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 アイトの家はテラスハウスの一角で、イズナグルの人達が住む居住区の側にあり、海側に近いせいか、朝早くから人が活動している音がする。

 昨晩、桃花はアイトと共にクトリア達の家から此方に移動してから早めに休んでいたのだけれど、いっぺんにたくさんの事があった為か、目が覚めると身体が酷く重く感じていた。

 白い壁紙の部屋は六畳ほどで、普段ならばアイトが使っている部屋らしい。

 シージェス達がいつ戻ってくるか分からないから、と自らの部屋を明け渡してくれたアイトには本当に頭が上がらない。

 アイトの部屋は微かに甘い花のような香りがして、小花柄のカーテンがかかっていたり、ドライフラワーの入った瓶の中に淡い光を灯してあるライトが置いてあったり、真っ白なウィングバックチェアが置いてあったり、可愛いものが好きな人の憧れような部屋だ、と桃花は思う。

 自分が住むには少し可愛らしいけれど、色味をナチュラルにすればこういった部屋も良いかもしれない、と天井を眺めてぼんやりしていると、流石に身体の重さが異常な気がして、桃花は身体を起こそうとしたのだが、片側だけが何故か動かない。

 ぎょっとして首だけを動かすと、腕に何かが巻き付いている。

 突然の事に、ばくばくとする心臓を落ち着かせるように深呼吸をし、視線をゆっくりと下げていくと、亜麻色の柔らかそうな髪が見え、どうにか少しずつ身体を動かしながら顔を寄せれば、それはすやすやと眠っているミーティアだった。

 いつの間にベッドの中に入ってきたのだろう、と桃花が深く息を吐き出して上体を起こせば、ううん、とミーティアが小さな声を発しているが、起きる様子はない。

 きっと、イズナグルでずっと動き回っていたのだろう。


「お帰りなさい。お疲れ様」


 彼女を起こさないようにそう呟いて、桃花は小さく笑った。



 ***



「アイト、おかえり」


 リビングに入ってきたアイトに気がついて桃花が声をかけると、彼女は青い瞳を大きく瞬かせた。

 落ち着いた雰囲気のリビングは、テーブルセットとソファーくらいしかないけれど、自室同様、ランプや花をセンスよく飾ってある。

 その隣はキッチンで、狭いけれど食器や調味料などが綺麗に整えられている。

 朝起きてからアイトを見かけなかったので、きっと外に出ているのだろうと考えてキッチンに篭っていたのだけれど、やはり予想通りだった、と桃花は作業の手を止めてアイトを見た。


「起きてたの?」

「うん。何だか目が覚めちゃって」


 紺色のワンピースに柔らかそうなベージュのニットカーディガンを羽織った彼女は、リビングまで漂う香りに気づいたらしい、柔らかく微笑むと、小花柄のカバーがかけられたソファーに腰掛けている。

