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もしかしたら

 少しずつ確実に、足を踏み出す度に騒ぎは大きくなっている。

 街の中心であるトリエンシア社のビル近くまで近づくと、逃げる人々の波の中で、懸命に声をかけてその流れを誘導している人達がいた。

 黒い服に黒い帽子を被っているので、トリエンシア社の社員達なのだろう。

 その中に目立つ髪色の少女を見つけて、桃花は思わず手を振って彼女に呼びかけた。


「アイト!」


 彼女は安堵の表情を浮かべると、近くにいた黒服の男性に声をかけてから、桃花達の側まで駆け寄った。


「トーカ、良かった。無事なのね」


 手を握り締めて彼女は笑うけれど、その手があまりにも冷たくて、桃花は思わずアイトを見る。

 しっかりしてはいるけれど、彼女も一人の女の子だ。

 幾ら平気そうな顔をしていても、毅然な態度を取っていたとしても、緊張感や不安感はあるに違いない。

 握る手のひらに少し力を込めて頷くと、彼女は困ったように笑っている。


「良かった、リジェットとピティも一緒なのね。三人共、怪我はない?」


 確かめるように皆を見回したアイトがそう言うと、リジェットもピティも頷いている。


「なあ、これどうなってんだ?」


 リジェットが問いかけると、アイトは少し俯き加減で口を開いた。


「街の中にモンスターが入り込んでいるの。今はヴァレンとロジクが対応しているわ」


 トリエンシア社も協力しているそうで、話をしている間にも武装した黒服達が、慌ただしく動き回っている。

 その異様さにリジェットは眉を顰め、ピティは不安そうに肩を縮こませいていた。


「今まで街中まで入って来なかっただろ?」

「みんな、大丈夫なの……?」

「モンスターはそれほど強いものじゃないわ。ただ、少し数が多いのと、今まであまり街中で出て来なかった分、人々の混乱が酷いの。どうにか落ち着いてくれると良いのだけど」


