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ふがいなさ

 騒ぎが起きてからずっと作業に追われていたが、落ち着いた時には既に夕暮れを過ぎていて、橙の空にうっすらと夜の色が滲んでいる。

 ミーティアを除いた全員で一度合流してから、予め決めていた明日からの予定をどうするか相談した結果、今日一日は皆随分と疲弊してしまったのでゆっくり休み、明日から予定通りに行動すると決めた。

 相談を終えて解散すると、桃花はホエイル達が帰ってくるかもしれないから、と家へと帰る事にしたのだが、心配だからとアイトが家へと送ってくれていた。

 少し肌寒い空気が満ちた帰り道を歩いていると、まるで初めて会った時のようだ、と桃花は思い、隣を歩くアイトを見た。

 街頭に照らされた横顔は流石に疲れが見えるが、それでも彼女は柔らかく笑っている。


「コーニャとフィルハさんを助けてくれて本当にありがとう。二人は此方に来たばかりで慣れていなくて」


 頰にかかった髪を指で避けながらそう言ったアイトに、桃花は苦笑いを浮かべて首を振った。


「ううん。アイトが近くにいてくれて良かったよ。私一人じゃ不安にさせるだけだったから」

「そんな事ないわ。フィルハさん達、とても嬉しかったって言っていたわよ」


 アイトはそう言ってくれるけれど、彼女達があんなにも安心した顔をしていたのは、間違いなくアイトが築いてきた信頼関係に寄るものだ、と桃花は思う。

 自分は目の前の事で精一杯なのに、と考えて眉を下げて笑うと、街頭が照らす道に頼りない影が映っているのが目に入って、桃花は思わず視線を逸らしてしまった。

 舗装のされていない道路は小石が混じっていたり、土が盛り上がっているところがあって少し歩き辛いが、家に近づいてきたのを感じさせられる。


「アイトは凄いね。しっかりしてるし、疲れてるのにこんな風に送ってくれたりしてくれて」


 突然の事に混乱し、目の前の事にさえ直ぐに対処しきれない自分とは明らかに違う、と桃花は苦笑いを浮かべた。

 だって、こんな時でさえ、家に帰ったらいつものようにクトリアやホエイルが待っているんじゃないか、と期待してしまう。

 深く長く呼吸を繰り返すと、隣で小さく笑う気配がするので視線を向ければ、アイトは困ったように笑っていて。


「そんな事はないわ。あたしはお父様や周りの人達に助けて貰っているから、随分楽をしてるもの」


 それに、と付け足して、アイトは顔を俯かせながら、静かに青い瞳を瞬かせた。

 憂うように揺れる長い睫毛の先が、街頭に照らされてうっすらと光っている。


「何かしていた時の方が、考える暇がなくて、落ち着くものよ」


 そう言われて、桃花は静かに頷いた。

 今日一日、不安になりながらも作業を続けていく内に、随分と冷静になれたものだ。

 身体は疲れてへとへとなのに、それでも絶え間なく動いてしまったのは、そんな不安を少しでも留めておきたくなかったから、かもしれない。

 風が木々を揺らす音と二人分の足音だけが薄暗い道に響いていて、まるで現実に戻った時のようで少しだけ目眩を感じながら歩いていると、アイトがぽつりと呟いた。


「それに、今日だってヴァレンがいてくれなかったら、あたしは何も出来なかったかもしれない」


 その発言に、桃花は言葉を失って隣を見ようとしたが、止めた。

 自らの至らなさが悔しくて、悲しくて、やりきれなくて、どうしようもない気持ちが、その声には滲んでいたからだ。

 彼女がそんな風に自らに不甲斐なさややるせなさを感じていたとは思ってもみなかったので、桃花は驚いてしまい、どう声を掛けていいか分からずに、はくはくと口を開閉してしまう。