 キッチンは昨晩アイトから好きに使って構わないと言われてあるし、食事を作ったり片付けをしたので、ある程度勝手はわかる。

 あたたかな飲みものを淹れて差し出すと、ありがとう、とアイトは白いカップを両手で包んでほっとした顔をしていた。


「ミーティアも帰ってきてたよ。ベッドに潜り込んでた」


 そう言うと、アイトはこめかみに指を当てて頭を振っている。


「ごめんなさいね。たまに寝ぼけて人のベッドに入り込んでくるの」

「ううん。疲れてたんだろうし、潜り込んできたのがいつなのか分からなかったから平気だよ」


 自分の分の飲みものも用意すると、アイトの側へと足を向けた桃花は、苦笑いを浮かべてそう答えた。

 アイトが家で常備しているのはメロウローストティーで、すっとする香りの青い紅茶だ。

 いつもなら薄いコーヒーのようなクラフトマーガレットティーを飲んでいるから、何だか不思議だと思いながら、桃花は彼女を眺めた。

 耳や指先がうっすらと赤いのは、外に出ていたからだろう。


「トリエンシア社や居住区の様子を見てきたんでしょう? どうだった?」


 そう聞くと、アイトは息を吐き出し小さく頷いている。


「被害が大きくないから、帰宅出来る人には帰宅させてるわ。また被害が出る可能性があるから、病人や家に戻るのが不安な人には残ってもらっているけれど」


 アイトの話では、イズナグルの人々が住まう居住区でも、壊れた場所の補修や警備の強化などが進められていて、住民達も少しずつ落ち着きを取れ戻しているらしい。

 昨晩の様子では皆誰もが疲弊しきった顔をしていたが、一晩経過し、日常に戻ろうとしている様子を実感して、少し落ち着いてきたのかもしれない。

 良かった、と胸を撫で下ろしていると、アイトは表情を和らげて、美味しそうな匂いね、と言うので、桃花は慌ててキッチンの向こうを見た。


「キッチン勝手に借りちゃってごめんね。朝ごはん作ってみたんだけど」

「本当? 助かるわ。お腹空いていたの」


 嬉しい、と言ってくれるアイトに笑みを零せば、リビングの扉がゆっくり開いた。


「アイト、おはよう。トーカも、いるの?」


 ぼさぼさ頭で白い寝巻き姿のミーティアは、完全に開ききらない目をしぱしぱと瞬きさせながら、ゆったりした足取りでリビングに入ってくる。

 まるで子供のような姿に桃花は驚いて口元に手を当てるけれど、アイトは然程驚いた様子がないので、きっといつもの事なのだろう。


「ミーティア、起きたのね」

「お疲れ様。疲れたでしょ?」

「うん、疲れた、お腹空いたよ」


 困ったように笑ったアイトが、顔を洗ってらっしゃい、と言うと、ふらふらとソファーの背もたれに頭を預けて眠ってしまいそうなミーティアは、生返事を返して動かずにいたので、見かねた桃花は濡れたタオルを用意して彼女に渡してあげた。

 擦るようにタオルで顔を拭くミーティアを見かねたアイトは、タオルを手にしてそっと顔を拭いながら、イズナグルでの事を問いかけている。


「あっちももう平気だよ。もうちょっといたかったけど、シーくんと部下の人達が無理しちゃ駄目って言うから帰ってきたの」


 欠伸を零しながらのミーティアは、真夜中に帰ってきていたらしい。

 眠そうに目を擦ろうとしているのを、アイトが緩やかな動きで止めていた。


「心配しているのよ。ミーティアもすぐ無理するもの」

「シーくんよりはしないよ」

「ふふ、そうね」


 アイトがミーティアの顔を拭い、髪を梳かしている間、桃花はキッチンに戻り、止めていた作業を再開して、出来上がった朝食をリビングテーブルへと運んでいく。

 香りに気がついたらしいミーティアは嬉しそうに顔を綻ばせていて、子供のように問いかけている。


「朝ごはん、パンケーキ?」

「うん。アイトとミーティア、食べ物の好みが違うでしょう? だからこっちの方が良いかと思って」

「ありがとう」


 助かるわ、と零しているアイトは、ミーティアの前髪を編み込みにしながら苦笑いを浮かべているので、食べ物の好みが違う同居人がいるというのは大変な事もあるのだろう。

 勿論、二人は楽しそうに髪飾りを選んでいたりしているので、楽しい事も沢山あるに違いない。

 まるで仲の良い姉妹のような様子を微笑ましく思いながら、リビングに朝食と飲みものを用意すると、丁度二人も身支度が終わったらしく、三人で食卓を囲んだ。

 ミーティアに用意したパンケーキには大量に常備されたハニードロップの蜜を添えて、アイトには炒めた卵とチーズを乗せてある。

 ミーティアは早速ハニードロップの蜜を皿から溢れそうになるまでたっぷりパンケーキにかけていて、アイトにやんわりと止められて頰を膨らませていた。


「今日から皆で行動するんだよね?」


 一口大に切ったパンケーキを頬張ったミーティアの問いかけに、昨日皆で相談した内容を思い返しながら、桃花は頷く。


「うん。もう手がかりも一つだけだし、手がかりを見つけたら直ぐ聖域の森に向かおうと思う。余裕があれば一度休んでから行きたかったんだけど」


 流石にこれ以上の被害が出てしまったら、と考えると、一刻も早くディアヴルアルサーを倒しに行くべきだろう。

 パンケーキに落としたハニードロップの蜜が、皿の淵にゆっくりと流れていくのを眺めながら、震えてしまいそうな指先を誤魔化す為に、桃花は白いカップを両手で包んだ。

 メロウローストティーのすっきりした香りが、甘いパンケーキには丁度良いけれど、何だか胸元が少しすうすうとする。

 その様子を見てか、アイトが気遣わしげに言葉をかけている。


「聖域の森はクトリア達の家があるから、辛いようなら休ませて貰いましょう」


 その方がトーカも安心でしょう?

 そう問いかけられて、桃花は小さく頷いた。


「ありがとう。クトリア達の負担にならないのなら、一度くらいゆっくり話せると良いんだけど」


 聖域の森を守護をするのが二人の大きな使命なのだから、扉の前で話くらいは出来そうだが、果たしてどうなるのだろうか。

 不安な気持ちはあるけれど、今は自分が出来る事をしなければ、と桃花が考えていると、ミーティアはことりと首を傾けて笑っている。


「とりあえず、最後の手がかり見つけないとね」

「うん」


 桃花は頷いて、パンケーキを一口頬張った。

 甘い味が口の中いっぱいに広がって、舌にこびりついているように、いつまでも残っている。

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