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幻獣使いでも精霊使いでも無い令嬢は平穏に過ごしたいのです!  作者: 豪月 万紘
第一章 公爵令嬢の平穏
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壊された日常

魔の国、ギレヴァル王国のお話。

 心地よい夜風が窓から吹き込み、月明かりだけが暗い部屋の中を照らしていた。今夜は満月。

雲から月が見え隠れし、零れる明かりが降り注ぐ度切なさを感じる。


 父上が亡くなり、兄上が玉座についてから一週間が過ぎた。

父上が死去されて何とも思わない訳ではないが、今は第三王子として兄上を支えるのに精一杯だ。


 後継者として忙しくしていた兄上は、魔王となってからそれまで以上に目まぐるしい日々に追われている。書類やら会議やらで、睡眠をきちんと取れているのかも分からない。

それも恐らく数ヶ月すれば落ち着くだろうから踏ん張るしかないのだけれどな。


 魔力が強く、皆に愛され支持されている第二王子が後継であると決まったのは何年も前の事だった。

何年も、という表現は人間にとっては正しくないかもしれないが何百、何千と生きる魔物にとって人間の一生など一瞬に過ぎない。まぁでも、人間に時間軸を合わせて表すと五十年前くらいだろう。


 第一王子、第二王子の魔力も安定し、基礎教育も終わった年に父上が決めた。第二王子であるエリアス兄上が第一王子であるセオドヘス兄上よりも魔力に優れていた。


 人当たりもよく、皆から愛されているエリアス兄上は国民に後継者であると公表しても驚く者は居たが反感を買う事はなかった。


 セオドヘス兄上が一番上なのだから、継ぐべきは第一王子だろうと言う貴族も勿論居た。家は長男が継ぐのがしきたりなのだと古臭い考えである老貴族達が騒ぎ立て、一時王宮内では戦争勃発寸前だったが、エリアス兄上の方が玉座に就くに相応しいのだと言うセオドヘス兄上の王位継承権破棄によって小うるさい貴族達をどうにか治めた。


 長男としてセオドヘス兄上は悔しさもあったであろうが、第一王子として魔王を補佐すると宰相を率いて次の立場を築き上げて行った。


国のため、国民のために何をするのが最善かを考えるセオドヘス兄上に魔力がもう少し多ければ魔王となっていたに違いない。


二人とも素晴らしい王の器を持っているのだから父上もどちらが後を継ごうが構わなかったと思う。


 第三王子である俺は父上から特に干渉はなく、父上や兄上達とは別館でメイドや執事達と静かに暮らしていた。嫌われていた訳でもなく、愛されていた訳でも無い。きっと無関心だったのだろう。


 後継者候補で教育はされてきたけれど、こんな俺はお望みでは無かったと思う。父上とも兄上達とも違うこの見た目が魔王に相応しくないと、自分でも思っているし、国を率いる裁量も度胸もない。


 母上には…会ったことはないけれど、俺は母上によく似ていると乳房から聞いた。


 魔族の容姿は暗い色の髪に赤い瞳がセオリーだ。だが俺は違った。魔族らしからない明るいミルクティー色の髪とエメラルドの瞳を見られるのが嫌で、外出や誰かと会う機会も極力減らしていた。


 流石に父上の弔いの時や、兄上の玉座に就いた時のパーティー等には顔を出したけれどそれ以外の催しは不参加。奇異の目で見られるのには飽き飽きするほど慣れたが、話し掛けられる度に貴族特有の遠回しの言葉使いが一々嫌味にしか聞こえず、その場の空気が重く苦しく感じるのには未だ慣れないし、慣れてたまるかと思う。


 そういった事も含めると、最近仕事で本館へ通い始めたので余計に疲れが溜まっているのかもしれない。

こんな俺にも優しい兄上は無理しなくて良いと言ってくれるが、それはこちらの台詞だ。


 今日もきっとこの美しい月夜を見ずに書類へ目を通しているのだろう。そんな姿を思い浮かべて思わずはぁ、と溜息を吐いてしまった。


 明日も朝早いし、今宵は月を見るのもお開きにしようと窓を閉めようとした時だった。


ドンッ、ドンッ…


 夜も更けきった時間。静かな空間に扉を叩く音が響いた。部屋の外には二人、護衛騎士が待機している。しかしその二人が扉を叩くだけなどしない。用があれば一言添えるだろう。

