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飛空艇

 スティルクス・トリエンシアから貸して貰った手帳には、流石に家族の写真までは入ってはいなかったが、その中身はよくあるスケジュールを書き込む為のものではなく、ただ走り書きを書き留めておくメモ書きのようなもので、読み慣れない言語の羅列がびっしりと敷き詰められるように書かれている。

 内容はさっぱり理解出来ないが、書かれている内容が何なのかを、しかし桃花はよく知っている。

 ディアヴルアルサーの居場所に関する手がかりを探す為のヒント、という回りくどい事極まりない情報だが、これがなければフラグが立たず、手がかりが見つけられないのだから仕方がない。

 それにしても、と、桃花は手帳を閉じながら考える。

 アイト達には自由に移動できる手段である〝(ゲート)〟があるので問題ないのだが、それを使う事が桃花だけはどうしても出来なかった事が、一番に落ち込む出来事だった。

 特殊能力が使えたり、チートで無双でハーレムだったりだとか、そういった事は全く求めてはいないけれど、それにしたって、自分だけが足を引っ張るような事ばかりだ、と溜息が量産されてしまう。


「私も〝(ゲート)〟が使えれば良かったんだけど、ごめんね」


 トリエンシア社を出てのんびりと歩きながらそう言うと、隣のアイトは緩やかに首を振った。


「気にしないで。この街で暮らしていると、〝舞台(ステージ)〟以外に〝(ゲート)〟を使う事はないし、飛空艇があるなら不便ではないわ。それに、ピティはとても喜んでくれる筈よ。あの子はあの飛空挺——バヴァルダージュ号が大好きだし、頼られるのを嬉しく思っているみたいだから」


 リーヴァの街中は煙を吹いた配管が這い回り、派手な看板を取り付けたビルが沢山建っていて、海とは離れた反対側にはトリエンシア社の工場が密集している地帯がある。

 その一角には倉庫が並び、一際大きな倉庫の中には社長個人が所有している飛空艇が保管してあるそうだ。

 其処で作業をしているというピティと話をする為に、桃花はアイトと共に訪れたのである。

 ピティはトリエンシア社長から個人で所有している飛空艇の様子を見るよう頼まれていたらしく、数日前からリーヴァの街に滞在しているらしい。


「ピティのお爺様はとても優秀な技術者で、お父様の所有する飛空艇もピティのお爺様が作ったものなのよ。お父様は彼をとても信頼していて、工房を受け継いだピティにもこの飛空艇の整備をお願いしているの」


 アイトはそう教えてくれたが、一流企業の社長に個人的に頼まれる程の天才的な腕を買われているのならば、先日の彼女が悩んでしまったあまり、男装を試みたり泣いてしまったりしたのも、そのプレッシャーから来るものであり、致し方ない事なのだろう、としみじみ桃花は思った。

 工場地帯に入り、言われていた通りの倉庫に辿り着くと、中ではオレンジ色のつなぎを着た男性達が忙しなく働いている。

 社長の所有している飛空艇は大きなアーモンド型の飛行船のような形をしていて、巨大なプロペラや銀色の船体が鈍く光っていた。

 飛行機と同等の大きさなのかもしれないが、飛行機のように余計なものを取り払ったシンプルな機体とは違い、あちこちに取り付けられた部品の多さから、倍以上の大きさに感じられる。

 動き回る男性達の中心、真剣な顔付きで指示を出しているのは先日会ったピティで、来訪者に気が付いた彼女は、皆に声をかけると直ぐにあどけない顔立ちで入り口まで走り寄ってくる。


「ピティ、お仕事中にごめんなさい」

「ううん、大丈夫だよ」


 こんにちは、とお辞儀したピティは、ゲームと同じオレンジ色のオーバーオールを着ていて、腰につけた作業用のポーチには沢山の工具が入れられているが、その表面には花の形をしたアップリケが取り付けてある。