 ピティを安心させるように小さく笑いながらそう言ったアイトは、けれど、疲れたように深く長く息を吐き出している。

 パニックに陥った人達を落ち着かせる、というのは気力を消耗する上に、彼女は怪我人の治療まで行なっているので、余計に疲弊してしまうのだろう。

 桃花がミーティアやヴァレン達の事を聞けば、彼女は顔を曇らせて緩く頭を振った。


「ミーティアはイズナグルに行ってるわ。あっちはモンスターの活発化に合わせて災害も起きていて、怪我人が大勢いるみたい」


 その言葉に、皮膚がざわめくように震えてしまう。

 大した事はないというリーヴァの街でさえこの状況なのだから、大きな被害が出ているイズナグルは、想像を絶する程の被害なのかもしれない。

 思わず胸元を握り締めると、アイトがゆっくりと背中を撫でてくれている。

 この世界に放り出されてすぐの時のように、確かなあたたかさが伝わってくるけれど、不安は拭える事はない。

 その様子に、リジェットは気まずそうにアイトへ顔を向けている。


「その、聖域でも何かあったってよ。ホエイルが〝(ゲート)〟使って消えちまったらしい」

「そう……。トーカ、突然で驚いたでしょう」


 悲痛そうな面持ちでそう言ったアイトの言葉に、桃花は小さく首を振った。


「クトリアとホエイルは二人一緒にいる筈だから、大丈夫だって信じてる。だから、私はこっちで出来る事をするよ」


 寧ろそれしか出来る事はないのだから、と自分に言い聞かせるようにそう言うと、ありがとう、と掠れた声で呟いたアイトが、しっかりと抱き締めてくれる。

 花のような香りと優しい体温が目の前を揺らがすけれど、今はするべきことがあるのだから、と桃花は頷いて顔を上げた。

 頭を優しく叩かれて顔を向ければ、リジェットが軽く笑って手を振っている。


「俺はヴァレン達の応援に行ってくる。それが済んだらまたこっちに合流すっから」

「わかったわ。三つ先の大きい道路にいると思うから、気をつけてね」

「そっちもな!」


 駆け出していくリジェットに手を振ると、ピティも両手に力を込めて握り締めている。


「ぼく、工房の人達に応援頼んでくる! どこに避難してもらえばいいの?」

「トリエンシア社の本社ビルが開放されているから、そこにお願い。慌てて転ばないように気をつけてね」

「うん!」


 アイトの言葉にピティも元気よく駆け出していて、桃花はアイトを見た。

 ヴァレン達が自主的に行動出来る、というのなら、桃花自身が指示を出す必要はないのだろう。

 それならば、現状を把握しているアイトの手伝いを優先的にした方がいい、と考えて問い掛けると、彼女は黒服の一人を呼んで少し話をしてから、桃花に向き直った。


「本社で避難した人に毛布や食料を渡す準備をしているのだけど、人手が足りないみたいだから、トーカはそちらを手伝ってくれる?」


 あたしの名前を出せば聞いてくれる筈だから、と言うアイトに、桃花は確かめるように彼女の言葉を反芻し、小さく何度も頷く。


「わかった。途中で避難先がわからなそうな人には声をかけておくね」

「ありがとう。助かるわ」


 気をつけてね、と手を振るアイトに手を振り返して、桃花は本社のビルへと駆け出していた。



 ***



 本社ビルのロビーには慌ただしく動き回る人々や途方に暮れてしゃがみ込む人々がいて、桃花は一瞬戸惑いを感じたものの、頭を振ってやり過ごすと、近くの黒服の男性達に声をかけた。

 アイトの手伝いで来た事を申し出ると、話がいっていたようで、彼らは喜んで大きな備品室に連れて行ってくれる。

 怪我人や病人を優先的に、避難した人々をそれぞれ解放された部屋へ通していき、部屋に通した人から順番に毛布や食料を渡していくらしい。

 人数と品数を教えて貰い、間違いのないように備品を取り出すと、紙に数を記入をして部屋へと運び出し、そこから部屋で避難している人々へそれらを分ける役割の黒服達に手渡しながら、互いに数を確認してからまた用紙に記入をしていく。

 何だか過剰在庫や季節商品の返品作業に似ているな、と思いながら黙々と作業をしていると、少しずつ、現実との境目がわからなくなってしまう時があり、けれどそれは不快ではなく、騒がしかった気持ちを妙に落ち着かせてしまう。

 初めは覚束なかった作業も次第に淀みなく出来るようになり、その内、ある程度外での騒ぎが収まったのか、行き来している間に通るロビーでアイトやヴァレン達の顔も見かけるようになり、桃花は安堵の溜息を零しながら作業を続けていた。

 少しずつ人手も戻ってきたので、それぞれの部屋で物資を手渡す作業をして欲しいと言われ、桃花も大きな会議室のような場所で避難している人達に毛布を手渡していた。

 部屋にはパーテーションのようなものはなく、各々家族や知人などで固まっていたり、一人で心細そうにしている人もいる。

 一人一人声をかけて毛布を手渡していると、部屋の隅で女性が蹲りそうな程に俯いて何かを抱いているのを見つけて、桃花は頭をことりと傾けた。

 具合でも悪いのだろうか、と毛布を持って近づくと、驚かせないように静かに声をかける。


「お休みの所、失礼します。こちらの毛布をどうぞ」


 女性はびくりと身体を硬らせると、抱えているものを庇うように、ほんの少しだけ顔を上げた。

 笑顔を作り、悟られない程度に彼女を観察すると、抱えていたのはどうやら三歳程の幼い子供のようで、不安そうに女性にしがみついている。


「寒くはないですか? 足りないようでしたら、もう少し毛布を持ってきますよ」


 子供も一緒にいるのであれば、もう一枚くらい毛布を足しても問題ないだろう、と考えてそう言うと、彼女は直ぐに首を振った。


「いえ……、大丈夫です。ありがとう」


 もう関わって欲しくない、と言わんばかりの態度でそう言った彼女に、桃花は何故だか違和感を感じたが、パニックを起こされて騒ぎになっても困るので、何か困った事があったら気軽に声をかけて下さいね、と引き下がろうとしたのだが、ふと子供の真っ直ぐな瞳と視線がかち合って、桃花はじっと見つめ返してしまっていた。

 女性が子供と避難をしていて、不安になっているのは当然だろう。

 母親ならば、この状況から子供を守らないといけない、と考えるだろうし、他に家族がいないのなら尚更、これからに不安を覚える筈だ。

 けれど、何故だか自分に近しい何かを感じて、桃花は思わず口を開いてぽつりと呟いていた。


「あの、貴方、もしかして、イズナグルの……?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、彼女は眼を見開き、怯えたように身体を縮こませている。

