フールスの森
キュリスカの街は、ミーティアがイズナグルからこの世界に飛ばされて辿り着いた街で、彼女を拾い、育てた女性が住む場所でもある。
温暖な気候から、街の周囲には沢山の花々が咲き誇っていて、花畑の街とも呼ばれている。
此処へは手がかりを探す為に訪れたのだが、まさかゲームと同じようにパーティメンバー全員を二十四時間連れて歩くわけにもいかない上に、桃花自身の休息も必要なので、一日に行くのは一箇所だけ、パーティメンバーも三人ずつの交代制で回す事に決めている。
今回はヴァレン、ピティ、ロジクの三人で、ピティは後衛、他の二人は前衛として戦えるメンバーだ。
ロジクとピティに関しては擬似的な魔法が使えるが、回復魔法を使用出来るのはアイトとミーティアだけなので、今回は事前にしっかりとアイテムや傷薬なども確保している。
桃花自身も動きやすさを考えてパンツスタイルで纏めてきたが、比較的レベルの高いモンスターが出る場所ではないせいか、皆は普段と変わらない格好をしていた。
「此処から西に向かった場所だな」
「うん」
地図を確認しながら頷くと、赤と黒のチェック柄のシャツを羽織り、白いインナーとジーンズというラフな格好をしたヴァレンは、ブーツの紐をしっかりと結び直している。
「フールスの森の奥、だよね」
白いブラウスにカーキとブラウンのチェックが可愛らしいジャンバースカート、それにスパッツを合わせた格好のピティは、そう言って隣のロジクを見上げた。
「ええ、然程難しい場所ではありませんが、気をつけて行きましょう」
にこにこと笑みを浮かべるロジクは、黒のシャツにグレーのテーラードベストに揃いのスラックス、という到底戦闘には向いていなさそうだが彼に良く似合っている服装だ。
キュリスカの街を出て西に歩くと、フールスの森と呼ばれる場所がある。
森の最奥には隠し通路があり、そこを抜けると探している手がかりがある筈なのだ。
街の外は所謂フィールドマップと呼ばれる場所になるのだろうが、見果たせない程に広い上に整備されていない自然で溢れ、舗装されていない道は石や雑草が酷く、気をつけていないとすぐに転びそうになる。
先を歩くヴァレン達は何の問題もなく歩いているが、桃花を気にしてか、歩調は然程早くなく、しっかりと周囲を確認しながら歩いていて、隣にいる最年少のピティでさえ軽やかに歩いている。
きっと自分がいなければもっと速度を上げているだろう、と慌てて足を進めようとするけれど、そうなる事を見越してか、あまり急ぐとモンスターに狙われますからゆっくり歩きましょう、とロジクが咎めてくれていた。
申し訳ない気持ちではあるけれど、足を引っ張っているのは確かなので、せめてこれ以上の迷惑をかけないよう、桃花は素直にその優しさに甘える事にしている。
そうして十分程歩くと見えたのは鬱蒼とした森で、ゲームで見ていたような爽やかな風景とは程遠いものだった。
現実的に考えてみれば、明るく開放的な森だなんて自然公園やキャンプ場といった、人の手が入った場所くらいなものだろう。
森と言えばゲームや漫画ではよく出る場所ではあるけれど、こうして実際に目にしてみると樹海に踏み入っていくようなものなのか、と桃花は少し気が引けているが、皆は僅かな躊躇もなく踏み入っていった。
ヴァレンとロジクを先頭に、後方にいる桃花はピティの側にはいるが、戦闘時に邪魔にならないよう、近寄り過ぎずに歩いていく。
鼻腔の奥深くまで届く深い緑の香りと、生い茂った草花や枯れた枝葉で埋め尽くされ、曲がりくねった木の根がぼこぼこと現れている地面は、歩きにくいけれど立ち仕事で培った体力の為か、息は然程上がらない。
ピティの側ではぐれないよう、けれど焦らず慎重に歩いていると、先にいたヴァレンの足がぴたりと止まる。
不思議に思って斜め後ろから見える彼の輪郭を眺めていると、その視線の先に、黄色の三角帽子を被った白くて丸い動物が跳ねていた。