 被っている大きなサイズの帽子にも大きなリボンが付いているので、やはり可愛いものが好きなのかもしれない。


「今日はどうしたの? 社長さんの飛空艇、見に来たの?」


 にこにこと笑いながらピティが問いかけてくる姿を見ると、戦いに加担してくれとは言い難くなってしまう、と桃花は躊躇うが、先程彼女が作業をしていた時に見せていた顔は、確かに彼女が幼くか弱い少女というだけではない事を証明していたし、パーティメンバーとして戦えるだけの強さを持っていると感じられたものだ。


「実は、ディアヴルアルサーを倒す為にピティや皆の力を借りたいんだ。手がかりを探す為に、ピティの持ってる飛空艇……、バヴァルダージュ号も借りたいんだけど、大丈夫かな?」


 問い掛けながら、微かに胸底が震えて緊張感が身体中に満ちていく。

 けれど、ピティは大きく眼を瞬かせて、嬉しそうに言うのだ。


「ぼく? ぼくも、一緒に行っていいの?」

「うん、ピティが居てくれたら安心だし、実は私、〝(ゲート)〟を使う事が出来なくて。ピティと飛空艇がないと何も出来ないんだ。お願い出来るかな?」

「任せて! バヴァルダージュ号はとっても丈夫だし、工房の皆もとっても頼りになる人達ばかりなんだよ!」


 アイトが言っていたように、ピティは頼られる事が嬉しいらしい。

 これだけの仕事を任され、飛空艇を操縦出来る上に戦闘もこなせるというのに、彼女はとても謙虚だ。

 周囲の人々にも大切にされているのは先日の件でも見て取れたものだし、少しずつ自信を持っていければ良いのだけれど、と思いながら、桃花は「ありがとう」と返事をした。


「行き先は、どこになるの?」


 そうピティに問い掛けられ、桃花は暫し思案する。

 この後は世界中から手がかりを集めなければならないが、戦闘をしなければならない場所が少なくない上に、桃花自身は飛空艇に乗る事すら初めての事である。

 参考になるかは定かではないけれど、飛行機は数年前に旅行で三、四回乗った事がある程度だ。

 乗り物酔いの経験がないのが幸いだが、果たして飛空艇という未知の乗り物に耐え切れるだろうか、と一抹の不安がある。

 慣れるとしたならば戦闘のない場所で、飛空艇に乗る時間が短い場所の方が良いのだけれど、と考えて、桃花は首を傾けた。


「それなんだけど……、ピティ、天空図書館ってすぐ行ける距離かな?」

「天空図書館?」

「え? もしかして、それも記憶がない?」


 呆然とした顔で見上げてくる大きな緑色の瞳がゆっくりと瞬くと、ぎゅうと閉じられる。

 どうしたのだろうか、心配になって隣を見れば、アイトも片手でこめかみを押さえ、身体を強張らせていた。


「二人共、大丈夫?」


 突然の事に慌てて二人を交互に見守るが、彼女達は互いに不思議そうに首を傾げていて。


「平気よ。ごめんなさい、記憶はあるにはあるのだけど、少し変な感じがして……」

「ぼくもちょっとくらくらした……」


 天空図書館は、ディアヴルアルサーの手がかりを入手する場所の一つだ。

 関連した場所の情報を得ようとすると、何か影響があるのだろうか。

 二人は痛みを感じたわけではなく、立ちくらみのような違和感があるだけだ、と言うので安堵したが、こうした事で制限がかけられるのは理不尽だ、と桃花は嘆きたくなってしまう。

 そうした鬱屈した思いを払拭するように頭を振ると、ピティは帽子を被り直して口を開いていた。


「あのね、天空図書館ならすぐ行けるよ。あそこにはロジクおじいちゃんがいるから、飛空挺の飛行訓練も兼ねて、数日おきに物資を届けに行ってるもの」

「ロジクが? 本当?」


 ロジクは最年長のパーティメンバーで、トリエンシア社を立ち上げる時に社長を支え、その後はアイトの世話係をしていた男性だ。

 物腰が柔らかく、穏やかで知識が豊富な紳士であり、昔はピティのようにおじいちゃんと言っていたものだが、すっかり年齢が上がってしまった今、両親と変わらない年齢の男性をそう呼ぶには些か抵抗がある、と桃花は思う。


