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幻獣使いでも精霊使いでも無い令嬢は平穏に過ごしたいのです!  作者: 豪月 万紘
第一章 公爵令嬢の平穏
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バースデーパーティー -1-

 予定を詰め込んだ一週間というのは過ぎるのが早いもので、明日はもう私のバースデーパーティー。

会場の設営や食材の運搬で使用人達が奔走している中、私は今日もダンスの練習に励んでいた。


通常ならば、家庭教師の日と芸術レッスンの日は分かれているのだが、パーティーが近づくと同日に行うカリキュラムとなる。


スワンの授業の後にダンスレッスンが組み込まれるので集中力も体力も限界。


最近は入浴後リリアンナに髪を乾かしてもらっている間に意識が飛んでしまう。年齢が上がって行くほど仕方がないとは思うが年々パーティー前のレッスンがハードになっていくので、正直お父様が今回張り切っている状況に困っている。


ここ最近は特に森へ出掛ける暇もないので、お母様は上機嫌。

曲に合わせてワン、ツーと踏むステップはもう気力で動かしているみたいなものだ。


「さぁさぁお嬢様、明日は本番ですので集中して下さいね」


「…はい。ですがジョエル、流石に私も疲れました」


「そうだね…では休憩にしようか」


「くっ…終わりではないのですね…」


ニコリと色気交じりに微笑むジョエルに悪魔の触覚が見えるのは錯覚でしょうか。


ジョエル・シムズ伯爵はお母様の親族で、私のダンスの講師。茶褐色の髪に、水面を除く感覚に陥らせる水色の瞳を持つ容姿は整っており、性格は…私に悪戯をするような餓鬼…いや、顔面詐欺師だ。


だがこの性格は親族にだけ見せる姿らしく、外用に作られた性格と持ち前の容姿でメイド達から人気がある。

お兄様派かジョエル派かなんて派閥が存在するらしいけれど、絶対にお兄様の方が何倍も素敵です。


「…何か失礼な事考えていない?」


「まさか。そんな訳ないじゃないですか」


負けずに私も顔を作り微笑み返す。

用意されたレモネードを、喉を鳴らして飲むと少し気分が安らいだ。

さて、あともうひと頑張りだ。



***


 バースデーパーティー当日。


パーティーは夕方から開催予定なのだが私は朝から体中を綺麗に洗われ、パックにエステにネイルに忙しかった。


ただ大人しくしていれば良いのだがそれはそれで疲れる。

パックの間、人が居なくなった時を見計らって森の妖精達が綺麗な花を持ってきてくれた。


その時は目を開けられなかったので見られなかったが、誕生日だからと私の瞳と同じバイオレットの花を摘んできてくれたみたい。なんて名前のお花なのかしら。


「リリアンナ、この花を髪飾りと一緒に付けることはできるかしら」


「かしこまりました。綺麗な花ですね…妖精からですか?」


「そうなの。さっき持ってきてくれたみたい」


「ロレイン様は本当に妖精から愛されておりますね」


愛されている、は語弊かな。私は彼らに愛されてなんていない。好かれているだけ。


多分中央の精霊騎士達の方が精霊に愛されている。

彼らに会ったことは無いけれど、そういった部署が出来たくらいなのだからきっとそうなのだろう。


精霊の力を借りて戦うなんて私のちっぽけな脳みそでは一体どういうものなのか想像もできない。手から炎とか出せたりするのだろうか。



午後のティータイムは支度で抜かされ、日が傾き始める頃にはパーティー参加者の馬車が続々と到着しだした。

私も準備が整い、会場へ入場する時間まで部屋で待機している。


後ろで結わえた髪には妖精達から頂いたバイオレットの花とシルバーのアクセサリを装飾してもらい、胸元にお花が沢山散っている藤色のドレスを纏っている。ボリューミーで、重めなドレスは落ち着かない。動きにくいし、裾を踏まない様に意識して歩かないと。


メイド達が朝から頑張ってくれたお陰でお肌も髪もツルツル。それに加えリリアンナがこだわったフローラルの心地良い香りが全身を包んでいる為、今日は普段の比にならない位令嬢らいと思う。


「ロレイン様、そろそろお時間です。会場までお願い致します」


「分かったわ」


使用人は会場へ駆り出され、人気のない静寂な廊下には履き慣れないヒールの音がカツカツと響く。その後ろを、疲れを一切見せることなくリリアンナが付いてくる。


今日は一番疲れているはずなのに私の侍女として頑張ってくれている。そんなリリアンナや皆のために私、頑張るからね!気合を入れて歩くとリリアンナにもう少しお淑やかにお歩き下さいと注意されてしまった。