 イズナグルの人々は見た目で此方の世界の人々と見分けはつかない。

 だから、本当に何となく、ただの勘でしかなかったのだが、まさか当たっていたとは、と桃花は驚いて、彼女達を見た。

 警戒心を露わにした彼女は、ぶるぶると震えながらも、幼い子供を引き寄せてしっかりと抱き締めている。

 此方の世界でイズナグルの人々が迫害されていたり、差別を受けている、といった描写がゲーム内で出てくる事はなかったが、自分が知らないだけで何かがあったのかもしれないし、ただ単に未知の世界に対する恐怖心からかもしれない。

 どうしようか、と頭を悩ませながら考えると、ロビーで見かけたアイトを思い出し、桃花は声を潜めて彼女達に問いかけた。


「アイトはご存知ですか? 私の仲間なんですけど、良かったら呼んできましょうか?」


 その言葉に、女性の瞳が揺らぎ、縋るような表情で見上げてくる。


「……ア、アイトさんを知っているんですか?」

「はい。此処にいてもらえますか? さっき近くにいたから、呼んできます」


 良かった、と胸を撫で下ろして彼女に動かないように言い聞かると、桃花は急いでロビーへと向かった。

 アイトはこの世界でも珍しい髪色をしているので、遠くにいても直ぐに目立つ。

 大きな声を出したり慌てている様子を見せると、避難をしていた人を刺激してしまうような気がして、桃花は至って落ち着いた素振りでアイトに近づくと、声を潜めて先程の部屋で起こった事を彼女に説明をした。

 アイトはそれを知るとさっと顔色を変え、直ぐに部屋に向かったので、桃花は慌ててその後ろからついて行った。


「コーニャとフィルハさん、よね?」


 部屋に入り、呼吸を整えたアイトは女性達に近づくと、静かにそう問いかけた。

 その途端に、怯えていた女性も抱えられた子供も嬉しそうに笑顔を浮かべている。


「良かった。この騒動で行方がわからないって聞いて、心配していたのよ」

「すみません、この子がパニックになって飛び出してしまって……」


 イズナグルではこういった騒ぎはよく起きていたから平気だったのに、と言った言葉に、桃花は此処に来たばかりの事を思い出して、彼女の怯えように納得していた。

 それどころか、彼女達は自分より余程辛い状況から此処へ来たのだ。

 理解した気持ちでいたけれど、自分が逃げていた間に、こうして傷ついている人がいたのだ、と愕然としてしまう。

 向こうではそれ程酷い状況だという事も、此処ではそれだけ安心して過ごせていたという事も知らずにいたのだな、と改めて思い知らされて、桃花は思わず唇を噛み締めた。

 アイトが一時的にでも彼等をこちらの世界に避難出来ないか、と悩んでいたのは、そういった事もあるのだろう。


「いいえ、此方こそごめんなさい。貴方達に怖い思いをさせてしまったわね」


 そう言って、アイトは二人を部屋の外へ誘導しながら、彼女達が住む場所の事を桃花に教えてくれた。

 イズナグルの人々は此方の世界に来た後、基本的にはリーヴァの街の中に作られた、居住区と呼ばれる地域で暮らしているらしい。

 本来なら出入りには厳しい審査が必要だそうだが、中は小さな街のようになっているようで、其処での暮らしは聞いている限りでは特別閉鎖的でもなさそうだった。

 今回は近くでモンスターが暴れた影響で、本来なら閉鎖されている入り口が空いてしまい、そこから子供が飛び出してしまったそうだ。

 話している内にビルの入り口近くまで来ると、気づいてくれてありがとう、とアイトは柔らかく笑っている。


「私はこの人達を居住区に送っていくわね」

「うん。気をつけて」


 元気よく手を振る小さな子供と、何度も頭を下げている母親に小さく手を振りながら、桃花はその姿が見えなくなるまで見送った。

 空気が肌寒くて、鼻先が少しだけ、痛い。

 もし此処が本当に自分の夢の中の世界で、もし現実で起きられずに眠ったままでいたのなら、誰かがこうして傷ついているのだろうか、と桃花は考えて、唇を噛み締めた。

 両親は心配をしているだろうか。

 友人達は、どうだろう。

 大分疎遠になってしまっているし、随分と長く休んでいるから、職場ではどんな扱いになっているのだろう。

 でも、もしかしたら、少しくらいは心配してくれる人がいるのだろうか。

 アイトが二人を見つけた時のように、自分が見つかる事を望んでくれる人はどれくらいいるのだろう。

 目蓋を閉じると、ひんやりとしているけれど、心地良い。

 戻れるのかも戻りたいのかも、今でさえわからないのにね、と誰にも聞かれないように呟いて、桃花は踵を返して元の場所へと戻っていた。

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