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手合わせ

 帰宅したクトリアを加え、皆は聖域の状況を聞いた上で、手に入れた手がかりの本やロジクが持っていた地図をテーブルに広げ、今後のスケジュールや目的地等を細かく決めていた。

 アイト達と合流するまでは比較的弱いモンスターが出る場所へ行き、合流次第、少しずつ困難な場所へと向かう、という方向性で話はまとまった。

 確実にモンスターが出る場所を訪れる前に、ヴァレンとクトリアが手合わせをしている所を見て参考にしてみよう、と桃花は思ったのだけれども、いざ庭で始まった戦闘を見て、思わず膝を抱えてしゃがみ込んでしまった。

 仕事を始めたばかりの頃、先輩の社員に何かわからない事はあるかと問いかけられる事があったけれど、はっきり言って、今まさにその時ひっそりと思っていた言葉が口から零れている。


「何が起きているのかがわからないし、何がわからないのかもわからない……」


 運動が得意なわけでもなく、動体視力が良いわけでもなく、反射神経がいいわけでもない。

 極めて平均並の、もしくはそれよりやや劣っている程度の自分が、戦闘に特化している人物に指示を出すという事は、やはり無謀な事ではなかろうか、と頭を抱えてしまいたくなる。

 隣で一緒に様子を見ていたリジェットは肩を竦めていて、ホエイルは苦笑いを浮かべている。


「あんまり落ち込まないで、トーカ。お兄とヴァレンの手合わせじゃ、ほとんど参考にならないから気にしなくて良いよ」


 そう言うと、腰に手を当てて小さく息を吐き出してから、二人に向かって叫んでいる。


「もう、二人共! ちょっとは手加減しないとトーカが困ってるよ!」


 彼等の戦闘はあまりにも速すぎて眼で追う事さえ難しく、参考にならないというホエイルの言葉の通りである。

 ヴァレンは日本刀を使うキャラクターであり、鞘に収まった状態の刀を構え、素早く抜いて攻撃を行う、所謂、居合いのような攻撃を得意としている。

 身のこなしもしなやかで、軽やかなその動きは見ていて気持ちがいいが、あまりの速さについて行けそうにない。

 この俊敏さに慣れる日が来るのだろうか……、とやや諦め気味に桃花は地面を見つめるけれど、挫けようがいじけようが、やらなければならない事はやらなければならないのだ、と何度目になるかわからなくなりそうな溜息を吐き出した。


「悪かった」

「つい力が入った」


 二人は困ったように笑ってそう言っているので、悪気があったわけではないのだろう。

 わかってる、という意味を込めてひらひらと手を振ると、ホエイルが頰を膨らませて二人に注意をしている。


「参考にならないからもう少しゆっくりやってね!」

「わかった。気をつける」


 そう言って再び向き合ったクトリアは、サバイバルナイフに似た、小さいけれどしっかりしたナイフを手にしている。

 聖域の森に行っていた時に持っていたのは弓と大剣だったけれど、その時にもあのナイフに似たものを携帯していたような気がする、と桃花はぼんやりと思い出した。

 案外何でも使えるのだろうか、と考えて見つめている、二人は初めこそゆっくりと剣を打ち合っていたいたものの、次第に熱が入っていったのか、再び動きが速くなっていく。

 右、左、右、と刀を振るヴァレンは果敢に攻めていくけれど、クトリアはそれを軽く返している。

 ヴァレンは一度身を引くと刀を鞘に収め、柄に手をかけたまま深く身体を沈み込ませると勢いよく抜刀していて、その速さは瞬きすら出来ない程。

 ともすれば、クトリアの身体を勢いよく斬りつけてしまいそうだ。

 けれど、クトリアはいつもと変わらず平然とした顔で刀を弾き、ヴァレンもその動きをわかっていたのか、楽しげに笑うと、そのまま何度も斬りつけていった。

 金属を弾く甲高い音が続き、刀を大きく振り被ったヴァレンの腕をクトリアが掴むと、そのまま捻って上に上げ、体制を崩した足元をすかさず蹴り飛ばしている。

 思わず眼を瞑り、顔を背けてしまいたくなるけれど、桃花は震える手を強く握り締めて、どうにかそれを堪えていた。

 戦闘に慣れなければならない、とはいえ、やはり身近にいる人達が怪我をする所を見るのは、どうしたって、怖い。

 吹き飛ばされたものの、直ぐに地面に手をつき刀を持ち直したヴァレンは、楽しげに口端を引き上げて笑っている。


「ホエイルの注意、全然聞いてねえじゃん……」


 頭の後ろを掻いたリジェットがぼやいているが、その隣でホエイルは溜息混じりに同意していた。


「うーん、この調子ならリジェットの方が適任じゃない?」


 眉を下げ困った顔をしたホエイルがそう言うと、リジェットは渋面を浮かべて首を振っている。


「絶対やだ。組手になったらクトリアが一番こえーもん!」

「そうなの?」


 武器を持っていた方が強そうなのに、と桃花が首を傾けて問いかけると、ホエイルは頷いて話をしてくれる。


森人(もりびと)の一族はね、いざって時の為にどんな武器でも使えるようにならないといけないし、武器がなくなったら素手でも戦えるようにならないといけないの。だから、最終的に素手の時が一番本気になっちゃうんだよね」


 ホエイルは困ったように笑ってそう言っていて、それを聞いたリジェットはうんざりした顔をして頭の後ろを掻いていた。

 この様子ではホエイルも同じなのだろうけれど、そんな凄まじい戦士のような姿を、あまり想像をしたくはない。

 リジェットは暫く二人の戦う姿を眺めていたが、ふと思いついたように顔を上げて桃花を見た。

 手合わせを続けている二人が強く地面を蹴ると砂が舞い広がるので、眼を細めながら彼は言う。


「さっきも言ってたけどさ、ディアヴルアルサーの場合はそいつの行動に合わせて攻撃方法が変わるんだろ?」

「うん」

「それって、通常の戦闘とはわけが違うんじゃねえ?」

「多分、そうだと思うよ」


 そろそろ痺れてきた足を見かねて立ち上がり、服の裾についた汚れを払って桃花は頷く。

 この世界では倒し方が違う、といった事になっていればいいが、手がかりを手に入れる時の様子からしてみても、そうはいかないように思えて仕方がない。

 指示を出すという事は、状況を把握し、最適な行動をしなければならないのだ。

 戦闘の状況を把握する事さえ難しい今、それは果てしない目標にも思える。

 これに慣れる日が来るのだろうか、と不安になる桃花の目の前で、刀を弾かれたヴァレンが膝をついているけれど、瞬きの合間には立ち上がり、果敢に立ち向かっていく。

 主人公はいつだってどんなに絶望したって、逃げたって、やっぱり立ち上がれるひとなのだ、とぼんやりと桃花は思う。

 自分には決してなれないいきものであり、自分では決して出来ない生き方だ。


「なら、とりあえず軽いボス級のモンスターを倒しに行きゃあ良いんじゃね?」


 一石二鳥だろ、とリジェットは悪戯に口端を引き上げて笑ってみせた。

 安易で楽観的な考えに、桃花は思わず眉を顰めるが、これはこれで、彼なりの励ましなのかもしれない、と考え直して小さく笑った。

 何事も知らなかった事から始めるものだし、少しずつでも知っていけば、それも笑い話になる日が来るのかもしれないのだから。

 肩を竦めてみせると、彼はあっけらかんと笑って言う。


「習うより慣れろ、って言うだろ?」


 リジェットも大概だな、と呆れて、桃花は溜息を吐き出した。

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