 その様子に彼女は苦笑いを浮かべると、気にしないで、と言ってくれた。

 騒ぎがあった時、ヴァレンは真っ先にアイトに避難誘導や怪我人の治療をしたり、トリエンシア社に応援を頼むよう指示を出すと、直ぐにモンスターを倒しに向かって行ってしまったらしい。


「彼は正しいと思った事を迷いなく出来る人だから。だから時々、どうしようもなく自分が不甲斐なく感じるの」


 真っ直ぐに向けられた赤い瞳を思い出して、桃花は、そうだね、と頷いた。

 そういう人はとても強いのだ、と桃花はよく知っている。

 身体の中心に真っ直ぐな芯があるから、何があっても曲げられないし、曲がらない。

 だからこそ余計に自分と比べてしまうのだ、と。

 ねえ、と拙く呼びかけた、アイトは足を止め、両手を握り締めていた。

 そのほっそりとしていて長い指先が白くなっているのを見て、桃花は思わず彼女の顔をじっと見つめてしまう。

 唇を緩く噛み、震えた息を吐き出した彼女は、何故だか泣き出しそうな顔をして笑って、いて。


「本当はね、ヴァレンの隣に並んで恥ずかしくない存在になりたくて、今の事業を始めた、って言ったら……、軽蔑する?」


 真っ直ぐに向けられた青い瞳を静かに瞬かせて、問い掛けてきたアイトの質問に、桃花は大きく瞬きをすると、小さく笑って口を開いた。


「寧ろ安心する。その方が納得出来る動機だから」


 ヒロインだから、ゲームの中で生きる人だから、もっと清らかで神聖な想いから始めた事なのかと思わなくもなかったが、意外にもちゃんと人間味のある理由で、少しほっとした、というのが桃花の素直な気持ちだ。

 その言葉に、アイトは瞳を瞬かせて「そう?」と不思議そうに問いかけているので、桃花はしっかりと頷いた。


「もっと高尚な理由だったら単純に凄いなって尊敬するけど、そういう理由なら頑張れって応援したくなる」


 笑ってそう答えると、彼女は頭をことりと傾けて少しだけ考える素振りをすると、肩を竦めて小さく笑っている。


「頑張れ、って思ってくれてるの?」

「うん。思うよ」


 だって、きっとそれだけで、彼女は何処までも強くなれる人だから。

 その白くなった指先を桃花がそっと解いてやると、しっとりとしているのに、とても冷たかった。

 アイトは少し気恥ずかしそうにしていたが、また足を踏み出すといつもの調子を取り戻して笑っている。

 軽やかに歩いていく彼女の後ろ姿は、頼りなくも小さくも見えない。

 子供の頃から好きだった、可愛くて優しくて、少し意地っ張りなヒロインのままだ。

 ねえアイト、と呼びかけると、彼女は少し首を傾けていて。


「私も、あんな感じだった?」


 トリエンシア社で出会った、イズナグルから来た親子を思い出して、桃花はアイトに問いかけた。

 知らない場所に放り出された不安から怯え、自分を守る為に目一杯身体を縮こませて、何も受け付けずにいる姿を外側から見た時、こんなにも頑なで触れにくい存在だったとは思わなくて、少し驚いたものだ。

 アイトは少し思案に耽ると「ちょっと違うわ」と言って、小さく笑っている。


「何だかとても淋しそうで……、そうね、とても小さな子供みたいだった」


 以前も小さくなって消えてしまいそうだとか言っていたような気がしたが、それはそうした意味合いで言ってたのだろうか。

 考えて、桃花がアイトを見つめると、彼女は不思議そうに頭を傾けている。


「もしかして、それでいつも甘やかせてくれるの?」


 アイトとロジクに関しては特にそう感じていたのだが、ミーティアのようにどこか子供扱いされていたのなら、納得が出来る。

 そう思って聞いてみたのだけれど、彼女は大きく眼を瞬かせると、口元に手を当てていて。


「ふふ、そうかもしれないわね」


 悪戯に笑う彼女に、桃花は肩を竦めながらも、つられて笑ってしまった。

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