お茶会
森を抜けて、舗装され切っていない道を馬車で走らせると海が見える。フロリエンス王国は海に沿って出来た土地。隣国には貴族や王族が休暇中に訪れるリゾート地、メアマーレ王国がある。気候も南側に行けば汗が滴る気候で、北とはかなり温度差がある。
私が住む街は王国の中央より少し下に位置するので、季節によっては汗ばむ場合があるが一年を通して暖かな気候である。
季節は花の季節、海の季節、木の葉の季節、雪の季節の四つに分かれているけれど、私は雪の季節に雪なんて見たことがない。国によって気候が違うので季節名を変えてほしいと思う。
全ての季節の特徴が見られるのは大陸の中央に位置し、季節を命名したアグイジェント王国だけ。海は無いけれど海の季節は暑いし、雪の季節になれば寒く雪が降る日もあるらしい。隣国だし、各国とも貿易が盛んでお買い物も楽しそうだけれど中々行く気にはならない。人は多いし、建物だらけで息が詰まりそうだもの。フロリエンス王国の都市部にでさえ行きたがらない私はもしかすると一生行く気にならないかもしれない。ガタガタと体の芯まで揺れる振動に今も吐きそうですし。
「ロレイン様。もうすぐ到着致しますよ。頑張って下さい」
「リリアンナ、わたくし、もう…」
「馬車には慣れて頂く他ないですよ。移動距離はどうにもなりませんから」
リリアンナは冷たいというか、論理的というか。この振動に耐える事二時間半。
途中休憩も挟んだけれど喉元まで逆流しそうな勢いだ。頑張って体内に留めている私を褒めてほしい。
何処に向かっているかと言うと、フロリエンス王国の都市から少し離れた海沿いにあるお友達のお家。月に一度開かれるお茶会に参加するため、こんなサバイバルをしている。
帰りも辛い。お茶を飲んでお菓子を食べてから乗る馬車が一番辛い。胃の中でお茶とお菓子のシェイクが起こる。今日の帰りは吐く自信しかない。
このお茶会の主催は毎月変わる。私の家だったり、他の方の家だったり、一人の方が負担にならない様順番で回って来る形式だ。今回は私にとって一番遠い場所で開催される。
皆様各々住む場所が離れているという事もあり、頻繁にお茶会は行えないがお金があまり無い私には月一が丁度いい。
「ロレイン様、到着致しましたよ。下りましょう」
「うぐぅ…今下を向いたらダメ、です」
「はぁ。では落ち着いてから下りましょう」
上を向きながらコクコク頷いた。
リリアンナには先に馬車を下りてもらい、お友達の家へ私が到着した事を報告しに行ってもらった。気分が優れてから向かう事を伝えると、馬車はこのまま道に置いておいて構わないと気を使って貰えたみたい。医務室へ運ぶ事も可能だと言われたらしいがリリアンナは断ったそう。相手方に迷惑をかけない精神は素晴らしいが主人に厳しくはないか?
それから十分後。ようやく気分が落ち着き馬車から下りることが出来た。
「こぎげんよう。遅れて申し訳ございません、皆様」
私が会場へ辿り着く頃には勿論お茶会は始まっていた。
手土産のお菓子をリリアンナがメイドに渡し、やっと私も落ち着いて参加出来る。
「お気になさらず。お加減はもうよろしいのですか?」
「まだ顔色が宜しくなさそうですけれど…」
「お気遣いありがとう存じます。もう大丈夫ですわ」
今回の参加者は私を含めた五人。
シャンパン色のストレートヘアをしたクロエ・ルグラン公爵令嬢。
藤色のカールがかった髪のカリーナ・グラント侯爵令嬢。
キャラメル色のフワフワとした髪をしたキャメル・ロバン伯爵令嬢。
オリーブ色の令嬢の中では珍しいショートヘアをしているフィオナ・フォーレ伯爵令嬢。
このお茶会メンバーは全員同い年で、お母様の知り合いのご令嬢とお父様のお取引相手のご令嬢達だ。貴族階級は違うが、唯一私のお友達と言える四人。
落ち着いた雰囲気のクロエ様は美人で誰よりも大人びて見えるし、カリーナ様は控えめで優しい方。
キャメル様は可愛らしく、オシャレが好きな年相応の女の子で、フィオナ様はクールで読書好きな方だ。一見すると噛み合わないと思うかもしれないが、色々な意見や趣味に触れられる機会であり、ゆったり心地よく過ぎて行くこの時間が好きだ。
今日のお茶会主催者様のカリーナ様には大分心配をお掛けしてしまったみたいで、酔いに効く効能のお茶をわざわざ用意して頂いてしまった。
ビスケット色の瞳は私の体調を気にするように見てくださるので、お茶を頂いてホッと一息してからも何度か目が合った。
「今日のお菓子はシフォンケーキをご用意させて頂きました。皆様のお土産も並べさせて頂きますね」
