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幻獣使いでも精霊使いでも無い令嬢は平穏に過ごしたいのです!  作者: 豪月 万紘
第一章 公爵令嬢の平穏
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バースデーパーティー -2-

 パーティーが終わる頃には私は放心しきっていた。


リリアンナやメイド達にドレスを脱がされ、化粧を落とされ、されるがまま入浴を終えると眠気に襲われながら自室へ運ばれてきた食事を摂った。

スープと会場で食べた柔らかな肉はパーティーの最中であれば美味しく頂けたであろう。楽しみにしていた食事さえ億劫であった。


フォークが手から滑り落ちそうになったところをリリアンナが素晴らしい反射神経でキャッチしたのは残念ながら私はゆっくりと瞼を閉じてしまったらしく見られなかった。更に言うと、自分の手からフォークがすり抜けていったことも覚えてはいなかったのだが。


机の上にはメイドが用意した花瓶に先程まで髪飾りとして使用していた花々が挿してあり、それを見ているだけで疲れきった心が和んだ。


パーティー自体はとても良いものとなった。お父様も満足されていたし、お母様も私の立ち居振る舞いを褒めてくれた。どうやらお兄様は私がつまみ食いをしていた事を約束通り秘密にしてくれたみたいだ。


しかしお兄様が会わせたいと仰っていた方には驚いた。予め話せない方だったとはいえ、私の不安に苛まれた時間を返して欲しい。


 会場から離れた別室へ連れてこられた私は、部屋の前で恐怖と緊張に挟まれ指先まで冷たくなっていた。そんな私にお構いなくお兄様がノックをすると部屋の中からは女性の返答があり、少しの安心感を覚えた。


扉を開けると中には若くて美しい女性と、私と同い年くらいの男の子がソファーに腰を掛けていた。女性は銀色の小さな花が刺繍されたラベンダー色のドレス、男の子は女性のドレスと同じ色のマントを纏っており、マントはお兄様と似通ったデザインであったが更に高品質な生地を使っているのが見て分かる。都市部の貴族で、階級は恐らく上級貴族である事は間違いないだろう。


「貴方がグヴェンの妹ね…」


慣れたようにお兄様を下の名前で呼ぶ美しい女性は私を上から下まで、まるで値踏みをするかのように視線を動かした。その行為は普通に失礼だ。


カナリアの様な黄色の髪は緩やかに巻かれているがキリッとした薄紫色の瞳からは強気な性格が垣間見える。一件儚そうに見える容姿だがハキハキとした口振りから、芯が通った女性なのだろうと予想がついた。


彼らの身に付けている宝石やドレスから身分が高い事だけは分かったが、これだけの情報ではどう接して良いか分からない。私は隣に居るお兄様へチラリと目をやると、お兄様は咳払いを一度し、やっと彼らの紹介をしてくれた。


「ロレイン、こちらはフロリエンス王国第二王女、セレリア・フロリエンス王女。そして第二王子、エミル・フロリエンス殿下だ」


「…え」


驚きのあまり言葉を失い、私が呆然としているとお兄様が私の腕をコツンと押した。私は頭の整理がつかないまま、すぐさま片膝を床に着けもう片方の足を引き、王女、王子に最上級の挨拶を行った。


「ご、御無礼をお許し下さい。セレリア王女、エミル殿下。お初にお目にかかります。ロレイン・フェタリナーツェと申します」


お二人のお顔をじっくりと拝見してしまったし、なんという御無礼を働いてしまったか。これでは皇族への侮辱罪で裁かれるのでは…。


こんなことになるのならばお兄様に止められてもローストビーフをもっと頬張って置けばよかった。

そもそもお兄様から前もって教えて頂けていればこんな事にはならなかったのに!とお兄様を責めつつ自分がしてしまった失態に後悔する。もう床から目が離せない。


「顔を上げて頂戴、ロレイン。こちらの我儘を聞いてくれてありがとう」


「いえ」


王族への謁見など今までした事は無かった。成人した際には王都でパーティーがあるらしいが、それ以外は特にお目にかかることはまず無い。


建国記念日や王女殿下のお誕生日などは招待されない限り参加することもないのでご縁は無かった。

お話や絵画でしか王女や王子のことを知らなかったし、勿論お顔を拝見した事は無く…とはいえそれは言い訳にしかならない。


あぁ…私首斬りかな。それとも幽閉されてしまうのかな。お兄様助けて…。


泣きそうになるのを顔へ出さないように引き締めているが、もういつ溜めた涙がこぼれるか分からない。ただ今は粗相が無いよう振り絞って声を出している。お兄様は気が付いているのかいないのか、ずっと他所を向いたままだった。


「セレリア姉様。ロレインが怯えていますよ。だから止めようと言ったではないですか」


レモンイエローの髪が揺れ、夕暮れの夜空を思わせるタンザナイトの瞳は優しく私に微笑み、床に膝を付けたままの私に手を差し伸べた。


思わず手を借りようとしてしまったのだが途中でハッと我に返り、出した手を引っ込めようとしたのだがエミル殿下は引っ込め損ねた私の手を握りそのまま立ち上がらせてくれた。