「ロジクは本がとても好きだから、あの場所をすっかり気に入ってしまって、ずっと籠っているのよ」


 アイトはそう言って、呆れたように溜息を吐き出している。

 ゲーム内の彼女とロジクは一緒にいた時間が長いので、過保護気味な保護者と反抗期な娘のような間柄だったが、それは此方でも変わらないらしい。

 不思議と他のパーティメンバーには出会えていたのに、彼だけは見かけなかったのは飛空艇でしか行けない場所にいたからか、と桃花は肩を竦めた。

 ロジクに会える事が出来ればパーティメンバーを全員集める事が出来るし、手がかりも手に入れられる。

 何も悪い事ばかりではない筈だ、と半ば言い聞かせるように考えていると、工房のスタッフがピティを呼んでいる。


「今日は此処の仕事があるから無理だけど、明日からならいつでも行けるよ」

「じゃあ早速明日から動きましょうか」

「そうだね。二人共、よろしくね」


 うん、と嬉しそうに笑っているピティが手を振って作業に戻るのを見送りながら、桃花は手を振り返した。


「アイトとミーティアは引き継ぎがあるだろうから、暫くそっちに専念した方が良いよね」


 天空図書館では敵が出ないので戦闘にはならない、とはいえ、何があるか分からないものだし、アイト達は行っている事業をトリエンシア社に手伝って貰うための引き継ぎ作業がある。

 回復役がいないのは痛手だが、アイテムを使用すれば良いのだし、アイト達が行っている事業は大きいものだ。

 恐らく数日間は合流出来ないだろう、と考えて桃花がそう言うと、困ったように眉を顰めたアイトは頷いていた。


「そうね、こればかりは申し訳ないけれど」

「ううん。なるべく戦闘しなさそうな所から回っていくから、あまり根を詰めて無理しないでね」

「ええ、ありがとう。それで、あの……」


 アイトは言いながら、急にそわそわと両手を重ねて握り締めたり、爪を弄ったりしていて、不思議に思って首を傾けると、慌てて「明日の同行者なんだけど」と話が口をついて出ている。


「その、ヴァレンとリジェットなら同行を頼んでも大丈夫だと思うから、私の方から言っておくわね」


 忙しい中で他のメンバーに連絡を取るのは大変ではないだろうか、と心配したけれど、メンバーの名前を聞いて、桃花はすっかり合点がいった。

 ヴァレンに会う口実が出来たのだから、彼女が喜ばない筈がない。


「わかった。よろしくね」


 微笑ましさに笑みを浮かべてそう言うと、彼女は頰を赤らめて頷いていた。


 ***


 見上げたバヴァルダージュ号はトリエンシア社が所有している飛空艇より一回り小さいが、真っ白な船体は綺麗に磨かれ、青空の下では一層眩く見える。

 すっきりとした機体に反して、後方に取り付けられた部品やプロペラは多い。

 画面越しからは見慣れているけれど、実際目にした飛空艇は感動よりも圧倒されてしまう気持ちの方が大きく、桃花は暫く呆けたまま眺めてしまった程だ。

 リーヴァの街の入り口に停泊した飛空艇の側には、オレンジ色のツナギを着た工房の人々が木箱に入った荷物を運び込んでいたり、何らかの部品を確認していたり、忙しなく働いている。