柔らかなシフォンケーキの横に生クリームと周りに美しい花が添えられている。白いお皿と生クリームはより花の美しさを強調させた。カリーナ様のお家では最近食べられる花を開発されたらしく、 食事が一層華やかになると貴族の間で話題になっている。
それこそケーキやゼーリー、シャンパンなどにも使われパーティーには持ってこいの品物だ。
「美しいですわ!食べるのが勿体ないくらいに」
「ありがとう存じます、キャメル様」
「このお花…甘いのですね」
知識欲の深いフィオナ様は興味本位からかシフォンケーキよりもお花をフォークに乗せてミントグリーンの瞳でじっくり眺めている。キャメル様は美しい見た目に中々お花には手を付けられないでいて、クロエ様はニコニコと微笑みながら口の中で解けてなくなるお花を堪能していた。
「美味しいですわ…」
私もフォークでシフォンケーキをひと口大に切り、お花と一緒に口へ入れた。
甘さ控えめのシフォンケーキの柔らかな食感とお花の甘さ、それに加えてお花の香りが口の中いっぱいに広がった。お、美味しい…!!正に食べる芸術って感じだわ。感動が顔に出ていたのか、カリーナ様に笑われてしまった。
「ロレイン様もお気に召された様で良かったです。ですがご無理はされないで下さいね」
「大丈夫ですわ。とっても美味しいです。お花の香りまでするとは思いませんでした。シフォンケーキも生クリームも甘さを考えられている所が流石ですわね!」
「ふふっ。シェフに伝えておきます。きっと喜びますわ」
私達のやり取りを見てやっとキャメル様もケーキとお花を口にした。一口食べるとかなり感動したのか口元に手を当てながら、大きなラズベリー色の瞳を輝かせ幸せそうにしている。きっとキャメル様は後でこのお花を購入されるわね。
クロエ様はケーキを食べ終え、隣で幸せそうに頬張るキャメル様にココアブラウンの瞳を向けていた。
「キャメル様は本当に美しいものには目がないですね」
「はい!美しく新しい物は魅力的ですわ。先週はメアマーレ王国で貝を使ったアクセサリーを目にしましたの」
後ろに控える自分の侍女に目線を送り、私達の前へアクセサリーを並べて行った。
それぞれの髪色に合う色を選んでくれたらしく、私のはブルーのクシで、黄色の貝の周りにパールがいくつか付いている。可愛らしい。
「こちらはお土産ですわ」
「可愛らしいです。ありがとう存じます」
「ありがとう存じます。皆でお揃いですわね」
早速皆で付けてみると、キャメル様のセンスは抜群で髪に合ったクシが映えて美しかった。太陽が当たる度にパールが眩い光を放つ。
クロエ様のシャンパン色の髪には緑色のクシとアイスグリーンの貝。カリーナ様の藤色の髪には深い紫のクシと淡い紫の貝。フィオナ様のオリーブ色の髪にはショートヘアでも付けられる白い貝のヘアピンだ。
キャメル様も自分の持ち物からクシを取り出し、自分の髪に刺した。白いクシにピンク色の貝は可愛い物好きな彼女らしいデザインだった。
貝とクシの色はそれぞれ違うが、お揃い…だからか、統一感があって仲の良さが視覚的に見える。照れくさい気もするが嬉しい気持ちが上だ。
「皆様お似合いですわ!」
「キャメル様が素敵なものを選んで下さったからですわ」
「喜んで頂けて良かったです。メアマーレ王国では今アクセサリーが増えている様で素敵な物が多く見られましたの」
その後はキャメル様のメアマーレ王国での休暇の過ごし方や召し上がって美味しかった物、可愛らしい生き物に出会ったなどのお話で盛り上がった。
私も一度だけメアマーレ王国へは家族で行ったことがある。
お兄様がまだ王宮へ召される前。リリアンナがメイドになったばかりの頃だ。
初めての海に心を奪われた。太陽がエメラルドの海を照らしキラキラと輝いていて、大きな宝石を見ている感覚に陥ったのを覚えている。いざ海へ入ろうとした時は波が怖くてお兄様から離れられなかったな。
海の精霊が波から守りながら遊んでくれたお陰で怖くはなくなったけれど、砂浜で遊んでいた私がいきなり居なくなってお父様達は焦っていた。
波に乗るように帰ってきた娘を不思議そうに見ていた両親の顔は今思い出しても笑えてしまう。
「そう言えば、ロレイン様のバースデーパーティーはもうすぐですわね。招待状受け取りましたわ」
「えぇ。もう来週に迫っているので今は使用人達が準備に励んでおりますの」
そう、もうすぐ私の誕生日。リリアンナ以外のメイドや執事、シェフや庭師は今週ずっと忙しそうにしている。ドレスの注文、招待状、料理の試作、食材やドリンクの発注に会場の設営準備。私が知らないだけできっともっと沢山やる事があるのだろう。そんなに気合い入れなくたっていいのに、と思うのだが今年は去年より何故かお父様が張り切っている。お陰で使用人達がてんやわんやだ。可哀想に。