「申し訳ございません。ありがとう存じます、殿下」


「いえ。こちらこそ突然の訪問、申し訳ない」


私より少しだけ背が高い殿下は私の一つ上の年齢だった気がする。まだ幼さを残したお顔ではあったが、内面はずっと大人びて見えた。国のトップの英才教育恐るべし。


「ごめんなさいね。グヴェンは私の文官で、妹さんには…ロレインにはずっと会ってみたかったの。そしたらバースデーパーティーがあると聞いたから、つい…」


「セレリア様は本当に…本当に活発な方でね…。お父様お母様には話していたんだけど、ロレインにはドッキリサプライズにしたい、とセレリア様が仰ってね…」


「そうでしたか…。本当に驚きました」


本当に、心臓に悪いので今後はこんな事は起きて欲しくない。ドッドッとまだ悪い心臓の動き方はしているが処刑は免れられたのだと胸を撫で下ろす。


そしてお兄様が今日パーティーに遅れた理由はこういう事だったのかと納得した。どう彼らを連れ出したのかは分からないが大分苦労したのだろう。顔色が悪いのは王女様のせいだろうか。


セレリア王女も私如きの顔が見たかったとは不思議な方だ。そう思って下さるのは嬉しいけれど、今回の行動は王族としては褒められたことじゃない。


両脇に立つ護衛四名では王族が二人も居るのに、これでは何かあっても守りきれないだろう。だからと言ってゾロゾロと護衛を引き連れていては、かえって悪目立ちする。


なんてちっぽけな私の思考なんかよりもお兄様ならばそれ相応の対策はしているのだろう。


そんな心配を他所に王女様はご機嫌な笑みを浮かべていた。カナリアの髪をサラリと撫でてから彼女は自信ありげに言った。


「誕生日だと聞いて、あまり選ぶ時間が無かったのですがロレインへ贈り物がありますの」


「そんな。こうして直接お会いできただけでも光栄ですのに…ご配慮ありがとう存じます、セレリア王女」


セレリア王女が従者に視線を送ると、従者は可愛らしいリボンが結ばれた箱を机にそっと置いた。


お兄様に視線を向けると開けるように、とでも言いたいのか首を縦に振る。さっきは目を合わせてもくれなかったくせに…。


私は手の震えを抑えながらリボンを外し、恐る恐る箱を開けると、中にはバイオレットの宝石が組み込まれたバレッタがキラキラと光を反射している。宝石の周りはよくある花や葉ではなく、細やかな細工…少なくとも私が見たままを口にするのは難しい珍しい柄だった。


ドレスの裁縫もとても素敵だったが、バレッタを作った職人は同一人物なのだろうか。このような繊細な仕事を行える職人は多くないだろう。私はもう装飾に釘付けだった。


「…気に入ってくれたみたいね」


「はい、とても」


ふふっ、と微笑み合うと先程までの緊張はいつの間にか溶けていた。それを見てエミル殿下もお兄様もホッとしたのか表情が柔らかくなってた。冷めきってしまったが、やっと美味しく紅茶が飲めそうだ。

そしてお兄様は思い出したかのように言った。


「あと、今夜お2人は我が家に滞在してもらう予定だから粗相がないように」


「…お兄様。それはお父様とお母様はご存知で…?」


「勿論。知らないのはお前だけだよ、ロレイン」



そういう訳で、彼らのサプライズは大成功だ。私が白目を剥いてしまいそうになるくらいに。


今夜は我が家に王家の方がお2人も滞在されているということでパーティー終了後、自室へ戻るまで今まで見なかった紫色のマントを羽織った何人もの従者とすれ違った。

この人数は一体どこから出てきたのだろうか…。


当然の如く厳重体制だ。お陰で我が家のメイドも執事も縮こまってしまい仕事がやりにくそうだった。夜も下手に動けば監獄送りになりそうで怖い。


我が家は田舎なだけあって土地は広く所有している。余らせた土地にどうせなら、とお客様用の別棟を建てていたので護衛の方々にはそちらで食事と就寝を行ってもらうことになっている…らしい。


交代制で仮眠や食事を摂るらしいので基本的に我が家に立ち入る護衛人数は変わらず多い。剣を携えた逞しい男性達がこれ程多いと、心做しか少し室温が上がった気がした。


セレリア王女から頂いたバレッタは金庫へしまいたい気持ちもあったが、明日も彼女に会う為身に付けない訳にはいかない。気に入らなかったのかと思われてはお兄様の立場もフェタリナーツェ家の立場も危うくなってしまう。


「…色々と考えると頭が痛くなってきました…」


疲労とストレスで困憊した身体を労わろうと、ベッドへ入り込み、瞼を閉じようとしたのだが部屋の窓から差し込む明るい月光が何だか気になった。


窓を開けてみると生暖かい夜風に体が包まれる。大きな満月は存在感を放つようにそこにあった。


だが裏腹に不思議と優しい月明かりは何とも寂しそうに感じられる。


でも、まぁなんて…


「なんて美しい満月」


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