Expose
「Pretend」の続編。
前作の雰囲気をぶち壊すものになりますので、それでもいいとおっしゃるこころの広い方よろしくお願い致します。
前作を読まないと意味不明です。
取り出したる緑の瓶は雪輪紋様がトレードマークの佐渡の酒。
注ぐは紺に白丸が印象的な湯呑み。
ほら、公民館や食堂とかにあるあれだ、あれ。
「「やっぱこれだよなー!!」」
「はいはい、おさら」
箸と取り皿を手渡される。
カセットコンロに鍋が置かれ、火がつけられる。
煮込まれた鍋は丁度いい塩梅だ。
鍋に咲いた白い花をひとくちパクリ。
「「「鱧鍋、最高!!!」」」
3人でハモる。
あ、おやじギャグとか言わないで!
「お取り寄せしただけあるよね」
「これは絶品!」
「くぅ、この酒相性抜群!」
会話というより、もはや独り言レベルの感想を思い思いに言い合う。
……こんな未来を誰が想像できたって言うんだ。
そして俺は1年前の出来事に思いを馳せていた。
彼女が来なくなって数ヶ月。
いつもの時間、いつもの席。
もう二度と会わないだろうと思っていた彼女が現れました。
男を同伴して。
……なして?
彼女は俺を見つけるとぎこちなく
「お久しぶりです」
と言った。
あー、そだね。
お久しぶりすぎて不意討ちだったわ。
そんなことおくびにも出さず
「そうですね」
と返せた俺、偉い。
伊達に営業5年やってない。
「ここ、いいですか」
と聞かれれば、「駄目です」なんて言えないでしょ。
無言で同意を示せば、ひとつ空けた隣の席に着く。
以前、親しくしていた同僚がいた。
デートを重ね、プレゼントを贈り……キスもした。
そうして、満を持したプロポーズに返ってきた台詞は
「え?結婚??無理無理、無理!っていうか、私達付き合ってないよね」
そう、体のいい遊び相手だった訳だ。
その同僚はエリート社員と結婚して寿退社していった。
いつか俺の上司の奥さんとかになるのかもしれない。
そんなことを思ってしばらく落ち込みはしたけれど、程なくしてどうでもよくなった。
彼女と出会ったからだ。
でも、彼女に同じことをされたら絶対に立ち直れない。
そんな危険な橋を渡る位なら、ずっとこの関係を続けていけばいい。
そう思っていた。
まさかこんな男に横取りされるとは……
こんなことならダメ元でもなんでもいっときゃよかった。
彼女の連れはちらっと俺を見ると軽く会釈して
「マンハッタン……と、私はこちらと同じので」
と俺を横目で見てオーダーした。
マンハッタンはアメリカの有名女優が劇中で飲んだことで広く知られるようになったカクテルだ。
カクテルには花言葉のようにカクテル言葉がある。
カクテルの女王とも称されるマンハッタンは『切ない恋心』。
まだこういう場に馴れていないと言う彼女に俺が初めて奢った酒だ。
アルコール度数は結構高めで、口当たりの良さにつられて飲み過ぎた彼女を見てみたい、とか……すみません、少しありました。
でも、気持ちは本当だった。
彼女はこいつに話したんだろうか。
俺と過ごした時間を。
そしてわらったんだろうか。
そうは思いたくなかった。
彼女をそんな女だと、思いたくなかった。
ふたりの会話が漏れ聞こえるが、全力で聞かないようにする。
それでも彼女の耳元に顔を寄せ男が何事かを囁いていることには気付いていた。少し頷くと彼女は席を外し、それを見送った連れの男が話しかけてくる。
「お世話になっていたみたいで」
そう言いながら俺の知らない彼女の名前を口にする。
「いえ……」
軽く頭を振って目をそらす。
「あなたには感謝しているんですよ」
うるさい……
うるさい、うるさい。
お前が言うな。
そんな思いが頭の中でガンガンと鳴り響く。
戻ってきた彼女は下の名前で男に呼びかける。
「ちょっと、席はずして」
アイコンタクトで奴はテーブル席へと移動した。
「お久しぶりです」
「そうですね」
同じ会話を繰り返す。
俺は彼女を見なかった。
「あの、私お話ししたいことがあって……」
「……」
「実は私……」
結婚しますとかなら聞きたくない。
わざわざ言いに来んな。
イライラしている俺の耳に飛び込んできたのは
「入院してて……」
「はぁ??」
なにそれ。
え、って言うか