会場前の扉では私をエスコートするためお父様が待機していた。右手には、私の瞳の色と同じバイオレットの宝石が輝いている。嬉しいけれど、この年になってもまだ娘を溺愛していると自身で公表していてもいいのだろうか。


差し出された腕に手を添え、腕を組むと優しく微笑み″お誕生日おめでとう″とお父様は私の耳元で囁いた。こんなことをしているから他のご婦人からの人気が覚めないのね。


「ありがとう存じます。ですがお父様。外でこのような事はしてはいけませんよ」


「…うん。気を付けよう」


何の事だか分かっていないな。そんな私達のやり取りにメイドは静かに笑い、一息置くとキィ…と扉を開けた。


私達が入場すると、会場の目が一斉にこちらへ向く。緊張はしていない。毎年参加して下さるお友達に、お父様のお取引相手様、お母様のお友達。内輪の集まりみたいなものだ。


緊張よりも毎年面倒に思うのが爵位順の挨拶回り。こんな山に囲まれた辺鄙な所まで足を運んで下さった皆様にはきちんとお礼を言わなければならない。それが一番大変なのだ。


お父様のお取引様には今後の我が家の家計にも関わるので丁寧に時間をかけて、お母様のお友達には私のお友達令嬢も一緒に挨拶できるのでまだ気楽に出来るが、抜かりなく行わなければお母様の立場も自身の立場も崩しかねない。長年仲良くしているのに今更、と思っていても用心に越したことはない。

だから貴族社会は怖い。信じられる人の選定は難しい。


全体にご挨拶をしてからお父様とのダンス、来客された方々に挨拶回りをしてやっと一息つく頃にはパーティー開始から大分時間が経っていた。お父様のお仕事が良好で今年は挨拶回りに随分と時間が掛かった。


事業が上手く行っているらしく、今回のパーティーはお料理も飾りつけも今まで以上に豪華。お父様が準備の段階で張り切っていた理由が分かった気がした。


中央ではジョエルが楽しそうに女性と踊っており、周囲の女性たちが早く自分の番にならないかと待ちわびていた。お兄様が到着されない今はジョエルにダンスの申し込みが殺到しているらしい。


今回スワンはお子様の体調不良で残念ながら急遽来られなくなってしまったがプレゼントは送ってくれたらしい。

頂いたプレゼントは明日開封して感謝の手紙も送付するまでがルーティン、なので使用人には申し訳ないが明日も頑張ってもらうしかない。


近くにあるドリンクを手に取り、挨拶回りで乾ききった喉を潤す。本当は空腹感もあるが今はグッと我慢だ。休憩していても有難いことに今回の主役である私は必ず誰かから話し掛けられるので食事はできない。


パーティーで出されているお料理にありつけないのは致し方ないので、後で別途用意してもらっている。本当は目の前にあるお肉、食べたいです。キラリと輝く肉汁は私を誘惑してくるのですから拷問です。


「ロレイン様、ロレイン様」


涎を垂らしていないかを確認してから後ろを振り返ると、先程挨拶回りでお話したばかりのクロエ様が囁くような小さな声で私を呼んだ。こそこそと話し掛けるクロエ様はいつになく真剣だ。何かあったのか、私も真剣に話を聞こうと手に持っていたグラスを置いた。


「クロエ様、如何されましたか?」


「こちらへ」


「はい…?」


疑問に思いつつ、いつもより足早なクロエ様の後に付いて行く。会場の端へ案内されると、そこにはいつものお茶会メンバーが揃っていた。


何やら皆さま微笑んでいてご機嫌がよろしいようだ。揃っていたのはメンバーだけではなく各手元には飲み物、ケーキ、そして…お肉が用意されている。


バッと勢いよく皆さまのお顔を見るとそのままフォークを手渡された。


「私たちが囲んでいますので、少し休憩致しましょう」


「お腹空きましたわよね」


「お疲れ様です」


「このお肉美味しいですわよ」


「皆様…!ありがとう存じます!」


天使だ…!天使達が私にお恵みを下さった!今年もお料理は諦めていたのに、こうして食べられるなんて。

あぁ、お肉美味しい。一口、二口と口へ入れると肉汁がジュワッと広がり、柔らかなお肉は消えてなくなった。お母様にバレたら一巻の終わりだけれど、端で皆さんが囲ってくれているので安心して食べられる。


「あぁ、なるほど。見当たらないと思ったら」


「「っ!グ、グヴェン様…」」


私はすぐさまお皿とフォークを後ろに隠した。口に入ったお肉か柔らかくて良かった。ゴクッと急いで喉へ流し込み、何事も無かった様に顔を作る。


「お兄様、ご、ごきげんよう」


「「「「グヴェン様、ごきげんよう」」」」


私が挨拶を交わすと、続けてクロエ様を筆頭に皆様も挨拶を交わす。お兄様も笑顔で挨拶を返してくれたのだが、それは決して朗らかな笑顔ではない。


雷の様に激しく怒りを表すお母様とは違ってお兄様は静かに怒る。今まさに笑顔で怒っていますので皆さま注意して下さい。

あぁ、キャメル様、頬を赤らめないで下さいませ!