それにノックとは明らかに違う。力なく叩いている感じだ。


ドンッ…


 再び響いた音に不信感を抱いた俺は、近くに置いてある剣を片手に持ち、静かに扉へ近づいた。

外の音に聞き耳を立ててみたが音はしない。


 勢いよく扉を開けてみて、護衛騎士が驚いた顔をする事だけを願った。何も無いといいけどな…。


 じわじわと嫌な汗が背中を流れる。

 一呼吸置いてから取手に手をかけ、一気に扉を引いた。

開けた反動でドサッと何かがこちら側へ倒れ、俺はその影に剣を向けたが影は動かない。

雲から月が出た所で明かりがその影を照らした。


「…兄上!?」


 そこに倒れていた影は片腕が千切れ、腹から血を流し、浅く息をしているエリアス兄上だった。

 兄上は俺が兄上の魔力に気が付かないほど弱っていた。魔王となった第二王子が何という姿だ。そばに駆け寄り、寝巻の袖をちぎって腕を止血する。


「兄上、何があったのですか」


「…反逆者だ。悪いが、外に居た二人には、入口を守ってもらっている…。夜の散歩に出たら、切りつけられてしまってな…」


 庭園の傍を一人月夜に酔って歩いていた所を襲われたらしい。護衛騎士の数は圧倒的に本館の方が多いが庭園からは別館が近く、命からがらこちらへ逃げ込んだそうだ。

護衛騎士を連れずに歩くのも良くないが、魔王に歯向かえる奴らが居たとは。


「反逆者…。兄上に気配を悟られず、しかも切りつけるなんて相当の猛者が居るんですね」


「流石に冷静だな。猛者と言うより…魔力が殆ど使えなかったんだよ、俺」


「魔力が?」


 そんなはずは無いと俺も試しに炎を出してみたが、小僧の小便にも満たない零れ火程度の魔力しか出なかった。こんなにも魔力を極端に消耗する魔術は聞いたことがない。薬でも盛られたか?だがそんな薬も本で読んだこともない。


「…短距離の転移魔法くらいは使えたが、時間の経過も、関係あるみたいだな」


「クラレンス殿下!!エリアス殿下!!」


「ジノ!」


 俺の側近であるジノは息を切らし、呼吸を整えることなく跪いた。護衛騎士から話を聞いていたのか兄上のこの姿を見ても顔は一瞬歪んだがそこまで驚かなかった。


 跪くジノの腰には剣を携えてあり、服には血が滲んでいる。

話を聞くとジノも魔力を大分消費しており、騎士やメイドたちも殆ど魔力が空欠らしい。


 騎士の剣技と力技で制圧を試みているが何分敵兵の人数も分からず、魔力が無いこの状況ではいつ突破されてもおかしくないと報告をした。ジノがここに来られなかったのは情報をかき集めながら皆への指示をしていたからだろう。優秀な側近で助かった。


「申し訳、ございません」


「お前が悪い訳ではない。この状況の最中ご苦労だった」


 敵兵の数、配置、力量、全てが不透明だ。恐らく前々からこの襲撃を考えていたに違いない。魔力が使えないだけでなく、侵入者用の魔力センサーも稼働していないのはおかしい。


内部に反逆者が紛れているのは間違いないだろう。だが…今それを考えてもこの状況が変わるわけではない。この状況では不可能であると頭では分かっているが、怪我の酷い兄上を担ぎ、見つからずにここから逃げられる方法を考えなければならない。

