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ポストヒューマンを頂戴

作者: 蒼月まりか


 

 20XX年、アメリカのある病院で、足の小指を持たない赤ん坊が一月に数十人産まれた。五本指の新生児も混じってはいたものの、そのほとんどが他の指に比べ未発達だった。この事件は大きく取り沙汰され国際的なニュースになったものの、その病院の医者及び研究者たちは至って冷静であった。足の小指などあってないようなものだ。将来的になくなることは想定内であった。人々は公害による憐れむべき奇形児なのではないかと大げさに嘆いたが、翌年の研究員たちの発表によればこれはむしろ祝福すべき人類の進化の第一歩であるらしい。

 事件から数年もすると、四本指の新生児が生まれるケースは万単位に上っていた。どんなに驚くべきニュースも、それが当たり前になってしまえば面白みもない。明日の天気を気にするほうが有益だとさえ思われ、人々はいつしか運命に流され始めた。

 四本指の子どもたちは、義足ならぬ義指をつけることも考えたが、前述したようにあってないような足の小指である。義指をつけることで皮膚が傷つくことのほうが心配され、無理に矯正しようとする考えはあまり広まらなかった。さあ、困ったことになった。スポーツ専門店や靴のメーカーは大慌て。小指分の余分なスペースを考慮した新しい靴を作らなければならない。五本指ソックスは差別の助長である!"ユニバーサル"デザインを意識され、五本指ソックスと四本指ソックスは二つ並べられて売られるようになった。

 そもそも、「奇形」という表現は旧式人間のつまらないエゴによるものではないだろうか。世界を見渡せば、一風変わった体質を持つ人間はそう珍しくない。彼らは差別の対象になりがちだが、同時に神格化される傾向がある。神の化身と崇拝され、幸福の象徴とされる話を聞いたことがあるだろう。従来の人類よ、とうとうポストヒューマンの時代に突入したのだ!存分に唇を噛み、野蛮な武器を持って抗うがよい。狂信的進化論主義者は過激な思想を安売りした。派手なアジテーション、短絡的なエモーション、これに乗るほど我らは馬鹿ではないと言わんばかりに無視を決め込む大人たち。しかし着実に、時代の雰囲気は傾きだしていた。

 

 いつしか小指を持たないものの人口が、持つもののそれを上回るようになった。少数派と化した人間は、自然と自らの小指を疎ましく思い始める。

 「誰にも内緒で小指を切除!早い!安い!安心!いつでも気軽にお電話を」

 胡散臭いポップ体のフォントで、宣伝を始める整形外科。

 二つ、四つ。

 

 「あーあ、明日から水泳の授業あるじゃん。裸足にならないといけないの、やだな。」

 「え、もしかしてY美……」

 「うん、生まれつき生えてるの」

 「ほんと?学年のほとんどの子は切っちゃったみたいよ。」

 「そうはいっても……」

 「いい病院紹介してあげる。これは治療なんだから、恥じることないわ」

 「ええ、そうよね」

 六つ、八つ。

 

 「君、気づかないふりをしていたけれどね、君。その足は良くない。親がうるさいんだよ……切除してくれたまえ」

 恋人たちの夜の語らいに、そんなセリフが交じることもおかしくなくなってくる。

 十。また、十。

 

 小指は負組、そんな価値観が蔓延し、見渡せば皆新しい。新しさが何なのかはわからないけれど、きっとあの事件から何かが変わったのだろう。

 本当は四本指の新生児の報告は、おおよそ十年前からパッタリと止んでいた。メディアは報道しないけれど、医療機関では有名な話だ。結局は一時的な突然変異に過ぎなかったのかもしれない。まことしやかに囁かれていた公害が原因だったのかもしれない。事件は真相を教えてくれないまま、ただ「新しさ」だけを根付かせて去っていった。何もわからない私は、ただ事実を書き記すのみである。しかし、それでも確かに、ポストヒューマンは存在したのだ。

 

 ここまで手記を書いてから、私は一息ついて飲用水に口をつけた。ああ、もう九時か。軟膏を塗る時間だ。

 よろめきながら立ち上がると、伏せっていた妻が声を上げた。

 「あ。あなた、塗り薬ならここに」

 「ああ、すまないね。お前も退院したばかりで疲れているだろうに」

 「お気になさらないで」

 「うん。どうだい、調子は」

 「私は随分持ち直しましたわ。でもねあなた、産まれた子がおかしいのよ。なんだか頭から角が生えてるみたいで……」

 

 

 

 

 

 

 

 

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