「ご令嬢方、仲良くして頂いているのは誠に有難いのですが、少し妹を甘やかしすぎですよ」


「申し訳ございませんでした」


「では、少し妹をお借りしますね。皆様は引き続き楽しんで下さい」


さぁ行こうか、と後ろに隠していたお肉を没収され、私は連行された。バレていたのか…。

グッバイ、私のお肉。後でまた会えたらいいのに。皆様に軽く会釈をして、名残惜しさを後に私はその場を離れた。


久々に帰ってきたお兄様はやはり注目を浴びた。何度か話し掛けられ、家業の事やお城での事、お嫁さん候補など皆お兄様を捕まえては中々離してはくれない。段々とお兄様の笑顔も引き攣り始めてしまったので、私はお兄様の手を引いて、少し暗いが人気が無い庭園へと出た。やっと解放され、二人してホッと息を吐く。


「大人気でしたわね、お兄様」


「嬉しいけれど、流石に対応に困るな」


「ふふっ…お兄様、先程の事は…」


「お母様には秘密、でしょ。全くロリィは…。遅くなってしまったけれど、お誕生日おめでとう」


頭に感じる大きく暖かな手の温もりが心地良い。お兄様に頭を撫でられるのは幼い頃からの癖になってしまった。


私に甘いのはお友達ではなくお兄様の方だ。どんなに忙しくても、どんなに離れた場所に居ても必ず私の誕生日には帰ってきてくれる。昔の様に胸に飛び込みたいけれど、私は衝動を抑えて淑女らしくスカートの裾を持ち上げて片足を後ろに下げて膝を軽く曲げた。


「ありがとう存じます、お兄様。今日はもう来られないかと思っていましたわ」


「すまない、少し立て込んでしまってね」


「やはりお忙しいのですね」


会場から零れる明かりと夜空の月明かりで照らされたお兄様のお顔は疲れていらっしゃるのが分かる。睡眠がきちんと取れていないのか、目の下に隈が薄っすらと出来ている。


国の文官で、家の家業もこなしているのだから仕方ないかもしれないが、健康に気を付けてほしいものだ。


「いや、今回は少し違うな…実は会わせたい人がいてね」


「まぁ!遂にプロポーズなさったのですか!」


「違…!って、何で知っているんだい。また風の妖精に聞いたのか」


「風の精霊ですわ」


「そうか。まぁでも、会わせたい人というのはまた違うお方だ」


「そうでしたか…」


やっと婚約者様とお会いできるかと思ったのに…残念。


婚約はしているのに、プロポーズに時間がかかるのは何故なのだろう。お兄様は何事もスマートにこなしてしまうので、プロポーズも問題ないかと思っていたのだが…余程お相手の方が大事なのだろう。だが、きちんと結婚しないから今日みたいに他のご令嬢を紹介されてしまうのだ。


尻込みせず早めに結婚を申し込むように言うと、分かっている、と照れたのかぶっきらぼうな返答が返ってきた。お兄様の新鮮な表情に思わず可愛い、と口に出してしまいそうになったが何とか堪えた。



それから私はお兄様が仰る、会わせたい方、と会うために一旦お屋敷へと戻った。


それにしてもお兄様の口ぶりだと、これからお会いする方は身分が高いお方か、ご年齢が上の方の様だ。これからどんな方とお会いするのかと尋ねても、会ってからのお楽しみだとか、話を逸らされたりして有耶無耶にされてしまった。


ただ、お兄様はその方に私が精霊達と話せる事は秘密にするように、とだけ忠告した。何故なのかと理由はさて置き、特にひけらかしたい訳でもないのでコクリと頷いた。

暫くしてお兄様は間違えたのか会場と逆の廊下を曲がろうとしたので私は呼び止めて頭を傾げた。


「お兄様、会場は右に曲がった先ですわよ?」


「会場に行くのではないからいいんだ」


その回答を不思議に思いながらも、お兄様の後ろを付いて行くと案内されたのはパーティー会場から割と離れた広めの客間。社交ならば会場で十分なはずなのに、何故わざわざ人目に付かない離れた場所で会うのか、今更ながら疑問が生じた。人前で話せない内容であるか、人前に出られない立場の方か。


そうなると…危ない事に巻き込まれたか、家業がそういった方向にでもなったか。頭の中で悪い事ばかり浮かんできて、先程までとは違い緊張と恐怖感に襲われた。


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