「大丈夫!?」
すっとんきょうな声で尋ねれば
「あ、はい。ちょっと胃を悪くしただけなんで、もう、なんとも。でもやっぱりお酒とかは、すぐには、難しくて……」
な、なんだ。
よかった。
ほっとして力が抜ける。
たぶん俺は、今それはそれは間抜けな顔をしていることだろう。
「あの、それで……」
「あ、はい」
毒気を抜かれた俺はそれ位しか反応できなかった。
「貴方の隣はまだ、空いていますか」
そう言われて真っ白になった。
「……えっと、彼は?」
テーブル席の男をチラッと見る。
「あ、弟です。病み上がりでここに来るのは心配だからって、付いてきてくれて。あと……」
しばし言い淀んで、それでも決心したように顔を上げる。
「もし駄目だったら、骨は拾ってやるって……」
泣きそうな笑顔だった。
その瞬間、愕然とした。
俺の大馬鹿野郎……
好意を持たれているのは気付いていた。
でもそれがどういう好意なのか、確信が持てなかった。
惚れた女に何言わせてんだよ。
暫しの沈黙の後、酒を呷り勢いよくグラスを置く。
「ロブ・ロイを彼女に!バランタインで」
バーテンダーが眉をクイッと動かし、どこか面白げに頷く。
ロブ・ロイ
マンハッタンのウイスキーをスコッチウイスキーに変えた、別名スコッチマンハッタン。
カクテル言葉は「あなたのこころを奪いたい」
いつも自分が飲んでる酒をベースとか、独占欲剥き出しの注文だ。
全力でいかせていただきます!!!
「いやー、あん時はおもろかった!姉ちゃんに聞いてキザったらしい野郎だと思ってたら、あれだもんな。詐欺だ、詐欺!!」
彼女の弟はゲラゲラ笑いながら言う。
やめてくれ、いたたまれん。
そう、彼女と出会った日、実は俺も初めてあの店に行った。
バランタインを注文したのは超絶有名な酒だったから。
ただそれだけ。
いつも飲むのは日本酒とダルマ。
干物や塩辛で一杯飲んで、後はバタンキュー。
そんなもんだろ、独身の男なんざ。
同僚の寿退社の日、俺は少しやけになっていた。
エリートがなんだ!営業成績は俺の方が上だっつーの。
そんな風に荒れていた時目に入ったちょとこじゃれた店。
出てきた二人連れがエリート社員と同僚に見えた。
俺だって!俺だって!!
よくわからん対抗心からドアを押した。
人生てっ奴は俺の予想はるか斜め上をいってくれる。
まあ、こっちのほうが俺の性に合っているんだろう。
あれから1年。
俺は営業で培った交渉術を駆使して彼女の両親を攻略した。
張りぼてだとはばれているのだろうが、まあそれなりに受け入れてもらっていると思う。
いや、思いたい。
あと数ヶ月で結婚式だ。
小リスのようだと思っていた彼女は、実は優秀だった。
招待状から引き出物。
あれよあれよと手配していく。
すでにもう頭が上がらない。
それが心地いいのだから、もう終わっている。
数ヶ月後には義弟となる男とベランダで煙草を咥える。
ふっと煙を吐き、消えていくその行き先を眺める。
「姉さん、頼むな」
「ん」
「ああ見えて脆いところ、あるからさ」
「知ってる」
食いぎみに返答すればあきれ顔で苦笑される。
弟だろうと彼女に関して負ける気はない。
と同時に彼女を大切に思っているのが自分だけでないこと、自分がこれから担うものを痛感する。
不思議だ。
その責任が嬉しいだなんて。
ひとしきり馬鹿話をして部屋に戻った。
はふはふと鱧を頬張る横顔を眺めていると、気付いた彼女が嬉しそうに微笑む。
はてさて、捕まったのはどちらやら。
俺の隣は自分の居場所だと君は言う。
それなら君の隣は俺が独占してもかまわない。
そういうことだろ。
それでもたまには待ち合わせよう。
いつもの時間、いつもの席。
ふたりが出会ったあの場所で。
昭和な人にしかわからないかな?解説
紺に白丸湯呑み 佐賀県肥前吉田焼、某製陶所の湯呑み。通称水玉湯呑み。
めちゃめちゃ可愛い。
バタンキュー バタンと倒れこんでキューッと寝てしまう様子。
ダルマ 某国産ウィスキーの愛称。団塊世代に支持されました。
テーマ曲「夜がくる」をはじめ、CM等が格好良い。
今も販売されています。
ベランダでタバコ 室内で吸うなと言われてベランダで吸う人続出。
通称ホタル族。今ではそれもマナー違反。