本館は恐らくここよりも酷い惨劇になっているだろう。セオドヘス兄上はきっともう…。


「お前たちは、即刻逃げろ。クラレンス…昔遊んだ抜け道があるだろう。そこを使えば、海まで出られる。この大陸から、出なさい」


「何言って…。兄上を置いて行ける筈無いでしょう」


「同感です。エリアス殿下を置いてなど行けません。それに契約が」


 話している最中にガンッという大きな音が鳴ると、館の中では雄叫びが響き始めた。遂に突破されてしまったようだ。騎士の必死な声と、メイドの泣き叫ぶ悲痛な声が耳に届く度胸が引き裂かれそうになる。


皆の命と覚悟を無駄にする訳にはいかない。見つかれば真っ先に兄上が殺される。一先ず隠れようとジノに兄の片側を担いでもらい動き出そうとした。だが兄上はジノを押し返し、それを拒む。

兄上はジノを見てから俺の服を強く握り、浅くなるばかりの呼吸を整えて静かに話した。



「時間がない。いいか。あの契約は代々魔王が継承するもの。人間にもこの事態を伝えなければ、奴らはこの世界を滅ぼす可能性だってある。お前が次期魔王となり、人間と契約を結び直すんだ」


 代々人間との契約は魔王から次の魔王へ受け渡されてきた。今日でその契約が打ち消されると兄上は言っているのだ。自分は死ぬのだと。


 契約は決まった条件でしか受け渡しができない。父上と兄上は儀式を行って契約を譲渡した。その方法は魔王と次期魔王のみが知るものであり、王族の身分とて知れない魔術である。

つまり今兄上が身近にいる俺に譲渡しようとしても無理だという事。

だからまた新たな契約を俺が人間と結ぶ必要があるのだ。


「…無理です」


「無理じゃない。お前ならできるよ」


 俺が、魔王に…?第三王子として育てられてきた俺が?今まで人目を避け、散々重責から逃れてきた。

それなのに、今ここにきてそんな…なれる筈がないだろう。

目の前で苦しむ兄を助ける事さえ叶わない無力な男だ。


「エリアス兄様、貴方が王だ。貴方が生きて、この国を守るべきなんだ。時間がない、早く逃げましょう」


 力が完全に入らなくなった体を必死に立ち上がらせ、支えようとする。それをただ見ているだけのジノに腹が立った。

普段から必用な物や、やって欲しいことを言わずともやってくれくる優秀な側近だ。さっきだってそうだろう!

今、一番お前の力が必要な時なのに何故助けてくれない!


「ジノ」


 兄上が名を呼ぶとジノはピクリと肩を揺らした。口を食いしばり、赤い瞳を閉じると何かを決心したように息を吐いた。やっと手伝ってくれる気になったのかと思ったが、ジノは俺から兄上を静かに降ろし、腕を掴んだ。


「クラレンス殿下。行きましょう」


「…は?ダメだ、何をしている!」


「クラレンス、ジノ、…頼んだぞ」


「嫌だ!エリアス兄さん!!」


 それからジノは俺を連れて抜け道までやってきた。幼い頃、この容姿が嫌ですっかり部屋から出なくなった俺をエリアス兄上がここへ連れ出してくれた思い出の場所。


海を見たのは初めてでキラキラした水溜まりを見たときの感動は忘れない。


 王子二人の行方が分からず城では大層大騒ぎになっていたと、当時探しに来てくれたジノから聞いたが怒られても尚、何度か二人で抜け出した記憶がある。

抜け道を抜けるとあの時と変わらない海があった。見る度に心が躍る気持ちだったのに、今は何とも思はない。ただ、いつもより磯の香りも、波音も不快に感じる。


「ここには敵兵は居ないようですね。あそこに小さなボートが見えます。クラレンス殿下。急ぎましょう」


「…」


顔を下に向け返事もしない俺の手を引き、ジノは周囲に十分な警戒をしながら浜辺にあるボートまで連れて行った。


砂を踏む音がなるだけ小さくなる様に歩くジノと、心が疲れ切って雑に歩く俺の足音が荒くなり始めた波音にかき消される。

先程まで見え隠れしていた月は雲に覆われ、空の星空も見えなくなっていた。


あぁ、嵐が来る。


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