14の誕生日でこれなら16の誕生日はどうなるのやら。
「当日が楽しみですわ。ロレイン様に似合う贈り物を見繕いますので期待しておいて下さいね」
「ありがとう存じます。楽しみにしておりますわ」
誕生日プレゼントか…。お父様も同じような事を言っていたわ。楽しみにしておいてね、と。何が送られるのでしょう。何だか嫌な予感がします。
「あと二年したら私達も社交界デビュー…皆様ご婚約のお話は進んでおりますの?」
こういう話題になると、やはり年頃の女の子だなと思う。カティや妖精達と話すときに絶対にならない話題だ。あの子達は特に恋愛とかはしないから。
この世界では16を迎える年に社交への参加が認められるようになる。社交へ参加するには女性は男性のエスコートが必要で、婚約者や親族にエスコートしてもらうのが習わしなのだ。大体は婚約者がパートナーである。結婚自体は18以上がするものであるが、婚約は幼い頃から可能だ。親が決めた相手と結婚するのが当たり前で、身分が上になるほど家に縛られる。
「私は既に何件か問い合わせが…」
「私は家を継ぐつもりなので、婿養子を頂く予定ですわ」
クロエ様の突然の話題に顔を染めながらキャメル様がまず答えた。幼い頃から幾つか婚約のお話が出ていたみたいだがキャメル様のお父様が娘溺愛で、まだ婚約は早いと保留にしていたらしい。
先延ばしにした結果、可愛らしく成長されたキャメル様に婚約の問い合わせがより多くなったのだと思う。控えめに仰っていたがきっと何件か、ではなく何十件かだろう。
カリーナ様のお家は家業を継ぐ男性がいらっしゃらないので長女であるカリーナ様が婿養子を頂いて家業を継ぐらしい。想い人がいらっしゃると以前こっそり教えて頂いたので、上手く行けば恋愛結婚が出来るかもしれない。
クロエ様は幼さを残しつつも美しい美貌を持った公爵令嬢。10を迎えた時には既にご婚約されていた。
お相手はフロリエンス王国宰相のご子息。歳は二つ上で、お父様に似た整ったお顔をしているのだとクロエ様は話していた。
「私はまだですわ。姉が社交界デビューしたばかりなので両親は姉のお相手探しをしていますの」
「私もまだですわ」
婚約のお話なんてお父様やお母様から聞いたことが無い。それより私が興味無い。
女は結婚が全て、なんて考えはリリアンナによりとっくに取り払われている。私も事業を起こして、老後は森の近くで静かに暮らせたらと考えているくらいだ。
私のこんな将来像を両親に話せばリリアンナと離れ離れになってしまうだろうから誰にも話せていないけれど。
社交界デビューをしてしまえば遅かれ早かれ結婚の申し込みがあるだろうが、リリアンナの様に強く生きたい。朝起きられない時点で甘ったれているが、自立した後もリリアンナが居れば問題ないと思っている。そうなれば娘さんを私にください!!とカータス家に乗り込もう。夫人が気を失いそうだが謝ろう。
***
お茶会を終えて家に辿り着く頃には、私は吐き疲れて馬車の中で倒れていた。
シフォンケーキとお花とお紅茶が胃の中で良くミックスされたモノを途中途中森の肥料にしながらまた二時間半かけて帰宅した。
「ん…あぁ、またアルノーに運んでもらっちゃったかしら…」
目を覚ますと自室のベッドで、近くではリリアンナが入浴の支度をしてくれていた。
アルノーというのは当家の執事。お父様専属の執事とはまた別人で、長老執事のお孫さんだ。年齢は20と言っていた気がする。無口で無表情だが優しいアルノーにお茶会の後は自室へ運んでもらうのがルーティーンとなってしまっているので申し訳ない。
アルノーとリリアンナは歳も近いし、仕事の打ち合わせはよく二人でするのだと言っていた。その時は無口の彼も良く喋っているらしい。私は彼のそんな姿見たことない。だけれど、アルノーがリリアンナを見る目は私を見る時の目とは絶対違うのを知っている。無表情のアルノーが優しく微笑んでリリアンナを見ているのにリリアンナは全く気付いていない。恋愛に興味がない私でも分かる表情の違いだからお母様にはバレているだろう。
「目が覚めたのですね。あと少ししたら声を掛けようと思っていた所でした。ご気分はいかがですか?」
「ありがとう。入浴したら少し胃の中に何か入れたいわ」
「かしこまりました。スープなら飲めそうですか?」
「えぇ。お願い」
ゆったりと体を起こすと多少気持ち悪さは残っているが寝たお陰で楽になっていた。
その代わり吐きまくっていたせいで胃の中が空っぽになってしまって空腹だ。
せっかくの美味しかったお菓子も体に吸収するとこなく出ていってしまった…勿体ない…。