 桃花は胸元を押さえて小さく息を吐き出すと、彼らの側へと駆け寄った。

 おはようございます、と声をかけると、オレンジ色のツナギを着た工房の人達は気さくに挨拶を返してくれた。

 作業をしていた男性達の一人は、桃花が挨拶をすると中へと案内してくれる。

 頼りなさげなタラップを上って中に入ると、思っていたよりも明るくひんやりとしていて、独特の金属やオイルのような、こもった匂いが漂っていた。

 エンジンを動かしているのか、靴底から微かに振動が伝わり、歩く度に音が響く金属の床に内心怯えながら周囲を見回すと、作業をしている男性達の邪魔にならない程度に挨拶をしながら更に奥へと進んでいく。

 ゲームでは見る事のなかった船内の一部は、所々に小さな赤いランプが取り付けられたり、何かの注意書きのような貼り紙が壁に貼り付けてある。

 あちこちに視線を向けている間にコクピットまで辿り着いたらしく、桃花は目の前に広がる光景に、思わず小さく歓声を上げた。

 コクピットは見慣れていた通りに前面が硝子張りになっていて、パイプやコードが壁に張り巡らされており、様々な計器が至る所に設置されている。

 一見すると雑然としているようだが、よく見るとしっかりと動線を考えて整理されているらしい。

 完全にファンタジーの乗り物でしかない飛空艇の、その構造は全く理解出来ないけれど、確かに見慣れたゲームの世界だ。

 嬉しくなって中を見回していると、後ろから聞き覚えのある声がかかった。


「トーカ?」

「何してんだ?」


 振り返ると、オーバーサイズの派手な黄色いジャケットに黒ベースの迷彩Tシャツと黒のサルエルパンツという、相変わらずちゃらちゃらとした格好のリジェットが大きな欠伸を零しながら歩いてくる。

 その隣には、赤と黒のチェックジャケットに白いパーカー、黒いデニムパンツというラフな格好をしたヴァレンがいて、作業をしている人達に挨拶をしていた。


「二人共、おはよう! 今日はよろしくお願いします!」

「ああ、よろしく」


 高揚した気分で元気よく挨拶をすると、リジェットは少し呆れたように、ヴァレンは片手を上げて挨拶を返してくれる。

 アイトから大体の事情を聞いていたらしく、二人と話をしても全く戸惑った様子はない。


「天空図書館へ行くんだったな」

「うん。アイト達は変な感じがしたって言っていたけど、二人は平気?」


 アイトとピティは立ちくらみのような感じがした、と言っていたので少し不安に感じていたのだが、二人は然程問題ないようで、至って平気そうだ。


「別に。ちょっと変な感じしたけど」

「特別身体に異常が出るわけではないからな」

「そっか。でも、無理しないでね」


 違和感がある程度ならば然程問題はないだろうが、皆が倒れたり怪我をするのは見たくはないので、桃花はそう返事をしておいた。

 三人で暫く話をしたり船内を眺めていると、より一層慌ただしい足音や声がコクピットの外から響いていて、工房のスタッフ達を連れたピティが帽子を被り直しながら中に入ってくる。


「こ、こんにちは。えっと、今日は、よろしくお願いします」

「こんにちは。こちらこそよろしくお願いします」


 はにかみながらそう言ったピティが頭を下げるので、桃花はその微笑ましさに笑みを浮かべて同じように頭を下げた。


「お姉ちゃんは、飛空艇乗るのは初めてなんだよね?」

 

 問い掛けに、実際見るのも初めてなのだけれど、と声にしない言葉を飲み込みながら、桃花は頷く。


「初めての人は特に酔いやすいから、ちゃんと席に座って、しっかり捕まっていてね」

「うん。ありがとう。ピティが一緒だから心強いよ」


 飛行機ならば兎も角、飛空艇は完全にファンタジーな乗り物だ。

 この重量のものが飛ぶ事自体信じられないが、ピティ達が一緒ならば何とかなる、と思ってしまうのだから、不思議なものだ。

 桃花はそんな事を思いながら、忙しない鼓動を落ち着かせるように、大きく息を吸って吐き出していた。

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