構えようとしていると、一瞬、目の前で雷のような音を立てて青い光が弾けている。


「うわっ!」


 驚いたリジェットが、弾かれるように後ろへひっくり返っているので、慌ててピティと共に駆け寄って彼の様子を見ると、呆気に取られた顔をしたリジェットが見上げている。

 どういう事なのだろう、と困惑して顔を上げると、ゆったりとした足取りのミーティアが、先程光っていた空中に手を近づけていた。

 そのほっそりとした指先は、何かに阻まれているかのように、一定の場所から前には進まない。


「トーカ。武器も出せないし、前にも進めなくなってるみたい」


 眉を顰めて言うミーティアの言葉に、桃花は顔を上げて戦闘中の三人を見た。

 ゲームの中では、戦闘に参加出来るのは六人中三人だけだ。

 倒れたメンバーの代わりに他のメンバーが入れ替われる事もあるけれど、それはディアヴルアルサーと戦う時だけの限定的なものである。

 ゲームと同じように三人だけが戦闘になっているのだろうか、と思いながら三人に呼びかけると、側に近寄ってきたアイトが透明な壁のようになっている所を確認して、困ったように笑みを零している。


「アイト! 大丈夫?」

「大丈夫よ。声は届いているから」


 落ち着いた彼女の声は、けれど、膜に覆われたようにぼやけた声で、イヤフォンを装着しているように耳の内側から聞こえてくる。

 こそばゆい上に、どんな原理で起こっているのか気になって仕方がないけれど、そうも言っていられない、と桃花は耳を押さえて戦っている三人に眼を凝らした。

 ヴァレンが刀を構えて間合いを取り、ドラゴンを牽制しながら声をかけてくる。


「トーカ、そこから指示出来るか?」

「うん、大丈夫」


 しっかりと頷いて答えれば、透明な壁の向こうで戦う三人も頷き返してくれた。

 少し前に手に入れた攻略ノートには、聖域の森に出てくる面倒なモンスターについても書いてあったので、ディアヴルアルサーの攻略法と共に頭に叩き込んである。

 思ったよりずっとしっかりしていた過去の自分に感謝しつつ、桃花は口を開いた。


「ベルティスドラゴンは魔法を全部吸収するから、回復と補助以外の魔法は使わないで」


 言いながら、視線を巡らせて周囲の様子を観察する。

 道は狭くはないのだが、モンスターがあまりにも大きいので、倒木などの周囲の影響で怪我をしかねないからだ。

 そのままモンスターの弱点等を伝えれば、三人はそれぞれ了解の言葉を告げて戦闘に集中していた。

 その様子を隣で見ていたリジェットは、きっと見ているだけなのが不満なのだろう、つまらなそうに唇を尖らせて溜息を零している。


「マジで戦うのは三人だけなんだな」

「〝舞台(ステージ)〟と同じだね」

「そうなの?」


 リジェットの隣でしゃがみ込んだピティの言葉に驚いて顔を向ければ、ミーティアがにっこり笑って教えてくれる。


「そうだよ。〝舞台(ステージ)〟では三人しか戦闘に参加出来ないの。全員が倒れたら、またやり直しするよ」

「そうなの……、でも、声が届いて良かった」


 六人で戦えば戦力は上がるけれど、一斉に動かれても視野を広く見る事が出来ないので、これはこれで良いのかもしれない。

 そう考えながら、桃花が息を吐き出して前を見ると、ドラゴンが獲物を品定めするように首をゆらゆらと振らしている。

 やがてじりじりと間合いを詰めるヴァレンに標的を定めると、鋭い爪で襲いかかってくるけれど、ヴァレンはタイミングよく避け、その隙を狙ってアイトが短剣を振りかざして叩きつけている。

 かなりの硬さがあるようで、顔を顰めて身を翻せば、距離を取って片手を振りながら痺れを緩和しようしているらしい。

 その間にもベルティスドラゴンは勢いをつけて尾を振り、ヴァレン達を跳ね除けようとするが、その隙をついて攻撃を避けつつ、細かく攻撃を加えていく。

 アイトが軽やかに動いて翻弄しているので、敵は苛立ちからか羽をばたつかせ、そのまま勢いよく噛みつこうとしているが、反対からヴァレンに鼻先を切りつけられて呻き声を上げていた。

 細い瞳孔の瞳で睨みつける敵は、足を踏み鳴らして地面を揺らすと、突然身を守るように身体を丸めている。


「体を丸めて羽を震わせた直後は強力な攻撃が来るから、防御して!」


 桃花がそう声をかけると、敵は空気を取り込むように大きく開けた口から空気を吸い込み、ぴたりと動きを止めた瞬間、竜巻にも似た突風を吐き出している。

 周囲の木々が嫌な音を立てて薙ぎ倒されているけれど、風も砂埃も透明な壁に阻まれ、桃花達までは届かなかった。

 それでも、ヴァレンとロジクがアイトを後ろに庇うように攻撃を防御しているのを見ていると、焦燥感から思わず両手を握り締めてしまう。

 あまりにも強い攻撃に関しては避ける事は難しく、防御するのが一番ダメージが少なくて済むのだけれど、やはり傷ついている所を見るのは心苦しく感じてしまう、と桃花は思う。

 すかさず回復を行なっているアイトが狙われないよう、ロジクは敵を引きつけた。

 腰を低く落とし、サーベルを構えたロジクが素早く突進し、無数の突きを繰り出すと、敵が怯んでのたうち回っている。

 その間にアイトに回復魔法をかけて貰っていたヴァレンがロジクと交代すると、腰を落とし、敵の頭を目掛けて振り抜いた刀から赤い衝撃波を放つ。

 耳を押さえたくなる程の声を上げたモンスターが身体を震わせると、やがて力尽きて大地に横たわり、ヴァレンが刀を鞘に戻すと同時に、煙のように霧散して消えている。

 そうして三人の無事が確認出来た事で、桃花は深く長く息を吐き出した。

 手がかりを探しに行く間、何度も繰り返し戦闘場面を見てきたけれど、この緊張感は、いつまでも慣れそうにない。


「トーカ、もう壁みたいなのなくなってるよ」

「うん、ヴァレン達の所に行こう」


 空中で手をひらひらとさせていたミーティアが言うので、桃花は頷いて、戦闘をしていた三人に駆け寄って「お疲れ様」と声をかけた。

 三人は然程疲れた様子もなさそうで、服についた砂埃を払っていたり、笑顔で手を振っている程だ。

 聖域の森での戦闘は初めてだというのもあって緊張していたけれど、この様子ならば注意して進んでいけば大丈夫だろう。


「先に進めるか?」

「うん、気をつけていこう」


 ヴァレンの言葉に頷くと、全員は白い森の奥へと慎重に進んで行った。

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