キャップラットという、初期に出てくる一番弱いモンスターだ。
ハムスターのようなつぶらな瞳に丸みのある体型という可愛らしい見た目から、ファンの中でも特に人気のモンスターで、ぬいぐるみのグッズでも出ていれば、桃花もきっと購入していただろう。
そんな高揚する気分と困惑した気持ちで眺めていると、すぐ側で白い光が現れ、桃花はぱちぱちと瞬きを繰り返した。
目の前には、刀を収めたヴァレンと、煙のように霧散していくキャップラットの姿がある。
「もう大丈夫だよ、トーカお姉ちゃん」
あまりの事に絶句していると、おずおずとピティが顔を覗き込んでくるので、怖がっているように見えたのだろうか。
「あ、ありがとう……」
折角出会えたのだからもう少しだけ見ていたかった、と密やかに思った桃花は力なく笑っていた。
***
出てくるモンスターのレベルが低いせいか、戦闘になってもものの数分で終わってしまう為、指示を出すという意味ではあまり参考にはならないけれど、ずっと観察している内に、桃花にも三人の戦い方が少しずつわかるようになってきていた。
大体の攻撃パターンは、まずピティが銃で追い込んでから、ロジクがサーベルを素早く何度も突き出して攻撃を加え、怯んだ所をヴァレンが引き継いで止めを刺して倒していく、というもので、慣れているのか連携がとても上手い。
落ち着いているメンバー同士だからか、無駄がなく互いのフォローも的確だ。
魔法は然程使用していないので、実際に見る魔法がどんなものかはわからないけれど、三人の中でも魔法を使用するのはロジクだけ。
攻撃・補助魔法も使用する事が出来るのだけれど、サーベルが武器であり、前衛もこなせる為に、レベルの低いこの場所では魔法を使う意味があまりないのだろう。
そもそも、この世界では、一般的に言う魔法というものを使える者はいない。
使用できるのはイズナグルで生まれた者だけであり、ヴァレン達がいる世界では、エネルギーの塊である宝石を埋め込んだ装飾品を身につけると使用する事が出来るものである。
パーティメンバーの中で魔法が使用出来るのはイズナグル出身のミーティアと、擬似的な魔法が使用出来るロジクとアイトだけだ。
満遍なくキャラクターを使用していた桃花にはあまり不便さは感じていなかったが、ゲーム上で使用するキャラクターを固定しない為の措置なのかもしれない。
一緒にゲームをしていた友人の男の子は少し面倒そうな顔をしていたっけ、と考える、桃花は息を吐き出して、少しずつ重くなってきた足を踏み出した。
朝から森に入り、現在太陽が天辺に登って来た辺りなので、かれこれ二時間近く歩いている事になるのだけれど、目的である隠し通路が一向に見つからない。
通路を隠す為、不自然に大きい岩の塊が邪魔をして通行出来ない場所があった筈だが、ゲームで見ていた画面と実際の森の風景では、あまりにもかけ離れていて参考にもならないのだ。
地図はあるが、ゲームのように詳細なものがある筈もなく、自動にマッピングしてくれるわけでもない。
目印になりそうなものもないので、迷わないように方角を確認しながら地道に探していくしかないのだけれど、流石に慣れない場所を歩き続けていたので、少しずつ蓄積してきた疲れが滲み出てくる。
そうした桃花を気遣ってか、先を歩いていたロジクは足を止めてヴァレンに声をかけた。
「少し休憩しましょう。流石に疲れたでしょう」
「す、すみません……」
慣れていない事を見透かされたのだろう、と桃花は肩を落として謝るが、周囲を確認し、大きな樹木の側へ皆を誘導しているヴァレンは、緩やかに首を振っている。
「いや、水分補給もした方が良い。此処で少し休もう」
「ぼく、チョコレート持ってきたよ。皆で一緒に食べよう?」
「良いですね」
ピティやロジクも気遣ってくれているのがわかり、桃花は困ったように笑って頷いた。




